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【016】決死行
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また一人、甲冑を食い破られて仲間の騎士が倒れる。地竜の顎は大人の上半身を飲み込むほど大きく、そしてノコギリのような歯は鉄より硬い。並の剣戟なら容易に弾く騎士団ご自慢の青甲冑が、ここでは紙切れ同然であった。
腹を食い破られ絶命した騎士の身体が放り投げられ、残りの騎士たちの足元に転がり落ちる。食い破られた鎧が捲れ、内臓が飛び出ている。疲労と恐怖に染まった騎士たちの足がじりと後退する。
「ッ、鎧を捨てろ! 動き回って攪乱するんだ!」
決死隊の隊長である老騎士が、叱咤激励する様に声を張り上げる。地竜はあの大きさで素早い。食い破られる鎧など邪魔なだけだ。老騎士の声に、他の騎士たちもはっと我に返って鎧を脱ぎ始める。
だが地竜も黙って見てはいない。十メートルほどの距離をあっという間に詰めて、また一人騎士が犠牲になる。情けない悲鳴と共に血が舞う。
廃城突入当時は二十名いた騎士も、今は半分にも満たない。彼らは決死隊だった。勇者が出来るだけ体力を温存して対魔王戦に挑めるように、囮として廃城に突入したのだ。
彼らが魔物を一匹でも多く引きつけることが出来れば、それだけ魔王討伐の成功率が上がる——。
「このッ!」
鎧を脱ぎ捨てた老騎士は、先程までよりは俊敏な動きで地竜の前に飛び出た。槍を突き出す。するとそれを嫌った地竜が足を止め、威嚇するように上体を上げて吼える。——いいぞ。そのちょっとした間で、仲間の騎士たちが鎧を脱ぎ捨てて体勢を整えた。地竜の前後左右から攻撃をしかける。
老騎士は分かっている。自分たちにこの地竜は斃せないと。せめて闘気が使える者がいればいいのだが、そういう騎士は決死隊には選抜されていない。囮で死ぬと分かっている者を送り込む道理はない。
決死隊の選抜基準は以下の通り。長男では無く、独身で、闘気や魔力の能力持ちでは無く、しかし魔物の足止めが出来るぐらいには実力のある者。
そして——逃げ出さないであろう者。
(……息子夫婦たちは、今頃何をしているだろうか……)
老騎士は必死に槍を振るいながら、ふとそんなことを考えた。彼が決死隊に「志願」したのは、魔王討伐への使命感からでは無い。息子や孫の為であった。
老騎士の妻は何年も前に亡くなり、村の領主である地位は息子に残せなかった。魔物の侵攻で村自体が廃村になったからだ。そしてこのご時世——正直、それほど恵まれた生活はしていない。
(せめて、領主の地位を残してやれていればな……)
老騎士本人はいい。もう老い先短いし、贅沢などする気も無い。だが息子には、孫には、むざむざ村を失った男の子孫では無く、魔王討伐に貢献した者の子孫であるという、そういう名誉を残してやりたい。そうすれば、魔王亡き後の世でも少しは生きやすいであろうと……そう思ったのだ。
今また一人、地竜の太い尻尾に殴打されて死んでいった。若い。三男であろうか? 壁に打ち付けられて、そのまま動かなくなった。残った者たちの表情はより暗くなったが、それでも逃げ出す者はまだいない。
「あと少しッ! あともう少しで勇者様が魔王を倒す。そうすれば我らが勝利だッ!」
老騎士がそう奮い立たせると、仲間たちも「おおっ」と呼応する。その者たちに、昏い影が降りてくる。老騎士が見上げると、そこには二体の飛竜が上空を舞っていた。まるで獲物を物色するかの様に。
(……ああ、死んだな……)
老騎士は覚悟した。なぜか口元が笑えてくる。そんな愉快な場面ではないが、どうしてか笑いが込み上げてくる。死の恐怖に心が壊れたか?
