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第2章 学園・学校編
第14話 学園進学 ~運命の出会い~
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この世界に義務教育はまだない。
教育のレベルは低く、知識階級といえば、まずは教会関係者と貴族であるが、貴族でも地位の低いものは文盲であることも珍しくなかった。
大学は存在していたが、ごく限られた者しか学ぶことができなかった。ヨーロッパで学問・芸術が発達するのは、数百年後のルネサンス期以降である。
そんな中でも、貴族や大商人の子弟を対象として教育を行う学校が各大公国の首都などに設立されているケースもあった。
シュバーベン大公国の首都アウクスブルクにもそんな学校の一つであるシュタウフェン学園があった。シュバーベン大公国は代々皇帝を輩出してきた国でもあり、学校の方も名門校と世間にはとらえられていた。
学校を卒業することは社会的なステイタスでもあったので、バーデン領からも近いシュタウフェン学園に行くことにフリードリヒは決めていた。
シュタウフェン学園は12歳から14歳ごろまでの2年間を修業期間としており、中等的な学問や社会的な作法から武芸にいたるまで幅広い教育が行われる。
入学に当たっては、初等教育を受けたことを前提とした入学試験をクリアする必要があった。
現代の感覚でいうと中学校に近い性格の学校である。
学園の1学年上には兄のヘルマンが在籍していた。
◆
アウクスブルクには小さいながらもツェーリンゲン家の屋敷があり、兄のヘルマンはここから学園に通っていた。
フリードリヒは、パーティーメンバーや精霊たちも連れてきており、大所帯になってしまうので、自前で大きめの邸宅を用意していた。
両親は侍女としてコンスタンツェとリーゼロッテを付けてくれた。あとは足りない侍女や料理人などはアウクスブルクで雇うことにした。
侍女長はコンスタンツェに頼んだ。彼女ならばもうベテランといってよいので、問題はないだろう。
さすがに、あてがい女のグレーテル親子を同居させることは、まだはばかられたので、別に家を一軒用意した。
一方、フリードリヒが才能のある者たちを食客として集めていることが評判となり、その人数も増えてきたので、食客用には別な館を用意してある。
これには、30年ぶりのオリハルコン昇格や氷竜退治で白銀のアレックスの名前がフライブルクの英雄として轟いていることも大きな一因となっていた。
叙勲のときに白銀のアレックスの正体はフリードリヒだということは明らかになってしまっていたので、このことは知る人ぞ知る秘密となっていた。また、フリードリヒ自身、冒険者アレクの正体を隠すことにこだわらなくなってきていた。
また、フリードリヒの滞在以前からアウクスブルクにはタンバヤ商会の支店が置かれていた。
理系ゾンビのフィリーネやバンシーのコルネリアも支店の方に移ってもらうことにしている。特にコルネリアについては、デュラハンのカタリーナとセットだから引き離すのは無理だ。
◆
フリードリヒは今日からシュタウフェン学園に通い始める。
まずは第1印象が大事だ。人付き合いの苦手なフリードリヒとしては、気合を入れねばならない。
フリードリヒは校門に向けて歩きだした。その時。
後ろから鋭い風切り音がしたのでとっさにしゃがんで避けた。
「あっ。ごめんなさ~~~い」
間の抜けた謝罪の声が聞こえる。
えっ。この間の抜けた声は…。
振り向くとタラサが大黒柱を5本ばかり担いでいた。
「タラサ。おまえがなぜここにいる」
「えへっ。来ちゃった」
「追いかけてきたのかよ。女の情念、恐るべし…」と驚くフリードリヒ。
「『えへっ』じゃない、この馬鹿者!」
その場で事情を聞くと、親方にも黙って出てきたらしい。しかし、自分を慕ってここまで大胆な行動をとったと思うと、追い返すのもなんだか不憫だ。
「とにかくおまえの身の振り方を相談しよう。学校が終わったらまた来る」
「やったー。またフリードさんに逢えるんだね。うれしい」
タラサの能天気な反応にどう返してよいかわからない。
とにかく、学園に向かわないと遅刻してしまう。初日から遅刻では第1印象が最悪になってしまうので、早々に学園に向かう。
◆
学園へは本人の希望もあってベアトリスも一緒に通うことになった。大司教の子息なのでおかしくはないのだが、出奔中の身なので実家には伏せてある。
学費は冒険者時代の貯金があるので本人が払えそうだが、足りなければフリードリヒが払うつもりである。
ベアトリスは他のパーティメンバーとともにフリードリヒの屋敷に住むことになったが、初日は一緒に登校することは控えた。
いきなりカップルで登校しておかしな噂などをされてもお互いに困るためだ。
ヘルミーネは貴族や大商人の子息ならば学園に通っても良さそうなのだが、いまだに身分を隠しているので、そうは言わなかった。
ベアトリスと2人で通うと知ると微妙な表情をしていたが、さすがにこれだけは本人が素性を明かしてくれないとどうしようもない。
学園に着くと入学試験の順位が掲示されていた。
ちょうどベアトリスがいたので、一緒に眺めてみる。
1位はフリードリヒで、これは当然だ。
2位と3位は知らない男性の名前だった。少なくとも有名どころの貴族の子息ではないだろう。
4位にベアトリスが入っていた。
「ベアトリス。4位なんてすごいじゃないか」
「私、フリードリヒ様と同じ学校に行きたくて、一生懸命に勉強したんですよ」
──なかなか健気じゃないか。
「結果が出せてよかったな」
「ありがとうございます」
5位はヴィオランテ・フォン・ホーエンシュタウフェンという女性だ。名前からして代々皇帝を輩出してきた名門のホーエンシュタウフェン家の息女だろう。確かにホーエンシュタウフェンの姫が学園に入学するということは噂で聞いていた。
名家の息女など甘やかされてぼんくらに育ちそうなものだが、そうではないらしい。フリードリヒは、どんな女性か少し興味がわいた。
クラス分けも掲示されていたので、教室へ向かう。幸い、ベアトリスとは同じクラスだった。
教室へ着くと1人の女性に挨拶をしようと多くの者が群がっていた。おそらくホーエンシュタウフェン家の姫だろう。
横で交通整理をしている女性がいる。ご学友という名のボディーガードに違いない。
──面識はないのだが、私も挨拶すべきかな?
