白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

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王子と姫君 3

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「残りの分のかき氷もできあがったけど……それは手を付けなかったものかな」
「アナスタシヤ姫とヴァレンチン王子には食べていただけませんでした。バニラアイスクリームをご所望です」
「わかった。バニラアイスクリームは常に用意があるよ。結羽さんは、できあがったかき氷をすべて配膳してくれ」

 数十人分のかき氷をすべて提供し終えて、空いた器を下げる。
 無事にバニラアイスクリームも他の召使いの手で運ばれていき、厨房には食べ終えた後の皿が溢れた。
 かき氷の入っていたクリスタルの器は、半数ほどが手を付けられないまま下げられていた。空の器と、手を付けていない器が席の位置で明確に分けられている。

「どうやら、ルスラーン王国の賓客の口には合わなかったみたいだね。まあ、国が違えば好みが違うのも当然だ。気にすることはないよ」

 セルゲイの慰めに、結羽はさらに落胆してしまった。自国の王子と姫が食べないのだから、臣下だけが食べるわけにはいかないという事情もあったのかもしれない。

「そう……ですね。でも、捨てるの勿体ないですね……」

 懸命に作った食べ物を廃棄しなければならないのは心が痛む。
 結羽はひとつの器を手にした。盛り付けたときは、ふわふわだったかき氷は溶け出していて、春の雪のように形が崩れて固まっていた。
 舞踏会での一件で強張っていた頬は厨房の忙しさでほぐれたが、固まったかき氷は結羽の笑顔を失わせた。セルゲイも気遣ってくれているのに、分かっているのに顔を上げられない。

「俺が食べてやってもいいぞ」

 声がしたほうをふと見遣ると、厨房の戸口にダニイルが腕を組んで凭れていた。舞踏会のときの装束のままで、白の軍服姿だ。

「おや、ダニイルさん。気が変わったのかい? 試食のときは、ただの氷なんて食べたくないと言っていたのにね」

 からかうようなセルゲイの物言いに、ダニイルは気まずそうに眉を寄せた。

「捨てるのが勿体ないんだろう。別に結羽のためじゃない。食材のためだ」

 ぱっと表情を輝かせた結羽は、かき氷機に新たな氷を投入した。疲れなど吹き飛んだかのように勢いよくハンドルを回し始める。

「ありがとうございます、ダニイル。折角だから、新しいかき氷を作りますね」
「おまえは俺の話を聞いてないのか、俺の腹を壊したいのか、どっちだ」

 後片付けに勤しむ厨房が笑いに包まれる。腹を抱えて笑い転げたセルゲイは、ダニイルの眼前にかき氷の器を並べた。

「さあ、気合い入れて食べてくれ。氷はまだまだ沢山あるからね」

 やけ食いのように掻き込んで食べるダニイルの前に、次々と空になった器が積み上げられる。ダニイルは、ぽつりと漏らした。

「同じ味ばかりで飽きるな。シロップはイチゴしかないのか?」

 結羽は瞳を瞬かせる。イチゴに拘っているわけではない。シロップの種類は他にも沢山存在するわけで。

「なるほど。沢山食べる人のために他のシロップもあればいいですよね。イチゴ以外にも、メロンやレモンなど色々な種類があるんですよ」

 今日はルスラーン王国の人々に食べていただけなかったが、違う味のシロップなら興味を持ってくれるかもしれない。それに複数のシロップが用意してあれば、選ぶ楽しみも増える。
 早速結羽は城内の温室に赴いて、利用できる果物や野菜を吟味した。
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