こうして魔物を引きつけた分、勇者の勝率は上がったはず。そしてそれは遺した息子たちにとっても、きっと良い土産になるはずだ。
——ああ勇者様よ、絶対に勝っておくれよ。そうでないとワシたちの死が無駄死になる。
急降下してきた飛竜に向けて、老騎士は槍を突き出した。
「白銀の勇者様、万歳ッ!」
突き出した槍は血に塗れ、そうして老騎士の四肢は乱れ飛んで、死んだ。
—— ※ —— ※ ——
廃城の中は酷く静かだった。先頭を行くシエラだったが、罠も魔物も、どちらにも遭遇していない。時折、遠くから竜が吼える声と甲高い金属音が響いてくる。この廃城のどこかで戦いは行われている。決死隊の連中? それとも——あの双刀の勇者か?
回廊が十字路に差し掛かる。シエラとバレンシア、ビスケーは一旦集合する。
「随分と静かだな。本当にコッチで合っているのか?」
「合ってるわ。——マルシーが寄越したこの地図が正しければね」
ビスケーの問いに、シエラは羊皮紙を広げて答える。そこには廃城の地図や情報がぎっしりと書かれている。それは過去、命知らずの冒険者たちによって収拾されたものである。
「ここに来るまでの情報は、概ね正しかったわ。だから」
シエラは羊皮紙の中央を指し示す。そこだけには何も書かれず空白になっている。
「きっとココが魔王の居場所で間違い無いわ」
「なるほど。過去誰も到達できなかった場所か」
「あるいは到達出来たけど、生きて帰ってこれなかった場所よ」
そう。地図に空白があることこそが、この羊皮紙の信憑性を高めている。三人は緊張した表情で頷き合うと、再び歩き始めた。十字路を右へ曲がる。これまでの距離感が正しければ、地図の空白地——魔王の居場所まではもうすぐだ。
「しかし、魔物と出会わないのは楽でいいが、連中はどうしているのか」
「あのクソ勇者のこと?」
「そうだ。連中も魔王の首を狙っている以上、どこかで出会いかねないんだが」
「どこかで野垂れ死にしてくれればいいのに」
シエラはふんと鼻を鳴らす。そうなんだよな、双刀の勇者にはどこぞの雑魚魔物に負けてくれるのが一番望ましい。最悪なのは魔王の前にお互いが出会うこと。きっとまた殺し合いになる。
そして次に最悪なのは、双刀の勇者が先に魔王と接敵すること。負けてくれればいいが、勝ってしまうと一番最悪に繰上当選となる。
「でも、たぶん大丈夫。私たちの方が先に魔王に辿り着くわ」
「ほう。その根拠は?」
「この羊皮紙よ。冒険者組合が長年掛けて収拾した秘蔵の情報よ。これ以上に正確な情報を、連中が持っているとは考えにくいわ」
「ふむう、それはそうだの」
「それと斥候としての経験。見たところ、直近でこの通路を通った者はいないわ」
「なるほど。埃も積もったままだし、足跡もないか」
「あとは女の勘。これよ」
シエラが一番自信を持って答えると、ビスケーは怪訝そうな顔をする。
「それはどうだろう? 私の一番目の嫁はよくそう言っていたが、当たった試しがなかったんだよね。なので、女の勘には懐疑派です」
「あら。二十年間逃げていたとある男を、たった一年で見つけ出した女の勘ですけど」
シエラがちょっとだけ悲しい表情でそう言うと、ビスケーは黙って頷くしかなかった。
—— ※ —— ※ ——
「ひゃっほーッ!」
ビダソアは双刀を振りかざし、天高く跳躍した。廃城内ではあったが、天井はドーム状で高くなっている。元々は演劇場であったのか。地面はすり鉢状で、その一番底に巨大な赤竜が鎮座している。
その赤竜に向かって、ビダソアは断崖から海に飛び込む様に落ちていく。
『回せ、廻れ。ギルダークよ疾く参上せよ。青天の壁は今は無く、魔神書の狭間を抜けよ——風刃!』
遠く観客席から、仲間の魔術師が呪文を唱える。場内の空気圧が変化し、耳が一瞬キーンと鳴る。そして見えない無数の空気の刃が赤竜に叩きつけられた。
