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第二章
神器の真の姿
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つまり、刀である。片刃で反りのあるものは『刀』で、真っ直ぐの両刃は『剣』と称する。
鶴岡市の致道博物館で公開された信濃藤四郎を見学したことがあるが、あの短剣と似たようなデザインだ。
切っ先があり、刃の側に波紋が刻まれている。刀身の長さは一メートル弱ほどなので、太刀の部類に入るだろう。清光が手にしている柄には目貫があり、鍔も造られていた。
「天叢雲剣は、日本神話でスサノオがヤマタノオロチを退治したときに、大蛇の体内から見つかったと言い伝えられているよね。だから古代の剣だけど、それは片刃だから、江戸時代の頃の新しいデザインの刀なんじゃないの?」
疑惑の目を向けた僕に、清光は答えようとしない。
主君の代わりに憤慨した兜丸は、僕の腕を嘴で突っついてきた。
「なんという無礼を申すのです! 清光様が命を懸けて守った神剣が、偽物だとおっしゃるのですか!」
「だってさ、資料の写真で見た三種の神器は、こういう形じゃなかったよ」
幅広の黒ずんだ剣、同じく黒ずんだ円形の鏡の裏側、そしてペンダントのような緑色の勾玉。
社会の資料で三種の神器を見た中学生の僕の感想は、『これ、土産物屋に売ってそう』だった。実際に目にすれば神々しい雰囲気があるのかもしれないが。
ふっと、清光は口端に笑みを乗せた。
刀をかざしながら、目の端で僕を見やる。
「写真か。それは実物ではないだろう。蓮は、その目で古代の剣なる神剣を見たことがあるのか?」
「えっ。いや、もちろん実物は見たことないけどさ」
皇位継承の際、儀式に登場する三種の神器は、厳重に箱に入れられたままなのだ。三種の神器を実見することは、歴代天皇であっても許されないと言われている。
つまり、誰も神器の真の姿を知らない。
ということは、あの資料の写真は……現物を写したものではないというのか。
「では、黄昏時に船を出すとき、蓮も一緒に来てくれ。この神剣が本物かどうか、その目で見て確かめてほしい」
「はあ……いいけど」
僕はカウンターの上に置かれた文を手に取った。
別に、清光の大切にしている刀が偽物だと非難したいわけじゃない。
ただ、『神剣で悪霊を斬る』なんていう大事に発展しそうなので、大丈夫かなと不安になったから確認したかっただけだ。
けれど、たとえ清光が『本物だ』と主張したところで、やはり僕の疑念は拭えないだろう。 そもそも、大蛇の腹に剣が入っていましたという逸話からして、もはや神話の領域だ。
天叢雲剣には諸説あり、元々二本存在しただとか、壇ノ浦で紛失した神剣こそが偽物だったとか、様々な憶測が流れている。
壇ノ浦での顛末のあと、後鳥羽天皇は神剣がないまま即位した。その後の朝廷は、伊勢神宮から『神剣』を献上された。その『神剣』が、三種の神器のひとつとして宮中に奉られているのだ。
何をもって『本物』と称すればよいのか。
本物って、なんだろうな……
唯一のものを本物と称するには、歴史は壮大すぎたようだ。
箒とちりとりを片付けた僕は、再び悠真に文を届けるため扉を押した。
「じゃあ、悠真に文を置いてくるね」
「ああ。頼む」
「では、わたくしもお伴いたします」
なぜか兜丸もついてきた。
陽の光に当たっても溶けるなんていうことはなく、兜丸は悠々と僕の肩に降り立つ。
あやかしだから実体はないのかなと思ったけれど、それは僕の思い込みだったことを知らされる。ずしりと左肩に重量感を覚えた。
未だ怒りの収まらないらしい兜丸は、先端が朱色の嘴を突き出しながらお喋りを始めた。
「清光様の名誉を守るため、蓮殿に苦言を呈させていただきますゆえ、お許しあれ」
「前置きはいいよ。神剣が偽物かもしれないって疑ったこと、まだ怒ってるの?」
ゲロ……っと喉を震わせて滔々と語る準備を整えた兜丸は、僕の肩でトントンと足踏みをする。
「蓮殿は清光様の神剣を『江戸時代の新しいデザイン』とおっしゃいましたが、平安の御世から片刃はございました。鬼斬丸などの名刀を、ご存じではありませんか」
「聞いたことある。でもさ、神剣は神話の時代に誕生したんだよね? 平安時代のもっと前だよね。写真の三種の神器は、いかにも日本神話に登場するようなデザインだもの」
「蓮殿のおっしゃる写真というのは、『日本史Ⅱ』という本に掲載されていたものでございましょう?」
具体的すぎるタイトルに眉をひそめる。そういえば僕が見た三種の神器の写真は、日本史の教科書に登場したものだった。