そう思いながら様子を眺めていると、ふと姫と視線があった。
次の瞬間、フリードリヒは奇妙な感覚にとらわれていた。
親しい親戚に久しぶりに会ったような何か懐かしい感じがする。
──どういうことだ。彼女とは初対面のはずだが…。
かなりの美形ではあるが、一目惚れという感じではない。では、過去に会ったことがあって忘れているだけなのか?
見ると姫の方も目を丸くして驚いた表情をしている。
するとご学友の制止も聞かず、フリードリヒの方に走り寄ってきた。
「亮ちゃん!」
──えっ。今の日本語だよな。
姫はそのままフリードリヒに抱きつくとその胸に顔をうずめた。
そのまま抱き返すわけにもいかず、フリードリヒは対処に困ってしまう。
周りの学友たちは突然起こった恋愛劇を面白がってはやし立てている。
その声に冷静になったのか、姫はフリードリヒからあわてて飛び退いた。
「ごめんなさい。初対面の人にいきなりこんなこと…」
「いや。かまいません。ところで姫様。内密な話があるので放課後に付き合ってもらえませんか?」
「姫様はやめて。ヴィオラと呼んでください」
「では、ヴィオラ。いかがですか?」
「わかりました。では、放課後に」
「姫様。いきなりなんてことを…」
ヴィオラはまたもご学友の制止も聞かず、約束までしてしまった。
ご学友の名はフリーダ・フォン・アイヒェンドルフ。ホーエンシュタウフェン家に仕える男爵家の息女だ。
「『リョウチャン』って何ですか?」
ベアトリスが訪ねてくる。確かに日本語なんて神聖帝国の人間には全く意味不明だろう。
だが、ここで転生のことを話すわけにはいかない。
「それは………秘密だ」
「なんですか。それ!」
ベアトリスはふくれっ面をしている。
「姫様とはお知り合いだったんですか?」
「いや。今日が初対面だ」
「じゃあ姫様は何であんなことを?」
「さあ。私に一目惚れしたんじゃないのか」
「何をのんきな!相手は名家の姫様ですよ。失礼があってはたいへんです。ちゃんと考えて行動してください!」
「ああ。わかっている」
「わかってないじゃないですか。あんな約束までしてしまって」
「それはそれで理由があるのだ」
ベアトリスの機嫌はますます悪くなり、プンプン怒っている。何もベアトリスに怒られるのも筋違いな気がする。おまえは母上じゃないんだから。
それにしても、前世でフリードリヒのことを大人になっても「亮ちゃん」と呼んでいたのは母親と妻の紅葉の2人だけだった。
可能性があるのは、亮と一緒に死んだと思われる紅葉がこの世界に転生したということだ。
ヴィオラは転生者で紅葉の記憶を引き継いでいるのではないか。それであれば先ほどの出来事は説明ができる。
もしそうだとしても、他人には簡単に明かせる話ではないが…。
その日は授業がなく、入学式と明日以降の授業のオリエンテーションのみだった。
席決めがあったが、右後方の廊下側の隅がご学友のフリーダでその隣がヴィオラだった。これは警備上の理由なのだろう。
そしてフリードリヒの席はフリーダの前、その横がベアトリスということになった。これはくじ引きの結果であるが、幸運としかいいようがない。
席が近くなったおかげで、オリエンテーションの最中もチラチラとヴィオラと視線が合う。
その様子を苦々しく見ているフリーダの気配が感じられ、気まずい。ベアトリスも心なしか機嫌が直らない。
休憩時間中にヴィオラに話しかけようと試みるが、ことごとくフリーダに阻まれてしまう。
ヴィオラも何か言いたげにしているが、フリーダに遠慮したようだ。
とにかく放課後までの時間が途方もなく長く感じられた。
いよいよ放課後。
「さあ。姫様。お帰りの時間です」
フリーダがヴィオラを急かす。
「でも、フリードリヒ様との約束が…」
フリーダはヴィオラの背に手を回し、強引に帰らせようとする。
「ヴィオラ。失礼する」
フリードリヒは、そこに半ば強引に割り込み、ヴィオラの手をとると走り出した。
周りの学友たちは昼間のこともあり、フリードリヒたちの様子をさりげなく探っていたが、さすがに走ってまで追いかけてくる好き者はいなかった。
フリーダだけが懸命に追いかけてくる。
校舎裏の人気のない林に到着した。
ヴィオラはハアハアと息を切らせている。
「ヴィオラ。すまない。どうしても2人きりで話がしたかったんだ」
そこにフリーダが追い付いてきて、いきなりフリードリヒを非難する。
「あなた。自分が何をしているかわかっているのですか!」
「よいのです。フリーダ」
「ですが、姫様」
「この人は私におかしなことをするような方ではありません。私にはわかるのです」
「姫様を危険にさらすわけにはいきません」
「フリーダ。さがっていなさい。これは命令です」
しばらくの沈黙の後、フリーダは「承知いたしました」と言って離れていった。が、大声を出せば届くくらいの距離にはいるのだろう。
すかさずフリードリヒが話を切り出す。
「端的に聞こう。あなたは紅葉なのか?」
「『クレハ』ですか、とても懐かしい感じの響きですが、私がその『クレハ』という人なのですか?」
──彼女は前世の記憶を完全には持っていないのか?
