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四十五話
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だが、誰もが黙っていた。
紗英を庇ってくれる者はいない。
証拠が目の前にあるし、紗英がどのように会社のことを考えているか、本心はわからないからだ。
木村は追い打ちをかけるように、笑みを浮かべながら言った。
「責任を取って会社を辞めるしかないんじゃないですか? こうして会社の不利益になることを、海東さんがしたんですから」
「そんな……」
どうしよう。
紗英が作った文書ではないのだが、手書きではないので、筆跡の違いなどで証明することができない。
しかも、木村は紗英が作っているところを見たなどと言う。
なぜ彼女がそんなことを言うのか、理解できなかった。
このままでは退職することになってしまう。まだ伊豆の案件は終わっていないのに、顧客を放り出して辞めるなんてできない。
困ってしまった紗英は眦に涙を滲ませた。
そのとき、さりげなく木村をパソコンの前から退かした悠司が、マウスを手にする。
彼は文書を閉じると、『一』のファイルを右クリックしてプロパティを表示した。
「作成日は、一週間前か。作成者は、『a』ね……。会社のパソコンで作ったはずなのに、
アドレスが海東さんではない」
データファイルのプロパティを見ると、作成日や作成者が確認できる。もちろん紗英には身に覚えのないファイルだ。
悠司の発言を耳にした木村は唇を尖らせた。
「それがどうしたんですか?」
「ほかのファイルは、すべて海東さんのアドレスが記名されている。だが、この文書だけ匿名になっている。つまり、このファイルは海東さんのパソコンで作成されたものではなく、別の何者かが作成したファイルを移動させたと考えられる」
悠司がデスクトップにあったほかのファイルのプロパティを開くと、そこには『海東紗英』という名前とともに、会社用のメールアドレスが記載されていた。すべて会社用のデータなので、自動的にそうなる。
木村は悠司の言い分に反論した。
「だから、家のノートパソコンで作って、データをここに移動したんじゃないんですか? それなら匿名になるでしょ」
「なんのために? 自分が犯人ですと証明するためにか?」
「……会社のプリンターで印刷するためじゃないですか?」
「ふうん。随分とセコいんだな」
フッと、悠司は木村に向かって鼻で笑った。
木村は視線をうろうろとさまよわせている。
悠司は文書が入っていた封筒を掲げた。
「消印によると、この封筒が投函されたのは十月七日、つまりおとといの土曜日だ。おとといは、海東さんはずっと俺と一緒に過ごしている。彼女が約百通もの封書を投函するようなことをしていないのは、俺が証明する」
社員たちの間に、ざわめきが満ちる。
紗英は驚きに目を見開いた。
紗英の潔白を証明するためとはいえ、自分たちが特別な関係にあると、悠司が認めたからだ。男女が休みの日にずっと一緒に過ごしているということは、恋人であると表明したも同然である。
瞠目した木村は、なぜか紗英に向かってわめいた。
「そんなのアリバイにならないわ! 桐島課長が海東さんを庇おうとして、嘘をついてるかもしれないじゃないですか!」
ふと紗英は疑問に思った。
木村はどうあっても紗英を犯人にしたいようだが、なぜ彼女はそんなに必死になるのだろう。
そういえば、文書のファイルを発見したとき、まるで彼女はあらかじめそこにあるのを知っているかのように、スムーズに見つけていた。
そのとき、気まずそうな顔をした山岡が手を上げる。
「あのう……ぼくは今朝、仕事があって六時に出社したんですけど、すでに木村さんがいたんですよね。いつも遅刻ぎみなのに、どうしたのかなと思って、隠れて見ていたんですけど……」
そこに居合わせた全員が、ぼそぼそと話す山岡に注目した。
彼は夏頃に腰の手術を終えて無事に退院したが、体のことを考えて時短勤務にしている。そのため、早めに出勤して仕事をすることも度々あった。
木村は硬直して、山岡を見つめている。
「彼女、海東さんのデスクでパソコンをいじっていたんです。終わったらUSBメモリを抜いてたんですけど、あれって、この文書のファイルを移してたんじゃないですかね……」
つまり、文書を作成した犯人は木村であって、その罪を紗英に着せようとしていると、山岡は言っている。
木村の顔が真っ赤に染まった。
彼女は噛みつくように山岡に吠える。
「嘘よ! そんなこと知らないわ。妄想はやめてちょうだい!」
