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【017】背中
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赤竜の魔王が咆哮を上げた。シエラは思う。怒っている、絶対に怒っている。人間だったら絶対眼は血走っている例え今から逃げ出したとしても、きっと魔王は地の果てまで追ってくるだろう。
(そりゃそうよね……ッ!)
シエラは全力で走る。彼女の直ぐ真後ろを灼熱のブレスが擦り抜けていく。足を止めたら最後、一瞬で消し炭だ。シエラは必死に走りながら、クロスボウの歯車を巻いていく。
曇天の下で稲光が走っている。廃城の中心は広く開け、庭園の様になっていた。そこに赤竜の魔王がいた。北の谷の魔竜より一回り大きい体躯。深紅の竜燐。
——遭遇してから既に十分が経過している。シエラとビスケーは五分の時間を稼ぎ、バレンシアは約束通り「奥の手」を使った。ノルテが遺したスクロールを使い、魔炎と自らの闘気を乗せた剣の一撃で魔王の首を落としたのだ。
予想外の問題は、赤竜の魔王が三つ首だったことだ。今魔王は、残り二つの首から絶え間なくブレスを吐いて——つまり怒りまくっていた。
その足元からはもうもうと瘴気が噴き出している。その瘴気に当てられるだけで吐きそうだ。紫色の瘴気は周囲の環境を侵食していく。普通の庭園であれば綺麗な芝生が敷かれているのだろうが、ここでは何やらドロッとした苔のようなものに変容している。
「……あっ!?」
シエラはその苔に足を取られて、ずるりと体勢を崩した。そこへブレスが直撃する。爆炎がシエラを包み込む。
だが。その煙を突き抜けて、クロスボウの矢が打ち出された。その矢はプレスを吐いて開いたままの魔王の口に吸い込まれ、そしてずどんと爆発しる。
『ギャアアア!』
魔王の首が血を撒き散らしながら悶える。爆炎に包まれたはずのシエラだったが、無傷で現れて走り出す。シエラを爆炎から守った特製のマントが焼け落ちる。
シエラは横目で魔王を見て舌打ちをする。——致命傷では無い。多分口の中が焼け爛れただけ。その程度ではすぐに再生してしまう。
(折角の切り札だったのに……!)
使った矢は爆裂系の魔法を込めた特注品だった。実家を飛び出す時に持ってきたものだ。残りはあと二本。
『回る、廻れ。天は奔るシャザールの怒り、喜び、悲しみ。その三天合わさる地よりここへ——雷公剣!』
どこかでビスケーが呪文を唱えた。その瞬間、轟音を立てて曇天から雷が落ちる。それは魔王——には直撃せず、その間際に落ちた。そこには剣を掲げたバレンシアが立っていた。雷は吸い込まれるようにバレンシアの剣へと落ちる。
「ッ!?」
バレンシアの目がかっと見開かれる。その掲げた剣は雷を蓄えて輝いているが、雷が直撃したダメージはバレンシアにも入っていた。ぐらりと身体が傾く。
だが。
「うおおおおッ!」
バレンシアは唸り声を上げ、跳躍した。その雷光に輝く剣を振りかざす。赤竜の魔王の首がそれをブレスで迎撃しようとするが、その口が爆発した。シエラの援護だった。
動きの止まった魔王の首に、バレンシアの剣が食い込む。竜燐は一瞬だけ持ち堪えたが、雷光と闘気によって砕かれ四散した。ざしゅりと、刀身が首を斬り落とす。
「やった……!」
シエラは思わず喜色を浮かべる。これで魔王の首は残り一つ。これなら勝てる!