「信じられないかもしれないが、私はこの世界に生まれる前、こことは違う世界で暮らしていた。亡くなって、この世界の人間に生まれ変わったんだ。私は生まれ変わる前の前世の記憶をほぼ完全に持っている。紅葉というのは、前世で私の妻だった者の名前だ」
ホーエンシュタウフェン家はローマ教皇から戴冠を受けてきた家柄だ。当然ローマカトリックを信じているだろう。ローマカトリックの信者が転生などということを信じてもらえるだろうか。
フリードリヒの頭を不安がよぎる。
しばしの沈黙の後、ヴィオラが口を開いた。
「そうだったのですね。私に紅葉さんのことを教えてくださらない?」
「わかった」
フリードリヒは、紅葉のことをかいつまんで話す。
紅葉は亮の家の隣家の娘だった。
紅葉は小さいころから亮の母のマリアが大好きで、神のように尊敬していた。このため、日ごろから亮の家に入り浸っており、家族のような存在だった。
亮が物心ついた幼稚園のころには、紅葉は亮のことが大好きで四六時中亮にひっついていた。
「亮ちゃんのお嫁さんになる」と幼稚園児のころから公言してはばからなかった。
そのまま小学校、中学校、高校と同じ学校に通った。
紅葉は、高校受験の時は亮と同じ高校に通うため受験勉強を相当頑張ったようだ。
亮がロンドンのケンブリッジ大学に留学する時、紅葉もロンドンのデザイン学校へ留学すると言い出した。
どうやら亮の母から留学のことを聞き出し、前もって英語の勉強などの準備をしていたらしい。
「紅葉ちゃんもロンドンに行くんだったら結婚しちゃいなさいよ。別々に住むなんて不経済よ」
という亮の母の言葉が決定打となり、18歳にして2人は結婚し、大学の寮で生活することになった。英国の大学にはちゃんと世帯用の寮も完備されていたのである。
亮にしてみれば、紅葉はほとんど家族のような存在になっていたから、結婚に否やはなかったが、当たり前の人が当たり前に自分の隣にいるという状況に結婚の感慨というのも薄かった。
だからといって、他の選択肢はあり得なかったわけだが…。
紅葉はデザイン学校を卒業し、そのままロンドンのアパレルメーカーに就職してデザインの仕事に従事した。
その後、2人の女児も誕生した。
そして、亮が大学の博士課程を卒業し、紅葉と2人で就職旅行をしているときに飛行機事故にあった。
これらの話をヴィオラは感慨深げに聞いていた。
話し終わると口を開いた。
「私、小さいころからこの世界と違う世界の夢をよく見ていたの。亮ちゃんや子供たち。そしてそのロンドンという町や亮ちゃんの家の様子も。自分の勝手な妄想だと思っていたけれど、前世の記憶だったのね」
「おそらくそうだと思う」
「あなたを初めてみた時、亮ちゃんの顔が重なって、思わず抱き着いてしまって…。よく見れば顔は全然違うのにおかしいわよね。魂が呼び合ったのかしら?」
「そうかもしれない。が、2人が出会えたことについては、神に感謝だな」
「そうね」
──どの神様かわからないが…。ヤハウェなのか?
「あのね。お願いがあるの」
「なんだい」
「あなたのこと『フーちゃん』って呼んでいいかしら?」
「えっ!?」
「私の父もフリードリヒだから、名前が呼びにくいのよ。なんだか父の顔が思い浮かんでしまって…」
「それならばしかたがない」
──前世のときも死ぬまで「亮ちゃん」で通したから、紅葉には抵抗しても無駄だろう。
それからフリードリヒは校門のところで待っている馬車のところまでヴィオラを送った。その間中、ヴィオラは前世のようにフリードリヒにずっとひっついていた。
フリーダはこの様子を苦々しく見つめていたが、ヴィオラのあまりに幸せそうな様子に口を出しかねていた。
ヴィオラを見送ったフリードリヒは深く嘆息した。
ヴィオラと出会えたことは悪いことではないのだが、フリードリヒは貴族最下位の準男爵に過ぎない。
一方のヴィオラは、大公であるホーエンシュタウフェン家の嫡男フリードリヒⅡ世の5女だ。母親は愛妾ではあるが嫡子として認知されている立派な姫君である。
つまりは身分違いの恋も甚だしい。
このことをヴィオラはどう考えているのだろうか?
あの様子だと、出会えた感慨にふけっていて、まだそこまで考えが及んでいないのかもしれない。
◆
その夜。ヴィオラは早速父親に呼びだされた。
「何やら怪しげな男と親しくしているようだな」
「あら。もうご存じですの。いい機会だから父上には申し上げておきますわ。私、あの方と結婚いたします」
「何を言う。オリハルコン冒険者でフライブルクの英雄だか何だか知らないが、たかだか準男爵ではないか。身分違いも甚だしい」
「その話は初めて聞きましたわ。やはりすごい方だったのですね。でも、あの方は準男爵で終わるような器ではありませんわ。お父様もうかうかはしていられませんわよ」
「私はいずれ皇帝になる男だぞ。この世に皇帝以上の地位などあるものか」
「さあ。どうなのでしょう?でも、女の勘をなめないでいただきたいですわ。では、失礼いたします」
「待て。話は終わっておらぬぞ」
それを無視して立ち去るヴィオラ。
どうやらフリードリヒよりもヴィオラの方がよほど覚悟は決まっていたようである。
◆
フリードリヒはもう一つため息をついた。
今日は気疲れしたのでもう帰りたいのだが、タラサとの約束が残っている。
心に鞭を打ちながら大工の棟梁の家へ向かう。
「フリードさん。もうー遅いよ!」
「ああ。悪い」
──タラサにまで怒られるとは、俺も焼きが回ったか?