空気の刃の大部分は硬い鱗に弾かれたが、それでも一瞬動きが止まった。そこにビダソアが全体重を込めて双刀を振り下ろす。首の根本だ。双刀に込められた青と赤の光が、鱗とかち合って火花のような閃光を散らす。
『グアアアアッ!』
赤竜は咆哮を上げる。双刀は鱗を弾き飛ばしたが、それだけで終わった。ぶうんと赤竜が首を振り、ビダソアを弾き飛ばす。ドームに叩きつけられ、壁面が割れる。ビダソアが血を吐く。だが身体は潰れてはいない、闘気で防護したのだ。追い打ちでブレスが吐き付けられるが、寸前のところで回避する。
「やるじゃねえか、魔王さんよお!」
ビダソアは口元を拭った。あの渾身の一撃を凌がれたのは初めての経験だ。だからビダソアはぞくぞくしていた。まだ身体には力が漲っている。吐き出さなければ破裂するんじゃ無いかと思うぐらいに。まだまだやれる。そしてこの力をぶつけられる相手がいる。それは悦びであった。
それに。
今の一撃で分かった。防がれはしたが、底も見えた。赤竜の魔王、恐るるに足らず!
「逃がすなよ!」
「おう!」
ビダソアが仲間に檄を飛ばす。赤竜は翼を広げた。飛ぶつもりか? 戦士が槍に闘気を纏わせて、刃として放つ。ざくっと翼の一部が破れる。そして斥候の投げたナイフは赤竜の目に命中した。その同時攻撃でバランスを崩し、赤竜は再び地面へと落ちる。
「おおおッ!」
ビダソアはその隙を見逃さなかった。赤竜の元へと跳ぶように走り込み、そして腹部に向かって双刀を突き入れた。
ぎょん。
鋼が歪むような、嫌な音がした。赤い鱗は一瞬持ち堪えたかの様に見えたが、割れて四散した。双刀の刀身がずぶりと根本まで突き刺さる。赤い血が噴き出し、ビダソアを染める。
『グバャアアア!』
赤竜の悲鳴。しかしそれだけでは絶命しない。内臓の一部を傷つけただけ。それだけ赤竜の体躯は大きい。
ビダソアはニヤリと笑った。
「トドメだ!」
ビダソアは、身体の中を激しく巡っている力——勇者に与えられた闘気と魔力——それを双刀に乗せて一気に吐き出した。膨大な赤と青の光が、赤竜の腹に一気に注がれる。その奔流が赤竜の身体の柔らかい肉を、内臓を、血管をミンチにしていく。
赤竜の身体が一瞬膨らんだ後、ぐずぐずになった中の肉が体中に至るところから噴き出した。咆哮代わりに肉片を吐き出しながら、ゆっくりと赤竜は自分の血肉で染まった地面に斃れる。
「……やったか?」
ビダソアはしばらくの間、双刀を突き刺したままの体勢でいた。だが赤竜は動かない。少しだけ動いていた心臓の鼓動が止まったのを確認してから、ビダソアはようやく刀を抜いた。
一つ大きな息を吐き、血を拭うビダソア。その周囲に仲間たちが恐る恐る集まってくる。まだそれぞれの武器を握り締めている。だがビダソアがニヤリと笑顔を浮かべると、仲間たちも勝利を確信してほっと息をついた。
「やったな、ビダソア! これで名実ともに本物の勇者だッ!」
「なんだよ本物の勇者って。今まで信じていなかったのか?」
「いやいや信じていたさ。ビダソアはやる時はやる男だってな。これでオレたちは、ようやく贅沢が出来るってもんだ。厄介な冒険者生活とはオサラバだぜ」
「いや、お前はどうかな? 魔王討伐への貢献度、足りてないんじゃね?」
「そ、そりゃないぜビダソア。オレの投げナイフで魔王の動き、止めただろ?」
「んー、どうしようかな?」
陽気に笑い合うビダソアと仲間たち。気が緩んだ様に斥候を揶揄っていたビダソアだったが、その表情が急速に曇っていく。少し慌てた様子で周囲を見回す。
「……おい、これはどういうことだ?」
「これって、何がだよ」
「瘴気だ。瘴気が……消えねえ」
そういえば。仲間たちも表情を硬くして周囲を見回す。廃城に入ってからずっと漂っていた紫色の瘴気。それが今も漂っている。魔王が斃れたというのに?