本部長は冷静な声で木村に訊ねた。
「木村さん。きみのUSBメモリを見せてくれ。バッグに入っている私物も含めて、すべて提出するんだ」
紗英を庇ってくれる者はいない。
証拠が目の前にあるし、紗英がどのように会社のことを考えているか、本心はわからないからだ。
木村は追い打ちをかけるように、笑みを浮かべながら言った。
「責任を取って会社を辞めるしかないんじゃないですか? こうして会社の不利益になることを、海東さんがしたんですから」
「そんな……」
どうしよう。
紗英が作った文書ではないのだが、手書きではないので、筆跡の違いなどで証明することができない。
しかも、木村は紗英が作っているところを見たなどと言う。
なぜ彼女がそんなことを言うのか、理解できなかった。
このままでは退職することになってしまう。まだ伊豆の案件は終わっていないのに、顧客を放り出して辞めるなんてできない。
困ってしまった紗英は眦に涙を滲ませた。
そのとき、さりげなく木村をパソコンの前から退かした悠司が、マウスを手にする。
彼は文書を閉じると、『一』のファイルを右クリックしてプロパティを表示した。
「作成日は、一週間前か。作成者は、『a』ね……。会社のパソコンで作ったはずなのに、
アドレスが海東さんではない」
データファイルのプロパティを見ると、作成日や作成者が確認できる。もちろん紗英には身に覚えのないファイルだ。
悠司の発言を耳にした木村は唇を尖らせた。
「それがどうしたんですか?」
「ほかのファイルは、すべて海東さんのアドレスが記名されている。だが、この文書だけ匿名になっている。つまり、このファイルは海東さんのパソコンで作成されたものではなく、別の何者かが作成したファイルを移動させたと考えられる」
悠司がデスクトップにあったほかのファイルのプロパティを開くと、そこには『海東紗英』という名前とともに、会社用のメールアドレスが記載されていた。すべて会社用のデータなので、自動的にそうなる。
木村は悠司の言い分に反論した。
「だから、家のノートパソコンで作って、データをここに移動したんじゃないんですか? それなら匿名になるでしょ」
「なんのために? 自分が犯人ですと証明するためにか?」
「……会社のプリンターで印刷するためじゃないですか?」
「ふうん。随分とセコいんだな」
フッと、悠司は木村に向かって鼻で笑った。
木村は視線をうろうろとさまよわせている。
悠司は文書が入っていた封筒を掲げた。
「消印によると、この封筒が投函されたのは十月七日、つまりおとといの土曜日だ。おとといは、海東さんはずっと俺と一緒に過ごしている。彼女が約百通もの封書を投函するようなことをしていないのは、俺が証明する」
社員たちの間に、ざわめきが満ちる。
紗英は驚きに目を見開いた。
紗英の潔白を証明するためとはいえ、自分たちが特別な関係にあると、悠司が認めたからだ。男女が休みの日にずっと一緒に過ごしているということは、恋人であると表明したも同然である。
瞠目した木村は、なぜか紗英に向かってわめいた。
「そんなのアリバイにならないわ! 桐島課長が海東さんを庇おうとして、嘘をついてるかもしれないじゃないですか!」
ふと紗英は疑問に思った。
木村はどうあっても紗英を犯人にしたいようだが、なぜ彼女はそんなに必死になるのだろう。
そういえば、文書のファイルを発見したとき、まるで彼女はあらかじめそこにあるのを知っているかのように、スムーズに見つけていた。
そのとき、気まずそうな顔をした山岡が手を上げる。
「あのう……ぼくは今朝、仕事があって六時に出社したんですけど、すでに木村さんがいたんですよね。いつも遅刻ぎみなのに、どうしたのかなと思って、隠れて見ていたんですけど……」
そこに居合わせた全員が、ぼそぼそと話す山岡に注目した。
彼は夏頃に腰の手術を終えて無事に退院したが、体のことを考えて時短勤務にしている。そのため、早めに出勤して仕事をすることも度々あった。
木村は硬直して、山岡を見つめている。
「彼女、海東さんのデスクでパソコンをいじっていたんです。終わったらUSBメモリを抜いてたんですけど、あれって、この文書のファイルを移してたんじゃないですかね……」
つまり、文書を作成した犯人は木村であって、その罪を紗英に着せようとしていると、山岡は言っている。
木村の顔が真っ赤に染まった。
彼女は噛みつくように山岡に吠える。
「嘘よ! そんなこと知らないわ。妄想はやめてちょうだい!」
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