「とにかく、アウクスブルクに来てからはどうなんだ?」
タラサが語ったところによると、棟梁の家に弟子たちとともに居候しているということだ。夜も大部屋で雑魚寝らしい。
「雑魚寝って、女は他にいるのか?」
「大工は男の世界だよ。あたし1人にきまっているじゃない」
「着替えとかはどうしているんだ?まさか男の前でということはないよな」
「やだー。フリードさんたら私のこと何だと思ってるの。棟梁が鍵のかかる小部屋を用意してくれたから、そこでやってるよ」
──いや。タラサのことだから、てっきり…。
「そうか。ならいい」
しかし、雑魚寝はまずい。寝ているところを良からぬ奴にキスされたら一発アウトではないか。惨状が目に浮かぶ。
事実、タラサは12歳の成人を迎えて、出会った頃よりもずいぶん体つきが女らしくなってきていた。
「しかし、成人を迎えた女が男の中で1人寝るのはまずいだろう」
「食客扱いにしてやるから、うちの食客館に来ないか?女もたくさんいるし…」
「しょっかく?」
「私が君を客人として養う。その見返りとして有事の際は君が私を助ける。そういう関係のことだ」
「別に養ってくれなくても助けるけど…。でも、わかったわ」
後は仕事をどうするかなのだが…。
「おまえ。大工仕事の方はどうなんだ?荷物運び以外にもできるようになったのか?」
「えへへっ。それがー。お父ちゃんが全然教えてくれなくて、大工仕事の方はさっぱりで…」
そうすると食客館から大工仕事に通うのもどうかと思う。
「それならうちのパーティーメンバーのように、戦闘を覚えるのはどうだ?」
「ええっ!あたし女の子なのに?」
「そのうちにきちんと紹介するが、うちのパーティーメンバーは女ばかりだぞ」
「そういえば黒の森で助けてもらったときも皆女の子だった」
「やってみて無理なら違う仕事を探せばいい。タラサは力が強いから才能はあると思うがな」
「えへへっ。そうかな…」
それから棟梁のところへ話をつけに行った。
タラサが世話になったことに礼を言い、タラサにバレないように少しばかりの謝礼をわたした。
「タラサ。そういえば親父さんには黙って出てきたのだろう。食客館に着いたらちゃんと手紙を送るんだぞ」
「えっ。でも私字が書けないから…」
「じゃあ私が代わりに………って、もしかして親父さんもか?」
「えへへっ。」
──これは字も教えた方がいいな。
「わかった。じゃあ私がタンバヤ商会を通じて言付けを頼んでおく」
「ありがとう。フリードさん大好き」
食客館へは、荷作りをしてから明日移ることにし、今日は暇を告げることにする。
◆
翌日。学園へはベアトリスと一緒に通学した。
昨日、一緒のところを目撃されているので、もう良かろうと判断したのだが、これが失敗だった。
周りからは、ヴィオラとベアトリスの二股をかけていると理解されてしまったのだ。
「バーデン=バーデンでは魔性の男と言われていたらしいわよ」とひそひそ話も聞こえてくる。
とりあえず、ヴィオラに言い訳をする。
「ベアトリスは冒険者パーティーのメンバーで、他のメンバーとともに私の屋敷に住んでいる。おかしな関係ではないぞ」
「他にも女性のメンバーがいるの?」
「………というか、私以外全員女だな」
「あら。まあ」
ヴィオラは「私も武術を習った方がいいのかしら」とかブツブツ言っている。
それをフリーダが「姫様。私がおりますから」となだめている。
とにかく、ヴィオラはベアトリスや他のパーティーメンバーのことを聞いても泰然としていて気にする様子がない。よほど自信があるのか…。
──そういえば紅葉もそうだったな…。
逆に、ベアトリスの方はヴィオラにライバル心を燃やしているようだ。ここは勘弁してほしいところなのだが…。
その日。ヴィオラは暇さえあればフリードリヒにひっついていた。ひっつき方が妙に慣れている。これも紅葉の記憶なのか?
それにしても、フリードリヒと仲良くして、家に帰って怒られたりはしないのだろうか?