ビダソアは耳を澄ませるようにじっとしている。瘴気はふんわりと漂っている。消える気配も、薄くなる気配もしない。
どん。
突然。地鳴りがした。廃城全体が揺れたのだ。ああ、なるほど。ビダソアはそれで察した。苛ついて刀を地面に突き立てる。斥候が恐る恐る話しかける。
「ど、どうしたんだ?」
「……こいつは偽物だ。本物の魔王は別に、居る!」
ビダソアの顔は憤怒で彩られていた。
腹を食い破られ絶命した騎士の身体が放り投げられ、残りの騎士たちの足元に転がり落ちる。食い破られた鎧が捲れ、内臓が飛び出ている。疲労と恐怖に染まった騎士たちの足がじりと後退する。
「ッ、鎧を捨てろ! 動き回って攪乱するんだ!」
決死隊の隊長である老騎士が、叱咤激励する様に声を張り上げる。地竜はあの大きさで素早い。食い破られる鎧など邪魔なだけだ。老騎士の声に、他の騎士たちもはっと我に返って鎧を脱ぎ始める。
だが地竜も黙って見てはいない。十メートルほどの距離をあっという間に詰めて、また一人騎士が犠牲になる。情けない悲鳴と共に血が舞う。
廃城突入当時は二十名いた騎士も、今は半分にも満たない。彼らは決死隊だった。勇者が出来るだけ体力を温存して対魔王戦に挑めるように、囮として廃城に突入したのだ。
彼らが魔物を一匹でも多く引きつけることが出来れば、それだけ魔王討伐の成功率が上がる——。
「このッ!」
鎧を脱ぎ捨てた老騎士は、先程までよりは俊敏な動きで地竜の前に飛び出た。槍を突き出す。するとそれを嫌った地竜が足を止め、威嚇するように上体を上げて吼える。——いいぞ。そのちょっとした間で、仲間の騎士たちが鎧を脱ぎ捨てて体勢を整えた。地竜の前後左右から攻撃をしかける。
老騎士は分かっている。自分たちにこの地竜は斃せないと。せめて闘気が使える者がいればいいのだが、そういう騎士は決死隊には選抜されていない。囮で死ぬと分かっている者を送り込む道理はない。
決死隊の選抜基準は以下の通り。長男では無く、独身で、闘気や魔力の能力持ちでは無く、しかし魔物の足止めが出来るぐらいには実力のある者。
そして——逃げ出さないであろう者。
(……息子夫婦たちは、今頃何をしているだろうか……)
老騎士は必死に槍を振るいながら、ふとそんなことを考えた。彼が決死隊に「志願」したのは、魔王討伐への使命感からでは無い。息子や孫の為であった。
老騎士の妻は何年も前に亡くなり、村の領主である地位は息子に残せなかった。魔物の侵攻で村自体が廃村になったからだ。そしてこのご時世——正直、それほど恵まれた生活はしていない。
(せめて、領主の地位を残してやれていればな……)
老騎士本人はいい。もう老い先短いし、贅沢などする気も無い。だが息子には、孫には、むざむざ村を失った男の子孫では無く、魔王討伐に貢献した者の子孫であるという、そういう名誉を残してやりたい。そうすれば、魔王亡き後の世でも少しは生きやすいであろうと……そう思ったのだ。
今また一人、地竜の太い尻尾に殴打されて死んでいった。若い。三男であろうか? 壁に打ち付けられて、そのまま動かなくなった。残った者たちの表情はより暗くなったが、それでも逃げ出す者はまだいない。
「あと少しッ! あともう少しで勇者様が魔王を倒す。そうすれば我らが勝利だッ!」
老騎士がそう奮い立たせると、仲間たちも「おおっ」と呼応する。その者たちに、昏い影が降りてくる。老騎士が見上げると、そこには二体の飛竜が上空を舞っていた。まるで獲物を物色するかの様に。
(……ああ、死んだな……)
老騎士は覚悟した。なぜか口元が笑えてくる。そんな愉快な場面ではないが、どうしてか笑いが込み上げてくる。死の恐怖に心が壊れたか?
