だから故あって勇者のお仕事を代行するのさ

沙崎あやし

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【001】勇者を辞めた元勇者

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「はー、ありがたやありがたや。アンタ、まるで勇者様の様だねえ」
「いやいや、オレは単なる一介の冒険者だよ。そんな大したものじゃない」

 老婆にそう言われて、セレドは困った様に苦笑いを浮かべるしかなかった。勇者と言えば若く凜々しく神々しいと相場が決まっている。セレドはもう四十近い、くたびれた壮年の男性だ。白髪交じりの頭髪を、後ろでちょんと結んでいる。髪を染めるのはもう諦めた。

 とても勇者とはいえぬ見た目ではあるはずだが、老婆にとってはまだまだ若者の範疇なのだろう。きっと老婆があと少し若ければ、恋が始まっていたかも知れない。そんな微妙な雰囲気を察して、セレドはますます困惑して口角を引きつらせる。

 そんなセレドの後ろから声がかかる。老婆より更に一回り皺の深い老人。だがその赤瞳は鋭い。手には杖が握られている。魔術師だ。

「さすがは我らがリーダー。こんな淑女のハートを射止めるとは隅に置けないな」
「あらやだ、淑女だなんて。お上手だこと」
「いえいえ、まだまだお若くいらっしゃる。失礼ですが、独身ですか? ならこの男はどうです? いい男でしょう。きっと貴方を幸せにしてくれますよ」
「残念だわ、まだ旦那が生きているのよ。あと十年、いえせめて五年後だったらねえ」
「それは惜しい。私には運命の出会いに見えたのですが……神様も酷なことをする」
「いい加減にしないかビスケー」

 セレドは思わず声を上げる。老人——ビスケーは「なぜ止める?」と言わんばかりに不平を口元に浮かべる。セレドは、事あるごとにビスケーが結婚相手の世話をしたがるのに辟易していたが、声を上げた理由はもう一つある。

 少し離れたところから、老婆の旦那がじっと睨んでいるのが見えたのだ。セレドをだ。なぜオレが……。セレドは内心溜息をつき、旦那に対して努めてニコッと笑顔を返す。——旦那の表情が少し険しくなった。逆効果だった様だ。

(……居心地が悪い……)

 セレドは早々にこの村を立ち去りたいと思った。旦那の視線だけではない。老婆や他の村民のの、セレドに向けられる感謝と尊敬が入り交じった眼差しも苦手だった。セレドは胸の鼓動が早くなるのを感じる。ああ、この雰囲気は苦手だ。

 この依頼を引き受けたのに、そう大した理由は無い。魔物退治の依頼。そう珍しいものではない。報酬額が相場から見て低いのも、辺境の村からの依頼であればごく普通だ。冒険者組合の依頼板に貼られ、随分と時が経っているのも。

 まあ、村人たちは困っているんだろうなとセレドは思った。セレド自身は、先日大きな仕事をこなしたのでお金には困っていない。魔王の勢力圏からは随分離れているから、魔物もそう大物は出ないだろう。だから何となく引き受けた。

 ただそれだけなのだ。人から感謝されたいとか、良く思われたいとか、そういう気持ちは今のセレドには殆どない。そりゃ若い頃はそうじゃなかったさ。ちやほやされたいとか、名誉欲とか、そういうのに満ち溢れていた。

 でもセレドは、もういい歳なのである。それなりに人生を歩んできて、自分や他人に期待するほどウブでも無い。生活もそこそこ安定しているとなれば、もうそっと隠居生活に入ってもいいなあと思う様なお年頃なのだ。

 だから周囲から期待される視線というものは、セレドにとっては気持ちの良いものではない。例えて言えば、悪戯がバレそうになって父親に引き出された時の、あの不快な緊張。セレドにとっては、期待の視線とはそれに似ていた。期待するな、オレにはもう何も無い。

「良かったじゃないかリーダー。あのご婦人からは勇者様に見えるそうだよ」
「そんなつもりじゃないんだがなあ」

 ビスケーがニヤニヤと笑い、セレドは溜息をつく。村を出て、街道を二人でとほとぼと歩いていく。青い空の下、平原がずっと続いていく。太陽は丁度頂天に差し掛かっている。年配二人の足でも、まあ夕方までには王都に戻れるだろう。

