こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

文字の大きさ
31 / 35
第五章

ラクシュミとの対面

しおりを挟む
 呆然として立ち竦んだまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。ふと、小さな羽音が鳴っているのが耳に届いた。

「……リ、ルウリ……」

 聞き覚えのある呼びかけに驚いて、窓の格子に目をむける。
 牢の端にいる見張りの兵士に気を配りながら、ルウリはそっと格子に寄った。

「ルウリ、無事? よかったー、心配してたよ」

 パナだった。至っていつも通りで、無事だったことに一安心する。

「パナ、ラークとティルバルールは? 審査会はどうなったの?」
「大丈夫、僕たちは逃げられたよ。審査会は大変だったんだよ。星玉師はみんな捕まったんだ。突然兵士たちに囲まれてさ、バラモンの命令だとか言って」

 カマルは何を行おうとしているのか。ルウリが拘束されたことと無関係のはずはなかった。

「ヴィクラムさまがどこにいるか知らない? 彼ならバラモンに意見することができるはずだわ」

 パナは首を捻った。

「審査会にはいなかったよ。それより、ルウリを逃がすほうが先だよ。どうすればいい?」

 ルウリだけ逃げてもどうにもならない。他の星玉師たちも捕まっているからには、ラクシュミを巡るこの一件に決着をつける必要があった。ヴィクラムに進言してもらい、カマルの考えを改めてもらうことが最良である気がした。
 髪に手を遣り、簪を外す。先端には、小さな星玉。その中で輝く緑のひかり。

「これをヴィクラムさまに渡して。どうかバラモンを止めてくださいと。それから、ラークに伝えてほしいの……。ありがとうって」

 身を引いたパナは小さな眸を眇めた。差し出した簪を受け取ろうとはしない。

「なにそれ……。何が、ありがとうなの?」
「……一緒に過ごせて楽しかった、だから、ありがとう……」

 まるで死に別れの挨拶のようだと、おそらくパナも感じたのだろう。とても不吉で、哀しい空気が互いの間に漂う。

「自分で言いなよ!」

 靴音が石畳に響いた。大声を出したので兵士に気づかれてしまったらしい。ルウリは慌ててパナのくちばしに簪を挟み、壁に座り込んで俯いた。
 羽音が遠ざかる。牢を覗いた兵士はしばらく様子を窺っていたが、やがて戻っていった。
 パナは、怒っていた。
 当然だ。
 彼女に対する感謝の言葉を何も告げずに、伝言ばかり頼むのだから。
 ルウリがいなくなったら、パナはどうするのだろう。ティルバルールに面倒を見てほしいと、きちんとお願いしておくべきだった。
 ラークは……何も思わないんだろうな。
 わたしがいなくなっても。
 邪神の心に、人の娘なんてきっと住めない。
 すぐに、忘れる。
 むしろ、忘れてほしかった。



 翌日、ルウリは牢から出された。
 ただし釈放されたわけではなく、手首に縄を掛けられた状態で宮殿内を歩かされた。厳重な警備が敷かれており、連れて行かれる先には何か重要なものがあるのだと否応もなく知らされる。
 長い廊下を渡り、いくつもの扉を潜る。
 天井まで伸びる大きな扉が軋む音を立てて開かれた。それはまるで、悲劇への序章のような。
 目にした光景にルウリは息を呑む。
 大理石が敷かれた広い部屋の中央に、鎖で出来た柵に囲まれて、光り輝く巨大な星玉が鎮座していた。

「これが……ラクシュミ?」

 まさかこんなに大きいなんて。
 ルウリの背丈を超えて見上げるほどに高く、幅は両手を広げても余る。いくら大きい星玉といっても手に持てるほどのサイズなのに、想像をはるかに超えていた。まるで岩のようだ。
圧倒されて佇むルウリの背後で、扉が音もなく閉められる。
 引き寄せられるようにラクシュミに歩み寄ると、カーテンの裏から人影が近づいた。

「すごい大きさでしょう? 古代、ラクシュミを発掘した星玉師は神の奇蹟だと書き記しています」
「ヴィクラムさま……!」

 無事だったのだ。駆け寄ろうとして踏み止まる。ヴィクラムの背後には、玉座に座ったカマルがまるで絵画を鑑賞するような優美さでこちらを眺めていた。壁際には、バラモンを守るように甲冑を纏った衛兵がずらりと配置されている。
 まるでお伽話のような不可思議な空間が広がっていた。
 さりげなくルウリのほうを向いたヴィクラムは、肩を傾げてみせた。胸ポケットには、昨夜ルウリがパナに託した簪が挿されている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

孤独なもふもふ姫、溺愛される。

遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました! ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine
恋愛
辺境の地・ディトマスの第6要塞の制服管理課で、一人の働く女の子がいた。 彼女の名前はドルマ。仕事はこの要塞で働く騎士達の制服の繕い物だ。 ドルマは対人恐怖症で誰とも話をしない。だがドルマが繕った制服を纏うと、ほんの少しだけ戦闘の時に運が良くなると騎士達の間で評判なのだ。 辺境の防衛責任者として、毎年多くの犠牲者に胸を痛めていた辺境伯の息子・マティアスは、第6要塞にはその年一人も犠牲者が出ていない事に着目して、覆面調査を始める。 小さな手仕事が紡ぐ、静かな恋物語。

処理中です...