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三十四話
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カーテンを開けると、道路脇に悠司の車が停車していた。
紗英は慌てて荷物を担ぐと、戸締まりをして、アパートの階段を駆け下りる。
ところが大荷物を抱えた紗英を見て、車を降りた悠司は目を見開いた。
「どうした、その荷物。うちに引っ越すのか? それでも全然かまわないが」
「まさか! 全部、肉じゃがのための調理道具ですよ」
「えっ……うちにも調理道具くらいあるけど、もしかして紗英は自分の道具じゃないと作れないとか、そういう気質か?」
「え……いえ、そんなことはありませんけど……。悠司さんの家に鍋や包丁や、まな板があるんですか?」
「あるよ。俺は少しだけど料理するから。インスタントラーメンに野菜入れたりするくらいだけどな」
紗英は固まってしまった。
これまでのクズ男たちの家にあったのは、やかんくらいだったから。
もちろん、やかんが必要なのはカップラーメンを食べるためである。それが悠司はインスタントラーメンに野菜を入れるという。となると、煮る・切るの工程が発生するので、調理道具は必須だ。
「あの……調理道具を家に置いてきますね」
「ああ、そうしてくれ」
笑いをこらえている悠司に背を向けて、紗英は再びアパートの階段を上り、部屋に荷物を置いてきた。
身軽になって戻ると、悠司が助手席のドアを開けてくれる。
「もしかして、俺の家になにも調理道具がないと思ってた?」
「まあ……そうですね」
「だったら肉じゃがを一緒に作ろうって、誘わないだろ」
「えっ⁉ 一緒に作るんですか?」
「そんなに驚かなくても……一緒に作るのはダメなのか?」
「い、いえ……ダメじゃないですけど……」
そういった誘いを男性からされたのは初めてなので驚いた。
紗英の中では『なんでも自分でやる』のが当然になっているからだ。
でも、一緒に作ろうって……なんて素敵な響きなんだろう……。
これまでの紗英の人生で、『一緒に』なんて誰かに言われたことがあっただろうか。
ふたりでキッチンに立って料理するなんて、どうやるのかまるでわからないけれど、それはとても素敵なことに思えた。
ややあって、車は高級住宅街に辿り着く。
瀟洒な邸宅が建ち並ぶ中にある、低層の高級マンションが悠司の自宅らしい。
車はマンションの地下駐車場へ滑り込んだ。
高級車ばかりが駐車してあるので物珍しげに見つつ、紗英は車から降りた。
「こっちだよ」
きゅ、と悠司に手を握られる。
もうマンションに着いたというのに、まるで迷子のように、紗英の手はしっかりつながれた。
赤面しながらも紗英は、彼の手を振りほどくことはしなかった。
きっと強引な悠司のことだから、振りほどいてもなお握ってくると思ったから。
ほかの住人に見られたら、どう説明するのだろうと心配になったが、悠司に気にするそぶりはない。
彼に案内されてエレベーターに乗り込み、三階へ到着する。
悠司の家は角部屋だ。
初めて悠司の自宅に招き入れられたことで、心臓はどきどきして、緊張と喜びに弾んでいた。
カードキーで解錠した扉を、彼は開ける。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔します……」
紗英がおそるおそる家の中に入ると、そこはまるでモデルルームのように清潔感が溢れる室内だった。
ひとつもごみが落ちていない玄関に靴を脱ぐ。新品のスリッパを履いて廊下を通ると、リビングに入った。
三十畳はあろうかという広大なリビングは、落ち着いた濃紺色のカーテンとカーペットでまとめられている。家具はシンプルな革張りのソファに、大理石のローテーブル、そして薄型のテレビがあるだけ。
隣室のダイニングを見ると、最新のシステムキッチンはぴかぴかに磨き上げられていた。ダイニングテーブルは醤油差しひとつ置いておらず、すっきりしている。
あまりの美しさに、紗英は呆然とした。
小首をかしげた悠司が不思議そうに訊ねる。
「どうかした?」
「びっくりしました……。綺麗すぎて……」
「掃除はハウスキーパーを頼んでるけどね。あまり物を置かない主義なんだ。観葉植物を置くかどうか迷って、結局やめた」
これまで紗英が付き合ってきた男たちとは、悠司は格が違うということを感じた。