「私の見立てでは、あのご婦人だったらきっとお前を大事にしてくれたぞ。惜しいことをしたな」
「惜しいも何も、既婚者じゃないか」
「何を言っている? だから良いんだよ。経験者は優遇される、これは世の真理だ。私は理解に苦しむね。なぜ人類は、こと結婚のことになると初婚に拘るのか。理に反している」
「既婚者から略奪するのは、法にも情にも反するからじゃないのかな……」
「お、なら未亡人なら良いのか? なら話は早い。ざっと十人ほど見繕えるぞ。西王国は魔王との戦いが長く続いているからな。今なら選びたい放題だ」
「……そういうこと、城下では言うなよ」

 ビスケーがあからさまな喜色を浮かべるのを、セレドは微妙な表情で制した。ビスケーは優れた魔術師である。齢百歳を越える。だからか、若干人の心が無い。先日も城下でとある騎士と大もめした。例え本当に無能であっても、正面切って言っていいとは限らないのが人の世というものだ。

 出会ってから何度繰り返したのだろうか、ビスケーが問う。

「逆に、なぜそう頑なに結婚しようとしない?」
「結婚って……もうオレ、四十過ぎているんだぜ? もうそんな歳じゃないよ」
「別に歳は関係あるまい? かの伝説の北竜王は、齢八十を越えてから十二人の夫人を迎えたというぞ」
「そんな特殊例を出されてもなあ……」

 俗に言うハーレムや後宮というものは男の浪漫だとは思うが、セレドぐらいの歳になってしまうと(複数の奥さんって面倒だな……)という現実問題に目が行ってしまう。結婚とは若さに任せてするものだというのが、今のセレドの結論ではある。

「むしろ、なんでそうオレの結婚に拘るんだよ?」
「それは勿論、そうすることで私の人間観察が捗るからだよ。リーダーが結婚してどう変わるか、非常に観察しがいのある素材だと思っている」
「……人って、結婚すると変わるのかねえ?」
「変わるな! 私は四度結婚したが、その度に性格が変わったと自覚している。あれは新鮮な体験だった」
「これは、お前の人間観察の為に結婚したお相手に同情したらいいのかな?」

 それともビスケーがこうも歪んだ性癖を持つに至った原因の責任を追求すべきなのか。セレドは真剣に悩んだ。




 平原の向こうに、何かが見えた。緩やかな丘の影に入って、また出てくる。セレドは溜息をつく。あまり見たくないものだった。

 それは馬車だった。ただの馬車ではない。盗賊に襲われている馬車だ。——あ、御者がやられて馬車が横転した。そこに盗賊たちがハイエナの様に群がっていく。

 セレドは剣を抜いた。片手で扱う、ちょっと短めの剣だ。それと円盾。セレドが冒険者組合に登録している職業名は「戦士」。武器で戦うのを本業とする者たちの総称である。

「間に合うかな?」
「さて、年寄りには応える距離だな。リーダーはどうだ?」
「オレもちょっとキツイなあ」
「私は別に、無視でも構わないぞ」

 馬車が横転した場所までは、そこそこ距離がある。そこまで走っていき、そして盗賊たちと戦う。齢四十。持久力に衰えを感じる中年にとっては地味に厄介だ。しかしセレドは大きく息を吸ってから、全力で走り出した。

 その場に残ったビスケーは呪文を唱え始める。魔法語での詠唱は赤い燐光を浮かび上がらせ、そして遠く馬車の近辺に弱い落雷を落とした。盗賊たちに大したダメージはないが、驚いて動きが止まった。そこに走り込んだセレドが襲いかかる。

 セレドは確認する。盗賊の数は四、斥候のみ。戦いは二分で終わった。荒い息を整えつつ、セレドは空を見上げる。……もう歳だ、全力戦闘は三分が限界だな。そう思うとちょっと寂しくなった。


 —— ※ —— ※ ——


 馬車は貴族のものだった。乗っていたのは男爵家の夫人。王都に出仕中の旦那に会いに行き、その帰りだったらしい。碌に護衛も付けずに不用心だなあとは思ったが、この辺りは王都に日帰り出来る位置だ。本来なら盗賊など出ない、治安の行き届いた地域のはずだ。——魔王の侵攻で、騎士たちが前線に狩り出されていなければ。

