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氷上のアイスダンス 4
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レオニートと組んだ氷上のアイスダンスは、毎日のように繰り広げられた。
始めは覚束ない滑りの結羽だったが、レオニートに指導してもらううちに要領を掴み、着々とスケーティング技術を向上させていった。
それにいつでもレオニートが傍に寄り添って、結羽を支えていてくれるのだ。その安心感を得ているだけでも自信に繫がり、身体の表現に表れてくる。
「さあ、アウトカーブだ。エッジをインサイドに意識して」
レオニートに腰を抱えられながら、エッジを緩やかにインサイドにチェンジする。
上半身は氷に対して水平に保つ。
膝を伸びやかに使って、身体を左右に振らないように。
レオニートの趣味に付き合う形ではあるが、結羽は真剣に取り組んだ。
彼と、ずっと一緒にいたいから。
レオニートに、結羽がアイスダンスのパートナーで良かったと思ってもらえるように。
それにどんなに練習しても、ちっとも疲れないのだ。
昔、友人とアイスリンクで滑ったときは足が痛くなってたまらなかったのに、レオニートと滑っていると、なんて足が軽やかに動くのだろうか。
湖畔で見学していたユリアンとダニイルは雪だるまを作っていたが、それも飽きたようで
帰り支度を始めていた。
「あにうえー、ゆうー! いつまで滑ってるの? 足がつかれない?」
「このスケート靴は魔法の靴です。上手くスケートが滑れる魔法がかかっていますよ」
ユリアンに手を振り返すが、彼は呆れたように両手を腰に宛てている。
「まさかぁ。ぼくは転んじゃうからスケート苦手だな」
ユリアンとダニイルも交えてスケートを楽しんだ日もあるのだが、ふたりはまさに初日の結羽と同じく生まれたての子鹿を演じた挙げ句、何度も転んでしまった。苦手だと思うと楽しめないようで、以来結羽とレオニートの踊るアイスダンスを見学するだけとなっている。
「ユリアンも大人になれば、スケートの楽しさが分かるようになる」
「ぼく大人になれるかな。まだ耳もあるし。兄上みたいに、大きい白熊になれるのかな」
ユリアンは小さな白い耳を指先で弄る。その純白の耳は、白熊種である証だ。
「なれるとも。私もユリアンの年頃に耳がなくなったのだ。そうなればおまえも、立派な大人だ」
レオニートを誇らしげに見上げるユリアンは、兄に尊敬の念を抱いていると分かる。結羽には兄弟がいないので想像でしかないが、きっと自分にも年の離れた弟がいたら、ユリアンと同じように大切にしただろうと思えた。
つと、レオニートはダニイルに目をむけた。
「では頼んだぞ、ダニイル」
「承知しました。お気を付けて。帰りましょう、ユリアン様」
ダニイルはユリアンを連れて馬車にむかう。手を振るユリアンを呆然と見送っていると、レオニートは身を寄せて囁いた。
「今日は、ずっと結羽とアイスダンスを踊っていたい。夕暮れを見て、そして夜空の星々を見るまで」
「レオニート……僕も、同じ気持ちです。あなたとずっと……」
一緒にいたい。手を繫いでいたい。同じステップを刻み、アイスダンスを共に踊り続けたい。
レオニートへの想いは、抑えきれないほど胸に溢れていた。
再び手を取り合い、ふたりは氷に華麗な軌跡を描く。
美しい夕陽が氷上を紅に染め上げている。ふたりの姿までも溶け込むように、氷の世界は赤々とした情熱の色に燃えていた。
やがて日は沈み、藍の紗幕が下りた空には眩いほどの大粒の星々が煌めく。青から紫、そして緑に色を変化させたオーロラがカーテンの襞のように幾重にも重なり合い、天空へ舞い上がる。
ここは、ふたりだけの舞踏会。
キリアンポジションからワルツポジションにチェンジして、向き合う形になった結羽は優美なオーロラを背にして微笑んだ。その笑みは数多の星々よりも光り輝き、見惚れるほどに美しい。
背を支えてくれるレオニートの左手は、結羽の右手に繫がれている。
このままずっと、レオニートと踊り明かして、夜空の星になれたらいい。ふたり一緒に、夜空の星座になれたら――。
僕は、レオニートのために死んでもいい。
彼になら、自らの命を捧げられる。
そんなふうに思えたのは初めてだった。
これはきっと結羽が生まれて初めての恋で、そして最後の恋だから。
「愛しい……」
レオニートの紺碧の双眸は夜空の色に溶け込んでいる。星明かりに愛されたように、銀髪は輝きを放つ。彼の薄い唇から紡がれたひとことは、風の音色に掻き消された。
「え……今なんて?」
「……いや、美しいと言ったのだ。オーロラを従えた結羽は、この世の者とは思えないほど美麗だ」
凡庸な結羽には勿体ない褒め言葉だ。レオニートこそ、美神のごとく壮麗な美しさを誇っているというのに。
