乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
11 / 54
第二章 マリアの涙を盗め

(アラン視点)事件の考察

しおりを挟む
 翌朝の新聞の見出しは、『乙女怪盗と警部、屋根の上の決戦!』という一文が大きく躍っていた。
 デスクに新聞を投げ出したアランは、溜息を吐いて額に手を宛てる。上機嫌でやってきたバルスバストルは各社の新聞を持ちきれないほど両腕に抱えていた。

「アラン警部~すごいですよ。どこの新聞も昨夜の件が一面を飾っています。新聞社の方が取材に来てますけど、お通ししてよろしいですかあアハン」
「断れ」

 警察本部の窓から通りを眺めれば、記者たちで溢れていた。昨夜の件といい、記者というものは邪魔ばかりしてくれる。
 結局、乙女怪盗は取り逃がしてしまった。宝石店に戻り保管庫の扉を開けてみれば、マリアの涙は盗まれていた。残されていたのは空のショーケースと、消火装置で撒き散らされた水くらいのものだ。
 あのタイミングで、どうやって盗んだ?
 火事騒ぎが絡んでいるのは疑いようがない。火元は確認できず、煙の原因は窓から投げ込まれた煙玉だと判明した。屋根の上で投げつけられたものと同質だ。
 だが、ブルジョワ氏の胸元にある保管庫の鍵を奪い、侵入して宝石を盗んだあと再び鍵を元に戻すことを、あの短時間で、しかもブルジョワ氏に知られずに行うことは不可能だ。
 屋根の上で乙女怪盗が見せつけたのは本物のマリアの涙だと仮定すれば、やはり何らかの手段で盗んだのだ。その謎は、保管庫の中で見つかった紙片が握っている。

「鑑識からの報告はまだか。それから頼んでおいた品物は届いたか」
「ええとですね~」

 新聞の山に埋もれているバルスバストルを放置して、アランは自ら鑑識課へ赴いた。望みどおりの報告を得てからいくつかの部署を巡り、小さな会議室へ立てこもる。

「何をするんですか? ンフゥ」
「実験だ」

 用意したのは宝石を収めるのに似たショーケースと、お湯を注ぐための一般的なポット。絵画用のパステル。それに注文して届いたばかりの紙袋だ。
 アランは紙袋から中身を取り出す。現れたのは一枚の用紙だった。

「これはな、マジックキャンバスという奇術師が使う紙だ」
「画家が使用するキャンバスみたいですね。絵が描けそうです~ンフ」
「そうだ。たとえば林檎を描いて事前に用意しておき、観客に見せるとしよう」

 林檎と言いながら、アランはパステルで宝石の絵を描いた。青い涙型の宝石が即興でマジックキャンバスの中央に描かれる。

「これはもしかすると、マリアの涙ですか? アラン警部は中々の画伯ですねえンフフ」
「たとえだ。実際は本物と見間違うくらいの出来映えだとする。これをショーケースに貼り付けておく」

 伸縮性の素材で、裏面には接着剤が塗られている。マジックキャンバスはショーケースに吸いつくように貼られた。薄暗い室内で遠目ならば、絵の宝石は本物と思い込んでしまうだろう。
 ポットを手にして、上から水をかける。するとマジックキャンバスは見る間に溶けて跡形もなくなり、空のショーケースが残った。

「あれえ? 水で溶けちゃうんですかアハア?」
「奇術のショーで使われる手口だ。手を触れずに物体を消したと思い込ませる。マリアの涙もこうして盗まれたんだ。現場から発見した紙片は、マジックキャンバスの素材だと鑑識の結果が出た」

 空のショーケースを大事に守っていたとは笑い話だ。乙女怪盗は事前に宝石を盗み、宝石の絵を描いたマジックキャンバスを貼り付けておいた。後は火事騒ぎを起こして消火装置の水をかけさせれば良い。

「なるほど~。でもジョゼフィーヌは、いつマジックキャンバスを貼ったんでしょうね。僕が見たのは絵だったのかなぁ。本物の宝石に見えましたけどオフウ」

 問題はそこだ。
 いくら緻密に描いたところで、間近から見れば絵だと気づく。宝石商であるブルジョワ氏の目は幾度も誤魔化せないだろう。

「最後に確認したのは俺たちが訪れたときだ。ブルジョワ氏を含めた四人が宝石を見ている。仕掛けるとしたら、そこだろうな」

 はっとしたバルスバストルは体を小刻みに震わせた。

「まままさか……アラン警部の正体はジョセフィーヌ……フンガフッフ⁉」
「おまえの逞しい推理は称賛に値するな。正確には俺かおまえか、ノエルかブルジョワ氏ということになる」

