乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
51 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

黒幕登場

しおりを挟む
 先ほど散らばった狂気人形の綿に、足を取られてしまった。
 一瞬の空白。
 その隙を見逃さず、アランの剣が振り下ろされる。咄嗟に構えて防いだが、体勢は尻を着く寸前だ。このままでは、いずれ、力で押し切られる。

「降参しろ」

 アランは勝利を確信したのか、すでに瞳の中に燃えていた炎は凪いでいた。完全に劣勢に追い込まれたジョゼフィーヌは、それでも渾身の力を込めて剣を受け止め続ける。

「残念ね。私が降参するときは――」

 ふいに肩の力を抜いた。床に崩れ落ちるかに見えたジョゼフィーヌは、素早く体をスライドさせてアランの脛を蹴り上げる。
 咄嗟のことに反応が遅れたアランは、片手を床に付いてしまった。

「くっ……」

 すらりと、アランの首元にレイピアが添えられる。ジョゼフィーヌは艶然と微笑んだ。

「あなたに、惚れてあげるわ」
「……それは、楽しみ、だ……」

 アランは、がくりと床に突っ伏した。掌から剣が零れ落ちる。
 脛を蹴っただけで致命傷になるとは思えないが、どうしたことだろう。
 身を屈めて横顔を覗けば、なんと彼は安らかな寝息を立てていた。

「この状況でよく寝られるわね。……あ、まさか……」

 やはり、睡眠薬入りの紅茶を飲んだのはアランだったのだ。
 フランソワが遅効性だと言っていたので、今頃になって効いたということ。
 ジョゼフィーヌは肩を竦めてレイピアを鞘に収めた。

「おつかれさま。よい夢を。……さてと」

 扉に目をむければ、それまで身を縮めながら戦いを傍観していたバルスバストルが、びくりと飛び上がった。

「あああああああ、ジョ、ジョゼ……」

 今度は自分の番かと動揺してしまっている。ジョゼフィーヌはできるだけやんわりと声をかけた。

「私が宝石を盗むところを、大人しく見ていてくださるかしら。バルス刑事?」
「そそそそういうわけには……んふわああああああ‼」

 両手を振り上げて、バルスバストルは襲いかかってきた。
 が、途中で絨毯につんのめり、ジョゼフィーヌのドレスにがしりとしがみつく。

「あああああ……あったかい、ジョゼフィーヌ~ンフ~」
「ちょっと、離れなさいよ。どこ触ってんのよ⁉」

 引き剥がそうとするほど抱きついてくるバルスバストルに手を焼く。背後から近づいてきた影に、バルスバストルの首根がぐいと掴まれた。

「おやおや。刑事さんが御婦人にそのような真似を働いては、いけませんね」

 そこにいるべきはずのない人物の登場に瞠目する。

「フランソワ⁉ あなた……」

 一体どうして。
 睡眠薬で、ぐっすり眠っていたはずなのに。
 今頃になって現れたフランソワは優雅な笑みを浮かべながら、片手に携えたロープを見せた。

「婦女暴行未遂、並びに器物損壊容疑で逮捕……とはいきませんが、警察が来るまで大人しくしていただきましょうか。バルス刑事」
「えええええ⁉ そんなあ、誤解なんですうううグフウ」

 瞬く間にバルスバストルは体にロープを巻かれて、手際良く拘束された。

「わたくしが寝ている間に、バルス刑事が部屋から狂気人形を持ち出したことは、夢ではありませんよね?」
「ええ~、見てたんですかぁ~ンフファ~……」

 床に散らばる狂気人形たちが何よりの証拠だ。バルスバストルは、がくりと肩を落としながら欠伸をした。眠っているアランと共に、丁重に階段の踊り場に転がされると、バルスバストルも気持ち良さそうに眠り出す。
 どうやら睡眠薬入り紅茶は、当初の予定通りアランと侯爵に配られたようだ。どうせ効くなら、もう少し早く効いて欲しいものだ。

「フランソワったら、寝たふりをしてたのね?」

 完璧執事はいつものごとく、爽やかに微笑んだ。

「ですから、申し上げましたよね。あの睡眠薬は遅効性で、夜中に効いてくると。もっとも紅茶がロシアンルーレットになってしまったのは中々のスリルがありましたが」

 華麗にウィンクを投げられて、ジョゼフィーヌは降参とばかりに両手を挙げる。
 味方まで一杯食わせるとは、たいした執事だ。そして自分たちの強運に恐れ入る。
 表情を改めたフランソワは、扉の向こう側にいる警察たちをちらりと窺った。

「ラ・ファイエット侯爵に変装したバルス刑事は何らかの動きを見せるはずですから。尻尾を掴むために油断させる必要があったのです。わたくしの寝顔に顔を近づけて何度も確認されたときは、笑いを堪えるのが大変でしたよ。びくびくしながら人形を持ち出すものですから、お手伝いしてあげたくなりました」

 楽しげに話すフランソワの聞き捨てならない台詞に、ジョゼフィーヌは身を乗り出す。

「なによそれ。まさか、侯爵の正体を知ってたの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

今度は静かに暮らしたい。

黒蜜きな粉
ファンタジー
信頼していた者に裏切られ封じられてしまった魔法使いのラティナ。 ようやく解放されたと思ったら外の世界では三百五十年も経っていた! 世の中はすっかり様変わり。 ラティナの使う魔法は廃れてしまい、現代では誰も扱える者がいなくなっていた。 今度こそ平穏無事に暮らしたいと願うラティナ。 しかし、もはや古代魔法と呼ばれる術を気軽に扱う者が放っておかれるわけがなかった。 城の中で渦巻くさまざまな思惑に、ラティナは巻き込まれていく。 2023/8/30 第16回ファンタジー小説大賞にエントリーいたしました。 よろしければ投票、応援をお願いいたします!

記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派
ファンタジー
 勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"  その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。  そんなところに現れた一人の中年男性。  記憶もなく、魔力もゼロ。  自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。  記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。  その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。 ◆◆◆  元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。  小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。 ※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。 表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】俺が信長で、幼馴染が吉乃と濃姫!? ~転生幼馴染トリオ、本能寺フラグ回避して戦国スローライフ目指します

月影 流詩亜
ファンタジー
事故で転生したのは、まさかの織田信長!? しかも、隣にいたはずの可愛い幼馴染(双子)も、なぜか信長の側室「吉乃」と正室「濃姫」に! 史実の本能寺フラグを回避するため、うつけの仮面の下、三人は秘密の同盟を結ぶ。 現代知識と絆を武器に、戦国スローライフを目指すサバイバル開幕!

処理中です...