乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第二章 マリアの涙を盗め

刑事たちの訪問 1

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 ノエルが寝巻にナイトガウンを羽織った姿で応接間に現れると、晴れ晴れしい笑顔のバルスバストルとは対照的に、アランはいつにもまして険しい表情を浮かべた。

「風邪の具合はどうだ」
「おかげさまで熱は下がりました。昨夜は休んでしまい申し訳ありません。新聞で読みましたが、大変なご活躍でしたね」

 褒めたつもりが神経を逆撫でしてしまったようで、アランは渋面を作る。
 フランソワの提供する紅茶の芳香が、ふわりと温もりをもたらした。

「坊ちゃまの分はホットミルクに致しました。まだ風邪が完治しておりませんからね」
「ありがとう」

 ホントにね。
 大活躍だったのはこちらのほうで、夜中に薄いドレスを着て駆け回るものだから、帰宅したら本当に風邪を引いてしまった。まったく、乙女怪盗も楽じゃないよ。
 咳をしながら温かい飲み物で喉を潤していると、バルスバストルは嬉々として身を乗り出した。

「聞いて下さい伯爵、ウフフ。なんと! 犯人は我々四人なんですよ。あ、フランソワさんは残念ながら加わっていませんけどンフゥ」
「……はい? どういうことですか?」

 宝石を盗んだトリックの解説を聞きながら、ノエルは相槌を打った。バルスバストルの説明はかなり回りくどいものだったが、概ね当たっている。最後の犯人が四人という飛躍さえなければ。
 アランに呼び出されてバルスバストルが保管庫を飛び出したわずかな隙に、ノエルはショーケースから宝石を取り出してマジックキャンバスを被せた。ものの数秒もあれば充分だった。精巧な宝石の絵はノエルの手によるものだ。手芸も得意だが絵画も得意。まったく無駄な特技だと思っていたが、意外なところで役に立つものである。
『乙女怪盗が盗むまで宝石はショーケースにある』という先入観を利用したトリックで、犯行の数日前からマリアの涙はノエルの手中にあったのだ。昨夜は保管庫にはもちろん出入りしていない。屋根の上で予め懐に収めていた宝石を掲げて見せるだけの簡単なお仕事――のはずだったが、アランのおかげで大分苦戦を強いられてしまった。
 アランの様子から察するに、ジョゼフィーヌとノエルが同一人物という点には辿り着かなかったようだ。もっとも乙女怪盗の身柄を拘束されない限り、確たる証拠など何もない。
 犯人四人説を得意気に披露したバルスバストルは、一仕事終えた充実感でいっぱいらしい。美味しそうに紅茶を飲み干した。
 その犯人四人に、あなたも入っているのでは?
 どこまでもお茶目な刑事で助かる。
 アランはひと言も発しない。まさか正体がバレているはずはないと思うが。
 ホットミルクのカップを傾けながら、ノエルは推論を投げかけてみた。 

「四人とは限らないのでは?」

 え、と一同の視線が注がれる。アランは続きを促した。

「説明しろ」
「ブルジョワ氏が嘘をついているという可能性もあります。たとえば、従業員が宝石を盗んだ失態を隠したいとか」
「内部の犯行なら何故乙女怪盗が関わってくる。奴は屋根の上でマリアの涙を見せたんだぞ」
「本物でしたか?」
「……断言はできないな。だが、ブルジョワ氏がこんな回りくどいことを計画したというのか?」
「あくまでも推測ですから」

 疑わしそうに眉根を寄せて、アランは腕組みをする。
 ブルジョワ氏に容疑を被せたのは申し訳ないが、撹乱は成功したようだ。
 にこりと微笑んだフランソワが追従する。

「ぜひ、わたくしも怪盗一味に加えて下さい。お茶を出したり掃除をしたり変装したり、馬車の運転もできますよ」
「フランソワさん、それぜんぶ執事のお仕事じゃないですかぁアハン」

 ちょっと待て。変なの入ってなかった?
 フランソワとバルスバストルは緩やかにショコラ談義へと移行しながら、昼下がりのティータイムに花を咲かせていた。
 刑事と執事が完全に休憩に入ってしまったので、手持ち無沙汰になったノエルはカップを持て余す。アランはテラスの向こうへ目をむけた。

「見事な薔薇だな」
「私が育てているんです。見てみますか?」
「ほう。園芸なんかもやるのか」
「趣味の領域ですけど」

 ふたりは連れ立ってテラスへ出た。薔薇が咲き誇る庭は芳しい香りに溢れている。薄い桃色の花弁を幾重にも纏う薔薇たちを、暖かな春の風が撫でていく。そうしてまた、噎せ返るような香りが舞い立った。

「寒くないか」

 庭への階段を下りる際、淑女にそうするように手を差し伸べられる。いつもどおり、ノエルは首を横に振る。
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