こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第二章

ジャイメール鉱山へ

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 ジャイメール鉱山の近隣の村は、沢山の人々で溢れかえっていた。
 休憩所は大荷物を抱えた人たちと馬で満杯だ。それを横目に見ながら、空の麻袋を持った人々が急ぎ足で鉱山へと向かう。

「うわあ、すごい人。これぜんぶ星玉師なの?」

 言いながらパナは、首を伸ばして蒸し饅頭屋を見ている。ルウリの足は自然と饅頭屋へ向かった。ここで買わないと、後から「食べたかったのに」と肩口を突かれるので、もはや条件反射と化している。

「ジャイメールだけでも、こんなに沢山の星玉師が登録してたのね」

 星玉師は鉱石を研磨して美しい星玉を創り出すことが主な仕事である。解放はその作業の一端といえる。星玉師が自ら鉱山に赴き発掘することも多々あるが、鉱山は街から離れた山奥にあり危険も伴うので、通常は鉱山師が掘った鉱石を買い取る形が定着している。
 けれど、今回の場合は事情が異なる。
 ルウリと同じようにイディア中の星玉師が、とある目的のために自ら鉱山へと足を運ぶのだ。良質な星玉を発見するために。

「ねえ、あれなに?」

 饅頭をもぐもぐと頬張るパナが、前方の検問所を羽先で指した。
 許可を得た星玉師や鉱山師しか入山できないので、ここで許可証を確認する仕組みだ。勿論ルウリも星玉師として登録しているので、許可証を携帯してきた。
 その検問所前に人だかりができていて、何やら番兵と揉めている。

「許可証がない者は入れない。勝手に入ったら罰するぞ」
「発行される頃には審査が終わってるかもしれないだろ。もう申請してるんだ」
「それが決まりだ、帰れ」

 どうやら許可証のない星玉師が無理に入ろうとしているらしい。その後ろは許可証を掲げた星玉師たちで混雑している。事態が落ち着いてから行こうと思い、近くの茶屋の椅子に腰掛ける。開け放たれた茶屋からは、検問所や行き交う人々の様子が見てとれた。
 強い風が吹き、ルウリの紅い髪が煽られる。髪をまとめるために挿していた簪が抜け落ちて、長い髪がぱさりと舞い散った。

「あ……。かんざし……」

 砂埃に眸を眇めながら、床に転がった簪を探す。
 隣から、すいと腕が伸びてきた。その手には、先にちいさな星玉がついたルウリの簪。

「ありが……」

 礼を述べようとして固まる。
 純白のローブに包まれた男が、片方だけの金の眸でこちらを眺めていた。つい先日出会った、不思議な印象の青年は見間違いようもなかった。

「ラーク、どうしてここに?」
「髪を直せ」

 言われて乱れた髪を纏め直し、簪を挿して元通りにする。
 彼も星玉師なのだろうか。偶然の再会に驚いたが、星玉師同士ならばここで会うのも納得できる。

「ラークも星玉を探しに来たの?」
「ここにいる目的が他にあるのか」
「星玉師だったのね。私は北部所属なんだけど、ラークも?」
「さあな」

 ルウリとまともに話す気がないのか、ラークは表通りを流し見ながら茶を一口含む。
 そういえば、彼に会ったら言わなければならないことがあった。
 手の甲を翳して、ルウリは光る緑色の指輪を見せた。

「これ、忘れていったわよ」

 指から引き抜こうとすると、大きな掌に覆われて制される。触れた掌は、ひどく熱くて、硬い感触だった。初めて触れられた、男の人の掌。ルウリが緊張するより前に、それはすぐに離される。

「忘れたんじゃない。返したんだ」
「でも、それじゃラークが土産物屋で払ったお金はどうなるの? 五百ギニーなんて大金なのに」

 金の眸が物言いたげにルウリの白い面をなぞる。一瞬だけ、手元の指輪に視線を注ぐと、ラークは再び通りを眺めた。

「その星玉には内包物が含まれている」
「あ……」

 とても、とてもちいさくて、ルーペを使わないと見えないのだが、彼は気づいたようだ。俯いたルウリの前に、カップが置かれる。ラークはポットから茶を注いでくれた。飲めということらしい。

「どうしてもというなら金を払ってくれ」
「そうね。五百ギニーは持ち合わせてないんだけど」

 財布を取り出して中身を開けると、横から伸びてきた手に五シリンを掴まれた。

「これでいい」

 ローブを翻して席を立ったラークは、先ほどルウリが立ち寄った饅頭屋へと足を運ぶ。肩から降りたパナは、カップにくちばしを突っ込んで茶を飲みながら呟いた。
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