 斜め上の結論を出す部下を侮蔑を込めた眼差しで見遣る。
アランの逞しい体躯でどうやってあの衣装を着るというのか。そうすると全員が男性なので、この中に犯人がいるとすれば乙女怪盗の共犯者ということになるだろう。
 屋根の上では、あと一息で乙女怪盗を捕縛できるというときに煙玉を浴びせられた。両腕を掴んでいたことと煙の湧いた方角を鑑みれば、何者かが乙女怪盗を救うためにやったのだ。
 考えてみれば単独犯という証拠はない。派手に登場するので目立つが、共犯者が存在してこそ成し遂げられる状況も多々ある。
 天井を見上げて懸命に考えていたバルスバストルは、またしても奇想天外な答えを出した。 

「じゃあ、四人全員が犯人ということになりますねンフ」
「……何だと? どういうことだ、説明しろ」
「あのときは、皆そろって宝石を見てましたよね。ひとりになるタイミングがありません。ですから我々はジョゼフィーヌに催眠術をかけられて、四人でマジックキャンバスを貼ったということですウフッフ」

 アランは記憶を掘り起こした。
 宝石を鑑賞してから、アランとブルジョワ氏だけが先に保管庫を出た。早く来いと部下を急かしたことを覚えている。鑑定書を眺めていたので残ったふたりに注意を向けていなかったが、気がついたらノエルとバルスバストルは隣に並んでいた。
 話を終えてからブルジョワ氏は保管庫に鍵を掛けていた……。そのときにブルジョワ氏が中を覗いたかどうかはもう曖昧だ。
 誰もひとりになるタイミングがない。と、思われる。

「ダメだ。行き詰まったな」

 頭を振って記憶を探ることをやめる。
 主観ほど不確かなものはない。
 乙女怪盗は先入観という人間の思い込みを利用している。宝石は保管庫にあるはず。火事だと誰かが叫んだから火の手が上がるはず。
 催眠術だなんて馬鹿らしい物より更に厄介だ。
 そういえば始めに火事だと叫んだのは誰だ。
 どこかで聞き覚えのある声だったが、思い出せない。乙女怪盗の声質とは異なる。共犯者だろう。

「証拠が必要だ。明確な証拠と身柄の確保の両方を揃えなければ、乙女怪盗には勝てない」

 トリックは解明できても、その先に進めない。
 だがもうひとつ、確認すべき事柄がある。
 アランは昨夜、乙女怪盗の掌を握り返した感触を確かめるかのように、掌を開いては閉じることを繰り返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

今度は静かに暮らしたい。

黒蜜きな粉
ファンタジー
信頼していた者に裏切られ封じられてしまった魔法使いのラティナ。 ようやく解放されたと思ったら外の世界では三百五十年も経っていた! 世の中はすっかり様変わり。 ラティナの使う魔法は廃れてしまい、現代では誰も扱える者がいなくなっていた。 今度こそ平穏無事に暮らしたいと願うラティナ。 しかし、もはや古代魔法と呼ばれる術を気軽に扱う者が放っておかれるわけがなかった。 城の中で渦巻くさまざまな思惑に、ラティナは巻き込まれていく。 2023/8/30 第16回ファンタジー小説大賞にエントリーいたしました。 よろしければ投票、応援をお願いいたします!

記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派
ファンタジー
 勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"  その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。  そんなところに現れた一人の中年男性。  記憶もなく、魔力もゼロ。  自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。  記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。  その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。 ◆◆◆  元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。  小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。 ※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。 表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】俺が信長で、幼馴染が吉乃と濃姫!? ~転生幼馴染トリオ、本能寺フラグ回避して戦国スローライフ目指します

月影 流詩亜
ファンタジー
事故で転生したのは、まさかの織田信長!? しかも、隣にいたはずの可愛い幼馴染(双子)も、なぜか信長の側室「吉乃」と正室「濃姫」に! 史実の本能寺フラグを回避するため、うつけの仮面の下、三人は秘密の同盟を結ぶ。 現代知識と絆を武器に、戦国スローライフを目指すサバイバル開幕!

処理中です...