乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

ラ・ファイエットの奇蹟

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「ええ、はじめから」
「はじめからぁ? どういうことよ」

 こほん、と咳払いをして見下すような視線を投げられる。ぞくぞくと気分が良く……なるわけはなく、今はジョゼフィーヌなのできつい眼差しで見返してやった。

「城に到着して侯爵に謁見したとき、アラン警部と坊ちゃまはフルネームのみを名乗りました。わたくしは念のためと言いましょうか、名乗りませんでした。それにもかかわらず、宝石部屋へ移動すると侯爵は『伯爵』『フランソワ君』と我々を呼んだのです」
「そうだったかしら?」

 常日頃からそのように呼ばれているので特に意識しなかった。それにあのときは、宝石や石版の仕掛けに夢中だったのだ。
 フランソワは深く頷く。

「コレットが伯爵家だと予め知っていたとしましょう。ですが、平凡な執事であるわたくしの名を侯爵が存じているはずはありません。侯爵がわたくしの名を呼ぶまで、誰も『フランソワ』と発していないのですから。すなわち、侯爵は我々をよく知る人物ということになります。それは留守番を言いつけられたバルス刑事に他なりません」
「それをどうして私に教えてくれないのよ」

 気づいていたなら教えてほしい。侯爵が幽霊かと怯えてしまったではないか。
 フランソワは大仰に腕を広げた。

「どうして打ち明けることができましょうか! 語尾に『ンフッフ~』と付けたくてたまらないですよね? と、お話しするのを我慢するのは、わたくしだけで充分でございましょう」
「はいはい。わかったわ。それでこの件が警察の仕組んだ罠じゃないかと思ってたわけね」
「そのとおりでございます。ただ腑に落ちないのは、メイの存在です。彼女は警察が雇ったメイドではありません。もしそうなら怪しまれないよう、メイドらしく平凡な料理を出すでしょうからね。……そうでしょう?」

 ゆっくりと振り返ったフランソワとジョゼフィーヌは、扉の隙間から様子を窺っている人物に注視した。
 歩み寄ったフランソワが扉を開けてやると、すいと小さな体を滑らせて室内へ入る。メイは、哀しげな表情を浮かべていた。

「……そこの人たちが城に来て、乙女怪盗を捕まえるのに協力してほしいって……。メイは、乙女怪盗なら宝石を取り出してくれるんじゃないかと期待したにゃん」

 ジョゼフィーヌは、力強く頷いた。メイの前に膝を突き、宝石と同じ色の瞳を覗き込む。

「そうよ。私は乙女怪盗ジョゼフィーヌ。私に盗めない宝石なんてないわ」

 石版に向き直る。想定した位置に、石版をスライドさせた。
 カチリ、カチリ……。
 最後のひとつを嵌める。
 息を、詰めた。
 石版は完成した。

『我が(ma fille)最愛の(bien)娘(aimee) アイ(eye)・メイ(may)・ラ(la)・ファイエット(fayette)』

 台座の内部で機械仕掛けの音が鳴る。軋んだ音色と共に、上部のケースが四方に開いた。
 解放された宝石が輝きを放つ。室内は海の底のような、ゆらゆらとした青い光に包まれた。

「この宝石の本当の名は、アイ・メイ・ラ・ファイエット……。つまり、メイの瞳。失った右目として、メイのお父さまが遺してくれたのね……」

 手にした宝石は眼球と同じくらいの大きさだ。涙の膜のように薄らと光る『アイ・メイ・ラ・ファイエット』をメイの右目に掲げる。宝石は左目と連動するように、柔らかい青色に変化した。

「お父さまは……片眼で産まれてきた私のために宝石をプレゼントしてくれたにゃん……。でもメイは悪い子だから、お父さまより先に病気で死んでしまった。宝石を取り戻さないと、メイは……天国にも地獄にも行けないにゃん……」

 メイは、宝石に触れる。
 けれども儚い白い手は、宝石をすうっと擦り抜けてしまった。
 肉体が滅び、霊となった彼女は何百年もの間ずっと、廃城で待ち続けていたのだろう。いつか誰かが、石版の謎を解いてくれることを願いながら。

「あなたが、本物のラ・ファイエット侯爵だったのね。そして、ラ・ファイエット城の……」

 幽霊。
 ジョゼフィーヌは、メイの肩に触れようとした。その手も擦り抜けてしまう。彼女は物に触れられないし、何者も触れることはできないのだ。
 哀しみに沈むメイを励ますように笑顔をむける。

「これ、メイにあげるね」
「え……でも、乙女怪盗はどんな宝石も盗むんでしょ?」
「そう。だから、私が盗んだこの宝石をメイに返すの。元々はメイの物なんだもの」

 右目を覆う眼帯に、宝石を近づける。
 父の愛情が込められた海の色をした宝石は、波が打ち寄せるように右目へと吸い込まれていった。
 眼帯は、粉々に砕け散る。少女の右目には、輝く瞳が蘇った。

「ありがとう……ジョゼフィーヌ」

 青いふたつの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。床に滴り落ちる前に空気に溶ける。メイの姿が、青白い月明かりのなかに、溶け込んでいく。

「メイ……」

 揺らいでいた少女の姿は、やがて霞のように薄くなり、溶けるように消えた。
 後には、静かに月光が佇むばかり。
 息を呑んで見守っていたフランソワは、緊張から解き放たれたように長い溜息を吐いた。

「行ってしまいましたね……。宝石も、跡形もなくなりました」

 ジョゼフィーヌは天空の月を振り仰いだ。
 今宵も、月夜は美しい。

「これでいいのよ。ラ・ファイエットの奇蹟として、永久に留めておきましょう。私たちの胸の中にね」

 そろそろ乙女怪盗が去る時刻となったようだ。
 頽れた狂気人形から取り出された庭石を、ひとつ拾い上げる。先ほどアランがエメラルドだと思い込んでいたものだ。
 ジョゼフィーヌは石の感触を確かめるように、しっかりと掌に握った。
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