そう思った瞬間。
『グギャオウアアアア!』
魔王の咆哮。それが魔法の行使であることに気がつくのに、一秒もかからなかった。
曇天が、まるで日中のように輝いた。それは雷——ビスケーが唱えた魔法とは比較にならない程の轟雷として、庭園全体に降り注いだ。
「ぎゃっ!」
直撃を受けたシエラは悲鳴を上げて、その場に転倒する。庭園全体に降り注いだ轟雷を躱す術など無い。ビスケーもバレンシアも雷に撃たれて倒れる。
——あっという間に、形勢は逆転された。
「あ……あが……」
シエラの視界には、泥のような地面しか見えない。全身は痺れていて、上手く声を発することも出来ない。何か巨大なものが近づいてくる振動だけは感じられて——そして冷たい吐息がふわりと感じられたかと思うと、身体が浮かび上がった。
(……ああ、食われるのか……)
魔王の残った首の一つが、シエラの身体を噛んで持ち上げた。このまま噛み砕くのか、それとも呑み込むのか。どちらにしても、死がすぐ傍まで近づいている。
(……走馬灯は、やっぱりこうなるよね……)
どうやら死の直前に走馬灯を見るというのは本当らしい。シエラは何となく想像していたが、シエラの走馬灯に出てきたのは母であるセレティアだった。
『私はね、信じているの。きっとタリファはね、今でもどこかで勇者しているんだろうなあって』
だからその内容も、勿論勇者タリファのことだった。走馬灯の中で幼いシエラはいい加減うんざりして、セレティアにこう質問した。
『じゃあ母さまが危ない目にあったら、勇者様は戻ってきてくれるのかしら?』
それは幼心にも、ちょっと意地悪い物言いだったと思った。だがセレティアは気にもせず、にこやかに笑って言った。
『そうね、タリファはきっと戻ってきてくれるわ。でも——』
『今この時が、タリファが命懸けで私たちに作ってくれた平和そのものなのよ。だから私たちはまず、それを守る努力をしなくちゃね。そうしないと、タリファに合わせる顔がないわ』
—— ※ —— ※ ——
——魔王の、末期の悲鳴が聞こえた様な気がした。
突然シエラの身体が地面に転がり落ちた。食われなかった? シエラは痺れる身体を何とか起こす。上体だけ何とか起こすことが出来て、状況が見えてくる。
「……えっ?」
魔王が、赤竜の魔王が斃れていた。最後の首が切断されている。シエラはバレンシアとビスケーが倒れた方向を見たが、彼らは今ようやく立ち上がったところだ。魔王の首を落としたのは、彼らでは無い。
シエラは、斃れた魔王の上に立つ人影を見つけた。曇天から日が差し込み、逆光になって顔が見えない。
「……まさか、セレド……なの?」
シエラは一瞬期待した。セレドが実は生きていて、シエラの危機に駆け付けたんじゃないかと。曖昧な走馬灯の幻想とごっちゃになって、そう夢想した。
——だが。
その夢想は、儚くも破られる。
「こっちが本物の魔王かよ。まったく、手間掛けさせやがって」
聞き覚えのある下卑た声。シエラの顔が失望に沈む。魔王の死体の上に立っていたのは双刀の勇者——ビダソアであった。他の仲間の姿も見える。
シエラはぱんと頬を叩いた。思考を切り替える。赤竜の魔王は斃れた。しかし、たぶん戦いはまだ終わらない。シエラはビスケーたちと合流し、油断なくビダソアたちを睨む。
ビスケーはふむうと息を吐く。
「さて困ったことになった。この場合、どっちが魔王を斃したことになるんだい?」
「普通だと討伐に至るまでの貢献度で決まるかな。どっちがよりダメージを与えたとかだね」
バレンシアはそう答える。剣は下げているが、力は抜いていない。
「それだと、首二つ落とした私らの方が貢献度が高いのかな?」
「そうだね。ただトドメを刺したのは向こうだし、実際にはその辺りの判断をする人次第になると思う」
「判断するのは冒険者組合?」
「今回は誓約が絡むから、きっと国王陛下だね」
「そんな心配する必要ねえよ」
ビダソアが会話に割り込んできた。双刀でトントンの肩を叩きながら、ニヤニヤと笑っている。他の三人の仲間もバレンシアたちを見回して意味深に笑う。
バレンシアがビダソアに声を掛ける。
「それはどういうことかな?」
「もちろん。そんな面倒なことをさせないように、綺麗に掃除するからだよ」
「ドウロやベティカ、ノルテを殺した様にか?」
その名前を告げられ、ビダソアは首を傾げた。
「誰だい? そりゃ」
カッと、バレンシアの顔が怒りに染まった。傷ついた身体に構わずビダソアへと斬り掛かる。ビダソアはそれを片方の刀だけで受ける。ぎりぎりと歯軋りをするバレンシアに対し、舌舐めずりをする。
あっという間に乱戦となる。だが形勢は圧倒的にシエラたちに不利だった。ビスケーは離れて呪文を唱えようとするが、あっという間に戦士が距離を詰めてきて膝をビスケーに食らわせた。
「ろ、老人はもっと……大切にしないか……」
膝がもろにみぞうちに入ったビスケーは、そのまま昏倒する。バレンシアとビダソアは何合か斬り結ぶが、最初の一刀以降はバレンシアの防戦一方だ。
そしてシエラには斥候がナイフで飛び掛かってきた。後ろでは魔術師が呪文を唱えている。シエラは斥候の攻撃を躱すと、クロスボウを放った。矢は魔術師の手前の地面に刺さる。詠唱しながらニヤリと笑う魔術師に対して、シエラもニヤリと笑い返した。
どんッ!
