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婚前旅行編
ふたりきりの南の島へ 1
こぢんまりとした空港に降り立ったプライベートジェット機から出れば、そこには蒼穹が広がっていた。
私はタラップに足を踏み出しながら、感嘆の声を上げる。
「わあ……すごい! 空が綺麗だね」
日本から遠く離れた南国には、澄み渡った空が広がっている。体を包み込む熱気が異国に来たことを知らせてくれた。
「待て、瑞希。ひとりでタラップを下りることは許さない」
「え?」
振り返れば、背後にいた瑛司は私の手を掬い上げた。胸の辺りまで掲げて、私の足元を確認しながら共にタラップを下りる。
瑛司は日本を発つときも、こうして繊細にエスコートしてくれていた。
同棲しているのでいつも一緒にいるのだから、もう気を遣わなくてもいいのに。
私は瑛司の掌から伝わる熱に安堵を覚えながら、くすりと微笑みかける。
「瑛司は本当に過保護なんだから。転んだりしないから大丈夫だよ」
「何を言う。大切な俺の花嫁を守るのは当然だ」
真顔で力強く告げる瑛司は真摯さを漲らせている。
大島グループの御曹司である大島瑛司は、私の婚約者だ。もとは私の姉が婚約者で、ふたりは生まれたときからの許嫁だったのだけれど、紆余曲折を経て、私たちは結ばれることができた。
……というより、瑛司の奸計に嵌められたと表したほうが正しいかな。
江戸時代は藩主の家柄だった大島家の嫡男であり、現在は大島寝具の専務を務める瑛司はイケメンでスポーツ万能、五カ国語を操る有名大学卒の秀才。完璧な理想の男性に見えるかもしれない。
けれど、そんな彼にも欠点らしきものがある。
ぎゅっと私の手を握りしめた瑛司は、鼻先がくっつくほど顔を寄せてきた。
「この婚前旅行で約束したことがあるだろう。もう忘れたのか?」
手が痛いんですけど。あとね、顔が近すぎてぼやけるので何も見えません。
「あれね……無理だと思うよ」
「無理という言葉ですべてを否定するな。充分可能だということを、俺が旅行中に証明してやる」
「でもさ……」
さらに言いかけた唇が、ちゅっ音を立てて、ふいに塞がれる。
「あっ……ちょっと……!」
かぁっと、私の頬は朱を刷いたように染まる。強引に黙らせられてしまった。
得意気に口端を吊り上げた瑛司は、私の手を取りながら空の下を堂々と闊歩する。
「さあ、行くぞ。俺たちの島はすぐそこだ」
微笑ましく見守っているスタッフの間を、恥ずかしさに俯きながら私は歩いた。
この、瑛司の俺様ぶりが曲者なのである。
地球は俺が回しているとでも言いたげな傲岸不遜さは、いっそ清々しい。普段は大島寝具の専務である瑛司は私の上司でもあるのだけれど、会社でも常にこの調子なので、もちろん誰も瑛司に逆らえない。
しかも執着心は地獄の帝王なみ。
私の足の指を舐めたいがためにデートを企画して、スイートルームのジャグジーに入ったときの一連の行為は思い出すたびに目眩がする。
今回も、ルーフトップバーでお酒を嗜んでいたら強引に連れ去られて抱かれた挙げ句に「明日、婚前旅行に行くぞ」という突然の宣言。
どうやら瑛司は諸々の準備をひとりで済ませていたようなので、私は慌てて用意されていたスーツケースに私物を詰め込むだけだったのだけれど。会社に確認したら、すでに有休届が提出されていた。
いつものことながら、秘密裏に計画しないで私にも教えてほしい。
タクシーで空港に到着した辺りでそう訴えると、「サプライズは人生を楽しむ極上のエッセンスだ」という反論できない返答だったので、私は思わず頷いてしまった。
そして飛行機が離陸してから、瑛司に婚前旅行中の約束を宣言された次第だ。
その内容は瑛司の俺様と執拗さが最大限に発揮されたもので、シャンパンのフルートグラスを傾けながら、私は機内で頬を引き攣らせたのだった。
大島家が所有しているという島までは、空港からスピードボートで海を渡る。
空港を出ればすぐに桟橋があり、そこには幾艘ものスピードボートが停泊していた。
桟橋の向こうにはビルや寺院、魚市場などが建ち並んでいる。この国は数々の珊瑚島と環礁からできているので、観光業と漁業が盛んなようだ。
観光客はここから水上飛行機やスピードボートで、リゾートアイランドへ移動するらしい。
すでに空港で待機していた大島家所属のスタッフに出迎えられて、スーツケースを運んでもらった私たちは一艘の船へ足を向けた。
スタッフたちはクルーザーのような大型のスピードボートに荷物を積み込んでいる。
瑛司は私の手を取りながら、船内へ導いた。
ゆったりとした座席に腰を下ろして辺りを眺めていると、やがて出航の用意が調う。運転席に座ったスタッフの男性は流暢に話しかけた。
「準備オーケーです。おふたりの滞在は素晴らしいものになるでしょう」