 セレドは辟易した心を、何とか愛想笑いで覆い隠した。夫人には大層感謝された。それはもう「もしてかして、勇者様なのですか?」と言われるぐらいに。このご恩を少しでも返したいと屋敷に招待されたが、丁重に断った。口説こうとするビスケーの口も塞いだ。

 それでも名残惜しいのか、夫人は別れてからもずっとその姿が見えなくなるまで、セレドを見送った。

 お互いが見えなくなってから、セレドはやっと一息ついた。村の老婆の時と同様、感謝と期待の眼差しで見られるのが、心底辛い。

 お礼として押しつけられた金貨を数えながらビスケーが問う。

「なら、助けなければ良いのではないか?」
「それは、そうなんだが……でも、普通は助けるよな?」
「普通とは?」
「普通は……普通だよ」
「仮にも命懸けで戦うのは、果たして普通というべきかどうか」
「オレたちは冒険者だ。戦うのが日常で、出来ることだ。違うか?」
「ふむ、まあそうだな」
「村人は麦を育てたり果物を取るのが日常で、出来ることだ。オレには出来ない。だからお互い、出来ることを交換しあっているだけなんだ」
「だから感謝する必要はないと?」
「そりゃ感謝はするさ。でもあんな大袈裟にする必要はないだろ?」

 そう、別にそんなつもりじゃない。

 例えば、目の前で子供が転んだとする。手が空いていれば、すっと差し出して助けるのが普通だし、もし両手が荷物で塞がっていたとしたら、その時はちょっと躊躇うだろう?

 今回の場合は、たまたま手が空いていただけなのだ。だから手助けをした。それだけのことなんだ。勇者様だなんだ、なんて言われるのは明らかに大袈裟だ。一方的過ぎる。

 ——「勇者」という言葉には、色んな意味が込められている。

 歴史的には、最初の魔王を退治した男に与えられた救国の称号。

 冒険者組合的にいえば職業の一つ——剣と魔法を同時に扱える、極めて希少な才能——のことだ。

 そして一般民衆とっては、様々な困難に立ち向かい人々を救ってくれる存在が「勇者」である。過去、多くの勇者が魔王を退治し、世界を救ってきた。

 そして、ここ西の王国にも勇者がいる。「白銀の勇者」と呼ばれ、王国を蚕食する「赤竜の魔王」と戦っている人物だ。セレドは何度か見たことがある。若く凜々しく、鋭気に満ちた正に好青年だ。

 常に柔らかい微笑みを絶やさず、そして民衆にも優しい。今日セレドがやった仕事と同じ事を、白銀の勇者が無報酬でやったという話は常に絶えない。そういう人物だ。

(……そうさ。別にオレは、勇者でもなんでもない。)

 セレドは、勇者は生き方だと思っている。魔王を退治するのも、希少な才能を持つのも、人々を救うのも、それぞれ勇者の一側面に過ぎない。

 困難を恐れず、前に進んでいく生き方をする時、その人は「勇者」なのだと思うのだ。

 だからセレドはお世辞でも勇者と呼ばれることを嫌っている。自分の生き方は、そんな立派なものじゃない。所詮、自分のしていることは精々「仕事」なのだ。

 勇者ってものは、正しくもっと勇気を持って前に進んでいく者のことなのだ。自分は——そんな器じゃない。





 ——セレドは、かつて「勇者」と呼ばれていた。二十年前のことである。若い頃は覇気もあり、魔王と死闘を繰り返したこともある。だが今、彼は勇者を辞め、一介の冒険者として日々慎ましい生活を送っている。

 歳も四十を越えた。結婚は出来なかった。そろそろ老後の生活をする頃合いである。セレドは青い空を見上げ、そして一つ溜息をついた。

 ——白銀の勇者と赤竜の魔王の決戦も近い。勇者が勝てば冒険者としての仕事は減るだろうし、負ければ王国自体が崩壊しかねない。

 セレドには老後の心配の前に、まず直近の身の振り方の心配をする必要があったのだ。
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