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逢引き 3
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それは初めて身を貫く甘く狂おしい情動で、切ない胸の軋みに、天はくしゃりと顔を歪める。
「天……」
エドの長い口先が、唇を掠める。舌でちろりと唇を舐め上げられた。
え、と天は濡れた瞳を瞬かせる。
今のは、なんだろう。
もしかして……接吻されたのだろうか。混乱しすぎてよく分からない。エドは少し顔を離すと、戸惑う天の様子をじっと見つめていた。
肩を抱く手に力が込められ、寄りかかるような体勢になる。巨躯にすっぽりと収められた身体の細い脛を、大きな掌が撫でさする。
下衣の上からなので、淫靡な気配は感じなかった。エドは足の痺れた天を気の毒に思って、こうしているだけなのだ。宴のときに足を舐められたのもきっと他意はなくて、酒を拭うというだけの行為だ。
接吻されたと思ったのも、勘違いかもしれない。
けれどこうしていると、エドの確かなぬくもりが伝わってくる。彼の掌の温かさも、微かな吐息も、天の乾いた心に真水のように染み込んでいくのを感じた。
エドは長い間、沈黙を守りながら天の足を撫で続けていた。ふたりの耳に同じように、穏やかな川の流れが届いている。水面は燦々とした陽の光を撥ねて輝いていた。
「……エドの手は、魔法の手ですね。もう痺れが治ってしまいました」
治らなくてもいいのに、なんて思ってしまう。
ずっと、こうしていられたら。
「それは良かった。天といると、心が凪いでいく。私にとって川辺で天と会える時間は、大切なひとときだ」
「……僕もです。毎日エドに会えて、幸せです」
睦言のように囁き合い、互いの体温を布越しに確かめ合う。
こうして彼のぬくもりをこの身に刻めば、会えない時間のよすがになる。天は目を閉じて、エドの逞しい胸に寄りかかり、身を委ねた。
ふいに、時刻を告げる鉦鼓の音が宮殿の方角から響いてきた。
「あ……もうこんな時間」
午後の講義が始まってしまう。もう行かなければ。
エドと会っている時間は瞬く間に過ぎてしまうので、いつも名残惜しい。
もっと、一緒にいたいのに。
胸に湧き上がる想いを押し殺して、腰を上げる。エドも仕事があるのに、毎日貴重な時間を割いて川辺に来てくれるのだ。彼を困らせてはいけない。
「それでは……」
ふいに腕を取られた。
エドの真摯な眼差しが、まっすぐに天を射貫く。
「もっと、一緒にいたい」
「……え」
一瞬、自分の考えが零れてしまったのかと思った。
エドの口から放たれた言葉は、天と全く同じ想いだったから。
ゆっくりと立ち上がったエドは、華奢な両肩を優しく包む。それは心地良い抱擁だった。
「灯籠流しの晩に、会いたい。短冊を作る行事があるだろう」
小舟に灯籠と願い事を書いた短冊を乗せて川に流すという季節行事は、初夏のカルドナ国で広く行われている。国中の川に灯籠が流される光景はこの世のものとは思えないほど美しいと言われているが、幼い頃から催し物などに連れていってもらえなかった天は一度も灯籠流しを見たことがなかった。願い事の短冊も書いたことはない。
けれど宮中行事として灯籠流しが予定されているので、妃候補は短冊を作成するという課題があるのだった。
「ええ、そうです。妃候補は短冊を乗せた舟をそれぞれ流すことになっていますから。……もしかして、夜に会えるのですか?」
エドとは昼の休憩時間にしか会ったことがない。他の時刻に会えるなんて思わなかった。
彼にも都合があるだろうし、なにより、家庭を持っていてもおかしくないのだ。エドがなにも話さないのがその推測の裏付けであるような気がして、天からもあえて彼の素性を訊ねることはしなかった。
この逢瀬は川辺だけが知る秘密なのだ。
それ以上のことを望んではいけないと思っていたのに、エドは秘密の領域から踏み出そうとしている。
そのことに一抹の不安が過ぎるが、憧れの灯籠流しを一緒に見ることができるなら、どんなに素敵だろうという想いのほうが勝った。
「私の舟の隣に、天の舟を浮かべよう。おまえの願い事を教えてくれるか?」
「まだ、書いていないのです。当日まで考えておきますね」
「早く知りたいものだ。楽しみで眠れないな」
声を弾ませるエドと微笑みを交わす。それはまるで太陽の欠片を散りばめたような、幸福な笑顔だった。
エドは、天と一緒にいたいと言ってくれる。舟を寄り添わせたいと望んでくれる。
彼に望まれるという心地良さは、身も心も軽くさせた。
恋を、している。天にも舞い上がらんとするその想いを、どうして抑えられるだろうか。
