飛島ゆるりカフェ 平家の守護霊と悪霊退治はじめます

沖田弥子

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飛島へ 2

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 発着所に近いので便利だからと思われる。
 とはいえ、飛島の海岸線長は十キロほどで、面積は二.七五平方キロメートルとこぢんまりしている。新潟県の佐渡島は面積が約八五四平方キロメールなので、陸地面積は四百倍以上もの差がある。沖縄本島に次いで大きな佐渡島は、かつて金山を有していたことなどで有名だが、飛島は東北以外の地域ではその存在すら知られていないのではないだろうか。
 まさしく秘境だ。  
 島に信号機は一台もない。観光客は車を持ち込めないので、島民が使用するバンが時折通るだけだ。本土を臨む東側に集落が広がっており、西側は切り立った崖や砂利の浜ばかりなので、わざわざ島民が赴くことはない。隣の地区に車で行こうと思えば、三分程度である。歩いても全く問題ない距離だ。

「全然変わってないなー……」 

 メイン通りを歩いて、島のゆるりとした雰囲気を堪能する。
 勝浦漁港には何艘かの漁船が停泊していた。三月初旬の今頃は、ヤリイカやメバルが旬だろうか。ウミネコの繁殖にはまだ早いだろう。渡り鳥の中継地である飛島では、暖かくなればオオルリやヤツガシラなどの野鳥が数多く見られる。バードウォッチャーにとっては聖地だ。
 ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されているので、春には「ミャアミャア」というウミネコ特有の鳴き声が島に響き渡ることになる。
 通りの中央で昼寝を決め込んでいる白猫を見かけた。こちらは本物の猫だ。車の往来がないので、道の真ん中でのんびりしているのである。もしも車が通る際は、猫が退くまで待たなければならないことだろう。
 鳴き声が猫に似ているので『ウミネコ』と名付けられた由来があるが、ウミネコはカモメ科に属する歴とした鳥類だ。翼のみ黒灰色で、頭部と体は純白の羽毛である。
 飛島のウミネコは通年を通して生息しているらしく、夏場の繁殖期以外でも見かけられる。
「ミギャー」と鳴き声を上げて、一軒の民宿の屋根から漁港へ向けてウミネコが飛翔した。久しぶりに聴いたけれど、本当に猫顔負けの鳴き声だ。
 僕はウミネコが飛んだ民宿に目を向けた。
 黄色に塗られた壁に直接、『たのし荘』という文字が躍っている。

「お、あった。悠真のやつ、元気かな」

 この民宿は、僕の同級生だった田野芝悠真の実家なのだ。在校生の少ない飛島の小中学校で同学年という存在は大変貴重であり、僕たちは親友だった。
 ただ転校してからは疎遠になり、彼が現在どうしているのかは知らない。悠真には二歳年上の、みのりさんというお姉さんもいて、よく三人で遊んだ。
 今夜はここに泊まり客として泊めてもらおうと思っていたが、連絡はしていなかった。
 もう悠真は実家にいないかもしれないが、彼のご両親とも顔見知りなので、なぜ飛島に戻ってきたのかなどの事情を聞かれたら非常に気まずい。
 平日なので泊まれないということはないだろうし、たのし荘にはあとで顔を出そう。
 それよりも……と、たのし荘を通り過ぎた僕は道の向こうを見据える。
 僕が飛島を訪れたのには、確固たる理由があった。
 それは長年の間、抱き続けた疑問を解消するためなのだ。
 民宿の建ち並ぶ港沿いの通りから、一本奥の道へ入る。
 狭い道は車が通るには窮屈すぎるほどだ。道の両脇に各民宿の棟が並んでいる。手前の海側は宿泊客の泊まる部屋がある棟、奥の山側は食事をする部屋と台所のある棟に分かれている。
 その道の先に、目的の店はあるはず。
 もはや廃墟と化している建物を幾つか通り過ぎ、勝浦地区の端にやってきた。
 小学生の頃、通学で毎日ここを通っていた。
 そのたびに、とあるものを目にしては不思議に思ったものだ。
 いつかこの店に入りたいなと願いながらも、ついに叶わないまま引っ越してしまった。
 僕が通学途中にちらりと見ていたそれは、果たして十年後、まだそこに鎮座していた。

「あっ……あった!」

 思わず大きな声を上げてしまう。
 こぢんまりとした店舗の軒先に置かれた、木彫りのコーヒーカップ。
 きちんとソーサーまで付いている。彫刻刀のようなもので削った彫り痕が付いているので、手彫りなのだろう。まるで本物のように上手だ。
 あまりにも秀逸な出来のアイテムに、幼い僕は心を奪われた。
 コーヒーカップとソーサーは一体化しているので離れないが、床に接着しているわけではない。一度だけ、ちょんと指先で突いてしまったことがあるので覚えている。
 この店の人が、目印としてここに置いているのだろう。
 なんのために?
 コーヒーカップということは、喫茶店なのだろうか?
 店の扉は常に閉ざされているので中の様子はわからない。小学生だった僕に、喫茶店というものは敷居が高すぎたこともあり、とうとう扉を押して中を覗いてみるという勇気は持てなかった。
 でも、大人になった今なら――
 あのときの疑問を解消できる。
 もしかしたら扉の向こうは、ただの廃屋かもしれない。
 けれど見てみたい。この扉の向こうは、どんな景色なのだろう。ちょっと覗いてみるだけでいいんだ。
 長年喉元に引っかかっていた棘を抜くことは、僕が前へ進むために必要なことなんだ。そのために飛島へやってきたのだから。
 どきどきしながら、僕は木製の扉に付いた把手に手をかけた。
 深呼吸をひとつして、真鍮の把手を引く。
 僕は、新たな世界への扉を開けた。
 そこに、大冒険が待ち構えているとも知らずに……
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