煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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初恋の真実 1

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 いつか、本物の氷の花を見せてあげる。
 アレクはずっとその約束を胸に秘めていたのだ。

「ええ……覚えています。私が転びそうになり、アレクが支えてくれました。肩に手をかけなさいと言って屈んだアレクは、膝の上に私の足を乗せてくれて、足袋の汚れを素手で払ってくださったうえに、脱げたぽっくりを履かせてくださいました。そのあと私たちは手を繫いで、鳳凰木の並木道を歩きました」

 震える声が喉元から引き絞られるように零れ出る。
 淡い初恋。ちいさな嘘。もう会えないと思っていた。
 アレクが見初めたのは、紗綾のふりをした煌だったのだ。
 皮肉な巡り合わせに驚愕し、そして己の嘘が大きな代償となることを身をもって思い知らされる。
 僕は、はじめから、アレクを裏切っている。
 どうしてあのとき彼に言わなかったのだろう。
 僕の名は煌だよ。男の子だよ。
 そうすれば、やはり二度と会うことはなかっただろう。けれどアレクを長い間騙すことにもならなかったはずだ。
 言えればいいのに。
 実は、僕は男なんです。でもあなたと鳳凰木の下で出会ったのは、僕なんです。
 あなたが叶えたいと願っていた初恋の人は……。
 首を振り、込み上げる嗚咽を殺す。
 僕じゃない。
 アレクの初恋の人は、始めからいないことになるのだ。
 アレクサンドル皇子と赤い花を見た紗綾姫なんて、存在しないのだから。
 昂ぶる感情を制御しようとすれば、小刻みに肩が震える。呼応するように揺れる絹のベールを窺い見たアレクは気遣わしげに覗き込んだ。

「どうした、紗綾。……泣いているのか?」
「いえ、あの……」
「……嬉し泣きではないようだな。紗綾にとって、私の存在とはどのようなものなのだ。私たちは再会するまでに長い時を要したが、私はその間に別の人と結婚をした。愛のない結婚だったが。紗綾も瑠璃国で様々な出会いがあったのではないかと思う。もしかして貴女はロマンシアの妃になることは不満なのだろうか。国に残してきた想い人がいるのだろうか」

 亡くなった妃には国に恋人がいて、アレクはその仲を引き離した略奪者と罵られたと語っていた。同じような想いを紗綾が抱き、そして哀しい関係を繰り返すのではないかと彼は懸念している。煌は慌てて首を振った。

「いえ、お妃さまのようなことはありません。ご心配にならないでください」

 紗綾は夫となる人がいるが、始めからアレクの初恋の人は紗綾ではなかったのだから無用な心配だ。安心させるつもりで言ったのだが、アレクの双眸は険しいものに変わる。

「妃のようなこと? 私が妃について、貴女に語ったことがあったか?」
「えっ? いえ、今のお話から、そのように……察しましたけれど……」

 アレクが直前の会話を反芻しているさなか、煌は冷や汗を滲ませる。
 妃とのことは、キラ・ハルアだけに零したアレクの弱気だったのだ。思い返せばアレクが紅宮殿を訪れても具合が悪いと追い返してしまうことが多いので、紗綾姫と込み入った話を交わす機会はなかった。特別侍従のキラとして接する時間のほうが圧倒的に多く、そしてアレクとの様々な会話や彼の仕草を胸に刻みつけた結果、不自然に詳しい不審な紗綾姫が出来上がってしまう。

「なるほど。そうかもしれないな」

 首を傾げてはいたが、ひとまずアレクは納得してくれたようだ。

「この宮殿を紅宮殿と名付けたのは、ルビーに彩られた宮殿というところに由来している。この部屋は紅の間と呼ぶことにしよう」
「……はい。とても素晴らしい贈り物をありがとうございます」
「礼には及ばない」

 アレクは踵を返した。その表情には紅の間を披露したときの煌めきは失われて、代わりに疑心の欠片が色濃く浮かんでいた。
 紅の間を退出する間際、煌は輝く真紅を振り返る。
 思い出の鳳凰木と同じ色をした宝石の間。
 紗綾姫のために用意されたその部屋は、アレクがいかに初恋を大切にしているかを如実に伝えた。
 暗澹たる思いで応接室へ戻ると、別室で遊んでいた志音とユーリイが戻っていた。

「おかえりなさいませ。あかずの間はいかがでした?」
「志音はお化けがいるって言うんだ。ちがうよね、父上」

 ふたりの純真な笑顔を見れば、強張っていた心が解けるようだ。アレクも口元を綻ばせかけたが、ふとテーブルに目を遣り、そちらへ足をむける。

「これは?」

 手に取られ、吟味されているものが何であるかを目にした煌は息を呑んだ。
 鉤針だ。
 ユーリイと大公が訪れたときに編み棒と毛糸は仕舞ったが、鉤針はテーブルに出したまま忘れていた。掌に乗るほどの鉤針は、常に毛糸を絡ませている編み棒と違い、編み目を手繰るときに随時使用するため放置してしまいがちになる。
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