本人には聞きにくいのでフリーダにでも尋ねてみたいのだが、ちょっと聞ける雰囲気ではない。相変わらず難しい顔をしている。
その日もヴィオラを校門前に迎えに来た馬車まで送って別れた。
◆
さあ。後はタラサの件だ。
棟梁のところへ迎えに行く。
「では、棟梁。短い間でしたが、お世話になりました」
「おう。達者でな」
「人手が足りないときは声をかけてくれれば手伝いにきます」
「頼むぜ」
棟梁は気持ちよく送り出してくれた。
食客館に着き、タラサをカロリーナに紹介する。
カロリーナは一番古株の食客で、その落ち着いた雰囲気もあって、食客たちのとりまとめ役的な役割を果たすようになっていた。
「タラサです。よろしくお願いします」
「まあ。可愛い子ね。武器は何を使うの?」
「武芸は素人なんだ。一から教えてもらうことになるが、よろしく頼む。ついでに暇なときは字を教えてくれると助かる」
「ええっ。字はいいよー」とタラサが嫌がる。
「馬鹿者。これからの世の中。字の読み書きができなくてどうする」
「はーーい」と渋々返事をするタラサ。
「別にゆっくり覚えればいいから」とカロリーナがフォローしてくれる。
その後考えたが、タラサの武器はモルゲンスタインを採用することにした。
モルゲンスタインは英語でモーニングスターといい、柄の先に球状の鉄塊を有し、その表面に無数のトゲが生えている打撃武器である。その重さ故に使い手を選ぶが、タラサの力であれば鉄の鎧であろうと破壊できるだろう。
タラサの訓練の仕上がりが楽しみだ。
教育のレベルは低く、知識階級といえば、まずは教会関係者と貴族であるが、貴族でも地位の低いものは文盲であることも珍しくなかった。
大学は存在していたが、ごく限られた者しか学ぶことができなかった。ヨーロッパで学問・芸術が発達するのは、数百年後のルネサンス期以降である。
そんな中でも、貴族や大商人の子弟を対象として教育を行う学校が各大公国の首都などに設立されているケースもあった。
シュバーベン大公国の首都アウクスブルクにもそんな学校の一つであるシュタウフェン学園があった。シュバーベン大公国は代々皇帝を輩出してきた国でもあり、学校の方も名門校と世間にはとらえられていた。
学校を卒業することは社会的なステイタスでもあったので、バーデン領からも近いシュタウフェン学園に行くことにフリードリヒは決めていた。
シュタウフェン学園は12歳から14歳ごろまでの2年間を修業期間としており、中等的な学問や社会的な作法から武芸にいたるまで幅広い教育が行われる。
入学に当たっては、初等教育を受けたことを前提とした入学試験をクリアする必要があった。
現代の感覚でいうと中学校に近い性格の学校である。
学園の1学年上には兄のヘルマンが在籍していた。
◆
アウクスブルクには小さいながらもツェーリンゲン家の屋敷があり、兄のヘルマンはここから学園に通っていた。
フリードリヒは、パーティーメンバーや精霊たちも連れてきており、大所帯になってしまうので、自前で大きめの邸宅を用意していた。
両親は侍女としてコンスタンツェとリーゼロッテを付けてくれた。あとは足りない侍女や料理人などはアウクスブルクで雇うことにした。
侍女長はコンスタンツェに頼んだ。彼女ならばもうベテランといってよいので、問題はないだろう。
さすがに、あてがい女のグレーテル親子を同居させることは、まだはばかられたので、別に家を一軒用意した。
一方、フリードリヒが才能のある者たちを食客として集めていることが評判となり、その人数も増えてきたので、食客用には別な館を用意してある。
これには、30年ぶりのオリハルコン昇格や氷竜退治で白銀のアレックスの名前がフライブルクの英雄として轟いていることも大きな一因となっていた。
叙勲のときに白銀のアレックスの正体はフリードリヒだということは明らかになってしまっていたので、このことは知る人ぞ知る秘密となっていた。また、フリードリヒ自身、冒険者アレクの正体を隠すことにこだわらなくなってきていた。
また、フリードリヒの滞在以前からアウクスブルクにはタンバヤ商会の支店が置かれていた。
理系ゾンビのフィリーネやバンシーのコルネリアも支店の方に移ってもらうことにしている。特にコルネリアについては、デュラハンのカタリーナとセットだから引き離すのは無理だ。
◆
フリードリヒは今日からシュタウフェン学園に通い始める。
まずは第1印象が大事だ。人付き合いの苦手なフリードリヒとしては、気合を入れねばならない。
フリードリヒは校門に向けて歩きだした。その時。
後ろから鋭い風切り音がしたのでとっさにしゃがんで避けた。
「あっ。ごめんなさ~~~い」
間の抜けた謝罪の声が聞こえる。
えっ。この間の抜けた声は…。
振り向くとタラサが大黒柱を5本ばかり担いでいた。
「タラサ。おまえがなぜここにいる」
「えへっ。来ちゃった」
「追いかけてきたのかよ。女の情念、恐るべし…」と驚くフリードリヒ。
「『えへっ』じゃない、この馬鹿者!」
その場で事情を聞くと、親方にも黙って出てきたらしい。しかし、自分を慕ってここまで大胆な行動をとったと思うと、追い返すのもなんだか不憫だ。
「とにかくおまえの身の振り方を相談しよう。学校が終わったらまた来る」
「やったー。またフリードさんに逢えるんだね。うれしい」
タラサの能天気な反応にどう返してよいかわからない。
とにかく、学園に向かわないと遅刻してしまう。初日から遅刻では第1印象が最悪になってしまうので、早々に学園に向かう。
◆
学園へは本人の希望もあってベアトリスも一緒に通うことになった。大司教の子息なのでおかしくはないのだが、出奔中の身なので実家には伏せてある。
学費は冒険者時代の貯金があるので本人が払えそうだが、足りなければフリードリヒが払うつもりである。
ベアトリスは他のパーティメンバーとともにフリードリヒの屋敷に住むことになったが、初日は一緒に登校することは控えた。
いきなりカップルで登校しておかしな噂などをされてもお互いに困るためだ。
ヘルミーネは貴族や大商人の子息ならば学園に通っても良さそうなのだが、いまだに身分を隠しているので、そうは言わなかった。
ベアトリスと2人で通うと知ると微妙な表情をしていたが、さすがにこれだけは本人が素性を明かしてくれないとどうしようもない。
学園に着くと入学試験の順位が掲示されていた。
ちょうどベアトリスがいたので、一緒に眺めてみる。
1位はフリードリヒで、これは当然だ。
2位と3位は知らない男性の名前だった。少なくとも有名どころの貴族の子息ではないだろう。
4位にベアトリスが入っていた。
「ベアトリス。4位なんてすごいじゃないか」
「私、フリードリヒ様と同じ学校に行きたくて、一生懸命に勉強したんですよ」
──なかなか健気じゃないか。
「結果が出せてよかったな」
「ありがとうございます」
5位はヴィオランテ・フォン・ホーエンシュタウフェンという女性だ。名前からして代々皇帝を輩出してきた名門のホーエンシュタウフェン家の息女だろう。確かにホーエンシュタウフェンの姫が学園に入学するということは噂で聞いていた。
名家の息女など甘やかされてぼんくらに育ちそうなものだが、そうではないらしい。フリードリヒは、どんな女性か少し興味がわいた。
クラス分けも掲示されていたので、教室へ向かう。幸い、ベアトリスとは同じクラスだった。
教室へ着くと1人の女性に挨拶をしようと多くの者が群がっていた。おそらくホーエンシュタウフェン家の姫だろう。
横で交通整理をしている女性がいる。ご学友という名のボディーガードに違いない。
──面識はないのだが、私も挨拶すべきかな?
