だから故あって勇者のお仕事を代行するのさ

沙崎あやし

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【002】白銀の勇者

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 瘴気が漂う回廊を白銀の勇者が進んでいく。白銀鋼で編まれた胸鎧は主神の加護を受けている。勇者が進む度に、霧のように漂う瘴気がぶわりと退く。濃度が高い。目的地まではあと少しだと思われた。

 白銀の勇者を先頭に、戦士と神官、そして魔術師と続く。通常であれば戦士が露払いとして先頭に立つが、これほど瘴気の濃度が高いと体力の消耗が激しい。その白銀の鎧で瘴気の影響を受けにくい勇者が先頭に立つのが最適だ。それにもう、恐らく露払いの必要は無い。そういう深いレベルにまで彼らは到達していた。

「痛たた……ねえ、コレちゃんと傷口塞がってなくない? ちゃんと治癒してよお、ベティカちゃん」

 肩に長剣を担いだ短髪の戦士が、頬を擦りながら不平を漏らす。目元から口元まで鉤爪で抉られた様な傷跡がある。まだ少し血が滲んでいて、擦ると手の甲に薄く血糊が残った。

 その後ろを歩く女性神官——ベティカと呼ばれていた——は呆れた様に溜息をつく。才女の綺麗な眉間に皺が寄る。

「悪いけど魔力節約したいの。油断したドウロが悪い」
「そうはいっても、勇者様の傷だったら綺麗に直すんだろ? 不公平じゃないかなあ?」
「何言ってんのよ。アンタのような一束幾らの木っ端戦士が勇者様と同じ待遇求めるなんて、それだけで犯罪だわ」
「酷い。神曰く、人間は生まれながらにして平等じゃないのかよ」
「その通り。だから人は、生まれたてから何をしたかで審判されるのよ。——貴方が何人、酒場の女の子にちょっかいだしたのか。その指を折って数えてさしあげましょうか? 手の指で足りればいいのだけれど」

 不穏な空気を察して、戦士——ドウロ——は唾を飲み込んだ。やばい、浮気がバレているらしい。ドウロは救いを求めるように、ベティカの後ろを歩く魔術師に視線を投げる。背の低い中性的な顔立ちをした魔術師——名前はノルテという——は、ぼんやりとした視線で周囲を見回してから声を発した。

「えっと、ドウロに抱かれた話をすればいいの?」
「——ッ! ドウロッ! あんた、女の顔してれば何でも良いって訳?!」
「ま、マテッ! 違う、誤解だッ! ちょっと魔が差しただけなんだッ」
「認めたわね?! 主神の審判を待つまでも無い。今、ここで、私が、下してやるッ!」
「ぐえっ」

 ベティカの錫杖が腹部にめり込み、ドウロが潰れた蛙の様な声を発する。恐らくこの遺跡に潜って以来、最大のダメージだ。戦士と神官の間が離間され、魔術師はぼうっと立ち尽くしている。白銀の勇者の一行は、あっという間に半壊した。

 先頭を歩いていた白銀の勇者は立ち止まり、困った顔で振り返る。困ってはいるが、何だか微笑ましいなあという表情でもあった。そんな勇者にドウロが震える手で救いを求める。

「……ば、バレアレス……助けてくれ……」
「ベティカ、その辺りで赦してあげなよ。きっとドウロも悪気があった訳じゃないと思うよ?」
「勇者様はドウロに甘いです! 九十九日間煮詰めた蜂蜜の様に甘いです」
「僕だって男だからね。ドウロの気持ちは、ちょっとは分かる。ベティカもノルテも魅力的だから」
「——!? そ、そんなことで誤魔化されませんよ。じゃあ勇者様は、王女様に隠れて浮気とかするんですか?」
「そんな酷いことはしないよ。彼女は、僕を信じて待っていてくれているのだからね」
「でしょう? 普通はそうなんです。それがどうしてドウロになると甘くなるんですか?」
「うーん……人徳、かな?」

 真顔で白銀の勇者——バレンシア——がそう言うと、ベティカはこの世の汚物全てを煮詰めて出来た塊を見るかの様な目でドウロを見下した。その視線にドウロの心は折れ、泣いた。


 小一時間ほどして。どうにか落ち着いた一行は再び回廊を進み始める。

 彼らが往くのは巨大な石造りの遺跡の中だ。この遺跡が鬱蒼とした森の中に突如出現したのは二ヶ月前になる。発せられる瘴気の濃度から、相当高位の魔物がいると推測されていた。

 最低でも伯爵級か、もしかしたら侯爵級……出来れば魔王討伐戦の前に仕留めておきたい相手だった。

 ——「魔王」。
 
 それは有史以前から、この大陸で都度発生する一種の災害である。ある日突然、それは前振りもなく出現し、周囲の自然や生態系を魔界のそれへと変化・浸食していく。

 それは「核」である魔王を破壊するまで続く。歴史上最大の魔王は四百年前に現れた「青眼の魔王」で、その時は大陸の半分が魔界に沈んだとされている。

 放置しておけば魔王は際限なく大きくなる。その為、出現した魔王を出来るだけ早期に排除するシステムがやがて構築された。それが冒険者組合と、そして「勇者」である。

 今、この西の王国では「赤竜の魔王」が出現し、その領域を広げつつあった。白銀の勇者バレンシアが西の王国で活動を始めてから三年。その切っ先はようやく赤竜の魔王の喉元に届こうとしていた。


 —— ※ —— ※ ——


 バレンシアが足を止める。回廊の先に大きな扉が見える。どうやら終着点の様だった。一行は合図なしに動く。バレンシアの右前にドウロが出て、後ろにベティカとノルテが立つ。いつもの陣形である。

「……バレンシア」
「ああ」

 長剣を構えたドウロが真剣な眼差しで合図をする。異常があった。扉が、少し開いているのだ。ドウロはベティカにも目配せをする。そして二人で扉へと向かっていく。ベティカが周囲を警戒する中、ドウロが扉の向こう側を覗き込む。

 ——沈黙。

 ドウロが手で合図してから、扉の向こう側へと消える。バレンシアは緊張を解いた。合図は「安全」であるという意味だった。緊張は解いたが、バレンシアは怪訝な表情を浮かべて扉へと向かう。安全? この遺跡の最深部で?

