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初恋の成就 1
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「ユーリイさまは強い心をお持ちです。日々成長しているんですよ」
アレクは苦笑して、その笑いを堪えきれないように煌の肩を抱いた。
「まさかユーリイが紗綾姫の正体を知っていたとはな。私など目に入らないかのようにキラに抱きついて、君と共に牢に入ると宣言するのだから。素晴らしい成長だ。人を思いやる心をユーリイが身につけられたのも、君のおかげだ」
「僕はユーリイさまに秘密を共有させました。それが元で招いた事件ですから、とても申し訳なく思っています」
「そう思うのなら、今後は堂々と私たちの傍にいなさい」
「アレク……。僕は、ロマンシアにいても良いのですか?」
ふたりは向き合い、視線を絡ませた。アレクは優しい微笑を浮かべて頷いた。
「ユーリイが解放されてキラの胸に抱きついたとき、私は確信した。ユーリイを私と共に育てることができるのは、キラしかいない。もう君を離せない。ずっと、ロマンシアにいてくれ」
感謝を捧げ、深く頭を垂れる。アレクは懐に手を入れると、取り出した品をこちらへ差し出した。
「忘れ物だ」
金色の刻印で名が刻まれた鉤針だ。大公に投げつけたあと紛失したと思っていたが、アレクが現場で拾っておいてくれたらしい。受け取った煌は鉤針を胸に抱きしめた。
「ありがとうございました」
「いつも持っていたのだな。紅宮殿に置いてあったのも、そういうわけか」
「申し訳ございません……。紗綾姫とキラ・ハルアが不義の仲だと誤解されましたよね。アレクを謀っているのが心苦しかったのですが、真実を告げないことが鳳凰木の下の初恋を守ることだと僕は信じました」
「私を慮ってのことだったのだな。もう良い。大事にしていてくれて嬉しい。僅かでも疑った私が悪かった」
寝返りを打ったユーリイに気づき、ふたりは顔を合わせる。ここで話し込んでいては起きてしまいそうだ。
「こちらへ」
アレクに促されて、そっと部屋を出る。誘われた先は廊下の最奥にある皇帝の寝所だった。
私室を訪れるのは初めてだ。緊張した面持ちで足を踏み入れる。
皇帝専用の私室は天蓋付きのベッドに暖炉、羅紗張りの寝椅子、ラウンドテーブルにはお茶を嗜むための銀のサモワールが置かれていた。紫檀の壁は藍色に塗られて落ち着いた品がある。
ふと背中に温かいものを感じて、鼓動が跳ねる。
煌の体は逞しい腕に包まれた。
「あ……アレク」
「今宵、君の休む場所は、私の腕の中だ」
緊張のあまり体を硬直させていると、体を返されて正面から碧の眸に見つめられる。アレクの真摯な双眸に射抜かれた。
「婚約を破棄したとき、想いを寄せる人がいると告げたな。あれは、君のことだ」
息を呑み、真実を受け止める。
アレクの想い人が、僕だったなんて。
紗綾姫ではない。アレクは煌自身を見てくれる。
封印していた恋心は、一縷の希望に向かっていく。
「好きだ。小屋での一夜は、過ちなどではない。私は君を好きだから、抱いた」
熱の篭った告白に、彼の真剣な想いを汲み取る。
胸に押し込めていたはずの淡い恋心は蕾が綻ぶように、ほろりと花開いた。
碧の眸を見つめながら、煌は言葉を紡ぐ。
「僕も、アレクが好きです。僕はずっとあなたを偽ってきました。紗綾のふりをしていました。でも本当は、僕自身を見てほしかったんです。鳳凰木の下で、アレクに恋をしたから」
初恋を打ち明ければ、頬に朱が刺す。いつもは象牙のような白い肌に差した朱を、アレクの指先が愛しげに辿る。
「氷の花の伝承のとおりだ。初恋を実らせることができた」
「アレク……まさか、鳳凰木の下で出会った紗綾姫は、僕だと気づいていたのですか?」
アレクは煌の頬に優しく触れながら口端に笑みを刻んだ。
「鈴の鳴る靴を履かせてあげただろう。ぽっくりといったか。君が私の肩にかけた手は緊張に震えていた。今でも鮮明に覚えている。私は恋に落ちた。その状況を詳しく知っていた紗綾姫は間違いなく私の初恋の人だ。しかしキラの眸を見ていると幾度となく奇妙な既視感を覚えた。あのときの純真な紗綾の眸と、同じ色をしているのだから。氷の花を見たとき、私たちはむかし会ったことがあると伝えたが、そのときに私は確信していた。鳳凰木の下で私と出会い、約束を交わしたのは、キラなのだと。君こそが、私の初恋の人だ」
きつく抱きしめられ、逞しい背に腕を回す。
月光の下、ふたりはかたく抱き合った。