そう思いながら様子を眺めていると、ふと姫と視線があった。
次の瞬間、フリードリヒは奇妙な感覚にとらわれていた。
親しい親戚に久しぶりに会ったような何か懐かしい感じがする。
──どういうことだ。彼女とは初対面のはずだが…。
かなりの美形ではあるが、一目惚れという感じではない。では、過去に会ったことがあって忘れているだけなのか?
見ると姫の方も目を丸くして驚いた表情をしている。
するとご学友の制止も聞かず、フリードリヒの方に走り寄ってきた。
「亮ちゃん!」
──えっ。今の日本語だよな。
姫はそのままフリードリヒに抱きつくとその胸に顔をうずめた。
そのまま抱き返すわけにもいかず、フリードリヒは対処に困ってしまう。
周りの学友たちは突然起こった恋愛劇を面白がってはやし立てている。
その声に冷静になったのか、姫はフリードリヒからあわてて飛び退いた。
「ごめんなさい。初対面の人にいきなりこんなこと…」
「いや。かまいません。ところで姫様。内密な話があるので放課後に付き合ってもらえませんか?」
「姫様はやめて。ヴィオラと呼んでください」
「では、ヴィオラ。いかがですか?」
「わかりました。では、放課後に」
「姫様。いきなりなんてことを…」
ヴィオラはまたもご学友の制止も聞かず、約束までしてしまった。
ご学友の名はフリーダ・フォン・アイヒェンドルフ。ホーエンシュタウフェン家に仕える男爵家の息女だ。
「『リョウチャン』って何ですか?」
ベアトリスが訪ねてくる。確かに日本語なんて神聖帝国の人間には全く意味不明だろう。
だが、ここで転生のことを話すわけにはいかない。
「それは………秘密だ」
「なんですか。それ!」
ベアトリスはふくれっ面をしている。
「姫様とはお知り合いだったんですか?」
「いや。今日が初対面だ」
「じゃあ姫様は何であんなことを?」
「さあ。私に一目惚れしたんじゃないのか」
「何をのんきな!相手は名家の姫様ですよ。失礼があってはたいへんです。ちゃんと考えて行動してください!」
「ああ。わかっている」
「わかってないじゃないですか。あんな約束までしてしまって」
「それはそれで理由があるのだ」
ベアトリスの機嫌はますます悪くなり、プンプン怒っている。何もベアトリスに怒られるのも筋違いな気がする。おまえは母上じゃないんだから。
それにしても、前世でフリードリヒのことを大人になっても「亮ちゃん」と呼んでいたのは母親と妻の紅葉の2人だけだった。
可能性があるのは、亮と一緒に死んだと思われる紅葉がこの世界に転生したということだ。
ヴィオラは転生者で紅葉の記憶を引き継いでいるのではないか。それであれば先ほどの出来事は説明ができる。
もしそうだとしても、他人には簡単に明かせる話ではないが…。
その日は授業がなく、入学式と明日以降の授業のオリエンテーションのみだった。
席決めがあったが、右後方の廊下側の隅がご学友のフリーダでその隣がヴィオラだった。これは警備上の理由なのだろう。
そしてフリードリヒの席はフリーダの前、その横がベアトリスということになった。これはくじ引きの結果であるが、幸運としかいいようがない。
席が近くなったおかげで、オリエンテーションの最中もチラチラとヴィオラと視線が合う。
その様子を苦々しく見ているフリーダの気配が感じられ、気まずい。ベアトリスも心なしか機嫌が直らない。
休憩時間中にヴィオラに話しかけようと試みるが、ことごとくフリーダに阻まれてしまう。
ヴィオラも何か言いたげにしているが、フリーダに遠慮したようだ。
とにかく放課後までの時間が途方もなく長く感じられた。
いよいよ放課後。
「さあ。姫様。お帰りの時間です」
フリーダがヴィオラを急かす。
「でも、フリードリヒ様との約束が…」
フリーダはヴィオラの背に手を回し、強引に帰らせようとする。
「ヴィオラ。失礼する」
フリードリヒは、そこに半ば強引に割り込み、ヴィオラの手をとると走り出した。
周りの学友たちは昼間のこともあり、フリードリヒたちの様子をさりげなく探っていたが、さすがに走ってまで追いかけてくる好き者はいなかった。
フリーダだけが懸命に追いかけてくる。
校舎裏の人気のない林に到着した。
ヴィオラはハアハアと息を切らせている。
「ヴィオラ。すまない。どうしても2人きりで話がしたかったんだ」
そこにフリーダが追い付いてきて、いきなりフリードリヒを非難する。
「あなた。自分が何をしているかわかっているのですか!」
「よいのです。フリーダ」
「ですが、姫様」
「この人は私におかしなことをするような方ではありません。私にはわかるのです」
「姫様を危険にさらすわけにはいきません」
「フリーダ。さがっていなさい。これは命令です」
しばらくの沈黙の後、フリーダは「承知いたしました」と言って離れていった。が、大声を出せば届くくらいの距離にはいるのだろう。
すかさずフリードリヒが話を切り出す。
「端的に聞こう。あなたは紅葉なのか?」
「『クレハ』ですか、とても懐かしい感じの響きですが、私がその『クレハ』という人なのですか?」
──彼女は前世の記憶を完全には持っていないのか?
