だから故あって勇者のお仕事を代行するのさ

沙崎あやし

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【004】舐めたらあかんぜよ

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 トラブルの経緯はこうだ。

 少女が酒場の隅で食事をしていた。そこへ男たち三人がやってきて「姉ちゃん、一緒に飲もうぜ」と声を掛けてきた。戦力的な不利を感じた少女は奇襲攻撃を選択、相手の中で一番強そうなリーダー格を集中的に攻撃した。

 そうすることにより、残りのメンバーの戦意を削ぐのが狙いだ。一対多の喧嘩では、いかにして相手の戦意を削ぐかが重要なのだ——

「戦術的に間違っていないわ」
「お前は貧民街の不良チームか何かか」

 全く悪びれていない少女の様子に、セレドは今日何度目かの溜息をついた。

 酒場は騒がしくなったので、セレドたちは組合事務所のバックヤードに移動してきた。今ここにいるのはセレドと合流したビスケー、マルシーと例の少女だけである。

 少女はむすっとした表情で、さっきからじっとセレドを睨んでいる。まあサイアクな第一印象だろう。

「……マルシーが気に掛けるわけだ」
「でしょう? 外面ペルシャ猫で内面山猫。絶対やらかすと思ってたわ」
「黙っていればお人形さんみたいに綺麗なんだがなあ」

 少女から少し離れた場所でセレドとマルシーがひそひそ話をする。男たちも、まさかいきなり蹴られるとは思っていなかっただろう。災難といえば災難。

 髪を切り、肌を汚しているといっても、それでも眉目麗しさが隠し切れていない。あちこちで男たちに声を掛けられるだろうな。そういった男たち「を」守る意味でも、マルシーとしては先にセレドに預けておきたかった訳だ。

 セレドはこの辺りでは一応顔が利く。素行不良気味な冒険者でも、セレドの知己ということであれば、おいそれと手は出さない。

「いったい、どういう経緯の子なんだい?」
「一応れっきとした冒険者よ。名前はシエラ。北方王国出身。職業は斥候」
「本当かい?」
「ほれ、引継証だよ」

 マルシーは裏面に冒険者組合の印が押された紙を差し出してくる。冒険者組合は国ごとに管轄が違う。だから他国に移動する時は、冒険者であることを証明する引継証を発行してもらうのが決まりだ。

 引継証には少女——シエラの冒険者としての経歴が記載されている。冒険者として登録したのは一年前。特に固定したパーティーは組まなかった様だが、実務評価は意外と悪くない。

 但し、トラブルを起こして何回か仲裁と警告を受けている。詳細は書かれていないが、セレドは大凡察する。たぶん今回みたいなケースだろう。

「迂闊に手を出す男も悪いが、あの娘も手が早過ぎるにも程がある。神様は何で人に言葉を授けたかって話よ」
「まあそうだね。——あの娘は言葉でも罵りそうだけど」
「そんな訳で頼むよ。アンタもいい歳なんだから、たまには若者の面倒ぐらい見なさいよ」
「うえ?! そうはいうがなあ、オレは別に他人に説教できる程立派な人間じゃないよ。勘弁してくれ」
「何言ってんだい。説教なんてもんはね、お互いに成長する為にするもんだよ」
「それって、オレもダメ人間だって言われている気がするんですが」
「アンタは覇気が足りない。あの娘は血の気が多い。丁度いいってもんだよ」

 にっこりと微笑んだマルシーにどんと背中を叩かれると、その勢いでセレドはシエラの前へと突き出された。相変わらずシエラはじっとセレドの顔を見つめている。いや睨んでいる。

 シエラの碧い瞳が、セレドの頭の天辺から足元までじっくりと品定めをする。そして再びセレドと目を合わせ——深々と眉間に皺を寄せた。

「ま、まあ。さっきは痛かったか? ちょっとやり過ぎたな、ごめん」
「別に。気にしていないわ」

 セレドは思わず謝ってしまったが、シエラは気にしていないらしい。らしいが、それならばなぜそんなにも睨むのだろうか。まるで親の敵を見るかの様だ。
 理由はすぐに分かった。

「……タリファ」

 シエラがぼそりと呟く。誰も気に留めなかったが、セレドだけがぎくりと反応した。それはまるで悪さが見つかった子供の様で——確信を得たシエラはかっと頭髪を逆立て、セレドの胸倉を下から締め上げる。

「やっぱり! アンタが勇者タリファね!」
「し、知らん! そんなヤツのことなど知らん! 人違いだ!」
「ウソつくな! さっき私の顔を見て驚いてたでしょ?! 証拠は上がってるんだ、素直に認めろ!」
「うぐぐ」

 セレドはシエラの手を振りほどいて、二歩三歩と退く。しかしシエラは追撃の手を止めない。胸元から首にかけたペンダントを取りだし、セレドの鼻先に突きつける。そのペンダントの意匠を見たセレドの顔が、いよいよ苦痛に歪む。

 ペンダントは半円状の、コインを二つに割った様な形をしていた。刻まれているのは左向きの神馬である。もう片方、右向きの神馬が揃えば、それは北方王国の王家の紋章となる。




『タリファ、これを持っていって。必ず私たちが再会出来る様に』




 セレドの耳に、かつて囁かれた美声が蘇る。二十年前、「桜炎の魔王」討伐に出陣するセレドに、王女セレティアからもう半分のペンダントを渡されたのだ。それは今でもセレドの懐にあって、捨てることが出来ずにいる。

