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第四章
嵐の前 4
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みのりさんと目を合わせようとしない清光は、カウンターの中に戻った。彼は野菜に手をつけようとしない。
それ以上、ばあちゃんとみのりさんとは話したくないのか、清光は黙々とギバサを茹でる作業に取りかかってしまった。
みのりさんは空になった手提げ袋をくるりと巻いて、ばあちゃんの背を促す。
「じゃあね、蓮君。それに兜丸様と小太郎ちゃんも。雨だから風邪引かないように気をつけて」
「野菜ありがとう。たのし荘まで送ろうか?」
「平気よ。すぐそこだから」
小太郎は傘を開き、得意気にばあちゃんに差し出した。それを受け取ったばあちゃんは、まるで自分の孫に話しかけるような優しい声音を紡ぐ。
「ありがとう、小太郎ちゃん。また宿においでね」
「うん! またな、ばあちゃん」
軒先から手を振ってふたりを見送った僕は、暗い空を見上げた。
雨はやみそうにない。
店内へ戻ると、兜丸はカウンターに並べられた野菜を前にして、目を輝かせていた。
「良かったでございますね、清光様。婆様のお作りになった野菜はとても美味しゅうございます」
「そうだな。いつも助かる。蓮、野菜を貯蔵庫に片付けてくれ」
清光の位置から、野菜はすぐに手の届くところにあるのに。
僕は首を傾げながらも、野菜を手にしてカウンター内の棚に仕舞う。貯蔵庫と名付けているが、立派な倉庫などではなく単なる棚である。
「清光……なんだか、みのりさんに冷たかったみたいだけど、どうしてなの?」
「私は女人と極力関わり合いにならない」
「どうして? みのりさんは親切だし、清光のこともよく知ってるわけだよね」
「私には、若い女人と平然と話せる蓮のほうが疑問だ。まるで家族のような感覚なのだな」
「……もしかして、異性が直接話すのはふしだらだとか思ってる?」
「いかにも」
言い切る清光に唖然とした。
そういえば平安時代の男女は顔を合わせることなく文通から交際を始めたり、親同士の決めた結婚で祝言のときに相手と初めて会うという風習だった。清光の価値観では、男女が堂々と顔を合わせて言葉を交わすなんていかがわしいと思っていそうだ。
「だから、みのりさんの触った野菜には手を触れないとか、そういうわけ?」
「気があると誤解を受けては困るからな。私の文も、みのり殿に宛てたものではないと念を押している」
「はあ……徹底してるね」
みのりさんはそんなこと気にしてないだろうけど。
それにしても、いつもということは、ばあちゃんは度々ここを訪れて清光に悪霊を払ってもらっているらしかった。
膝の痛みくらいならさほどではないだろうが、憑いていた悪霊はどういったものだったのだろう。
「ばあちゃんに憑いてたのは、海にいたのと同じ『カナシキモノ』なの?」
「うむ。カナシキモノは海を漂うものもいるが、人の弱い部分にも取り憑くことがある。婆様は膝が弱っているので、カナシキモノに憑かれやすいのだ。あの程度ならば神剣の一振りで払える」
「へえ、鍼灸師みたい。……これ、料金が取れるんじゃない? 悪霊払いの治療を看板に掲げて、商売にしたらどうかな」
体に取り憑いた悪霊を神剣で払えるのだから、元手はゼロだ。医者や鍼灸師と同じように体の具合が悪い人を募り、治療の代金を頂戴すれば商売として成り立つ。
治療なら正当な行為であるわけだし、寂れたカフェを経営しているより、よほどまともに稼げるはず。
確信を持って提案したのだけれど、清光は一蹴する。
「それはよくない」
「なんでだよ⁉」
がたりと音を立てて、僕は椅子から立ち上がった。
「飛島に住まわせてもらっているからには、島民の頼みを聞くのは当然のこと。金を払わなければ治療しないという考えはよくない」
神剣を鞘から抜いた清光は、刀身を縦にして、まっすぐに掲げる。店内の鈍い灯りの中でも、神剣は凜然として輝いていた。まるで、清光の魂のように。
僕は、すとんと椅子に腰を落とす。
清光は自分が得をすることより、飛島のことを一番に考えているんだな……
なんだか、金儲けを基軸に考えていた自分が恥ずかしくなった。
刀身を睨み据えつつ、清光は言葉を継ぐ。
「だが、氷室との果たし合いは、私の我儘だ。彼との決着は、いつか付けなければならない。そのために神剣を振るおう」
ゴオッ……と、風の唸りが静かな店内に響いた。
