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帰還
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豪快な笑い声が室内に満ちる。呼応するように、皆の笑顔が弾けた。
アレクは煌の肩に手を置いて、優しい笑みをむけた。
「さあ、帰ろう。宮廷へ」
思いもかけない言葉に眸を瞠る。今までアレクを始め、ロマンシアの人々を騙した罪を償わなければならないのに、宮廷へ入るなんてできるわけがない。
「僕は宮廷へは戻れません。皆様を騙した罪で、牢獄へ入らなければなりません」
息を呑んだユーリイはアレクの腕に縋りついた。はっとした志音も庇うように煌の脇に身を寄せる。
「キラを罰してはダメだ、父上! ボクはぜんぶ知ってました。キラを牢にいれるなら、ボクもはいる!」
「わたくしもです。煌さまの命だけはお助けください。わたくしはどうなっても構いません」
ふたりから身を挺した嘆願に迫られて、アレクは降参とでも言いたげに両手を掲げる。
「ふたりとも落ち着きなさい。私からこの事態に、もっとも最良と思われる裁決を下そう」
ごくりと息を呑む。口端を引き上げたアレクは、ひとりひとりの顔を見回した。
「紗綾姫は予定通り帰国した。瑠璃王は本物の紗綾姫の様子を見て不思議に思うかもしれないが、事の真相を話すかは本人に任せよう。何しろ兄にすべてを託していたのだからな。皇子の特別侍従キラ・ハルアは功績を称え、職務復帰とする。志音は皇子付きの第二侍従としてユーリイに仕えることを命じる」
皆の顔に喜びが溢れる。ユーリイは歓声を上げてアレクに抱きついた。
「ありがとう、父上!」
志音も煌の身にしがみつく。
「良かったですね、煌さま!」
「ああ、本当に……」
許されても良いのだろうか。
未だ茫然として事態を受け止めきれない煌に、アレクは深い笑みをむけた。
「君の勇気には感服した。ユーリイが無事でいられたのも、キラの活躍のおかげだ。感謝する」
「とんでもございません。僕の責任なのです。それなのに恩赦をいただいて、感謝を述べるのは僕のほうです」
「では、これにて落着というわけだな」
アレクは事件の解決を宣言するように、高々と腕を掲げた。
後始末の文句を連ねるルカとイサークは剣を仕舞い、部下に指示を出すべく移動する。
皆と共に古城から出ると、いつの間にか吹雪は止んでいた。白い森は何事もなかったかのように、静かに佇んでいる。天を見上げれば、爽やかな勿忘草色の空が広がっていた。
アレクの眸と同じ色だ。
冷たい冬の空だけれど、どこまでも澄み渡り、清々しい。
隣に佇むアレクは微笑を浮かべて双眸を細める。
古城の周りでは騎士団が帝都に戻るべく準備を開始していた。馬蹄を踏む音に混じり、ツンドラの枝葉から雪が滑り落ちる。
「皆、ご苦労だった。功績を称えて報償は弾もう。まずは帝都へ戻り、ゆっくり体を休めてくれ」
高らかな皇帝の呼びかけに、呼応する声が森に木霊する。
ロマンシア帝国皇帝、アレクサンドルと騎士団一行は帝都に帰還した。
ベッドで安らかな寝息を立てるユーリイの寝顔を眺めながら、煌は宮廷へ戻ってからの出来事を反芻していた。
胸を反らして戻ってきたユーリイと、その後ろで小さくなっている煌や志音を見たミハイルは事態を察したのか多くを問わなかった。「お帰りなさいませ」と挨拶をしたミハイルに、アレクは瑠璃国へ送る慰謝料と書簡の手続き、それに主の不在となった紅宮殿を掃き清めて元通り使用できるようにと命じた。忠実な皇帝の侍従は慇懃に従った。
煌と志音は皇子の特別侍従としてロマンシアに留まれることになったが住まいはなくなったので、宮殿の敷地内にある従者用の宿舎を借りることになった。既に志音は宿舎へ赴いて休んでいる。
「すごい冒険だったな……」
ユーリイと志音を救うためとはいえ、あのように勇気を振り絞ることができたなんて未だに信じられない。まるで夢のようだ。
でも、それも終わり。
身代わり花嫁としての夢のような時間も終わりを告げた。
煌はもう紗綾姫でも王子でもない。キラ・ハルアとして新たな人生を迎えることになる。今後はひとりの侍従として、ユーリイの成長を見守っていこう。
軽やかなノックの音が鳴らされて、扉へ目をむける。入室してきたアレクとベッドの横に並び、眠るユーリイの顔を共に眺める。
「よく眠っているな。キラが助けに来てくれると信じていた……と、ユーリイの口から出たとき、私は我が耳を疑った。あの我儘ばかり撒き散らしていた皇子が、恐ろしい目に遭っても人を信じて待つことができたとは驚いた」