「ぐはっ!」
「なんだと?!」
矢が爆ぜて、魔術師を吹き飛ばした。奥の手の魔法の矢、最後の一本だった。突然の爆発に驚いた斥候に対して、シエラは渾身の力を込めてクロスボウを叩きつける。衝撃でクロスボウは壊れてが、ぐわっと悲鳴を上げて斥候は頭から血を流して倒れた。
「油断してるからそうなるのよ!」
「ちっ、何やってんだ阿呆が」
ビダソアは唾を吐き捨てると、二刀を構えてバレンシアを一気に叩き伏せる。そしてそのままシエラへと斬り掛かる。
「くっ!」
シエラはクロスボウの残った部分で一刀は防いだが、同時に振り下ろされたもう一刀は彼女の太股を斬り裂いた。鮮血が舞う。そのまま倒れ、だが起き上がろうとするシエラの喉先に、長刀の切っ先が突きつけられる。
シエラのこめかみを汗が垂れる。切っ先を突きつけたまま、ビダソアが値踏みをする様にシエラの顔を見つめる。
「……お前、どこぞの王族って噂だが、本当か?」
「は。こんな跳ねっ返りが王族? もしそうなら、さぞ父親は嘆いているでしょうね」
「ふむ」
「?!」
ビダソアは手首を捻った。長刀の切っ先が、シエラの胸元を斬り裂く。白い肌が露出する。そして刀身が吊り上げたのは、首から掛けられたペンダントだった。あの、母親から受け継いだ左向きの神馬が刻まれたペンダント——。
ビダソアはその意匠を確認すると、目を細めて嗤った。
「……なるほど、北方王国の王族か。これは結構面白いことになりそうだ」
「どうするつもり?」
「まあお前は殺さないでいてやるよ。色々交渉事に使えそうだ。最低でも身代金は取れそうだしな」
「アンタ……それでも勇者なの!?」
そのシエラの声が途中で止まる。長刀の先端が喉に刺さった。つーと鮮血が滴り落ちる。
「言葉には気をつけろよお姫さん。別に生かしてやるだけで、腕の一本や二本は落としてもいいんだぜ。……はは、その方が大人しくなるかな?」
脅迫するようにビダソアが顔を近づける。ぎろりとシエラの碧い瞳を覗き込む。怯える少女を期待した男だったが、その代わりに顔面に唾が吐き付けられた。
「やってみなよ、チキン野郎」
シエラは毅然とした態度で告げた。突然のことにビダソアは動きを止めたが、次の瞬間には眉間に深い皺を寄せた。
「そうかい」
長刀を振り上げ、そして下ろす。それはシエラの右腕を狙っていた。避ける術は無い。だからシエラは、斬り落とされる瞬間まで視線を逸らさなかった。それが彼女に残された最後の反抗の手段だった。
「……え?」
だから、シエラはその一部始終を見ていた。
首から提げたペンダントが光ったこと。振り下ろされた長刀が折られ、その刀身が背後で地面に突き刺さったこと。ビダソアの身体がシエラから離れ、尻餅をついたこと。
——そして。
「やれやれ。そういう時はもっとお淑やかにするものだよ、シエラ」
「うそ……」
シエラの眼前には、死んだ筈のセレドの背中があった。
(そりゃそうよね……ッ!)