 そして。目の前には、そのセレティアと瓜二つの少女がいる。セレティア本人では無い。もう二十年前の話なのだ。だとすれば——その奇妙な一致が意味するところは、たぶん一つ。

「お前……セレティアの娘、なのか……?」
「そうだよ! お前に捨てられた可哀想な母に成り代わって、言いたいことがある」
「な、なんだい?」
「一発殴らせろッ!」

 シエラのペンダントを握り込んだ右ストレートはセレドの顔面に綺麗に命中し——セレドは床に倒れて気を失った。


 —— ※ —— ※ ——


 セレド——タリファは北方王国の出身である。

 貧しい農村の生まれだったが、才能には恵まれた。闘気と魔法の両方が扱える「勇者」としての素質があった。それで十歳の時に農村から買われ、騎士の家で修練を積み、そして十六歳で成人する頃には勇者としての活動を開始していた。

 当時、北方王国には「桜炎の魔王」との戦いの真っ最中であった。桜炎の魔王は強かった。国土の半分が魔界に沈み、何人もの勇者が命を落とした。

 タリファは幾つもの死線を掻い潜り、頭角を現した。北方王国も彼に期待を寄せ、助力した。王家とも懇意になり、王女セレティアと出会った。



 ——二人は恋に落ちた。



 国王は「魔王討伐した者には王女と結婚させ、国王の座を譲る」との誓約を発表した。タリファは仲間と共に魔王討伐に向かい、そして見事に討ち果たした。

 だが、タリファが王国に帰還することは無かった。そのまま行方不明となったのだ。その理由を知る者は誰もいない。

 王女セレティアは勇者の帰還をずっと待ち続けたが、彼女には王家の血筋を継承するという者重責があった。三年の後、セレティアはさる貴族の男と結ばれた。その結婚式で彼女は一筋の涙を流したという——






「そして生まれたのが私ってわけ」
「なるほどね、王女の娘ということか。それでセレドはあんなにも動揺していたのか」

 シエラとビスケーが差し向かいでエール酒を飲んでいる。場所は移って酒場の隅。シエラはぐびくびとエール酒を煽ると、ぷはーと満足げに息を吐く。大分酔っている。

 しかし機嫌はかなり良い。ビスケー相手に、タリファの——セレドに対する鬱憤を吐露したからだろう。ビスケーは酒をあおりつつ素面の顔でそれを聞き続けた。

「母さまってばさ、事あるごとにタリファの話をするわけさ。やれ目鼻立ちがどうだの、立ち振る舞いがああだの。肖像画も残ってるのよ? こっちだって一発で分かったっての。……随分美化されてたけど」
「ほほう。母上様が、それほどセレドにご執心とは。あの甲斐性無しにも、それほど好意を寄せられる女性がいたとは驚きだ」
「いや最初見た時はビックリしたわよ。覇気ないなコイツって! まあ母さまみたいな良い女を前にして逃げるチキン野郎だし、仕方ないのかも知れないけど」
「まあチキン野郎というのには同意だな」
「そう、チキン野郎め!」

 再びシエラがぐびぐびとエール酒をあおる。大分出来上がってきた。今なら何でも答えてくれそうだ。ビスケーはニコニコとしながら話を続ける。

「しかし、貴方はなぜこんなところに? 察するにセレドを探していた様だが……」
「そりゃ勿論、王族としての責務を果たす為よ!」

 だん! シエラが空になったジョッキをテーブルに叩きつける。

「王族の責務というと……「誓約」のことかな?」
「そう! 誓約!」

 誓約。端的にいえば約束のことである。しかし王族が発する「誓約」には特別な意味を持つ。神話の時代、主神は人類の長に大陸を統治する権利を与えた。王権神授である。

 人類の長は統治の権利を得る代わりに、誓約の義務を負った。その名の下に発せられた約束は、何があっても守るという誓約である。権利と義務。その等価交換によって、世界は成り立っている。

 人類の長の権利と義務は、大陸を統べる五大王家へと引き継がれている。つまり王権の正当性は、王族が約束事を守ることによって担保されている。特に「誓約」の名の下に発せられた約束の意味は重い。

「誓約というと、例の「魔王討伐した者には王女と結婚させ、国王の座を譲る」というヤツかな? しかし母上様は、もうご結婚されているとの話だが……」
「ここにいるじゃない?」

 シエラはくいくいと親指で自分を指差した。ビスケーはぴんと来て、にやりと笑った。今ので察した。

「王女が結婚すればいいのよね。私だって、これでも王女よ」
「そうだね。確かに「王女と結婚」とは言っても、誰とは言っていないね」
「そういうこと」

 ぐびぐびとエール酒をあおる。シエラの様子はそろそろ限界が近そうに見える。ちょっと頭がふらついている。しかしその碧い瞳は、ギラギラと輝いている。

「王族にとって、交わした約束は何よりも重いものなの。だから甚だ、全く、非常に遺憾ではありますが、私はタリファと結婚するわ。その為にここまで来たの」
「なるほど! それはそれは面白い……いや素晴らしいことだ。ヤツもついに年貢の納め時だということだな」
「王族の執念、舐めたらあかんぜよ」

 そういって二人はジョッキをかち合わせて改めて乾杯をしたのだった。
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