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3章 ちゃんとお仕事します
16.個別認識しなくていーです
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ふいに振り返った神官長に緊張した。
……でもどうやら、訓練で鍛えた冷静沈着な態度ができていたようで、神官長はいつもの冷たい目を向けてくるだけだ。
「つかぬことを聞くが、聖堂での様子からして、おまえがあの不審者を捕まえたんだな?」
「はっ! 騒がしくしてしまい、申し訳ありません」
「いや、騎士以外で気づいたのは私くらいだっただろう。迅速な対応、感謝する」
「いえ、職務を全うしただけです」
神官長もなかなか目が良いらしい。ちゃんと認識されて褒められるなんて、嫌われ者の株が上がったかな~。
「やはり、王宮騎士隊にいただけある。頼りにしているぞ」
……これは、おまえの所業はしかと覚えているぞ、って嫌味か?!
逆に、左遷されたわりに使えるな、って嫌味か?! どっちだ?!
「……いえ、騎士なら誰もができることをしたまで、過剰な賛辞は不要です」
一瞬、動揺して固まってしまった。隣の副官の視線が「不満でもあるのか」といいたげに刺さるのを感じる。
「これからもよろしく頼む。クラレンス・ミラー」
神官長は一つ頷くと、また前を向いて通路を歩き始めた。
………………。
おいおいおいおい! フルネームで覚えられてんぞ?!
名もなき一介の騎士のつもりが、はちゃめちゃに個別認識されてんじゃねーか!!
なのに、夜の俺と昼の俺が同一人物だと気づかれないのはなんでだ?? やっぱりギャップなのか~?!
ショーパブの楽屋でリックに心配された言葉がよみがえる。
「からかうわけじゃないけど……客と揉めては! 干されていたランスが! 連日! 客をとってるってぇ!? ……ケツ大丈夫か?」
「めちゃんこ、からかってんじゃねーかッ」
いやしかし、真実をそうやすやすと明かすわけにもいくまい。
もう何度もVIPルームに2人でしけこんでいるというのに、未だに清い関係だ、などと。
信頼できるリックではあるが、真実を明かすことで起こる問題がある。
……あんなに上司にビビってたのに、それが内偵捜査だったなんて~プークスクス! されちゃう……。
まぁ、客の秘密を簡単に明かすのも男娼失格だろう、うむ。
今夜もバルコニー席から熱心にホールを見下ろすウォーレンを後ろから眺めていた。
広いベッドの上で寝ているのも暇で、ウォーレンの座るソファに腰を下ろす。
「今夜はターゲット、いるのか?」
「あぁ、下でお楽しみのようだ。誰かと待ち合わせているのかわからんが、しばらく見張っていようと思う」
2階席から舞台までは距離がある。見えないわけじゃないけど、舞台の熱気が届かない距離だ。
「なぁ、俺のショーもここから見たのか?」
「あぁ」
「つまんなくね? やっぱり近くで見るから楽しいもんじゃん」
「……それは、そうだな。ショー全体を見るには、この席もいいんだが……。ランスを見ようと思うとここからでは物足りない」
「だろだろ?! まぁ、内偵捜査中だから、難しいんだろうけどさ。色々終わったら、また下で見てくれよな~。投げキッスサービスしてやるよ」
「それは楽しみだな。他の客に嫉妬されそうだが」
少しウォーレンの笑顔が出た。
さっきまでの――なんなら昼間からの冷たい表情が、少し緩むのを見られるのがいいねぇ。そんな神官長はここだけのもので貴重だし。
そんなウォーレンの肩にもたれると、そっと腰に手を回された。この店に初めて来た時は触れるのも怖い様子だったのが、今はずいぶん馴染んだもんだ。
冷たいウォーレンの指が素肌に触れると、その感覚が冷たいぶん、よりはっきり感じられてゾクっとする。
いつも素肌に下着のパンツと上着のジャケットを羽織るだけだから、どうしても肌色面積が多くなっちゃうんだよな。
ウォーレンにもたれかかっていると、いつもの柑橘のにおいがした。
横から髪をかき上げて、首筋のにおいをクンクン嗅いだら、くすぐったそうに笑いながら顔を押し戻された。
「あなたは犬か? くすぐったいじゃないか」
「そう、俺犬なの。いつもこのにおいが気になっちゃうんだ」
「におい?」
「香水か? 柑橘のにおいみたいなやつ」
「あぁ……」
ウォーレンは少し思案する顔で自分の髪を摘んだ。
「それは、風呂のせいかな。湯船にシラキスの実を浮かべるのが好きなんだ。搾り汁も入れるから、そのにおいが残っているんだろう」
「へぇ~おしゃれ~」
ってか、浴槽のある風呂が自宅にあるってのも珍しいのに、さらにシラキス風呂か。やっぱり金持ちだな。元貴族ってのも大きいのかな。
シラキスは酸味の強い果実で、そのままでかじる果物というより、料理にかけて食べることが多い。
そうだ、これはシラキスのにおいだ~ってクンクンしたら、また笑われた。
「この部屋、風呂もあるんだよ。湯を張るのは別料金がかかるけどさ。今度シラキスを浮かべて入ろうか。俺はマッサージがうまいんだぜ」
「そうだな、楽しみにしてる」
「マッサージは、普通のやつもエロいやつも、どっちもな?」
とたんに、ウォーレンが飲んでいた酒を吹き出した。
……でもどうやら、訓練で鍛えた冷静沈着な態度ができていたようで、神官長はいつもの冷たい目を向けてくるだけだ。
「つかぬことを聞くが、聖堂での様子からして、おまえがあの不審者を捕まえたんだな?」
「はっ! 騒がしくしてしまい、申し訳ありません」
「いや、騎士以外で気づいたのは私くらいだっただろう。迅速な対応、感謝する」
「いえ、職務を全うしただけです」
神官長もなかなか目が良いらしい。ちゃんと認識されて褒められるなんて、嫌われ者の株が上がったかな~。
「やはり、王宮騎士隊にいただけある。頼りにしているぞ」
……これは、おまえの所業はしかと覚えているぞ、って嫌味か?!