「信じられないかもしれないが、私はこの世界に生まれる前、こことは違う世界で暮らしていた。亡くなって、この世界の人間に生まれ変わったんだ。私は生まれ変わる前の前世の記憶をほぼ完全に持っている。紅葉というのは、前世で私の妻だった者の名前だ」
ホーエンシュタウフェン家はローマ教皇から戴冠を受けてきた家柄だ。当然ローマカトリックを信じているだろう。ローマカトリックの信者が転生などということを信じてもらえるだろうか。
フリードリヒの頭を不安がよぎる。
しばしの沈黙の後、ヴィオラが口を開いた。
「そうだったのですね。私に紅葉さんのことを教えてくださらない?」
「わかった」
フリードリヒは、紅葉のことをかいつまんで話す。
紅葉は亮の家の隣家の娘だった。
紅葉は小さいころから亮の母のマリアが大好きで、神のように尊敬していた。このため、日ごろから亮の家に入り浸っており、家族のような存在だった。
亮が物心ついた幼稚園のころには、紅葉は亮のことが大好きで四六時中亮にひっついていた。
「亮ちゃんのお嫁さんになる」と幼稚園児のころから公言してはばからなかった。
そのまま小学校、中学校、高校と同じ学校に通った。
紅葉は、高校受験の時は亮と同じ高校に通うため受験勉強を相当頑張ったようだ。
亮がロンドンのケンブリッジ大学に留学する時、紅葉もロンドンのデザイン学校へ留学すると言い出した。
どうやら亮の母から留学のことを聞き出し、前もって英語の勉強などの準備をしていたらしい。
「紅葉ちゃんもロンドンに行くんだったら結婚しちゃいなさいよ。別々に住むなんて不経済よ」
という亮の母の言葉が決定打となり、18歳にして2人は結婚し、大学の寮で生活することになった。英国の大学にはちゃんと世帯用の寮も完備されていたのである。
亮にしてみれば、紅葉はほとんど家族のような存在になっていたから、結婚に否やはなかったが、当たり前の人が当たり前に自分の隣にいるという状況に結婚の感慨というのも薄かった。
だからといって、他の選択肢はあり得なかったわけだが…。
紅葉はデザイン学校を卒業し、そのままロンドンのアパレルメーカーに就職してデザインの仕事に従事した。
その後、2人の女児も誕生した。
そして、亮が大学の博士課程を卒業し、紅葉と2人で就職旅行をしているときに飛行機事故にあった。
これらの話をヴィオラは感慨深げに聞いていた。
話し終わると口を開いた。
「私、小さいころからこの世界と違う世界の夢をよく見ていたの。亮ちゃんや子供たち。そしてそのロンドンという町や亮ちゃんの家の様子も。自分の勝手な妄想だと思っていたけれど、前世の記憶だったのね」
「おそらくそうだと思う」
「あなたを初めてみた時、亮ちゃんの顔が重なって、思わず抱き着いてしまって…。よく見れば顔は全然違うのにおかしいわよね。魂が呼び合ったのかしら?」
「そうかもしれない。が、2人が出会えたことについては、神に感謝だな」
「そうね」
──どの神様かわからないが…。ヤハウェなのか?
「あのね。お願いがあるの」
「なんだい」
「あなたのこと『フーちゃん』って呼んでいいかしら?」
「えっ!?」
「私の父もフリードリヒだから、名前が呼びにくいのよ。なんだか父の顔が思い浮かんでしまって…」
「それならばしかたがない」
──前世のときも死ぬまで「亮ちゃん」で通したから、紅葉には抵抗しても無駄だろう。
それからフリードリヒは校門のところで待っている馬車のところまでヴィオラを送った。その間中、ヴィオラは前世のようにフリードリヒにずっとひっついていた。
フリーダはこの様子を苦々しく見つめていたが、ヴィオラのあまりに幸せそうな様子に口を出しかねていた。
ヴィオラを見送ったフリードリヒは深く嘆息した。
ヴィオラと出会えたことは悪いことではないのだが、フリードリヒは貴族最下位の準男爵に過ぎない。
一方のヴィオラは、大公であるホーエンシュタウフェン家の嫡男フリードリヒⅡ世の5女だ。母親は愛妾ではあるが嫡子として認知されている立派な姫君である。
つまりは身分違いの恋も甚だしい。
このことをヴィオラはどう考えているのだろうか?
あの様子だと、出会えた感慨にふけっていて、まだそこまで考えが及んでいないのかもしれない。
◆
その夜。ヴィオラは早速父親に呼びだされた。
「何やら怪しげな男と親しくしているようだな」
「あら。もうご存じですの。いい機会だから父上には申し上げておきますわ。私、あの方と結婚いたします」
「何を言う。オリハルコン冒険者でフライブルクの英雄だか何だか知らないが、たかだか準男爵ではないか。身分違いも甚だしい」
「その話は初めて聞きましたわ。やはりすごい方だったのですね。でも、あの方は準男爵で終わるような器ではありませんわ。お父様もうかうかはしていられませんわよ」
「私はいずれ皇帝になる男だぞ。この世に皇帝以上の地位などあるものか」
「さあ。どうなのでしょう?でも、女の勘をなめないでいただきたいですわ。では、失礼いたします」
「待て。話は終わっておらぬぞ」
それを無視して立ち去るヴィオラ。
どうやらフリードリヒよりもヴィオラの方がよほど覚悟は決まっていたようである。
◆
フリードリヒはもう一つため息をついた。
今日は気疲れしたのでもう帰りたいのだが、タラサとの約束が残っている。
心に鞭を打ちながら大工の棟梁の家へ向かう。
「フリードさん。もうー遅いよ!」
「ああ。悪い」
──タラサにまで怒られるとは、俺も焼きが回ったか?
