ヘブンズトリップ

doiemon

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話の途中

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 翌日は朝から戦場に赴く戦士のようにソワソワした気持ちがずっと続いていた。
 その日の朝食はほうれん草のおひたしと花びらの形に切られたゆで卵がおかずで出てきた。質素ではるが、こういう純和食というのが俺は好みだ。
 残念なことに昼食は油を含んだずっしりと重量感のある天ぷらだった。先に野菜のかきあげをかじった時に「ああ、だめだ」と濃厚な脂がジュワっと口の中に広がった。なので、それ以上は食べるのを断念した。
 ジャンクフードと言われる類の食べ物は苦手だ。だが、高校生は日常的にファーストフードなどの油を多くを含んだ食物を口にする機会はよくある。極力、シェイクやアイスクリームだけ頼むようにしていたが、そうもいかない時もある。家にいれば基本的に和食しか口にすることがないので安心なんだけど。
 食事を下げにきた看護師に好き嫌いのの注意を受けた。太一がそれに対して皮肉を言う。
 「お兄ちゃん、好き嫌いが多いんだね」
 「そうだね。太一君はちゃんと食べてるのにね」
 看護師も太一の皮肉に口をそろえて俺を批判した。まあ、どうだっていいけど。
 その日は約束の時間になったらサッと抜け出せるように、病院内をウロウロするのを控えていた。あまり人目につくと分が悪いので太一の「外に遊びに行こう」という誘いも断った。
 午後四時が近づき、そろそろ史彦が車で向かいに来る時間だ。
 俺はいつでも出られるように普段着に着替えてベッドに座って連絡を待っていた。気になることがあった。
 母が来ることになっていた。今日、退院する手続きをして、母と一緒に帰宅することになっている。だが、母が来る時間帯がわからない。
 俺が心配しているのは母が病院に来る時間と、史彦が迎えに来るタイミングが重なったら面倒なことになることで、なるべく看護師さんたちの目にも触れたくない。

 俺は念のために一階に降り、正面入口から右手にある面会者用の駐車場をガラス越しに目を凝らして見ていた。
 まだ史彦の車は到着していない。
 
 悪い予感は当たるもので、想像していた最悪のパターンになった。
 母が先に病室に来てしまい、その数分後に史彦から連絡が入った。
 「今、駐車場に着いた。あんまり長くいると怪しまれるからすぐに来い」
 こちらの事情など全く無視した内容のメッセージだ。
 早くここから出ないと・・・ 
 焦る気持ちだけが募っていった。
 「学校どうするの? ちゃんと行きなさい。もうケガは治ってるんでしょ」
 俺が考えていたことは、同じように母もわかってるのかもしれない。質問には曖昧に答えて、病室を出ようとした。
 「どこに行くの?」
 「売店!」
 足早に廊下を通り、緊張しながらナースステーションを通った。歩きながら、貴重品がポケットに入ってることえを確認した。エレベーター使用するのは避けた。顔見知りの病院関係者に鉢合わせてしまったら一巻の終わりだ。
 階段を駆け降りる時も誰かとすれ違うのではないかと心臓が激しく音を立てていた。

 駐車場の一番わかりやすい場所に車は停車していて、俺はすぐにドライバーの顔を確認した。史彦も俺のほうをてニヤリと口角を上げた。
 「サンキュー」
 言いながら同時に助手席のドアを開けて座席に乗りこんだ。見つけやすい場所に停車してくれた史彦に感謝だが、ここでは人目につきやすい。ずっと停めていたら、守衛の人にも注意されるだろう。一刻も早く車を発進させるべきだった。
 「オーケー、忘れもんはねえな」
 少しだけ安堵の表情を浮かべて史彦はアクセルを踏む。
 油断してはいけない。車に乗りこんだまでは成功だが、これから車は病院の正面入口を経由して一般公道に出る。ひとの出入りが一番多い場所なので気を抜けない。
 
 安全運転のまま、病院の正面をゆっくりと楕円を描くように走り、道路に抜けた。
 俺は頭を動かさず、目だけをキョロキョロとさせて、辺りを監視した。誰かの視線を感じて、首を上に向ける。
 俺が見たのは二階の窓から両手をガラスに手をつけてこちらを見る太一の姿だった。
 微動だにしない少年は俺たちのほうを見ているわけではなく、どこか別の風景を眺めているのかもしれない。あいつのほうがずっと長く病院で過ごしてきているのに、自分だけ窮屈な空間を一足先に抜け出したことに対してわずかな罪悪感が心を揺さぶった。
 学校に行きたい・・・。
 申し訳ないがあいつの純粋な気持ちに俺は何も答えてやれない。
 自分の頭の中で唱えた。それは別の意味も含んでいる。
 これから俺らが向かう場所、出会うもの。それらが自分らを揺るがすことのない安全な出来事であることを願うように繰り返した。
 「うまくいったな」
 「へへっ」
 気持ちが高ぶり、興奮状態だった。
  病院の低い塀が見えなくなっていくにつれて、自分たちの運命がグチャグチャしたものから解き放たれるような感覚になった。鳥が巣から飛び立つような・・・これが精一杯の例えだ。
 「どうする?」
 これからのことをおおざっぱに質問した。
 「腹ごしらえと作戦会議」
 史彦の省略された提案に一言でうなずいた。なるべく人が少なく、値段が張らないという条件を付け加えたが、バイトもしていない高校生の金銭事情ではだいだいのメニューを網羅しているファミレスという選択しかなかった。昼食を抜いている俺にとって、おいしさよりも満腹感を求めていた。
 史彦の運転は必要以上に荒々しい。
 車の流れに入っていく時も、カーブに侵入する時のスピードもグンッと体を揺さぶられる。それに、サイドミラーやバックミラーもあんまり見ていないような気がする。
 「おいっ、ちょっとスピード出し過ぎじゃないか?」
 「大丈夫だよ。それにのろのろ走ってると捕まっちゃうぜ」
 史彦はご機嫌のようだったが、この先どこかでぶつけてしまうことを心配していた。
 「スピード狂」
 俺は聞こえないくらいの声量で窓側に向けて言った。
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