シエラは全力で走る。彼女の直ぐ真後ろを灼熱のブレスが擦り抜けていく。足を止めたら最後、一瞬で消し炭だ。シエラは必死に走りながら、クロスボウの歯車を巻いていく。
曇天の下で稲光が走っている。廃城の中心は広く開け、庭園の様になっていた。そこに赤竜の魔王がいた。北の谷の魔竜より一回り大きい体躯。深紅の竜燐。
——遭遇してから既に十分が経過している。シエラとビスケーは五分の時間を稼ぎ、バレンシアは約束通り「奥の手」を使った。ノルテが遺したスクロールを使い、魔炎と自らの闘気を乗せた剣の一撃で魔王の首を落としたのだ。
予想外の問題は、赤竜の魔王が三つ首だったことだ。今魔王は、残り二つの首から絶え間なくブレスを吐いて——つまり怒りまくっていた。
その足元からはもうもうと瘴気が噴き出している。その瘴気に当てられるだけで吐きそうだ。紫色の瘴気は周囲の環境を侵食していく。普通の庭園であれば綺麗な芝生が敷かれているのだろうが、ここでは何やらドロッとした苔のようなものに変容している。
「……あっ!?」
シエラはその苔に足を取られて、ずるりと体勢を崩した。そこへブレスが直撃する。爆炎がシエラを包み込む。
だが。その煙を突き抜けて、クロスボウの矢が打ち出された。その矢はプレスを吐いて開いたままの魔王の口に吸い込まれ、そしてずどんと爆発しる。
『ギャアアア!』
魔王の首が血を撒き散らしながら悶える。爆炎に包まれたはずのシエラだったが、無傷で現れて走り出す。シエラを爆炎から守った特製のマントが焼け落ちる。
シエラは横目で魔王を見て舌打ちをする。——致命傷では無い。多分口の中が焼け爛れただけ。その程度ではすぐに再生してしまう。
(折角の切り札だったのに……!)
使った矢は爆裂系の魔法を込めた特注品だった。実家を飛び出す時に持ってきたものだ。残りはあと二本。
『回る、廻れ。天は奔るシャザールの怒り、喜び、悲しみ。その三天合わさる地よりここへ——雷公剣!』
どこかでビスケーが呪文を唱えた。その瞬間、轟音を立てて曇天から雷が落ちる。それは魔王——には直撃せず、その間際に落ちた。そこには剣を掲げたバレンシアが立っていた。雷は吸い込まれるようにバレンシアの剣へと落ちる。
「ッ!?」
バレンシアの目がかっと見開かれる。その掲げた剣は雷を蓄えて輝いているが、雷が直撃したダメージはバレンシアにも入っていた。ぐらりと身体が傾く。
だが。
「うおおおおッ!」
バレンシアは唸り声を上げ、跳躍した。その雷光に輝く剣を振りかざす。赤竜の魔王の首がそれをブレスで迎撃しようとするが、その口が爆発した。シエラの援護だった。
動きの止まった魔王の首に、バレンシアの剣が食い込む。竜燐は一瞬だけ持ち堪えたが、雷光と闘気によって砕かれ四散した。ざしゅりと、刀身が首を斬り落とす。
「やった……!」
シエラは思わず喜色を浮かべる。これで魔王の首は残り一つ。これなら勝てる!
