だから故あって勇者のお仕事を代行するのさ

沙崎あやし

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【008】勇者の手助けをしましょう

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 セレドは目を覚ました。既に日は高く昇っている。額を拭うと汗がべっとりとついた。酷い夢を見た。それはもう、本当に酷い夢だった。

『……どうしてわたしを捨てたの、タリファ?』

 夢の中でセレティアが囁いていた。今までと違うのは、セレドを責めるような表情では無く満面の笑顔だっていうことだ。

 セレドは言い訳をしようと口を開いたが、声は出なかった。

『貴方がいなくなったから、私は別の男と結婚することになったわ』

 あくまで明るいセレティアの口調。そのセレティアの横に、ゆらりと少女の姿が現れる。セレティアと瓜二つの顔。——シエラだ。

『タリファ、私もう死んじゃったの。だから代わりにこの子と結婚して。王族の誓約、舐めんなよ』

 その台詞が、途中からシエラのそれを重なる。セレティアは霞のように退場し、シエラだけが壇上に残る。彼女は腕組みをして、セレドを睨み付けた。

『セレド——貴方には地獄を見てもらうわ』


 —— ※ —— ※ ——


 そろそろ昼時である。冒険者組合に併設された酒場兼食堂には、周辺住民の姿がぼちぼちと増え始めている。近所の商店の店員や職人が多く、冒険者の数は少ない。冒険者は依頼をこなしに外に出ていることが多いからだ。

 セレドとビスケーがその中に混じっている。セレドは遅い朝食を、ビスケーは何故か祝杯をあげている。

「いや、めでたい! ついにリーダーも結婚する気になったか!」

 ビスケーは上機嫌である。一気にエール酒をあおり、更におかわりを注文する。既に赤ら顔だ。

「……どうにか上手く切り抜ける手はないものかね?」
「それを私に聞くのか? 私はリーダーに再三結婚を斡旋してきた人間だぞ? むしろそんな抜け道があったら、率先して塞いでいるわ」
「その情熱はどこから来るんですかね……」
「まあ友として一つだけ助言してやるとだな。別に結婚をしない方法はあるぞ」
「どんなだ?」
「簡単だ。結婚しないとあの娘に告げればいい。結婚とは、お互いをパートナーとして認め合う関係だ。破綻させるのは簡単だ」
「うぐ……そ、それが出来れば……」

 セレドは苦渋の表情を浮かべる。それはセレティアを二度も裏切る行為になる。それは……出来ない。勇気が無くて逃げ出したセレドに、それだけの度胸は無かった。

「まあそういうことだ。あの娘はなかなか筋が良い。獲物の追い込み方を熟知している様だ。きっとサドだな」
「なんだよ、サドって」
「南方の風習でな。虐めることに至福を感じる人のことだそうだ」
「……」

 楽しそうなビスケーに対して、セレドは憮然とした表情を向ける。ぼそぼそとサンドイッチを口にするが、どうも美味しくない。シェフのやつ、腕が落ちたか?

「シエラはどこへ行ったんだ?」
「王城へ行くと言っていたな。婚姻となれば最低限立会人が必要になるだろうしな。きっとそれを頼みに行ったのだろう」
「まさか、ここの国の王様にか?」
「そうだろう? 王族の婚姻であれば、立会人にもそれなりの格が必要だ」
「ぐぬぬ」

 セレドは頭を抱えた。外堀が埋まっていく。いやもう本丸は落ちたのだが、それでもどこかに抜け道が無いかと必死に考えているが、何も思いつかない。

 結婚したら、元勇者であるという素性も大っぴらにバレるだろう。それもまた難儀だ。自分に今更勇者という役が務まるとも思えない。もう四十を過ぎているんだぞ。階段を昇るのだって億劫なお年頃だ。

「いいではないか。性格はちとあれだが、眉目麗しく一国の王女でもある。リーダーはその夫として良ければ国王、悪くても王族の末席に加われる。食うに困らず、それなりの贅沢も出来るだろう。何が気に入らんのだ?」
「……あいつの父親、たぶんオレと同い年ぐらいだぞ。そんな男に……娘さんをくれっていうのか?」

