煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

文字の大きさ
28 / 59

あかずの間の秘密

しおりを挟む
「それはボクたちだけのひみつです!」

 背筋を冷や汗が流れる。嬉々とした眸で見上げてくるユーリイに、優雅な頷きを返した。
 平常心だ。僕は今、紗綾姫なのだ。
 心を落ち着ければ、いつもの紗綾姫の笹が囁くような声音が出る。

「ユーリイさまとお話が弾みました。私たちはお友だちになりましょうねと誓い合ったところなのです。でも詳しいことはアレクには秘密です」

 無難に纏めると、アレクは得心したという笑みを見せた。

「それは良かった。どうやら私の憂いは杞憂だったようだ。だが、私ばかり秘密を教えてもらえないのは些かつまらないな」

 え、と頬が引き攣る。
 アレクは次に何を言い出すのか。動揺のあまりベールの下で目が泳いでしまう。
 手にしていた黄金の鍵を掲げたアレクは、悪戯めいた表情で片眼を瞑る。

「私にも、とっておきの秘密がある。これは、あかずの間を開く鍵だ」
「あかずの間⁉ おもしろそう。父上、ボクがカギをあけます!」

 ユーリイは黄金の鍵を見るなり、跳ぶように椅子を下りてアレクの元に駆けた。
 紅宮殿を初めて訪れたときに開けないようにと指示された、あかずの間のことらしい。紗綾姫の正体については離れたので、ひとまず安堵する。

「これは父が紗綾のために作った秘密の部屋の鍵なのだ。まずは私と紗綾が、あかずの間の秘密を見てくる。ユーリイは志音と待っていなさい」

 不満そうに頬を膨らませるユーリイを、志音が「こちらで遊びましょう」と促す。ふたりは毛糸屋へ赴いた際に面識がある。志音に任せておけば安心だ。
 別室へ赴いたふたりを見送ると、アレクは優雅な所作で掌を差し出す。淑女へのエスコートだ。誘われるように絹の手袋に包まれた手を出しかけたが、煌は思い直して腕を下げた。

「あ……いえ、結構です」

 手に触れれば男というだけでなく、キラ・ハルアと同じ掌だと知れてしまうかもしれない。ピアノに座るアレクに手を握られたのは、つい先日のことだ。
 アレクは痛みを覚えたかのように双眸を眇めたが、それは一瞬のことで、すぐに微笑を浮かべながら断られた掌を部屋の外へむける。

「さあ、参ろう。紗綾もあかずの間には何があるのか、気になっていたのではないかな?」
「ええ、そうですね……。何でしょうか」

 本当は、アレクの手を取りたかった。
 淑女でもないのに、エスコートしてもらいたいと思うなんてどうかしている。
 煌は戸惑いを押し込めて、足元まで隠れた長いベロアのドレスを引きながら、アレクと一定の距離を置いて廊下を歩く。
 あかずの間は、紅宮殿の最奥に位置していた。
 住居にしている一角とは離れた廊下の突き当たりに鎮座する鉄製の重厚な扉は、繊細な彫刻を施したアーチが設けられており、重苦しさを緩和させている。備え付けられた錠前は黄金に輝いていた。
 アレクはアーチを開けると煌を招き入れ、黄金の鍵を手渡した。

「貴女のための秘密だ。自らの手で開けてみてくれ」

 彼の眸は悪戯を披露する直前の少年のように煌めいている。
 秘密とは何だろう。
 あかずの間にはきっと、胸を躍らせるものが待っているのだ。
 期待に高鳴る胸を押さえて、煌は鍵を握りしめる。重みのある黄金の鍵を錠前の鍵穴に差込んで回せば、カチリと硬質な手応えがあった。
 硬い鉄の扉が開かれる。
 溢れ出す眩い煌めきに、目を眇めた。

「これは……!」

 眼前に広がる、赤の世界。
 部屋の壁一面に埋め込まれているのは、真紅の宝石だった。すべて本物のルビーだ。室内は椅子とテーブルを置けば一杯になるほどの広さだが、四方の壁と天井にも隙間なくルビーが散りばめられている。真紅の深い輝きが織り成すのは、まるで――

「鳳凰木の花の色を思わせます。満開の時期には、このルビーのように、燃えるように美しく咲いて……」

 優しげに微笑むアレクの相貌を見上げる。記憶の彼方にある、異国の少年の面影が過ぎった。
 燃えるような鳳凰木の花の下、手を繫いで歩いた。
 少し幼さの残る少年の整った顔立ちが、現在の精悍なアレクの容貌と重なる。
 少年の名は、アレン。

『私は、アレ……ン……』

 聞き取れなかった彼の、本当の名は……アレクサンドル。
 懐かしい思い出と共に、残酷な真実が煌の胸に迫る。

「気に入ってくれただろうか。鳳凰木の真紅の花は、ルビーの輝きによく似ている。私は昔、瑠璃国を訪問した際に一度だけ鳳凰木を見たが、以来ルビーを目にするたびに貴女のことを思い出していた。紗綾と見た、満開の鳳凰木が忘れられない……。覚えているか?」

 すべて思い出した。紗綾の着物を着て女の子のふりをしていたとき、アレクと出会った。そして名を訊ねられて、思わず紗綾と名乗ってしまったのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...