「とにかく、アウクスブルクに来てからはどうなんだ?」
タラサが語ったところによると、棟梁の家に弟子たちとともに居候しているということだ。夜も大部屋で雑魚寝らしい。
「雑魚寝って、女は他にいるのか?」
「大工は男の世界だよ。あたし1人にきまっているじゃない」
「着替えとかはどうしているんだ?まさか男の前でということはないよな」
「やだー。フリードさんたら私のこと何だと思ってるの。棟梁が鍵のかかる小部屋を用意してくれたから、そこでやってるよ」
──いや。タラサのことだから、てっきり…。
「そうか。ならいい」
しかし、雑魚寝はまずい。寝ているところを良からぬ奴にキスされたら一発アウトではないか。惨状が目に浮かぶ。
事実、タラサは12歳の成人を迎えて、出会った頃よりもずいぶん体つきが女らしくなってきていた。
「しかし、成人を迎えた女が男の中で1人寝るのはまずいだろう」
「食客扱いにしてやるから、うちの食客館に来ないか?女もたくさんいるし…」
「しょっかく?」
「私が君を客人として養う。その見返りとして有事の際は君が私を助ける。そういう関係のことだ」
「別に養ってくれなくても助けるけど…。でも、わかったわ」
後は仕事をどうするかなのだが…。
「おまえ。大工仕事の方はどうなんだ?荷物運び以外にもできるようになったのか?」
「えへへっ。それがー。お父ちゃんが全然教えてくれなくて、大工仕事の方はさっぱりで…」
そうすると食客館から大工仕事に通うのもどうかと思う。
「それならうちのパーティーメンバーのように、戦闘を覚えるのはどうだ?」
「ええっ!あたし女の子なのに?」
「そのうちにきちんと紹介するが、うちのパーティーメンバーは女ばかりだぞ」
「そういえば黒の森で助けてもらったときも皆女の子だった」
「やってみて無理なら違う仕事を探せばいい。タラサは力が強いから才能はあると思うがな」
「えへへっ。そうかな…」
それから棟梁のところへ話をつけに行った。
タラサが世話になったことに礼を言い、タラサにバレないように少しばかりの謝礼をわたした。
「タラサ。そういえば親父さんには黙って出てきたのだろう。食客館に着いたらちゃんと手紙を送るんだぞ」
「えっ。でも私字が書けないから…」
「じゃあ私が代わりに………って、もしかして親父さんもか?」
「えへへっ。」
──これは字も教えた方がいいな。
「わかった。じゃあ私がタンバヤ商会を通じて言付けを頼んでおく」
「ありがとう。フリードさん大好き」
食客館へは、荷作りをしてから明日移ることにし、今日は暇を告げることにする。
◆
翌日。学園へはベアトリスと一緒に通学した。
昨日、一緒のところを目撃されているので、もう良かろうと判断したのだが、これが失敗だった。
周りからは、ヴィオラとベアトリスの二股をかけていると理解されてしまったのだ。
「バーデン=バーデンでは魔性の男と言われていたらしいわよ」とひそひそ話も聞こえてくる。
とりあえず、ヴィオラに言い訳をする。
「ベアトリスは冒険者パーティーのメンバーで、他のメンバーとともに私の屋敷に住んでいる。おかしな関係ではないぞ」
「他にも女性のメンバーがいるの?」
「………というか、私以外全員女だな」
「あら。まあ」
ヴィオラは「私も武術を習った方がいいのかしら」とかブツブツ言っている。
それをフリーダが「姫様。私がおりますから」となだめている。
とにかく、ヴィオラはベアトリスや他のパーティーメンバーのことを聞いても泰然としていて気にする様子がない。よほど自信があるのか…。
──そういえば紅葉もそうだったな…。
逆に、ベアトリスの方はヴィオラにライバル心を燃やしているようだ。ここは勘弁してほしいところなのだが…。
その日。ヴィオラは暇さえあればフリードリヒにひっついていた。ひっつき方が妙に慣れている。これも紅葉の記憶なのか?
それにしても、フリードリヒと仲良くして、家に帰って怒られたりはしないのだろうか?
本人には聞きにくいのでフリーダにでも尋ねてみたいのだが、ちょっと聞ける雰囲気ではない。相変わらず難しい顔をしている。
その日もヴィオラを校門前に迎えに来た馬車まで送って別れた。
◆
さあ。後はタラサの件だ。
棟梁のところへ迎えに行く。
「では、棟梁。短い間でしたが、お世話になりました」
「おう。達者でな」
「人手が足りないときは声をかけてくれれば手伝いにきます」
「頼むぜ」
棟梁は気持ちよく送り出してくれた。
食客館に着き、タラサをカロリーナに紹介する。
カロリーナは一番古株の食客で、その落ち着いた雰囲気もあって、食客たちのとりまとめ役的な役割を果たすようになっていた。
「タラサです。よろしくお願いします」
「まあ。可愛い子ね。武器は何を使うの?」
「武芸は素人なんだ。一から教えてもらうことになるが、よろしく頼む。ついでに暇なときは字を教えてくれると助かる」
「ええっ。字はいいよー」とタラサが嫌がる。
「馬鹿者。これからの世の中。字の読み書きができなくてどうする」
「はーーい」と渋々返事をするタラサ。
「別にゆっくり覚えればいいから」とカロリーナがフォローしてくれる。
その後考えたが、タラサの武器はモルゲンスタインを採用することにした。
モルゲンスタインは英語でモーニングスターといい、柄の先に球状の鉄塊を有し、その表面に無数のトゲが生えている打撃武器である。その重さ故に使い手を選ぶが、タラサの力であれば鉄の鎧であろうと破壊できるだろう。
タラサの訓練の仕上がりが楽しみだ。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
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