こうして魔物を引きつけた分、勇者の勝率は上がったはず。そしてそれは遺した息子たちにとっても、きっと良い土産になるはずだ。
——ああ勇者様よ、絶対に勝っておくれよ。そうでないとワシたちの死が無駄死になる。
急降下してきた飛竜に向けて、老騎士は槍を突き出した。
「白銀の勇者様、万歳ッ!」
突き出した槍は血に塗れ、そうして老騎士の四肢は乱れ飛んで、死んだ。
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廃城の中は酷く静かだった。先頭を行くシエラだったが、罠も魔物も、どちらにも遭遇していない。時折、遠くから竜が吼える声と甲高い金属音が響いてくる。この廃城のどこかで戦いは行われている。決死隊の連中? それとも——あの双刀の勇者か?
回廊が十字路に差し掛かる。シエラとバレンシア、ビスケーは一旦集合する。
「随分と静かだな。本当にコッチで合っているのか?」
「合ってるわ。——マルシーが寄越したこの地図が正しければね」
ビスケーの問いに、シエラは羊皮紙を広げて答える。そこには廃城の地図や情報がぎっしりと書かれている。それは過去、命知らずの冒険者たちによって収拾されたものである。
「ここに来るまでの情報は、概ね正しかったわ。だから」
シエラは羊皮紙の中央を指し示す。そこだけには何も書かれず空白になっている。
「きっとココが魔王の居場所で間違い無いわ」
「なるほど。過去誰も到達できなかった場所か」
「あるいは到達出来たけど、生きて帰ってこれなかった場所よ」
そう。地図に空白があることこそが、この羊皮紙の信憑性を高めている。三人は緊張した表情で頷き合うと、再び歩き始めた。十字路を右へ曲がる。これまでの距離感が正しければ、地図の空白地——魔王の居場所まではもうすぐだ。
「しかし、魔物と出会わないのは楽でいいが、連中はどうしているのか」
「あのクソ勇者のこと?」
「そうだ。連中も魔王の首を狙っている以上、どこかで出会いかねないんだが」
「どこかで野垂れ死にしてくれればいいのに」
シエラはふんと鼻を鳴らす。そうなんだよな、双刀の勇者にはどこぞの雑魚魔物に負けてくれるのが一番望ましい。最悪なのは魔王の前にお互いが出会うこと。きっとまた殺し合いになる。
そして次に最悪なのは、双刀の勇者が先に魔王と接敵すること。負けてくれればいいが、勝ってしまうと一番最悪に繰上当選となる。
「でも、たぶん大丈夫。私たちの方が先に魔王に辿り着くわ」
「ほう。その根拠は?」
「この羊皮紙よ。冒険者組合が長年掛けて収拾した秘蔵の情報よ。これ以上に正確な情報を、連中が持っているとは考えにくいわ」
「ふむう、それはそうだの」
「それと斥候としての経験。見たところ、直近でこの通路を通った者はいないわ」
「なるほど。埃も積もったままだし、足跡もないか」
「あとは女の勘。これよ」
シエラが一番自信を持って答えると、ビスケーは怪訝そうな顔をする。
「それはどうだろう? 私の一番目の嫁はよくそう言っていたが、当たった試しがなかったんだよね。なので、女の勘には懐疑派です」
