乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第二章 マリアの涙を盗め

(アラン視点)事件の考察

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 翌朝の新聞の見出しは、『乙女怪盗と警部、屋根の上の決戦!』という一文が大きく躍っていた。
 デスクに新聞を投げ出したアランは、溜息を吐いて額に手を宛てる。上機嫌でやってきたバルスバストルは各社の新聞を持ちきれないほど両腕に抱えていた。

「アラン警部~すごいですよ。どこの新聞も昨夜の件が一面を飾っています。新聞社の方が取材に来てますけど、お通ししてよろしいですかあアハン」
「断れ」

 警察本部の窓から通りを眺めれば、記者たちで溢れていた。昨夜の件といい、記者というものは邪魔ばかりしてくれる。
 結局、乙女怪盗は取り逃がしてしまった。宝石店に戻り保管庫の扉を開けてみれば、マリアの涙は盗まれていた。残されていたのは空のショーケースと、消火装置で撒き散らされた水くらいのものだ。
 あのタイミングで、どうやって盗んだ?
 火事騒ぎが絡んでいるのは疑いようがない。火元は確認できず、煙の原因は窓から投げ込まれた煙玉だと判明した。屋根の上で投げつけられたものと同質だ。
 だが、ブルジョワ氏の胸元にある保管庫の鍵を奪い、侵入して宝石を盗んだあと再び鍵を元に戻すことを、あの短時間で、しかもブルジョワ氏に知られずに行うことは不可能だ。
 屋根の上で乙女怪盗が見せつけたのは本物のマリアの涙だと仮定すれば、やはり何らかの手段で盗んだのだ。その謎は、保管庫の中で見つかった紙片が握っている。

「鑑識からの報告はまだか。それから頼んでおいた品物は届いたか」
「ええとですね~」

 新聞の山に埋もれているバルスバストルを放置して、アランは自ら鑑識課へ赴いた。望みどおりの報告を得てからいくつかの部署を巡り、小さな会議室へ立てこもる。

「何をするんですか? ンフゥ」
「実験だ」

 用意したのは宝石を収めるのに似たショーケースと、お湯を注ぐための一般的なポット。絵画用のパステル。それに注文して届いたばかりの紙袋だ。
 アランは紙袋から中身を取り出す。現れたのは一枚の用紙だった。

「これはな、マジックキャンバスという奇術師が使う紙だ」
「画家が使用するキャンバスみたいですね。絵が描けそうです~ンフ」
「そうだ。たとえば林檎を描いて事前に用意しておき、観客に見せるとしよう」

 林檎と言いながら、アランはパステルで宝石の絵を描いた。青い涙型の宝石が即興でマジックキャンバスの中央に描かれる。

「これはもしかすると、マリアの涙ですか? アラン警部は中々の画伯ですねえンフフ」
「たとえだ。実際は本物と見間違うくらいの出来映えだとする。これをショーケースに貼り付けておく」

 伸縮性の素材で、裏面には接着剤が塗られている。マジックキャンバスはショーケースに吸いつくように貼られた。薄暗い室内で遠目ならば、絵の宝石は本物と思い込んでしまうだろう。
 ポットを手にして、上から水をかける。するとマジックキャンバスは見る間に溶けて跡形もなくなり、空のショーケースが残った。

「あれえ? 水で溶けちゃうんですかアハア?」
「奇術のショーで使われる手口だ。手を触れずに物体を消したと思い込ませる。マリアの涙もこうして盗まれたんだ。現場から発見した紙片は、マジックキャンバスの素材だと鑑識の結果が出た」

 空のショーケースを大事に守っていたとは笑い話だ。乙女怪盗は事前に宝石を盗み、宝石の絵を描いたマジックキャンバスを貼り付けておいた。後は火事騒ぎを起こして消火装置の水をかけさせれば良い。

「なるほど~。でもジョゼフィーヌは、いつマジックキャンバスを貼ったんでしょうね。僕が見たのは絵だったのかなぁ。本物の宝石に見えましたけどオフウ」

 問題はそこだ。
 いくら緻密に描いたところで、間近から見れば絵だと気づく。宝石商であるブルジョワ氏の目は幾度も誤魔化せないだろう。

「最後に確認したのは俺たちが訪れたときだ。ブルジョワ氏を含めた四人が宝石を見ている。仕掛けるとしたら、そこだろうな」

 はっとしたバルスバストルは体を小刻みに震わせた。

「まままさか……アラン警部の正体はジョセフィーヌ……フンガフッフ⁉」
「おまえの逞しい推理は称賛に値するな。正確には俺かおまえか、ノエルかブルジョワ氏ということになる」

 斜め上の結論を出す部下を侮蔑を込めた眼差しで見遣る。
アランの逞しい体躯でどうやってあの衣装を着るというのか。そうすると全員が男性なので、この中に犯人がいるとすれば乙女怪盗の共犯者ということになるだろう。
 屋根の上では、あと一息で乙女怪盗を捕縛できるというときに煙玉を浴びせられた。両腕を掴んでいたことと煙の湧いた方角を鑑みれば、何者かが乙女怪盗を救うためにやったのだ。
 考えてみれば単独犯という証拠はない。派手に登場するので目立つが、共犯者が存在してこそ成し遂げられる状況も多々ある。
 天井を見上げて懸命に考えていたバルスバストルは、またしても奇想天外な答えを出した。 

「じゃあ、四人全員が犯人ということになりますねンフ」
「……何だと? どういうことだ、説明しろ」
「あのときは、皆そろって宝石を見てましたよね。ひとりになるタイミングがありません。ですから我々はジョゼフィーヌに催眠術をかけられて、四人でマジックキャンバスを貼ったということですウフッフ」

 アランは記憶を掘り起こした。
 宝石を鑑賞してから、アランとブルジョワ氏だけが先に保管庫を出た。早く来いと部下を急かしたことを覚えている。鑑定書を眺めていたので残ったふたりに注意を向けていなかったが、気がついたらノエルとバルスバストルは隣に並んでいた。
 話を終えてからブルジョワ氏は保管庫に鍵を掛けていた……。そのときにブルジョワ氏が中を覗いたかどうかはもう曖昧だ。
 誰もひとりになるタイミングがない。と、思われる。

「ダメだ。行き詰まったな」

 頭を振って記憶を探ることをやめる。
 主観ほど不確かなものはない。
 乙女怪盗は先入観という人間の思い込みを利用している。宝石は保管庫にあるはず。火事だと誰かが叫んだから火の手が上がるはず。
 催眠術だなんて馬鹿らしい物より更に厄介だ。
 そういえば始めに火事だと叫んだのは誰だ。
 どこかで聞き覚えのある声だったが、思い出せない。乙女怪盗の声質とは異なる。共犯者だろう。

「証拠が必要だ。明確な証拠と身柄の確保の両方を揃えなければ、乙女怪盗には勝てない」

 トリックは解明できても、その先に進めない。
 だがもうひとつ、確認すべき事柄がある。
 アランは昨夜、乙女怪盗の掌を握り返した感触を確かめるかのように、掌を開いては閉じることを繰り返した。
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