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第4章 国主編
第136話 煙の魔人 ~イフリートとソロモンの指輪~
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ある日の夜。リリムが突然に言った。
「主様。そういえばイフリートはどうしたの?」
「イフリート?」
イフリートは、イスラムにおける魔人の一種だ。性格は獰猛かつ短気で、厳つい顔をしている。
「ほらあ。いつも使い走りにしていたじゃない」
──それっていつものソロモン王の話だろ…
「前にも言ったとおり、2千年前の記憶は持っていないのだが…」
「あら。そうだったわね。魂の波動が同じだからつい…てへっ」
前世の自分とはいえ、他人と重ねて見られるのは複雑な気分だ。
魔人は煙の出ない特殊な炎から生まれたとされる。アラビアンナイトに出てくるランプの魔人が有名だが、煙のようになってどんなに狭いところでも入り込める能力を持っている。
ソロモン王がランプを持っていたという話は聞かないが…
「ソロモン王はイフリートをどこに飼っていたんだ?」
「指輪に飼っていたわよ」
「あの有名なソロモン王の指輪か?」
「有名かどうかは知らないけど…真鍮と鉄でできた普通の指輪だったわ」
もし本物の存在が知れれば凄まじい奪い合いになるだろう。なにしろかの有名な72柱の悪魔を始めとして様々な悪霊を使役する権威を与えるものだからだ。
だが、俺の場合は既に使役できているから、手に入れたとしても今更か?
ソロモン王の指輪は、ヤハウェの命を受けた大天使ミカエルよりソロモン王に授けられたと言われている。
ダメ元でもいちおうミカエルに聞いてみるか…
「そんなことよりぃ。早くぅ」
「ああ。悪い」
そのままリリムと一戦に突入する。
サキュバス的悪魔の走りだけあって、回数を重ねる度に俺の好みを把握していって、上達ぶりが半端ない。
この調子で行ったら俺の体は持つのか…?
◆
翌日。ミカエルにソロモンの指輪のことを聞いてみる。
「ミヒャエル。ソロモンの指輪は今どこにあるか知っているか?」
「どこにも何もソロモンが亡くなった時にわらわが回収したが…それがどうした?」
「その指輪にイフリートが封印されていると思うのだが…」
「さあな。わらわは指輪を使ったことはないゆえ…」
フリードリヒは思い切って聞いてみる。
「私はソロモンの生まれ変わりらしいし、また指輪を授けてもらえないだろうか?」
「良いのではないか。旦那様がこうやってソロモンの指輪の在りかにたどり着いたのも神の采配であろうしのう」
──そんなんでいいのかよ!
「そうか…では、ありがたくお借りしよう」
「ちょっと待て…あれは…そうじゃ。これじゃ」
ミカエルが示した物は訳のわからない緑色の物体だった。
──これは…?
ロンギヌスの槍よりも更に古い真鍮と鉄だからな。無理もないか…
俺が金属魔法を使えてよかった。
フリードリヒはソロモンの指輪を自室に持ち帰ると、慎重に緑青をもとの真鍮に還元していく。
しばらくして、金ぴかの指輪に戻った。
さて、どうやってイフリートを呼びだすのだ?
魔法のランプみたいに擦ればいいのか?
とりあえず、指輪を擦りながら唱えてみる。
「出でよ。イフリート!!」
次の瞬間。煙が立ち込めたかと思うと獰猛で厳つい顔をした大男に変わった。頭には角が生えている。
某有名ゲームに出てくるイフリートにそっくりだ。そう考えると人間の想像力とはたいしたものだと思う。
「イフリート。御身の前に」
そう言うとイフリートは平伏している。
ここは最初が肝心だ。
「うむ。私は転生して名がフリードリヒに変わった。以後、そう心得よ」
「御意」
「そうだな…久しぶり故におまえの力を見せて欲しい。一緒に来い」
そう言うとフリードリヒはイフリートとともに魔法の訓練場にテレポーテーションで移動した。
イフリートは驚いている。
「王よ。これは…」
「王ではない。今はロートリンゲン大公だ。『閣下』と呼ぶがいい」
「では、閣下。今のは…」
「テレポーテーションという私の能力だ。魔法のようなものと思えばよい」
「お…閣下がそのような能力をお持ちとは…お見逸れいたしました」
「たいしたことではない。それよりもおまえの能力を見せてくれ」
イフリートはそこで持てる技を披露していく。
イフリートは某ゲームでは火の精霊とされているが、様々な魔術を操ることができ、変身能力など人間にはない力を持っていた。もともと火から生まれた魔人だけに、特に炎を自在に操れるようだ。
「わかった。なかなかのものだな」
「恐れ入ります」
「ところで、指輪に戻る時はどうすればいいのだ?」
「我に戻れと命じていただければ」
「わかった。では、戻れ! イフリート!」
するとイフリートは煙の姿となり、指輪に戻って行った。
しかし、いろいろ使えそうではあるが、どう使うかな?
