乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

黒幕登場

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 先ほど散らばった狂気人形の綿に、足を取られてしまった。
 一瞬の空白。
 その隙を見逃さず、アランの剣が振り下ろされる。咄嗟に構えて防いだが、体勢は尻を着く寸前だ。このままでは、いずれ、力で押し切られる。

「降参しろ」

 アランは勝利を確信したのか、すでに瞳の中に燃えていた炎は凪いでいた。完全に劣勢に追い込まれたジョゼフィーヌは、それでも渾身の力を込めて剣を受け止め続ける。

「残念ね。私が降参するときは――」

 ふいに肩の力を抜いた。床に崩れ落ちるかに見えたジョゼフィーヌは、素早く体をスライドさせてアランの脛を蹴り上げる。
 咄嗟のことに反応が遅れたアランは、片手を床に付いてしまった。

「くっ……」

 すらりと、アランの首元にレイピアが添えられる。ジョゼフィーヌは艶然と微笑んだ。

「あなたに、惚れてあげるわ」
「……それは、楽しみ、だ……」

 アランは、がくりと床に突っ伏した。掌から剣が零れ落ちる。
 脛を蹴っただけで致命傷になるとは思えないが、どうしたことだろう。
 身を屈めて横顔を覗けば、なんと彼は安らかな寝息を立てていた。

「この状況でよく寝られるわね。……あ、まさか……」

 やはり、睡眠薬入りの紅茶を飲んだのはアランだったのだ。
 フランソワが遅効性だと言っていたので、今頃になって効いたということ。
 ジョゼフィーヌは肩を竦めてレイピアを鞘に収めた。

「おつかれさま。よい夢を。……さてと」

 扉に目をむければ、それまで身を縮めながら戦いを傍観していたバルスバストルが、びくりと飛び上がった。

「あああああああ、ジョ、ジョゼ……」

 今度は自分の番かと動揺してしまっている。ジョゼフィーヌはできるだけやんわりと声をかけた。

「私が宝石を盗むところを、大人しく見ていてくださるかしら。バルス刑事?」
「そそそそういうわけには……んふわああああああ‼」

 両手を振り上げて、バルスバストルは襲いかかってきた。
 が、途中で絨毯につんのめり、ジョゼフィーヌのドレスにがしりとしがみつく。

「あああああ……あったかい、ジョゼフィーヌ~ンフ~」
「ちょっと、離れなさいよ。どこ触ってんのよ⁉」

 引き剥がそうとするほど抱きついてくるバルスバストルに手を焼く。背後から近づいてきた影に、バルスバストルの首根がぐいと掴まれた。

「おやおや。刑事さんが御婦人にそのような真似を働いては、いけませんね」

 そこにいるべきはずのない人物の登場に瞠目する。

「フランソワ⁉ あなた……」

 一体どうして。
 睡眠薬で、ぐっすり眠っていたはずなのに。
 今頃になって現れたフランソワは優雅な笑みを浮かべながら、片手に携えたロープを見せた。

「婦女暴行未遂、並びに器物損壊容疑で逮捕……とはいきませんが、警察が来るまで大人しくしていただきましょうか。バルス刑事」
「えええええ⁉ そんなあ、誤解なんですうううグフウ」

 瞬く間にバルスバストルは体にロープを巻かれて、手際良く拘束された。

「わたくしが寝ている間に、バルス刑事が部屋から狂気人形を持ち出したことは、夢ではありませんよね?」
「ええ~、見てたんですかぁ~ンフファ~……」

 床に散らばる狂気人形たちが何よりの証拠だ。バルスバストルは、がくりと肩を落としながら欠伸をした。眠っているアランと共に、丁重に階段の踊り場に転がされると、バルスバストルも気持ち良さそうに眠り出す。
 どうやら睡眠薬入り紅茶は、当初の予定通りアランと侯爵に配られたようだ。どうせ効くなら、もう少し早く効いて欲しいものだ。

「フランソワったら、寝たふりをしてたのね?」

 完璧執事はいつものごとく、爽やかに微笑んだ。

「ですから、申し上げましたよね。あの睡眠薬は遅効性で、夜中に効いてくると。もっとも紅茶がロシアンルーレットになってしまったのは中々のスリルがありましたが」

 華麗にウィンクを投げられて、ジョゼフィーヌは降参とばかりに両手を挙げる。
 味方まで一杯食わせるとは、たいした執事だ。そして自分たちの強運に恐れ入る。
 表情を改めたフランソワは、扉の向こう側にいる警察たちをちらりと窺った。

「ラ・ファイエット侯爵に変装したバルス刑事は何らかの動きを見せるはずですから。尻尾を掴むために油断させる必要があったのです。わたくしの寝顔に顔を近づけて何度も確認されたときは、笑いを堪えるのが大変でしたよ。びくびくしながら人形を持ち出すものですから、お手伝いしてあげたくなりました」

 楽しげに話すフランソワの聞き捨てならない台詞に、ジョゼフィーヌは身を乗り出す。

「なによそれ。まさか、侯爵の正体を知ってたの?」
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