「そういえば日本史に出てきたね……。どうしてそのこと知ってるの?」
「カフエーの本棚にございます。悠真殿が現代のことを知っていただくためにと、色々な書籍を置いてくださるのです」
「あー……そういうことか」
鶴岡市の致道博物館で公開された信濃藤四郎を見学したことがあるが、あの短剣と似たようなデザインだ。
切っ先があり、刃の側に波紋が刻まれている。刀身の長さは一メートル弱ほどなので、太刀の部類に入るだろう。清光が手にしている柄には目貫があり、鍔も造られていた。
「天叢雲剣は、日本神話でスサノオがヤマタノオロチを退治したときに、大蛇の体内から見つかったと言い伝えられているよね。だから古代の剣だけど、それは片刃だから、江戸時代の頃の新しいデザインの刀なんじゃないの?」
疑惑の目を向けた僕に、清光は答えようとしない。
主君の代わりに憤慨した兜丸は、僕の腕を嘴で突っついてきた。
「なんという無礼を申すのです! 清光様が命を懸けて守った神剣が、偽物だとおっしゃるのですか!」
「だってさ、資料の写真で見た三種の神器は、こういう形じゃなかったよ」
幅広の黒ずんだ剣、同じく黒ずんだ円形の鏡の裏側、そしてペンダントのような緑色の勾玉。
社会の資料で三種の神器を見た中学生の僕の感想は、『これ、土産物屋に売ってそう』だった。実際に目にすれば神々しい雰囲気があるのかもしれないが。
ふっと、清光は口端に笑みを乗せた。
刀をかざしながら、目の端で僕を見やる。
「写真か。それは実物ではないだろう。蓮は、その目で古代の剣なる神剣を見たことがあるのか?」
「えっ。いや、もちろん実物は見たことないけどさ」
皇位継承の際、儀式に登場する三種の神器は、厳重に箱に入れられたままなのだ。三種の神器を実見することは、歴代天皇であっても許されないと言われている。
つまり、誰も神器の真の姿を知らない。
ということは、あの資料の写真は……現物を写したものではないというのか。
「では、黄昏時に船を出すとき、蓮も一緒に来てくれ。この神剣が本物かどうか、その目で見て確かめてほしい」
「はあ……いいけど」
僕はカウンターの上に置かれた文を手に取った。
別に、清光の大切にしている刀が偽物だと非難したいわけじゃない。
ただ、『神剣で悪霊を斬る』なんていう大事に発展しそうなので、大丈夫かなと不安になったから確認したかっただけだ。
けれど、たとえ清光が『本物だ』と主張したところで、やはり僕の疑念は拭えないだろう。 そもそも、大蛇の腹に剣が入っていましたという逸話からして、もはや神話の領域だ。
天叢雲剣には諸説あり、元々二本存在しただとか、壇ノ浦で紛失した神剣こそが偽物だったとか、様々な憶測が流れている。
壇ノ浦での顛末のあと、後鳥羽天皇は神剣がないまま即位した。その後の朝廷は、伊勢神宮から『神剣』を献上された。その『神剣』が、三種の神器のひとつとして宮中に奉られているのだ。
何をもって『本物』と称すればよいのか。
本物って、なんだろうな……
唯一のものを本物と称するには、歴史は壮大すぎたようだ。
箒とちりとりを片付けた僕は、再び悠真に文を届けるため扉を押した。
「じゃあ、悠真に文を置いてくるね」
「ああ。頼む」
「では、わたくしもお伴いたします」
なぜか兜丸もついてきた。
陽の光に当たっても溶けるなんていうことはなく、兜丸は悠々と僕の肩に降り立つ。
あやかしだから実体はないのかなと思ったけれど、それは僕の思い込みだったことを知らされる。ずしりと左肩に重量感を覚えた。
未だ怒りの収まらないらしい兜丸は、先端が朱色の嘴を突き出しながらお喋りを始めた。
「清光様の名誉を守るため、蓮殿に苦言を呈させていただきますゆえ、お許しあれ」
「前置きはいいよ。神剣が偽物かもしれないって疑ったこと、まだ怒ってるの?」
ゲロ……っと喉を震わせて滔々と語る準備を整えた兜丸は、僕の肩でトントンと足踏みをする。
「蓮殿は清光様の神剣を『江戸時代の新しいデザイン』とおっしゃいましたが、平安の御世から片刃はございました。鬼斬丸などの名刀を、ご存じではありませんか」
「聞いたことある。でもさ、神剣は神話の時代に誕生したんだよね? 平安時代のもっと前だよね。写真の三種の神器は、いかにも日本神話に登場するようなデザインだもの」
「蓮殿のおっしゃる写真というのは、『日本史Ⅱ』という本に掲載されていたものでございましょう?」
具体的すぎるタイトルに眉をひそめる。そういえば僕が見た三種の神器の写真は、日本史の教科書に登場したものだった。
「そういえば日本史に出てきたね……。どうしてそのこと知ってるの?」
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