一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

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四十三話

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『ちょっと! 伊豆の施設はどうなるんですか⁉ もうお金を払ってるのよ!』
 電話の相手は紗英が担当した顧客だった。スムーズに契約を済ませたはずだが、かなり激高している。
「どうなるとは……入居日は来週でございますが」
『だから、施設が売り払われるんでしょ⁉』
「はっ? いえ、そのようなことはございません」
『なに言ってるのよ! おたくから届いたチラシに、そう書いてあるじゃない。だから解約を勧めるんじゃないの? うちも解約してちょうだい』
 紗英は眉をひそめた。わけがわからない。
 とにかく「事実を確認してからお電話をいたします」と告げて、電話を切る。
 ところが受話器を置いたらすぐにコール音が鳴り出す。
 紗英がまた電話に出ると、同じく伊豆の施設を契約した別の顧客からだった。
 先ほどの人よりは冷静に事情を訊ねてきた顧客は、紗英になにが起こっているのか説明してくれた。
 土地の所有権の事情により施設が売り払われることになったので、解約の手続きを申し立てしてくださいという旨が書かれた手紙が、ベストシニアライフから顧客宛てに郵送されてきたというのだ。
 どうやら伊豆の施設の契約者全員に送られたらしい。知人同士で情報交換して、手紙の内容が本当らしいと確信した顧客たちは、出遅れたら返金が滞ると思い、すぐに解約しようと殺到してきたというわけである。
 施設が売却されるだなんて、事実無根だ。
 紗英は丁寧に説明して、電話を切った。
 そして電話はまた鳴り出す。きりがない。
 紗英は必死に対応した。伊豆の施設の契約者は、百名以上いる。その半分ほどが、紗英が担当した顧客なのである。
 ほかの社員たちも懸命に電話対応している。だが、木村の迷惑そうな声が聞こえたので、ふとそちらに目を向けた。
 彼女は「担当の海東に聞いてください」と言い捨てて、電話をガチャンと切った。あまりの対応の悪さに、紗英は電話の合間を縫って、木村に苦言を呈した。
「木村さん。確かに私の担当のお客様かもしれませんが、お客様が納得していないのに電話を切るのはやめてください」
「海東さんのお客でしょ。自分でなんとかしてくださいよ!」
 木村に睨まれて、紗英は悲しくなった。
『なんでも自分でやりなさい』という呪いを、またここでも言われるなんて。
 木村が忙しいときに、紗英が仕事を手伝ってあげたこともあるのだが、彼女はそんなことはすっかり忘れているのかもしれない。そういえば彼女は文句はたくさん言うのだが、礼を言ったことはなかった。
 そのとき、紗英の肩がぽんと叩かれる。
 振り返ると、悠司が険しい顔をして立っていた。
「どうやら、施設が売却されるという手紙が、伊豆の契約者に送られたようだな。俺は本部長からも誰からも、なにも聞いていない。寝耳に水だ」
「売却なんて、ありえませんよね? 入居日は来週です」
「今、事実確認をしている最中だ。土地の所有者に電話をかけているが、つながらない。だが土地の賃貸契約を突然破棄できるはずはない」
「そうですよね」
 頷いた悠司は、フロアにいる社員たちにも伝えた。
「伊豆の施設が売却されるという話は、事実確認中だ。お客様には手紙を保存の上、こちらからの連絡を待ってくださいと伝えてくれ」
 みんなは受話器を手にして、「わかりました」と返事をした。木村だけが素知らぬ顔をしてパソコンを眺めている。
 そのとき、足早に本部長がやってきた。彼の背後には不安そうな顔をした老夫婦がフロアの様子をうかがっている。
「桐島課長。伊豆の施設を契約したお客様だ。電話がつながらないので、直接お越しになったらしい」
「自分が対応します」
「わたしも同席しよう。いろいろと確かめたいことがある」
 悠司は紗英に向き直ると、しっかりとした口調で言った。
「海東さんは電話対応を続けてくれ。しんどいだろうが、頼んだぞ」
「かしこまりました、桐島課長」
 礼をした紗英は自分のデスクに戻った。
 じきに電話が鳴り出す。
 対応していると、悠司と本部長がフロアを出て、訪問してきた契約者を会議室に案内しているところが見えた。
 フロアには「事実確認中です」「折り返し、こちらからご連絡いたします」という社員たちの声が響いた。木村はデスクで鳴り響く電話を無視していた。
 
 やがて昼過ぎになり、電話のコール音が減ってきた。
 誰も昼食を取っておらず、社員たちには疲労の色が見られた。木村ひとりがデスクで悠々とサンドイッチを頬張っているのを、ほかの社員が恨めしそうに見ていた。
 紗英は顧客に懸命に説明したが、「とにかく今すぐに解約したい」と言い張る人もいて、説得するのに疲れ果てた。
 それに、今の時点では事実無根だと、証明することができないのである。紗英だって、いったいなにが起きているのか把握していないのだ。中には「会社が倒産するの?」と勘繰る人もいて、顧客のあらゆる不安を拭うため説得することになった。
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