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本編

1.婚約者が理解できない

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 私は王立学園の廊下で立ちすくんだ。
 目の前で私の婚約者と喋っているピンクの髪の青年を見た時、めまいがして立っていられなくなった。
 そして前世を思い出したのだ。

(あ、これ、BLゲームの世界だ。それも悪役令息が婚約破棄されるやつ)

 その悪役令息が私、ベネである。

 前世、サラリーマンをしながら実家住まいだった私は、妹に部屋を乗っ取られていた。
 妹は私の部屋のTV目当てで入り浸っていた。リビングのTVでするには気恥ずかしいようなR18のボーイズラブゲームをするためだ。
 逆に、私に見られて恥ずかしくないのか? という問いは愚問だ。私は歳の離れた可愛い妹に甘くて下僕のような扱いだったからだ。

 たまにつきあわされていたBLゲームのうちのひとつにこの世界が酷似している。
 そう前世を思い出したのは、ピンクの髪にたぬき顔の美少年パトリック・カルーラが学園に入学してきたことによる。

 BLゲームでは、パトリックが学園内のイケメンボーイズと好感度を上げて好感度マックスになれば恋人になれるというストーリーだった。
 そのイケメンたちの内のひとりが王太子マーカスであり、マーカスルートのお邪魔虫的存在が王太子の婚約者である私、ベネである。

 前世のゲームのキャラクター紹介では悪役令息の煽り文句がついていた。マーカスをゲットするためには私を婚約破棄におとしいれるために証拠を集めないとならない。
 恋に証拠集めと大忙しだ。いや、違う。忙しいのは主人公のパトリックの話だ。
 私はこのままでは婚約破棄のうえに変態親父しか嫁ぎ先がなくなり、変態親父による陵辱エンディングになってしまう。

 前世はただのくたびれたサラリーマンで、今世は剣と魔法のファンタジー世界の公爵令息だ。
 色んな知識が噛みあわず、私の頭は知識の渦に飲まれて混乱した。


◆◇◆◇◆


 花の妖精のように美しいベネが俺の目の前で倒れた。

「ベネ!」

 慌てて助け起こした腕の中で、ベネは濃い紫の一眼を大きく見開いていた。そして紫がかった長い銀髪が乱れるのも構わず頭を抱えた。

「あぁ……ここは…BLゲームの世界…私が悪役令息ッ?!……なんてことだ……いやだ、婚約破棄は……いやだ!」

 訳もわからない事を呟くのは、王太子である俺――マーカスの婚約者の公爵令息ベネだ。
 いつも物静かで賢い振る舞いをするベネとは思えないほど、それは狼狽した姿だった。

「びーえるゲームとはなんだ? カードゲームか? しっかりしろ! ベネ!」

 目の前で倒れたベネを心配して声をかける。
 びーえるとはなんだ? ビールの訛りか? 罰ゲームにビールでも飲みすぎたのか?

 だが、俺の声が届かないのか、ベネの視線は廊下の先を凝視したまま、こちらを向かない。
 廊下の先には先ほどまで俺と話をしていた、ピンクの髪の青年パトリックがいる。だが、倒れた原因がパトリックのはずはない。
 ベネはパトリックと言葉を交わす前に倒れたのだ。
 ベネの口からは意味のわからない言葉が続いた。

「私の…前世は日本人で…私はゲームの世界に……転生したのか……。どうすればいい……私は…このままじゃ……婚約破棄されるんだ……!」
「ベネ! 何を言ってるんだ?! おい!」
「いやだ……いや……」

 ベネが腕の中で意識を失った。
 錯乱したベネに驚き、遠巻きにしていたパトリックが近寄ってきた。
 パトリックはつい先日、この学園に入学してきた子爵家の養子だ。ピンクの髪はクルクルとカールし、大きな目をした優しい風貌の青年だ。

「あの、ベネ様……ですよね? 突然どうしたんですか?」
「わからん……寝不足で白昼夢でもみたのかもしれない。意識を失ったから医務室まで連れて行く。話の続きはまた今度にしよう」

 俺はベネを抱き上げて医務室に運んだ。
 ベネの体は軽く、俺の腕におさまる。ベネは花のような良い匂いがする。
 美しい婚約者が愛おしく、倒れた婚約者を心配していた。

 だが、ベネのおかしな振る舞いはそれで終わることはなかった。




「ベネ! どういうことだ?! 突然、騎士コースに転属するなんて!」

 俺は学園の食堂でベネを捕まえると、激しい口調で問い詰めた。
 ここは王族、貴族向けの4年生の学園である。
 俺とベネは学園の初学年に入学し、帝王学コースを専攻して半年たったばかりだ。
 この学園には王位継承権がある生徒やそういう相手と婚約中である生徒向けの『帝王学コース』と、領地経営の勉強に特化した『領地経営コース』、武力・魔法力の強化に特化した『騎士コース』がある。

 次期王位継承権を持つ俺も、その婚約者であるベネも、もちろん帝王学コースを学んでいる。
 にもかかわらず、ベネがたった半年で帝王学コースから騎士コースに転属するというのだ。

 本来ならそれは、俺との婚約を望まないと……そう周りから受け取られてもおかしくない行為だった。

「マーカス。私は色々な知見を得たいのです。まだ、入学半年ですが、正直、帝王学についてはテキスト履修で事足りると判断しました。それよりも騎士コースで学ぶほうが私に足りないものを得られると思ったのです」

 その答えに、言葉につまって思案した。
 ベネは特別に成績優秀な生徒だった。それは俺よりも優秀なのだ。
 そのベネの深い思考が、俺に理解できないこともあるだろうと思えた。

 ベネは俺より1つ年下にもかかわらず、飛び級で1年早い入学をはたしている。
 学園に年齢についての決まりはないが、基本的には16歳で入学し、4年間学ぶと20歳で卒業というのが慣例である。家の事情により16歳より遅れて入学することはあっても、16歳より早いことはほぼない。

 そこを15歳で入学したのは、婚約者である王太子と入学タイミングを合わせたいという本人の希望により、飛び級していた。

 その優秀なベネがきっぱりと言うので、混乱していた俺はそういうこともあるのか、と言いくるられてしまったのだ。

 だが、あとでもっと強く問いただしてその胸の内を開かせ、考えを改めさせておけば良かったと後悔することになる。
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