◆
指輪を手に入れて気づいたことがある。
悪魔たちを使役する力が随分と楽に使えるようになったのだ。
伝承では、あたかも指輪の力を使って悪魔を使役しているように伝えられているが、指輪は力を媒介・強化する触媒のような役割を果たす物のようだ。
そうすると、力のない物が指輪を手に入れたとしても意味がないということだ。
ラジエルの書と指輪はセットのものだったのだ。
今更ながら悪魔を使役のからくりを完全に理解できてフリードリヒは満足だった。
これまで、悪魔たちの使役は親玉の72柱を支配しするといういわば間接統治だったが、指輪を手に入れて、もう一段下位の悪魔たちにも目が行き届くようになった。
これからはシスターアンゲラを襲ったような跳ねっ返りも少なくなるだろう。
これで、より安心して悪魔たちを使役できるようになった。
これはこれでその効果は馬鹿にならないと思うフリードリヒだった。
◆
最近皇帝フリードリヒⅡ世と皇太子ハインリヒの仲が上手くいっていないらしい。
ローマ王=ドイツ王の地位のみを押し付け、自分は好き放題にやっている父にハインリヒは不満を持っているようだった。
ハインリヒはハンサムだし、詩歌も得意とする風流人ではあるが、曖昧で移り気、無計画な性格の持ち主で、こうした性格による政策が帝国諸侯との対立を招き、思うようにいっていないらしい。
こんなハインリヒが皇帝と対決したところで結果は見えている。
フリードリヒは正妻の父と妹の婿が対決したとしても、どちらの味方もできないと考えていた。
とにかく対決を避けてもらうにこしたことはない。
フリードリヒは妹のルイーゼ宛にハインリヒを説得するよう依頼する手紙を書いた。
この時代、郵便制度は確立していないから、手紙は都市間を行き来する商人などに報酬を払って依頼することが普通だった。
だが、これだといつ届くか知れたものではなかった。
こういう時こその使いは走りではないか。
この手紙をイフリートに運ばせることにする。
「出でよ。イフリート!」
「イフリート。御身の前に」
「この手紙を我が妹のルイーゼのもとに届けよ」
「御意」
「くれぐれも驚かすことのないようにな。本性のままではなく、人族に変化して渡すのだぞ」
「そ、それはもちろんでございます」
──この馬鹿者め! そこまで考えが及んでいなかっただろう!