外は風雨が吹き荒れている。
ごくりと息を呑んだ僕は、神剣の煌めきと、今夜の決闘を前にして身震いをした。
それ以上、ばあちゃんとみのりさんとは話したくないのか、清光は黙々とギバサを茹でる作業に取りかかってしまった。
みのりさんは空になった手提げ袋をくるりと巻いて、ばあちゃんの背を促す。
「じゃあね、蓮君。それに兜丸様と小太郎ちゃんも。雨だから風邪引かないように気をつけて」
「野菜ありがとう。たのし荘まで送ろうか?」
「平気よ。すぐそこだから」
小太郎は傘を開き、得意気にばあちゃんに差し出した。それを受け取ったばあちゃんは、まるで自分の孫に話しかけるような優しい声音を紡ぐ。
「ありがとう、小太郎ちゃん。また宿においでね」
「うん! またな、ばあちゃん」
軒先から手を振ってふたりを見送った僕は、暗い空を見上げた。
雨はやみそうにない。
店内へ戻ると、兜丸はカウンターに並べられた野菜を前にして、目を輝かせていた。
「良かったでございますね、清光様。婆様のお作りになった野菜はとても美味しゅうございます」
「そうだな。いつも助かる。蓮、野菜を貯蔵庫に片付けてくれ」
清光の位置から、野菜はすぐに手の届くところにあるのに。
僕は首を傾げながらも、野菜を手にしてカウンター内の棚に仕舞う。貯蔵庫と名付けているが、立派な倉庫などではなく単なる棚である。
「清光……なんだか、みのりさんに冷たかったみたいだけど、どうしてなの?」
「私は女人と極力関わり合いにならない」
「どうして? みのりさんは親切だし、清光のこともよく知ってるわけだよね」
「私には、若い女人と平然と話せる蓮のほうが疑問だ。まるで家族のような感覚なのだな」
「……もしかして、異性が直接話すのはふしだらだとか思ってる?」
「いかにも」
言い切る清光に唖然とした。
そういえば平安時代の男女は顔を合わせることなく文通から交際を始めたり、親同士の決めた結婚で祝言のときに相手と初めて会うという風習だった。清光の価値観では、男女が堂々と顔を合わせて言葉を交わすなんていかがわしいと思っていそうだ。
「だから、みのりさんの触った野菜には手を触れないとか、そういうわけ?」
「気があると誤解を受けては困るからな。私の文も、みのり殿に宛てたものではないと念を押している」
「はあ……徹底してるね」
みのりさんはそんなこと気にしてないだろうけど。
それにしても、いつもということは、ばあちゃんは度々ここを訪れて清光に悪霊を払ってもらっているらしかった。
膝の痛みくらいならさほどではないだろうが、憑いていた悪霊はどういったものだったのだろう。
「ばあちゃんに憑いてたのは、海にいたのと同じ『カナシキモノ』なの?」
「うむ。カナシキモノは海を漂うものもいるが、人の弱い部分にも取り憑くことがある。婆様は膝が弱っているので、カナシキモノに憑かれやすいのだ。あの程度ならば神剣の一振りで払える」
「へえ、鍼灸師みたい。……これ、料金が取れるんじゃない? 悪霊払いの治療を看板に掲げて、商売にしたらどうかな」
体に取り憑いた悪霊を神剣で払えるのだから、元手はゼロだ。医者や鍼灸師と同じように体の具合が悪い人を募り、治療の代金を頂戴すれば商売として成り立つ。
治療なら正当な行為であるわけだし、寂れたカフェを経営しているより、よほどまともに稼げるはず。
確信を持って提案したのだけれど、清光は一蹴する。
「それはよくない」
「なんでだよ⁉」
がたりと音を立てて、僕は椅子から立ち上がった。
「飛島に住まわせてもらっているからには、島民の頼みを聞くのは当然のこと。金を払わなければ治療しないという考えはよくない」
神剣を鞘から抜いた清光は、刀身を縦にして、まっすぐに掲げる。店内の鈍い灯りの中でも、神剣は凜然として輝いていた。まるで、清光の魂のように。
僕は、すとんと椅子に腰を落とす。
清光は自分が得をすることより、飛島のことを一番に考えているんだな……
なんだか、金儲けを基軸に考えていた自分が恥ずかしくなった。
刀身を睨み据えつつ、清光は言葉を継ぐ。
「だが、氷室との果たし合いは、私の我儘だ。彼との決着は、いつか付けなければならない。そのために神剣を振るおう」
ゴオッ……と、風の唸りが静かな店内に響いた。
外は風雨が吹き荒れている。
ごくりと息を呑んだ僕は、神剣の煌めきと、今夜の決闘を前にして身震いをした。
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