 そう絞り出したセレドの表情は、たぶん魔王討伐の時ですら見せたことの無い程の苦渋に満ちていた。

 それをビスケーは鼻で笑った。

「そんなこと。庶民であれば兎も角、貴族の間であれば珍しいことでも無かろうよ。それに私の三番目の妻は六十の時に迎えた。その時、妻は十四歳だったかな?」
「大丈夫? それって犯罪じゃない?」
「勿論、法は遵守している」

 ビスケーは胸を張るが、セレドの不安は特に解消されなかった。ビスケーの例は特殊すぎて参考にならないし身近にも感じない。

 うだうだと苦悩するセレドを肴に、ビスケーはエール酒をあおる。それが空になって、こつんとテーブルに置かれる。ビスケーの顔は赤かったが、視線は鋭かった。

「……そんなに怖いのか? 失うことが」

 そう囁かれて、セレドは一瞬びくりと身を震わせた。テーブルに突っ伏し、はああと大きな溜息をつく。そして身を起こしてビスケーと向き合った時には、苦悩の表情は消えていた。あるのは、達観した寂しさだった。

「……彼女がさ、オレに何を求めていると思う?」
「シエラか? そうだな、何だかんだって期待してるんだろうな。勇者としてのリーダーに」
「だよな」

 それは自惚れではない、冷静な元勇者としての正確な見立てだった。

 ずっと勇者タリファを愛し信じ続けたセレティア。その娘であるシエラが、彼女からどんな話を聞かされていたか。——童話に出てくる様な勇者タリファ像が、きっとそこにはあるのだろう。

 しかしそれは、若い頃の話なのだ。今の衰えたセレドには、かつて万里を駆けて魔王を討ち滅ぼした力は残っていない、全力戦闘が三分間しか続かない、四十を超えた中年なのだ。

「仮にだ。オレが一念発起してやる気を出したとしても、無理なんだよ。どう頑張っても身体がついていかない。勇者タリファは、もういないんだ……」
「……そうだな、それが老いというものだ」
「オレはきっとシエラの期待には応えられない。……彼女には、失望してほしくないんだ。そして、失望されたくない……それが偽らざる本音さ」

 セレドは窓の外を見た。日は高く、強い光がギラリと目を焼く。セレドは眩しそうに目を細めた。


 —— ※ —— ※ ——


 シエラは王城に幾つかある応接室に居た。冒険者姿では無く、簡素だが白いドレスを着ている。実家を飛び出した時に持ってきて良かった。

 ソファーは柔らかく、出された紅茶も悪くない。だが絵画や彫像などの美術品の類はない。全体的に質素で、長年魔王と戦争状態にある西の王国の内情が伺えた。

 応接室に通されるまで一悶着あった。友好国とはいえ隣国の王女が従者も連れずに、徒歩で訪れたのである。そもそも本物か? というところから始まった。

 幸い、近衛騎士団の中にシエラの顔を覚えている者がいたので、何とか半日ぐらいで国王まで話が通った。一応、北方王国の王族であることを示すペンダントは持っていたが、まあその真贋を見分けられる人間がいるとは限らないということをシエラは学んだ。

「おお、これはシエラ王女。お久しぶりですな」
「五年ぶりですわね、国王陛下。突然の訪問の無礼、お許しください」
「なんの。こちらこそ中々国元を離れられなくてね。不義理をしていて申し訳無い」

 似合わない口髭を伸ばした国王がようやくやってきた。シエラが五年前に会った時には少年っぽいあどけなさが残っていたが、今は青年を通り越して壮年といった貫禄がちょっと感じられる。まあ、セレドよりは若い。