結羽ははにかんだ笑みを見せて、星を映した黒曜石のような瞳を瞬かせた。
ふたりだけの舞踏会は星々とオーロラが見守る氷上で、流麗な軌跡を描きながらいつまでも続けられた。
始めは覚束ない滑りの結羽だったが、レオニートに指導してもらううちに要領を掴み、着々とスケーティング技術を向上させていった。
それにいつでもレオニートが傍に寄り添って、結羽を支えていてくれるのだ。その安心感を得ているだけでも自信に繫がり、身体の表現に表れてくる。
「さあ、アウトカーブだ。エッジをインサイドに意識して」
レオニートに腰を抱えられながら、エッジを緩やかにインサイドにチェンジする。
上半身は氷に対して水平に保つ。
膝を伸びやかに使って、身体を左右に振らないように。
レオニートの趣味に付き合う形ではあるが、結羽は真剣に取り組んだ。
彼と、ずっと一緒にいたいから。
レオニートに、結羽がアイスダンスのパートナーで良かったと思ってもらえるように。
それにどんなに練習しても、ちっとも疲れないのだ。
昔、友人とアイスリンクで滑ったときは足が痛くなってたまらなかったのに、レオニートと滑っていると、なんて足が軽やかに動くのだろうか。
湖畔で見学していたユリアンとダニイルは雪だるまを作っていたが、それも飽きたようで
帰り支度を始めていた。
「あにうえー、ゆうー! いつまで滑ってるの? 足がつかれない?」
「このスケート靴は魔法の靴です。上手くスケートが滑れる魔法がかかっていますよ」
ユリアンに手を振り返すが、彼は呆れたように両手を腰に宛てている。
「まさかぁ。ぼくは転んじゃうからスケート苦手だな」
ユリアンとダニイルも交えてスケートを楽しんだ日もあるのだが、ふたりはまさに初日の結羽と同じく生まれたての子鹿を演じた挙げ句、何度も転んでしまった。苦手だと思うと楽しめないようで、以来結羽とレオニートの踊るアイスダンスを見学するだけとなっている。
「ユリアンも大人になれば、スケートの楽しさが分かるようになる」
「ぼく大人になれるかな。まだ耳もあるし。兄上みたいに、大きい白熊になれるのかな」
ユリアンは小さな白い耳を指先で弄る。その純白の耳は、白熊種である証だ。
「なれるとも。私もユリアンの年頃に耳がなくなったのだ。そうなればおまえも、立派な大人だ」
レオニートを誇らしげに見上げるユリアンは、兄に尊敬の念を抱いていると分かる。結羽には兄弟がいないので想像でしかないが、きっと自分にも年の離れた弟がいたら、ユリアンと同じように大切にしただろうと思えた。
つと、レオニートはダニイルに目をむけた。
「では頼んだぞ、ダニイル」
「承知しました。お気を付けて。帰りましょう、ユリアン様」
ダニイルはユリアンを連れて馬車にむかう。手を振るユリアンを呆然と見送っていると、レオニートは身を寄せて囁いた。
「今日は、ずっと結羽とアイスダンスを踊っていたい。夕暮れを見て、そして夜空の星々を見るまで」
「レオニート……僕も、同じ気持ちです。あなたとずっと……」
一緒にいたい。手を繫いでいたい。同じステップを刻み、アイスダンスを共に踊り続けたい。
レオニートへの想いは、抑えきれないほど胸に溢れていた。
再び手を取り合い、ふたりは氷に華麗な軌跡を描く。
美しい夕陽が氷上を紅に染め上げている。ふたりの姿までも溶け込むように、氷の世界は赤々とした情熱の色に燃えていた。
やがて日は沈み、藍の紗幕が下りた空には眩いほどの大粒の星々が煌めく。青から紫、そして緑に色を変化させたオーロラがカーテンの襞のように幾重にも重なり合い、天空へ舞い上がる。
ここは、ふたりだけの舞踏会。
キリアンポジションからワルツポジションにチェンジして、向き合う形になった結羽は優美なオーロラを背にして微笑んだ。その笑みは数多の星々よりも光り輝き、見惚れるほどに美しい。
背を支えてくれるレオニートの左手は、結羽の右手に繫がれている。
このままずっと、レオニートと踊り明かして、夜空の星になれたらいい。ふたり一緒に、夜空の星座になれたら――。
僕は、レオニートのために死んでもいい。
彼になら、自らの命を捧げられる。
そんなふうに思えたのは初めてだった。
これはきっと結羽が生まれて初めての恋で、そして最後の恋だから。
「愛しい……」
レオニートの紺碧の双眸は夜空の色に溶け込んでいる。星明かりに愛されたように、銀髪は輝きを放つ。彼の薄い唇から紡がれたひとことは、風の音色に掻き消された。
「え……今なんて?」
「……いや、美しいと言ったのだ。オーロラを従えた結羽は、この世の者とは思えないほど美麗だ」
凡庸な結羽には勿体ない褒め言葉だ。レオニートこそ、美神のごとく壮麗な美しさを誇っているというのに。
結羽ははにかんだ笑みを見せて、星を映した黒曜石のような瞳を瞬かせた。
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