クズ男の部屋といえば、ごみ屋敷に近いのがふつうというのが紗英の常識になっていたからだ。そして掃除からさせられるのである。
それなのに、掃除はプロのハウスキーパー、さらに迷った末に観葉植物を置かないという感覚が、クズ男とは違いすぎる。
紗英は慌てて荷物を担ぐと、戸締まりをして、アパートの階段を駆け下りる。
ところが大荷物を抱えた紗英を見て、車を降りた悠司は目を見開いた。
「どうした、その荷物。うちに引っ越すのか? それでも全然かまわないが」
「まさか! 全部、肉じゃがのための調理道具ですよ」
「えっ……うちにも調理道具くらいあるけど、もしかして紗英は自分の道具じゃないと作れないとか、そういう気質か?」
「え……いえ、そんなことはありませんけど……。悠司さんの家に鍋や包丁や、まな板があるんですか?」
「あるよ。俺は少しだけど料理するから。インスタントラーメンに野菜入れたりするくらいだけどな」
紗英は固まってしまった。
これまでのクズ男たちの家にあったのは、やかんくらいだったから。
もちろん、やかんが必要なのはカップラーメンを食べるためである。それが悠司はインスタントラーメンに野菜を入れるという。となると、煮る・切るの工程が発生するので、調理道具は必須だ。
「あの……調理道具を家に置いてきますね」
「ああ、そうしてくれ」
笑いをこらえている悠司に背を向けて、紗英は再びアパートの階段を上り、部屋に荷物を置いてきた。
身軽になって戻ると、悠司が助手席のドアを開けてくれる。
「もしかして、俺の家になにも調理道具がないと思ってた?」
「まあ……そうですね」
「だったら肉じゃがを一緒に作ろうって、誘わないだろ」
「えっ⁉ 一緒に作るんですか?」
「そんなに驚かなくても……一緒に作るのはダメなのか?」
「い、いえ……ダメじゃないですけど……」
そういった誘いを男性からされたのは初めてなので驚いた。
紗英の中では『なんでも自分でやる』のが当然になっているからだ。
でも、一緒に作ろうって……なんて素敵な響きなんだろう……。
これまでの紗英の人生で、『一緒に』なんて誰かに言われたことがあっただろうか。
ふたりでキッチンに立って料理するなんて、どうやるのかまるでわからないけれど、それはとても素敵なことに思えた。
ややあって、車は高級住宅街に辿り着く。
瀟洒な邸宅が建ち並ぶ中にある、低層の高級マンションが悠司の自宅らしい。
車はマンションの地下駐車場へ滑り込んだ。
高級車ばかりが駐車してあるので物珍しげに見つつ、紗英は車から降りた。
「こっちだよ」
きゅ、と悠司に手を握られる。
もうマンションに着いたというのに、まるで迷子のように、紗英の手はしっかりつながれた。
赤面しながらも紗英は、彼の手を振りほどくことはしなかった。
きっと強引な悠司のことだから、振りほどいてもなお握ってくると思ったから。
ほかの住人に見られたら、どう説明するのだろうと心配になったが、悠司に気にするそぶりはない。
彼に案内されてエレベーターに乗り込み、三階へ到着する。
悠司の家は角部屋だ。
初めて悠司の自宅に招き入れられたことで、心臓はどきどきして、緊張と喜びに弾んでいた。
カードキーで解錠した扉を、彼は開ける。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔します……」
紗英がおそるおそる家の中に入ると、そこはまるでモデルルームのように清潔感が溢れる室内だった。
ひとつもごみが落ちていない玄関に靴を脱ぐ。新品のスリッパを履いて廊下を通ると、リビングに入った。
三十畳はあろうかという広大なリビングは、落ち着いた濃紺色のカーテンとカーペットでまとめられている。家具はシンプルな革張りのソファに、大理石のローテーブル、そして薄型のテレビがあるだけ。
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「どうかした?」
「びっくりしました……。綺麗すぎて……」
「掃除はハウスキーパーを頼んでるけどね。あまり物を置かない主義なんだ。観葉植物を置くかどうか迷って、結局やめた」
これまで紗英が付き合ってきた男たちとは、悠司は格が違うということを感じた。
クズ男の部屋といえば、ごみ屋敷に近いのがふつうというのが紗英の常識になっていたからだ。そして掃除からさせられるのである。
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