そう思った瞬間。
『グギャオウアアアア!』
魔王の咆哮。それが魔法の行使であることに気がつくのに、一秒もかからなかった。
曇天が、まるで日中のように輝いた。それは雷——ビスケーが唱えた魔法とは比較にならない程の轟雷として、庭園全体に降り注いだ。
「ぎゃっ!」
直撃を受けたシエラは悲鳴を上げて、その場に転倒する。庭園全体に降り注いだ轟雷を躱す術など無い。ビスケーもバレンシアも雷に撃たれて倒れる。
——あっという間に、形勢は逆転された。
「あ……あが……」
シエラの視界には、泥のような地面しか見えない。全身は痺れていて、上手く声を発することも出来ない。何か巨大なものが近づいてくる振動だけは感じられて——そして冷たい吐息がふわりと感じられたかと思うと、身体が浮かび上がった。
(……ああ、食われるのか……)
魔王の残った首の一つが、シエラの身体を噛んで持ち上げた。このまま噛み砕くのか、それとも呑み込むのか。どちらにしても、死がすぐ傍まで近づいている。
(……走馬灯は、やっぱりこうなるよね……)
どうやら死の直前に走馬灯を見るというのは本当らしい。シエラは何となく想像していたが、シエラの走馬灯に出てきたのは母であるセレティアだった。
『私はね、信じているの。きっとタリファはね、今でもどこかで勇者しているんだろうなあって』
だからその内容も、勿論勇者タリファのことだった。走馬灯の中で幼いシエラはいい加減うんざりして、セレティアにこう質問した。
『じゃあ母さまが危ない目にあったら、勇者様は戻ってきてくれるのかしら?』
それは幼心にも、ちょっと意地悪い物言いだったと思った。だがセレティアは気にもせず、にこやかに笑って言った。
『そうね、タリファはきっと戻ってきてくれるわ。でも——』
『今この時が、タリファが命懸けで私たちに作ってくれた平和そのものなのよ。だから私たちはまず、それを守る努力をしなくちゃね。そうしないと、タリファに合わせる顔がないわ』
—— ※ —— ※ ——
——魔王の、末期の悲鳴が聞こえた様な気がした。
突然シエラの身体が地面に転がり落ちた。食われなかった? シエラは痺れる身体を何とか起こす。上体だけ何とか起こすことが出来て、状況が見えてくる。
「……えっ?」
魔王が、赤竜の魔王が斃れていた。最後の首が切断されている。シエラはバレンシアとビスケーが倒れた方向を見たが、彼らは今ようやく立ち上がったところだ。魔王の首を落としたのは、彼らでは無い。
シエラは、斃れた魔王の上に立つ人影を見つけた。曇天から日が差し込み、逆光になって顔が見えない。
「……まさか、セレド……なの?」
シエラは一瞬期待した。セレドが実は生きていて、シエラの危機に駆け付けたんじゃないかと。曖昧な走馬灯の幻想とごっちゃになって、そう夢想した。
——だが。
その夢想は、儚くも破られる。
「こっちが本物の魔王かよ。まったく、手間掛けさせやがって」
聞き覚えのある下卑た声。シエラの顔が失望に沈む。魔王の死体の上に立っていたのは双刀の勇者——ビダソアであった。他の仲間の姿も見える。
シエラはぱんと頬を叩いた。思考を切り替える。赤竜の魔王は斃れた。しかし、たぶん戦いはまだ終わらない。シエラはビスケーたちと合流し、油断なくビダソアたちを睨む。
ビスケーはふむうと息を吐く。
「さて困ったことになった。この場合、どっちが魔王を斃したことになるんだい?」
「普通だと討伐に至るまでの貢献度で決まるかな。どっちがよりダメージを与えたとかだね」
バレンシアはそう答える。剣は下げているが、力は抜いていない。
「それだと、首二つ落とした私らの方が貢献度が高いのかな?」
「そうだね。ただトドメを刺したのは向こうだし、実際にはその辺りの判断をする人次第になると思う」
「判断するのは冒険者組合?」
「今回は誓約が絡むから、きっと国王陛下だね」
「そんな心配する必要ねえよ」
ビダソアが会話に割り込んできた。双刀でトントンの肩を叩きながら、ニヤニヤと笑っている。他の三人の仲間もバレンシアたちを見回して意味深に笑う。
バレンシアがビダソアに声を掛ける。
「それはどういうことかな?」
「もちろん。そんな面倒なことをさせないように、綺麗に掃除するからだよ」
「ドウロやベティカ、ノルテを殺した様にか?」
その名前を告げられ、ビダソアは首を傾げた。
「誰だい? そりゃ」
カッと、バレンシアの顔が怒りに染まった。傷ついた身体に構わずビダソアへと斬り掛かる。ビダソアはそれを片方の刀だけで受ける。ぎりぎりと歯軋りをするバレンシアに対し、舌舐めずりをする。
あっという間に乱戦となる。だが形勢は圧倒的にシエラたちに不利だった。ビスケーは離れて呪文を唱えようとするが、あっという間に戦士が距離を詰めてきて膝をビスケーに食らわせた。
「ろ、老人はもっと……大切にしないか……」
膝がもろにみぞうちに入ったビスケーは、そのまま昏倒する。バレンシアとビダソアは何合か斬り結ぶが、最初の一刀以降はバレンシアの防戦一方だ。
そしてシエラには斥候がナイフで飛び掛かってきた。後ろでは魔術師が呪文を唱えている。シエラは斥候の攻撃を躱すと、クロスボウを放った。矢は魔術師の手前の地面に刺さる。詠唱しながらニヤリと笑う魔術師に対して、シエラもニヤリと笑い返した。
どんッ!