逆に、左遷されたわりに使えるな、って嫌味か?! どっちだ?!
「……いえ、騎士なら誰もができることをしたまで、過剰な賛辞は不要です」
一瞬、動揺して固まってしまった。隣の副官の視線が「不満でもあるのか」といいたげに刺さるのを感じる。
「これからもよろしく頼む。クラレンス・ミラー」
神官長は一つ頷くと、また前を向いて通路を歩き始めた。
………………。
おいおいおいおい! フルネームで覚えられてんぞ?!
名もなき一介の騎士のつもりが、はちゃめちゃに個別認識されてんじゃねーか!!
なのに、夜の俺と昼の俺が同一人物だと気づかれないのはなんでだ?? やっぱりギャップなのか~?!
ショーパブの楽屋でリックに心配された言葉がよみがえる。
「からかうわけじゃないけど……客と揉めては! 干されていたランスが! 連日! 客をとってるってぇ!? ……ケツ大丈夫か?」
「めちゃんこ、からかってんじゃねーかッ」
いやしかし、真実をそうやすやすと明かすわけにもいくまい。
もう何度もVIPルームに2人でしけこんでいるというのに、未だに清い関係だ、などと。
信頼できるリックではあるが、真実を明かすことで起こる問題がある。
……あんなに上司にビビってたのに、それが内偵捜査だったなんて~プークスクス! されちゃう……。
まぁ、客の秘密を簡単に明かすのも男娼失格だろう、うむ。
今夜もバルコニー席から熱心にホールを見下ろすウォーレンを後ろから眺めていた。
広いベッドの上で寝ているのも暇で、ウォーレンの座るソファに腰を下ろす。
「今夜はターゲット、いるのか?」
「あぁ、下でお楽しみのようだ。誰かと待ち合わせているのかわからんが、しばらく見張っていようと思う」
2階席から舞台までは距離がある。見えないわけじゃないけど、舞台の熱気が届かない距離だ。
「なぁ、俺のショーもここから見たのか?」
「あぁ」
「つまんなくね? やっぱり近くで見るから楽しいもんじゃん」
「……それは、そうだな。ショー全体を見るには、この席もいいんだが……。ランスを見ようと思うとここからでは物足りない」
「だろだろ?! まぁ、内偵捜査中だから、難しいんだろうけどさ。色々終わったら、また下で見てくれよな~。投げキッスサービスしてやるよ」
「それは楽しみだな。他の客に嫉妬されそうだが」
少しウォーレンの笑顔が出た。
さっきまでの――なんなら昼間からの冷たい表情が、少し緩むのを見られるのがいいねぇ。そんな神官長はここだけのもので貴重だし。
そんなウォーレンの肩にもたれると、そっと腰に手を回された。この店に初めて来た時は触れるのも怖い様子だったのが、今はずいぶん馴染んだもんだ。
冷たいウォーレンの指が素肌に触れると、その感覚が冷たいぶん、よりはっきり感じられてゾクっとする。
いつも素肌に下着のパンツと上着のジャケットを羽織るだけだから、どうしても肌色面積が多くなっちゃうんだよな。
ウォーレンにもたれかかっていると、いつもの柑橘のにおいがした。
横から髪をかき上げて、首筋のにおいをクンクン嗅いだら、くすぐったそうに笑いながら顔を押し戻された。
「あなたは犬か? くすぐったいじゃないか」
「そう、俺犬なの。いつもこのにおいが気になっちゃうんだ」
「におい?」
「香水か? 柑橘のにおいみたいなやつ」
「あぁ……」
ウォーレンは少し思案する顔で自分の髪を摘んだ。
「それは、風呂のせいかな。湯船にシラキスの実を浮かべるのが好きなんだ。搾り汁も入れるから、そのにおいが残っているんだろう」
「へぇ~おしゃれ~」
ってか、浴槽のある風呂が自宅にあるってのも珍しいのに、さらにシラキス風呂か。やっぱり金持ちだな。元貴族ってのも大きいのかな。
シラキスは酸味の強い果実で、そのままでかじる果物というより、料理にかけて食べることが多い。
そうだ、これはシラキスのにおいだ~ってクンクンしたら、また笑われた。
「この部屋、風呂もあるんだよ。湯を張るのは別料金がかかるけどさ。今度シラキスを浮かべて入ろうか。俺はマッサージがうまいんだぜ」
「そうだな、楽しみにしてる」
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とたんに、ウォーレンが飲んでいた酒を吹き出した。
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