アレクの纏う寝衣のローブは煌の頬を柔らかく包む。高貴な薫りのなかに潜む雄の匂いを仄かに感じ取り、陶然としてアレクの薫りを吸い込んだ。
アレクは苦笑して、その笑いを堪えきれないように煌の肩を抱いた。
「まさかユーリイが紗綾姫の正体を知っていたとはな。私など目に入らないかのようにキラに抱きついて、君と共に牢に入ると宣言するのだから。素晴らしい成長だ。人を思いやる心をユーリイが身につけられたのも、君のおかげだ」
「僕はユーリイさまに秘密を共有させました。それが元で招いた事件ですから、とても申し訳なく思っています」
「そう思うのなら、今後は堂々と私たちの傍にいなさい」
「アレク……。僕は、ロマンシアにいても良いのですか?」
ふたりは向き合い、視線を絡ませた。アレクは優しい微笑を浮かべて頷いた。
「ユーリイが解放されてキラの胸に抱きついたとき、私は確信した。ユーリイを私と共に育てることができるのは、キラしかいない。もう君を離せない。ずっと、ロマンシアにいてくれ」
感謝を捧げ、深く頭を垂れる。アレクは懐に手を入れると、取り出した品をこちらへ差し出した。
「忘れ物だ」
金色の刻印で名が刻まれた鉤針だ。大公に投げつけたあと紛失したと思っていたが、アレクが現場で拾っておいてくれたらしい。受け取った煌は鉤針を胸に抱きしめた。
「ありがとうございました」
「いつも持っていたのだな。紅宮殿に置いてあったのも、そういうわけか」
「申し訳ございません……。紗綾姫とキラ・ハルアが不義の仲だと誤解されましたよね。アレクを謀っているのが心苦しかったのですが、真実を告げないことが鳳凰木の下の初恋を守ることだと僕は信じました」
「私を慮ってのことだったのだな。もう良い。大事にしていてくれて嬉しい。僅かでも疑った私が悪かった」
寝返りを打ったユーリイに気づき、ふたりは顔を合わせる。ここで話し込んでいては起きてしまいそうだ。
「こちらへ」
アレクに促されて、そっと部屋を出る。誘われた先は廊下の最奥にある皇帝の寝所だった。
私室を訪れるのは初めてだ。緊張した面持ちで足を踏み入れる。
皇帝専用の私室は天蓋付きのベッドに暖炉、羅紗張りの寝椅子、ラウンドテーブルにはお茶を嗜むための銀のサモワールが置かれていた。紫檀の壁は藍色に塗られて落ち着いた品がある。
ふと背中に温かいものを感じて、鼓動が跳ねる。
煌の体は逞しい腕に包まれた。
「あ……アレク」
「今宵、君の休む場所は、私の腕の中だ」
緊張のあまり体を硬直させていると、体を返されて正面から碧の眸に見つめられる。アレクの真摯な双眸に射抜かれた。
「婚約を破棄したとき、想いを寄せる人がいると告げたな。あれは、君のことだ」
息を呑み、真実を受け止める。
アレクの想い人が、僕だったなんて。
紗綾姫ではない。アレクは煌自身を見てくれる。
封印していた恋心は、一縷の希望に向かっていく。
「好きだ。小屋での一夜は、過ちなどではない。私は君を好きだから、抱いた」
熱の篭った告白に、彼の真剣な想いを汲み取る。
胸に押し込めていたはずの淡い恋心は蕾が綻ぶように、ほろりと花開いた。
碧の眸を見つめながら、煌は言葉を紡ぐ。
「僕も、アレクが好きです。僕はずっとあなたを偽ってきました。紗綾のふりをしていました。でも本当は、僕自身を見てほしかったんです。鳳凰木の下で、アレクに恋をしたから」
初恋を打ち明ければ、頬に朱が刺す。いつもは象牙のような白い肌に差した朱を、アレクの指先が愛しげに辿る。
「氷の花の伝承のとおりだ。初恋を実らせることができた」
「アレク……まさか、鳳凰木の下で出会った紗綾姫は、僕だと気づいていたのですか?」
アレクは煌の頬に優しく触れながら口端に笑みを刻んだ。
「鈴の鳴る靴を履かせてあげただろう。ぽっくりといったか。君が私の肩にかけた手は緊張に震えていた。今でも鮮明に覚えている。私は恋に落ちた。その状況を詳しく知っていた紗綾姫は間違いなく私の初恋の人だ。しかしキラの眸を見ていると幾度となく奇妙な既視感を覚えた。あのときの純真な紗綾の眸と、同じ色をしているのだから。氷の花を見たとき、私たちはむかし会ったことがあると伝えたが、そのときに私は確信していた。鳳凰木の下で私と出会い、約束を交わしたのは、キラなのだと。君こそが、私の初恋の人だ」
きつく抱きしめられ、逞しい背に腕を回す。
月光の下、ふたりはかたく抱き合った。
アレクの纏う寝衣のローブは煌の頬を柔らかく包む。高貴な薫りのなかに潜む雄の匂いを仄かに感じ取り、陶然としてアレクの薫りを吸い込んだ。
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