「それでは行け!」
イフリートは煙の姿になると凄まじいスピードで飛んでいった。
これならばすぐに届くだろう。
しかし、ルイーゼを通じた説得は思うように進まなかった。
ハインリヒは理屈ではなく、感情で動く性格の人物だったのだ。
このような人物の行動を説得してコントロールするのは至難の技だ。
ルイーゼも決して出来の悪い人間ではないが、いかんせんまだ若い。理屈ではなくて威圧するなどの手はあるが、彼女には荷が重いか…
かといって、フリードリヒ自身や重臣を派遣して説得するとロートリンゲンがハインリヒ側についたと皇帝側に解釈されるおそれがある。これはこれで避けたかった。
そうすると当面は、効果が薄いにしてもルイーゼを通じた説得を粘り強く続けるくらいしか手はない。
それでダメなときは…
万が一の時は、ルイーゼの命だけでも救おうと覚悟を決めるフリードリヒだった。
「主様。そういえばイフリートはどうしたの?」
「イフリート?」
イフリートは、イスラムにおける魔人の一種だ。性格は獰猛かつ短気で、厳つい顔をしている。
「ほらあ。いつも使い走りにしていたじゃない」
──それっていつものソロモン王の話だろ…
「前にも言ったとおり、2千年前の記憶は持っていないのだが…」
「あら。そうだったわね。魂の波動が同じだからつい…てへっ」
前世の自分とはいえ、他人と重ねて見られるのは複雑な気分だ。
魔人は煙の出ない特殊な炎から生まれたとされる。アラビアンナイトに出てくるランプの魔人が有名だが、煙のようになってどんなに狭いところでも入り込める能力を持っている。
ソロモン王がランプを持っていたという話は聞かないが…
「ソロモン王はイフリートをどこに飼っていたんだ?」
「指輪に飼っていたわよ」
「あの有名なソロモン王の指輪か?」
「有名かどうかは知らないけど…真鍮と鉄でできた普通の指輪だったわ」
もし本物の存在が知れれば凄まじい奪い合いになるだろう。なにしろかの有名な72柱の悪魔を始めとして様々な悪霊を使役する権威を与えるものだからだ。
だが、俺の場合は既に使役できているから、手に入れたとしても今更か?
ソロモン王の指輪は、ヤハウェの命を受けた大天使ミカエルよりソロモン王に授けられたと言われている。
ダメ元でもいちおうミカエルに聞いてみるか…
「そんなことよりぃ。早くぅ」
「ああ。悪い」
そのままリリムと一戦に突入する。
サキュバス的悪魔の走りだけあって、回数を重ねる度に俺の好みを把握していって、上達ぶりが半端ない。
この調子で行ったら俺の体は持つのか…?
◆
翌日。ミカエルにソロモンの指輪のことを聞いてみる。
「ミヒャエル。ソロモンの指輪は今どこにあるか知っているか?」
「どこにも何もソロモンが亡くなった時にわらわが回収したが…それがどうした?」
「その指輪にイフリートが封印されていると思うのだが…」
「さあな。わらわは指輪を使ったことはないゆえ…」
フリードリヒは思い切って聞いてみる。
「私はソロモンの生まれ変わりらしいし、また指輪を授けてもらえないだろうか?」
「良いのではないか。旦那様がこうやってソロモンの指輪の在りかにたどり着いたのも神の采配であろうしのう」
──そんなんでいいのかよ!
「そうか…では、ありがたくお借りしよう」
「ちょっと待て…あれは…そうじゃ。これじゃ」
ミカエルが示した物は訳のわからない緑色の物体だった。
──これは…?
ロンギヌスの槍よりも更に古い真鍮と鉄だからな。無理もないか…
俺が金属魔法を使えてよかった。
フリードリヒはソロモンの指輪を自室に持ち帰ると、慎重に緑青をもとの真鍮に還元していく。
しばらくして、金ぴかの指輪に戻った。
さて、どうやってイフリートを呼びだすのだ?
魔法のランプみたいに擦ればいいのか?
とりあえず、指輪を擦りながら唱えてみる。
「出でよ。イフリート!!」
次の瞬間。煙が立ち込めたかと思うと獰猛で厳つい顔をした大男に変わった。頭には角が生えている。
某有名ゲームに出てくるイフリートにそっくりだ。そう考えると人間の想像力とはたいしたものだと思う。
「イフリート。御身の前に」
そう言うとイフリートは平伏している。
ここは最初が肝心だ。
「うむ。私は転生して名がフリードリヒに変わった。以後、そう心得よ」
「御意」
「そうだな…久しぶり故におまえの力を見せて欲しい。一緒に来い」
そう言うとフリードリヒはイフリートとともに魔法の訓練場にテレポーテーションで移動した。
イフリートは驚いている。
「王よ。これは…」
「王ではない。今はロートリンゲン大公だ。『閣下』と呼ぶがいい」
「では、閣下。今のは…」
「テレポーテーションという私の能力だ。魔法のようなものと思えばよい」
「お…閣下がそのような能力をお持ちとは…お見逸れいたしました」
「たいしたことではない。それよりもおまえの能力を見せてくれ」
イフリートはそこで持てる技を披露していく。
イフリートは某ゲームでは火の精霊とされているが、様々な魔術を操ることができ、変身能力など人間にはない力を持っていた。もともと火から生まれた魔人だけに、特に炎を自在に操れるようだ。
「わかった。なかなかのものだな」
「恐れ入ります」
「ところで、指輪に戻る時はどうすればいいのだ?」
「我に戻れと命じていただければ」
「わかった。では、戻れ! イフリート!」
するとイフリートは煙の姿となり、指輪に戻って行った。
しかし、いろいろ使えそうではあるが、どう使うかな?