「期待している。セーフドライブで頼んだぞ」
親指を立てた運転手は慣れた様子でスピードボートを発進させた。
私はタラップに足を踏み出しながら、感嘆の声を上げる。
「わあ……すごい! 空が綺麗だね」
日本から遠く離れた南国には、澄み渡った空が広がっている。体を包み込む熱気が異国に来たことを知らせてくれた。
「待て、瑞希。ひとりでタラップを下りることは許さない」
「え?」
振り返れば、背後にいた瑛司は私の手を掬い上げた。胸の辺りまで掲げて、私の足元を確認しながら共にタラップを下りる。
瑛司は日本を発つときも、こうして繊細にエスコートしてくれていた。
同棲しているのでいつも一緒にいるのだから、もう気を遣わなくてもいいのに。
私は瑛司の掌から伝わる熱に安堵を覚えながら、くすりと微笑みかける。
「瑛司は本当に過保護なんだから。転んだりしないから大丈夫だよ」
「何を言う。大切な俺の花嫁を守るのは当然だ」
真顔で力強く告げる瑛司は真摯さを漲らせている。
大島グループの御曹司である大島瑛司は、私の婚約者だ。もとは私の姉が婚約者で、ふたりは生まれたときからの許嫁だったのだけれど、紆余曲折を経て、私たちは結ばれることができた。
……というより、瑛司の奸計に嵌められたと表したほうが正しいかな。
江戸時代は藩主の家柄だった大島家の嫡男であり、現在は大島寝具の専務を務める瑛司はイケメンでスポーツ万能、五カ国語を操る有名大学卒の秀才。完璧な理想の男性に見えるかもしれない。
けれど、そんな彼にも欠点らしきものがある。
ぎゅっと私の手を握りしめた瑛司は、鼻先がくっつくほど顔を寄せてきた。
「この婚前旅行で約束したことがあるだろう。もう忘れたのか?」
手が痛いんですけど。あとね、顔が近すぎてぼやけるので何も見えません。
「あれね……無理だと思うよ」
「無理という言葉ですべてを否定するな。充分可能だということを、俺が旅行中に証明してやる」
「でもさ……」
さらに言いかけた唇が、ちゅっ音を立てて、ふいに塞がれる。
「あっ……ちょっと……!」
かぁっと、私の頬は朱を刷いたように染まる。強引に黙らせられてしまった。
得意気に口端を吊り上げた瑛司は、私の手を取りながら空の下を堂々と闊歩する。
「さあ、行くぞ。俺たちの島はすぐそこだ」
微笑ましく見守っているスタッフの間を、恥ずかしさに俯きながら私は歩いた。
この、瑛司の俺様ぶりが曲者なのである。
地球は俺が回しているとでも言いたげな傲岸不遜さは、いっそ清々しい。普段は大島寝具の専務である瑛司は私の上司でもあるのだけれど、会社でも常にこの調子なので、もちろん誰も瑛司に逆らえない。
しかも執着心は地獄の帝王なみ。
私の足の指を舐めたいがためにデートを企画して、スイートルームのジャグジーに入ったときの一連の行為は思い出すたびに目眩がする。
今回も、ルーフトップバーでお酒を嗜んでいたら強引に連れ去られて抱かれた挙げ句に「明日、婚前旅行に行くぞ」という突然の宣言。
どうやら瑛司は諸々の準備をひとりで済ませていたようなので、私は慌てて用意されていたスーツケースに私物を詰め込むだけだったのだけれど。会社に確認したら、すでに有休届が提出されていた。
いつものことながら、秘密裏に計画しないで私にも教えてほしい。
タクシーで空港に到着した辺りでそう訴えると、「サプライズは人生を楽しむ極上のエッセンスだ」という反論できない返答だったので、私は思わず頷いてしまった。
そして飛行機が離陸してから、瑛司に婚前旅行中の約束を宣言された次第だ。
その内容は瑛司の俺様と執拗さが最大限に発揮されたもので、シャンパンのフルートグラスを傾けながら、私は機内で頬を引き攣らせたのだった。
大島家が所有しているという島までは、空港からスピードボートで海を渡る。
空港を出ればすぐに桟橋があり、そこには幾艘ものスピードボートが停泊していた。
桟橋の向こうにはビルや寺院、魚市場などが建ち並んでいる。この国は数々の珊瑚島と環礁からできているので、観光業と漁業が盛んなようだ。
観光客はここから水上飛行機やスピードボートで、リゾートアイランドへ移動するらしい。
すでに空港で待機していた大島家所属のスタッフに出迎えられて、スーツケースを運んでもらった私たちは一艘の船へ足を向けた。
スタッフたちはクルーザーのような大型のスピードボートに荷物を積み込んでいる。
瑛司は私の手を取りながら、船内へ導いた。
ゆったりとした座席に腰を下ろして辺りを眺めていると、やがて出航の用意が調う。運転席に座ったスタッフの男性は流暢に話しかけた。
「準備オーケーです。おふたりの滞在は素晴らしいものになるでしょう」
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