「ぐはっ!」
「なんだと?!」
矢が爆ぜて、魔術師を吹き飛ばした。奥の手の魔法の矢、最後の一本だった。突然の爆発に驚いた斥候に対して、シエラは渾身の力を込めてクロスボウを叩きつける。衝撃でクロスボウは壊れてが、ぐわっと悲鳴を上げて斥候は頭から血を流して倒れた。
「油断してるからそうなるのよ!」
「ちっ、何やってんだ阿呆が」
ビダソアは唾を吐き捨てると、二刀を構えてバレンシアを一気に叩き伏せる。そしてそのままシエラへと斬り掛かる。
「くっ!」
シエラはクロスボウの残った部分で一刀は防いだが、同時に振り下ろされたもう一刀は彼女の太股を斬り裂いた。鮮血が舞う。そのまま倒れ、だが起き上がろうとするシエラの喉先に、長刀の切っ先が突きつけられる。
シエラのこめかみを汗が垂れる。切っ先を突きつけたまま、ビダソアが値踏みをする様にシエラの顔を見つめる。
「……お前、どこぞの王族って噂だが、本当か?」
「は。こんな跳ねっ返りが王族? もしそうなら、さぞ父親は嘆いているでしょうね」
「ふむ」
「?!」
ビダソアは手首を捻った。長刀の切っ先が、シエラの胸元を斬り裂く。白い肌が露出する。そして刀身が吊り上げたのは、首から掛けられたペンダントだった。あの、母親から受け継いだ左向きの神馬が刻まれたペンダント——。
ビダソアはその意匠を確認すると、目を細めて嗤った。
「……なるほど、北方王国の王族か。これは結構面白いことになりそうだ」
「どうするつもり?」
「まあお前は殺さないでいてやるよ。色々交渉事に使えそうだ。最低でも身代金は取れそうだしな」
「アンタ……それでも勇者なの!?」
そのシエラの声が途中で止まる。長刀の先端が喉に刺さった。つーと鮮血が滴り落ちる。
「言葉には気をつけろよお姫さん。別に生かしてやるだけで、腕の一本や二本は落としてもいいんだぜ。……はは、その方が大人しくなるかな?」
脅迫するようにビダソアが顔を近づける。ぎろりとシエラの碧い瞳を覗き込む。怯える少女を期待した男だったが、その代わりに顔面に唾が吐き付けられた。
「やってみなよ、チキン野郎」
シエラは毅然とした態度で告げた。突然のことにビダソアは動きを止めたが、次の瞬間には眉間に深い皺を寄せた。
「そうかい」
長刀を振り上げ、そして下ろす。それはシエラの右腕を狙っていた。避ける術は無い。だからシエラは、斬り落とされる瞬間まで視線を逸らさなかった。それが彼女に残された最後の反抗の手段だった。
「……え?」
だから、シエラはその一部始終を見ていた。
首から提げたペンダントが光ったこと。振り下ろされた長刀が折られ、その刀身が背後で地面に突き刺さったこと。ビダソアの身体がシエラから離れ、尻餅をついたこと。
——そして。
「やれやれ。そういう時はもっとお淑やかにするものだよ、シエラ」
「うそ……」
シエラの眼前には、死んだ筈のセレドの背中があった。
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