天は何度も川辺を振り返り、エドに手を挙げながら、週末の灯籠流しに思いを馳せた。
「天……」
エドの長い口先が、唇を掠める。舌でちろりと唇を舐め上げられた。
え、と天は濡れた瞳を瞬かせる。
今のは、なんだろう。
もしかして……接吻されたのだろうか。混乱しすぎてよく分からない。エドは少し顔を離すと、戸惑う天の様子をじっと見つめていた。
肩を抱く手に力が込められ、寄りかかるような体勢になる。巨躯にすっぽりと収められた身体の細い脛を、大きな掌が撫でさする。
下衣の上からなので、淫靡な気配は感じなかった。エドは足の痺れた天を気の毒に思って、こうしているだけなのだ。宴のときに足を舐められたのもきっと他意はなくて、酒を拭うというだけの行為だ。
接吻されたと思ったのも、勘違いかもしれない。
けれどこうしていると、エドの確かなぬくもりが伝わってくる。彼の掌の温かさも、微かな吐息も、天の乾いた心に真水のように染み込んでいくのを感じた。
エドは長い間、沈黙を守りながら天の足を撫で続けていた。ふたりの耳に同じように、穏やかな川の流れが届いている。水面は燦々とした陽の光を撥ねて輝いていた。
「……エドの手は、魔法の手ですね。もう痺れが治ってしまいました」
治らなくてもいいのに、なんて思ってしまう。
ずっと、こうしていられたら。
「それは良かった。天といると、心が凪いでいく。私にとって川辺で天と会える時間は、大切なひとときだ」
「……僕もです。毎日エドに会えて、幸せです」
睦言のように囁き合い、互いの体温を布越しに確かめ合う。
こうして彼のぬくもりをこの身に刻めば、会えない時間のよすがになる。天は目を閉じて、エドの逞しい胸に寄りかかり、身を委ねた。
ふいに、時刻を告げる鉦鼓の音が宮殿の方角から響いてきた。
「あ……もうこんな時間」
午後の講義が始まってしまう。もう行かなければ。
エドと会っている時間は瞬く間に過ぎてしまうので、いつも名残惜しい。
もっと、一緒にいたいのに。
胸に湧き上がる想いを押し殺して、腰を上げる。エドも仕事があるのに、毎日貴重な時間を割いて川辺に来てくれるのだ。彼を困らせてはいけない。
「それでは……」
ふいに腕を取られた。
エドの真摯な眼差しが、まっすぐに天を射貫く。
「もっと、一緒にいたい」
「……え」
一瞬、自分の考えが零れてしまったのかと思った。
エドの口から放たれた言葉は、天と全く同じ想いだったから。
ゆっくりと立ち上がったエドは、華奢な両肩を優しく包む。それは心地良い抱擁だった。
「灯籠流しの晩に、会いたい。短冊を作る行事があるだろう」
小舟に灯籠と願い事を書いた短冊を乗せて川に流すという季節行事は、初夏のカルドナ国で広く行われている。国中の川に灯籠が流される光景はこの世のものとは思えないほど美しいと言われているが、幼い頃から催し物などに連れていってもらえなかった天は一度も灯籠流しを見たことがなかった。願い事の短冊も書いたことはない。
けれど宮中行事として灯籠流しが予定されているので、妃候補は短冊を作成するという課題があるのだった。
「ええ、そうです。妃候補は短冊を乗せた舟をそれぞれ流すことになっていますから。……もしかして、夜に会えるのですか?」
エドとは昼の休憩時間にしか会ったことがない。他の時刻に会えるなんて思わなかった。
彼にも都合があるだろうし、なにより、家庭を持っていてもおかしくないのだ。エドがなにも話さないのがその推測の裏付けであるような気がして、天からもあえて彼の素性を訊ねることはしなかった。
この逢瀬は川辺だけが知る秘密なのだ。
それ以上のことを望んではいけないと思っていたのに、エドは秘密の領域から踏み出そうとしている。
そのことに一抹の不安が過ぎるが、憧れの灯籠流しを一緒に見ることができるなら、どんなに素敵だろうという想いのほうが勝った。
「私の舟の隣に、天の舟を浮かべよう。おまえの願い事を教えてくれるか?」
「まだ、書いていないのです。当日まで考えておきますね」
「早く知りたいものだ。楽しみで眠れないな」
声を弾ませるエドと微笑みを交わす。それはまるで太陽の欠片を散りばめたような、幸福な笑顔だった。
エドは、天と一緒にいたいと言ってくれる。舟を寄り添わせたいと望んでくれる。
彼に望まれるという心地良さは、身も心も軽くさせた。
恋を、している。天にも舞い上がらんとするその想いを、どうして抑えられるだろうか。
天は何度も川辺を振り返り、エドに手を挙げながら、週末の灯籠流しに思いを馳せた。
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