一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

文字の大きさ
1 / 56

一話

しおりを挟む
一、 御曹司との極上の一夜

『じゃあな。もう電話するなよ』
「……はあ?」
 プツッ、ツーツー……
 出勤途中の海東かいとう紗英さえは呆然として、握りしめていたスマホを耳から離した。
 途端に、駅の構内のざわめきがよみがえるのを感じる。
 こうして慌ただしい時刻に彼氏の大類おおるい雅憲まさのりと電話していたのは、なにも好き好んでのことではない。
 向こうから一方的に別れ話の電話をかけてきたのだ。
 事の始まりはこうだった。
 昨夜、会社帰りの紗英がいつも通りアパートに入ると、雅憲と見知らぬ女がベッドで致している真っ最中だった。
 硬直するしかない紗英だったが、女は顔しかめると、悪びれもせずに服を着て出ていった。気まずげにベッドサイドに腰かけた雅憲は頭をかくと、「煙草を買ってくる」と言い置いて、紗英の脇を通り過ぎていった。それきり帰ってくることはなく、彼からの謝罪はいっさいなかった。
 半同棲のような状態になっていて、合い鍵を渡していたが、まさか浮気に使われているとは思わなかった。
 というより、雅憲は紗英にバレてもどうにでもなるくらいにしか考えていなかったのだろう。向こうから言い寄られて付き合いが始まったのだが、いいように利用されているという懸念はあった。彼はろくに仕事もせず、紗英に金を貸してくれとせびり、まるでヒモのようだったから。
 紗英はそんな雅憲を好きというより、情だけで付き合いが続いているような状態だった。
 これが正しい恋人関係なんていえるのかどうか、疑問はあった。
 その曖昧な関係に決着がついただけのこと。
 ぽつん、とアパートの部屋に残された紗英は、そう割り切ろうとした。
 だが、さすがに浮気に使われたベッドでそのまま寝る気にはなれず、床で寝たのは惨めさを覚えた。
 どうして私が、こんな目に――?
 床を涙で濡らしたのは言うまでもない。
 しかも翌朝の電話で雅憲から伝えられたのは、『おまえが悪い』という紗英を責める内容だった。彼はいつも自分は悪くなく、紗英のせいにするという幼稚なところがある。
 どうやら彼は浮気相手のほうに本気になったので、紗英のことは捨てるつもりらしい。もちろんこれまでに貸した金を返す気は、雅憲にはない。以前、「返して」と言ったら逆ギレされたからだ。
 極めつけは最後に、「もう電話するなよ」という捨て台詞である。
 電話をかけてきたのは、そちらだが……。
 まるで紗英が未練たらたらだとでも言いたげな横柄な態度だ。偉そうに言うのは、自分に後ろめたいことがあるときの雅憲の特徴である。
 未練があるといえば貸した金のことだが、合計二十五万円ほどなので、諦めるしかないだろう。
 関係が終わると、自分がいかにクズ男と付き合っていたかがよくわかる。
 このやるせなさと憤りを、爽やかな朝の出勤時間にどう昇華すればよいのか。
「私って、とことん男運がないのね……」
 深い溜息を吐いて、スマホをバッグにしまう。
 セミロングの髪に、凡庸な顔立ち。スタイルもごくふつう。スーツを着ている紗英は、どこから見ても一般的な会社員であり、どこにでもいるような女だ。
 そして駅で彼氏と別れ話の電話をするのも、どこにでも転がっているようなことなのだろう。
 自分の男運の悪さを呪いながら改札を通って電車に乗り込む。
 紗英はさほど恋愛経験が多いわけではないが、なぜかクズな男ばかりに引っかかってしまう。
 目的の駅に到着すると、駅を出てすぐ傍にある会社の玄関をくぐる。
 入社四年目の紗英は、介護施設運営会社の本社で営業を担当している。
 キリシマ・ホールディングスの傘下である『ベストシニアライフ』は業界大手で、介護施設事業を全国展開していた。営業の仕事は地道な営業活動や、度重なるお客様との面談と契約など大変なことも多いが、やりがいがあるので仕事は好きだった。
 仕事は順調なのだが、紗英のプライベートは充実からはほど遠い。
 二十五歳になっても結婚どころか、クズ男に引っかかり、泣きながら床で寝るという有様である。
 また深い溜息を吐きつつ、営業部のフロアに入った紗英は自分のデスクに着いた。
 あまりにも落胆が濃かったためか、デスクに置いたバッグがよろけて、床に落ちる。どさどさと中の荷物がフロアの床に散らばった。
「あああ……」
 不幸の連続に嘆きの声を上げる。
 腰を屈め、スマホやポーチをかき集める。まだ始業時刻前なので、フロアにはそれほど人がいなかったのが唯一の救いだ。これで笑われでもしたら、泣いてしまう。
 そのとき、床に視線を落としている紗英の前に、上等な革靴が現れた。
 つと、拾い上げたファイルを差し出されたので、顔を上げる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...