◆
指輪を手に入れて気づいたことがある。
悪魔たちを使役する力が随分と楽に使えるようになったのだ。
伝承では、あたかも指輪の力を使って悪魔を使役しているように伝えられているが、指輪は力を媒介・強化する触媒のような役割を果たす物のようだ。
そうすると、力のない物が指輪を手に入れたとしても意味がないということだ。
ラジエルの書と指輪はセットのものだったのだ。
今更ながら悪魔を使役のからくりを完全に理解できてフリードリヒは満足だった。
これまで、悪魔たちの使役は親玉の72柱を支配しするといういわば間接統治だったが、指輪を手に入れて、もう一段下位の悪魔たちにも目が行き届くようになった。
これからはシスターアンゲラを襲ったような跳ねっ返りも少なくなるだろう。
これで、より安心して悪魔たちを使役できるようになった。
これはこれでその効果は馬鹿にならないと思うフリードリヒだった。
◆
最近皇帝フリードリヒⅡ世と皇太子ハインリヒの仲が上手くいっていないらしい。
ローマ王=ドイツ王の地位のみを押し付け、自分は好き放題にやっている父にハインリヒは不満を持っているようだった。
ハインリヒはハンサムだし、詩歌も得意とする風流人ではあるが、曖昧で移り気、無計画な性格の持ち主で、こうした性格による政策が帝国諸侯との対立を招き、思うようにいっていないらしい。
こんなハインリヒが皇帝と対決したところで結果は見えている。
フリードリヒは正妻の父と妹の婿が対決したとしても、どちらの味方もできないと考えていた。
とにかく対決を避けてもらうにこしたことはない。
フリードリヒは妹のルイーゼ宛にハインリヒを説得するよう依頼する手紙を書いた。
この時代、郵便制度は確立していないから、手紙は都市間を行き来する商人などに報酬を払って依頼することが普通だった。
だが、これだといつ届くか知れたものではなかった。
こういう時こその使いは走りではないか。
この手紙をイフリートに運ばせることにする。
「出でよ。イフリート!」
「イフリート。御身の前に」
「この手紙を我が妹のルイーゼのもとに届けよ」
「御意」
「くれぐれも驚かすことのないようにな。本性のままではなく、人族に変化して渡すのだぞ」
「そ、それはもちろんでございます」
──この馬鹿者め! そこまで考えが及んでいなかっただろう!
「それでは行け!」
イフリートは煙の姿になると凄まじいスピードで飛んでいった。
これならばすぐに届くだろう。
しかし、ルイーゼを通じた説得は思うように進まなかった。
ハインリヒは理屈ではなく、感情で動く性格の人物だったのだ。
このような人物の行動を説得してコントロールするのは至難の技だ。
ルイーゼも決して出来の悪い人間ではないが、いかんせんまだ若い。理屈ではなくて威圧するなどの手はあるが、彼女には荷が重いか…
かといって、フリードリヒ自身や重臣を派遣して説得するとロートリンゲンがハインリヒ側についたと皇帝側に解釈されるおそれがある。これはこれで避けたかった。
そうすると当面は、効果が薄いにしてもルイーゼを通じた説得を粘り強く続けるくらいしか手はない。
それでダメなときは…
万が一の時は、ルイーゼの命だけでも救おうと覚悟を決めるフリードリヒだった。
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