乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第一章 引きこもり伯爵の受難

伯爵と狂気人形

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 仮面を取り去り、ばさりと帽子を外せば背中に銀糸のような髪が散る。普段着にしているシュミーズに着替え、長い髪を紐で括る。黒のドレスは胸元を強調しすぎたせいか、リボンが緩んでしまった。後で直しておくことにしようと、ひとまずクローゼットに仕舞う。本棚の裏にある秘密のクローゼットは音を立てて隠れ、乙女怪盗の衣装を抱き込んだ。
 ノエル・コレットは戦利品の宝石を改めて眺める。
 五カラットのダイヤモンドは気高い煌めきを放っている。
 違う。これじゃない。
 溜息を吐いて屋敷の階段を下り、リビングへ入る。新聞を広げていたコレット伯爵家ただひとりの執事フランソワが、歌うように朗々と述べた。

「乙女怪盗、現る! 世間を賑わせる美少女怪盗は何者か。果たしてその目的は。宝石商のブルボン氏の証言『保険に入っているので大した痛手ではありません。むしろ乙女怪盗に盗まれると宣伝効果があるので店が繁盛して助かります』ですって。さすが見上げた商人根性でございますね」
「フランソワ。いつまで新聞読んでるの? お茶淹れてくれない?」

 革張りのソファに長い足を組んで座り、ゆったりと紅茶のカップを傾けている姿は、まるで屋敷の主のようである。あなた、執事ですよね?

「失礼しました、坊ちゃま。それで、いかがでしたか?」

 手にしている昨夜頂戴した宝石に、眼鏡の奥から興味深げな視線が送られる。
 ノエルは肩を落として首を左右に振った。

「違うね。この感触じゃない」
「そうでしたか……。しかし気を落とさないでください。まだ確定したわけではありません。さあ、いつものように狂気人形に抱かせてあげましょう」
「うん、そうだね。で、私の紅茶はいつ出てくるのかな」

 華麗に黙殺されて、にこやかな笑みを浮かべたフランソワに人形部屋へと導かれる。紅茶を嗜むのは少し後のことになりそうだ。
 屋敷の一角にある大きな樫の扉を開ければ、コレクションケースに鎮座する数多の人形が出迎える。ノエルの愛する狂気人形たちだ。

「おはよう、ビアンカ。今日も可愛いよ。ルイは少しご機嫌斜めだね。抱っこしようか」

 耳まで裂けた口から滴る血。飛び出た眼球。折れそうな細い首。
 狂気人形とはその名のとおり、人の狂気を象った人形である。すべてノエルのお手製だ。もちろん本物の血や眼球ではなく、フェルトやプラスチックで出来ている。

「ああ~、この愛らしい口元。儚げな眼差し。彼方を見つめる視線の先にあるもの、それは狂気……最高……っ」

 ぎゅっと人形を抱きしめて悦に浸る。
 狂気人形こそ世の英知と愛の結晶だ。こんなに愛くるしいものがこの世にあるなんて、なんという奇蹟。

「坊ちゃま。お楽しみのところ申し訳ございませんが、作業を完了させましょう」

 いかなるときも微笑を絶やさない完璧執事は棚から裁縫道具を取り出した。ノエルは先日作ったばかりの狂気人形の背を開く。胴体部分には綿が詰められている。指先で綿を押し退け、ダイヤモンドを挿入する。
 ちくちくと背を縫って、宝石入りの狂気人形が完成した。

「盗んだ宝石が狂気人形の腹の中にあるなんて、誰も思わないだろうな」
「坊ちゃまの根暗な趣味も役に立つことが、あるんですねえ」

 耳心地の良い低音でしみじみと告げられると、反論する気も起きない。そのとおりでございますね。これでも伯爵です。
 ノエルは新しい人形をコレクションに加えた。
 こうして出来た狂気人形は、九八体となった。そのひとつひとつに宝石が仕込まれているので、これまでに盗んだ宝石は九八個ということだ。
 夜は乙女怪盗、昼は根暗な引きこもり伯爵というふたつの顔を持つノエルは、趣味で盗みを行っているわけではなかった。
 人から物を盗むなんて悪いことに決まっている。金銭的に不自由しているわけでもない。乙女怪盗として世間の注目を浴びたいわけでもない。出来れば永遠に引きこもって、ひたすら狂気人形を作成する平穏な日々を送りたいのである。
 では何故こうなったかというと、それはコレット家に伝わる宝石が盗まれた事件に起因する。
 当時、ノエルはまだ三歳の子どもだった。
 今でも覚えている。
 父の大きな掌が、宝石を握らせてくれた。
 これは我が家に伝わる世界にひとつだけの宝だ。「天空の星」というんだ。ノエルがこの宝を守っていくんだよ。
 ちいさなてのひらに乗せられた、たからもの。
 気がついたときには、狼狽する父が警察を呼べと大声を上げていた。怖くなって泣き出すと、父は怪我がなくて良かったと抱きしめてくれた。
 父が席を外していたわずかな隙に、宝石は盗まれた。以来、父は宝石の行方と賊を捜して奔走したが、結局詳しいことはわからず現在に至っている。数年前父は他界して、母はノエルを産んだときに亡くなっている。家族と呼べる存在は、幼少の頃から仕えてくれている執事のフランソワだけになってしまった。
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