煌はくすりと微笑んで、感嘆の息を零しているアレクの横顔を見遣る。彼の双眸には驚きの中にも、息子の成長を喜ぶ色があった。
アレクは煌の肩に手を置いて、優しい笑みをむけた。
「さあ、帰ろう。宮廷へ」
思いもかけない言葉に眸を瞠る。今までアレクを始め、ロマンシアの人々を騙した罪を償わなければならないのに、宮廷へ入るなんてできるわけがない。
「僕は宮廷へは戻れません。皆様を騙した罪で、牢獄へ入らなければなりません」
息を呑んだユーリイはアレクの腕に縋りついた。はっとした志音も庇うように煌の脇に身を寄せる。
「キラを罰してはダメだ、父上! ボクはぜんぶ知ってました。キラを牢にいれるなら、ボクもはいる!」
「わたくしもです。煌さまの命だけはお助けください。わたくしはどうなっても構いません」
ふたりから身を挺した嘆願に迫られて、アレクは降参とでも言いたげに両手を掲げる。
「ふたりとも落ち着きなさい。私からこの事態に、もっとも最良と思われる裁決を下そう」
ごくりと息を呑む。口端を引き上げたアレクは、ひとりひとりの顔を見回した。
「紗綾姫は予定通り帰国した。瑠璃王は本物の紗綾姫の様子を見て不思議に思うかもしれないが、事の真相を話すかは本人に任せよう。何しろ兄にすべてを託していたのだからな。皇子の特別侍従キラ・ハルアは功績を称え、職務復帰とする。志音は皇子付きの第二侍従としてユーリイに仕えることを命じる」
皆の顔に喜びが溢れる。ユーリイは歓声を上げてアレクに抱きついた。
「ありがとう、父上!」
志音も煌の身にしがみつく。
「良かったですね、煌さま!」
「ああ、本当に……」
許されても良いのだろうか。
未だ茫然として事態を受け止めきれない煌に、アレクは深い笑みをむけた。
「君の勇気には感服した。ユーリイが無事でいられたのも、キラの活躍のおかげだ。感謝する」
「とんでもございません。僕の責任なのです。それなのに恩赦をいただいて、感謝を述べるのは僕のほうです」
「では、これにて落着というわけだな」
アレクは事件の解決を宣言するように、高々と腕を掲げた。
後始末の文句を連ねるルカとイサークは剣を仕舞い、部下に指示を出すべく移動する。
皆と共に古城から出ると、いつの間にか吹雪は止んでいた。白い森は何事もなかったかのように、静かに佇んでいる。天を見上げれば、爽やかな勿忘草色の空が広がっていた。
アレクの眸と同じ色だ。
冷たい冬の空だけれど、どこまでも澄み渡り、清々しい。
隣に佇むアレクは微笑を浮かべて双眸を細める。
古城の周りでは騎士団が帝都に戻るべく準備を開始していた。馬蹄を踏む音に混じり、ツンドラの枝葉から雪が滑り落ちる。
「皆、ご苦労だった。功績を称えて報償は弾もう。まずは帝都へ戻り、ゆっくり体を休めてくれ」
高らかな皇帝の呼びかけに、呼応する声が森に木霊する。
ロマンシア帝国皇帝、アレクサンドルと騎士団一行は帝都に帰還した。
ベッドで安らかな寝息を立てるユーリイの寝顔を眺めながら、煌は宮廷へ戻ってからの出来事を反芻していた。
胸を反らして戻ってきたユーリイと、その後ろで小さくなっている煌や志音を見たミハイルは事態を察したのか多くを問わなかった。「お帰りなさいませ」と挨拶をしたミハイルに、アレクは瑠璃国へ送る慰謝料と書簡の手続き、それに主の不在となった紅宮殿を掃き清めて元通り使用できるようにと命じた。忠実な皇帝の侍従は慇懃に従った。
煌と志音は皇子の特別侍従としてロマンシアに留まれることになったが住まいはなくなったので、宮殿の敷地内にある従者用の宿舎を借りることになった。既に志音は宿舎へ赴いて休んでいる。
「すごい冒険だったな……」
ユーリイと志音を救うためとはいえ、あのように勇気を振り絞ることができたなんて未だに信じられない。まるで夢のようだ。
でも、それも終わり。
身代わり花嫁としての夢のような時間も終わりを告げた。
煌はもう紗綾姫でも王子でもない。キラ・ハルアとして新たな人生を迎えることになる。今後はひとりの侍従として、ユーリイの成長を見守っていこう。
軽やかなノックの音が鳴らされて、扉へ目をむける。入室してきたアレクとベッドの横に並び、眠るユーリイの顔を共に眺める。
「よく眠っているな。キラが助けに来てくれると信じていた……と、ユーリイの口から出たとき、私は我が耳を疑った。あの我儘ばかり撒き散らしていた皇子が、恐ろしい目に遭っても人を信じて待つことができたとは驚いた」
煌はくすりと微笑んで、感嘆の息を零しているアレクの横顔を見遣る。彼の双眸には驚きの中にも、息子の成長を喜ぶ色があった。
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