「ますます、お母上に似て美人になられましたな。きっと天上でお喜びでしょう」
「そうですか? 自分ではあまり実感がないのですけれど」

 ほほほっと微笑むシエラ。まあ社交辞令である。セレドのあの反応をみて、ああ本当に母親に似ているんだなと実感したばかりである。

「ところで侍従長から話しは聞きましたが……婚姻の立会人を探されているとか?」
「はい。実は私、結婚することになりまして」
「なんと。シエラ王女の婚姻ですか! ——しかし、それであればお国で盛大に結婚式を挙げられるのでは?」
「いえ、式は挙げません。婚姻の儀式だけをしようと思います」
「ふむ? まさかお国には戻らず、こちらで婚姻だけされるというお話しですか?」
「はい」

 国王は途端に渋い顔をした。戦乱続く西の王国ではあるが、隣国の情勢にも気は配っている。北方王国の国王とその娘たる王女の間が不仲であること。そして王女が出奔中であること。

 その出奔中の王女がここに現れて、国には帰らず結婚だけするという。果たして、これに手を貸しても良いものかどうか? 国王はそう思案している。手を貸して、北方王国の国王と不仲になるのは避けたいし、だがその王女とも懇意にはしておきたい——。

「理由を、お聞きしても?」

 国王にそう問われて、シエラは少し息を整えた。

「『黒曜の勇者』を見つけました」
「……なんと?! それは本当ですか?」

 意外な答えに国王は目を丸くした。黒曜の勇者。二十年前、北方王国で猛威を振るっていた桜炎の魔王を討伐し、しかしその直後に姿を消した伝説の勇者。つまり勇者タリファ——セレドのことである。

 国王は唸る。まさか、そんな人物が自国内にいたとは……。

「私は、我が先代国王が発した誓約を果たす為に、彼と結婚する。その為に来たのです」
「なるほど。そういうことでしたか……」

 誓約の件は知っている。「魔王を斃した者と王女を結婚させる」というやつだ。元々セレティアと勇者タリファの間を想定したもののはずだが、誓約の文面上は「王女」としか宣言していない。今の王女であるシエラが結婚しても、誓約は果たされる。

 だがなあ。国王は紅茶を啜る。

 ——そうだとしても、シエラが今ここで結婚するのは、父親である北方王国の国王と不仲であるからだ。婚姻の見届け人を務めるということは、シエラに肩入れすることと受け止められる。果たしてそれが西の王国にとって良いことなのかどうか……。

 そんな国王の様子を見て、シエラは口角を上げた。

「こちらだけお願いをするのは心苦しいです。なので一つ、陛下のお役に立つことをしたいと思いますの」
「ほう。それは一体どんな?」
「近々、魔王討伐を行われると聞きました。そして、魔王を討伐した者に王女を娶らせるとの誓約を出されるそうで。ふふふ、どこかで聞いたお話ですわね?」
「ははは、耳聡いですな。ここだけの話、確かにその通りです」
「それに助力しましょう」
「助力?」
「そうです。白銀の勇者が魔王を討伐できる様に、裏から手助けさせます。——黒曜の勇者に」
「……なるほど」

 国王は唸った。それは……魅力的な提案だ。裏からということは「花は白銀の勇者に持たせる」ということだ。つまり誓約が国王の思惑通り、白銀の勇者と娘が結婚することを助力すると、そういう提案だ。

 国王は統治者だ。魔王討伐後のことも考える必要がある。白銀の勇者は——後継者に相応しいとみている。だからこそ彼には生きて戻ってきてもらう必要がある。魔王討伐を果たした若き王として、西の王国を繁栄に導く。それも勇者の務めだ。

 それに、かつて他の魔王を討伐した経験がある黒曜の勇者であれば、実力的には申し分ないだろう。たとえあれから二十年経っているとしてもだ。

「分かりました。シエラ王女のお話、承りましょう。約束が果たされた暁には、私が見届け人を務めましょう」
「あら、陛下自ら。それは嬉しいですわ」
「魔王討伐が成れば、我が娘の結婚式も執り行うことになるでしょう。さすれば、合同結婚式というのも良いかと思うのですが」
「まあ! それは素敵ですわ。考えておきますわね」

 シエラと国王はお互いの顔を見つめ合い、そしてにっこりと微笑んだ。

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