 理由はすぐに分かった。扉の向こう側は、玉座の間の様な広間になっていた。天井は高く、石柱が列を成して支えている。

 安全であるという理由。それはすぐに分かった。バレンシアは広間の中心部にまで歩み寄り、それを見上げた。

 ——巨大な竜の死骸だった。なぜ死骸だとすぐに分かったのか? それは首が綺麗に切断されていたからだ。死骸はゆっくりと瘴気に分解されていく。半日もすれば綺麗さっぱり無くなるだろう。

 バレンシアの横にノルテが立つ。ぼんやりとした瞳の中で宙に舞って消えていく瘴気を眺めている。

「どう見る、ノルテ?」
「……侯爵級かな、これは……すごいね、一撃だ」
「やっぱりそう見えるか」
「うん、間違い無い。侯爵級の竜を見るのは久しぶり……逆鱗欲しい……」
「いいよ、取ってきな」
「わーい」

 魔物のランクは爵位に準えられる。魔王を王級として、強い順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士。

 騎士級だとゴブリンや魔猪辺りが有名だ。一般の狩人でも何とか倒せるレベル。男爵級はホブゴブリンやオーガ辺りが相当する。ここら辺になると戦闘訓練を受けた騎士や冒険者でないと対応は難しい。伯爵級にまでなるとゴーレムが出てきて、破壊には攻城兵器が必要になる。

 そして侯爵級ともなれば竜や麒麟といった伝説上の生物が出てくる。ここまで来れば普通の冒険者では相手にならない。余程の腕利きの戦士や魔術師、そして「勇者」が必要になる。

 バレンシアは少し考える。この三年間、西の王国で活動しているが、侯爵級の相手が出来る冒険者一行には出会ったことがない。ましてや勇者を擁したなど——。

 ドウロがバレンシアを呼んだ。ドウロは竜の胴体と首が離れているところを覗き込んでいる。

「どうやらご同業の仕業みたいだぜ。まさかこの辺りにいたとは驚きだが」
「本当だ。もしやと思ってはいたけど……」

 竜の切断面からは燐光の残滓が立ち上っていた。青い燐光と赤い燐光。その二つが螺旋を描いて消えていく。

 青い燐光は闘気。戦士や拳士が自らの身体を強化したり放出して武器にしたりする力である。主に近接戦闘に向く。そして赤い燐光は魔力。魔術師や神官が魔法を行使する為の力。呪文の詠唱や魔法陣の設置に時間がかかるので遠距離が得意といえる。

 つまり職業によって有利不利の距離があるということだ。戦士は近距離であれば魔術師に完勝できるが、遠距離であれば一方的に叩かれる。だから冒険者は基本的に複数の職業からなるパーティーを組む。お互いの弱点を補い、長所を生かす為だ。

 そしてこの二つの力は相反する力であり、一人の人間にその才能が同時に与えられることは無い。極一部の、数少ない例外を除いては。


 ——その例外が「勇者」である。


 ドウロがお気楽な表情を浮かべて、ぽんとバレンシアの肩を叩く。

「まあ良かったんじゃないの? これでアンタの負担も減る。この三年間、ずっと働きづめだったもんな」
「そうだね。勇者の人数が増えれば、魔王討伐もより確実になる。良いことだよ」
「あ、でも。もう一人の勇者様があんまり美形だと困るよな?」
「え、どうしてだい?」
「だってさ、王女様の寵愛を奪われたらさすがにショックだろ?」
「ははは、そんなことは無いと思うけど」
「お! 王女様との愛は固いってか。のろけやがって、このこの」
「痛いよ、ドウロ」
「まあ万が一を考えたら、もう一人の勇者はおっさんとかの方がいいかねー。略奪愛しなさそうな感じで」
「僕はどんな人でも良いよ。同じ勇者同士、仲良くしたいね」
「優等生だなあ、バレンシアは」

 あっははっとドウロが笑う。魔竜が倒れ、周囲からゆっくりと瘴気が消え始めている。これで随分魔王の領域は削れたはずだ。緊張感が弛み、一時の安息が訪れる。

 しかし。

 バレンシアはにこやかにドウロとベティカと喧嘩を眺めながら、内心この事態に疑念を抱いていた。

 この魔物退治が、他の勇者に寄るものであることは確実だ。思い返せば、今までも何度かあった。単なる偶然かと思っていたが、今回ので確信した。明らかにその勇者は、バレンシアたちの先回りをして魔物退治をしている。

 なぜ? どうしてそんなことをする? 勇者だと名乗り出れば王国の援助は受けられるし、魔物退治の報酬だって受けられる。悪いことはないはずだ。それなのにどうして……そう。影に徹する様な真似をしているのか。何か別の目的があるのだろうか。

 バレンシアは不安を抱きながらも、でも、こうも思うのだ。報酬を目当てにせず、ただひたすらに魔物を退治する。それこそが、本当の「勇者」の姿ではないのだろうか。それに比べて、自分は「勇者」だと胸を張って名乗れるのか——。

 遠く王城で帰りを待つ王女の姿を思い浮かべながら、バレンシアは懊悩していた。
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