「あら。二十年間逃げていたとある男を、たった一年で見つけ出した女の勘ですけど」
シエラがちょっとだけ悲しい表情でそう言うと、ビスケーは黙って頷くしかなかった。
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「ひゃっほーッ!」
ビダソアは双刀を振りかざし、天高く跳躍した。廃城内ではあったが、天井はドーム状で高くなっている。元々は演劇場であったのか。地面はすり鉢状で、その一番底に巨大な赤竜が鎮座している。
その赤竜に向かって、ビダソアは断崖から海に飛び込む様に落ちていく。
『回せ、廻れ。ギルダークよ疾く参上せよ。青天の壁は今は無く、魔神書の狭間を抜けよ——風刃!』
遠く観客席から、仲間の魔術師が呪文を唱える。場内の空気圧が変化し、耳が一瞬キーンと鳴る。そして見えない無数の空気の刃が赤竜に叩きつけられた。
空気の刃の大部分は硬い鱗に弾かれたが、それでも一瞬動きが止まった。そこにビダソアが全体重を込めて双刀を振り下ろす。首の根本だ。双刀に込められた青と赤の光が、鱗とかち合って火花のような閃光を散らす。
『グアアアアッ!』
赤竜は咆哮を上げる。双刀は鱗を弾き飛ばしたが、それだけで終わった。ぶうんと赤竜が首を振り、ビダソアを弾き飛ばす。ドームに叩きつけられ、壁面が割れる。ビダソアが血を吐く。だが身体は潰れてはいない、闘気で防護したのだ。追い打ちでブレスが吐き付けられるが、寸前のところで回避する。
「やるじゃねえか、魔王さんよお!」
ビダソアは口元を拭った。あの渾身の一撃を凌がれたのは初めての経験だ。だからビダソアはぞくぞくしていた。まだ身体には力が漲っている。吐き出さなければ破裂するんじゃ無いかと思うぐらいに。まだまだやれる。そしてこの力をぶつけられる相手がいる。それは悦びであった。
それに。
今の一撃で分かった。防がれはしたが、底も見えた。赤竜の魔王、恐るるに足らず!
「逃がすなよ!」
「おう!」
ビダソアが仲間に檄を飛ばす。赤竜は翼を広げた。飛ぶつもりか? 戦士が槍に闘気を纏わせて、刃として放つ。ざくっと翼の一部が破れる。そして斥候の投げたナイフは赤竜の目に命中した。その同時攻撃でバランスを崩し、赤竜は再び地面へと落ちる。
「おおおッ!」
ビダソアはその隙を見逃さなかった。赤竜の元へと跳ぶように走り込み、そして腹部に向かって双刀を突き入れた。
ぎょん。
鋼が歪むような、嫌な音がした。赤い鱗は一瞬持ち堪えたかの様に見えたが、割れて四散した。双刀の刀身がずぶりと根本まで突き刺さる。赤い血が噴き出し、ビダソアを染める。
『グバャアアア!』
赤竜の悲鳴。しかしそれだけでは絶命しない。内臓の一部を傷つけただけ。それだけ赤竜の体躯は大きい。
ビダソアはニヤリと笑った。
「トドメだ!」
ビダソアは、身体の中を激しく巡っている力——勇者に与えられた闘気と魔力——それを双刀に乗せて一気に吐き出した。膨大な赤と青の光が、赤竜の腹に一気に注がれる。その奔流が赤竜の身体の柔らかい肉を、内臓を、血管をミンチにしていく。
赤竜の身体が一瞬膨らんだ後、ぐずぐずになった中の肉が体中に至るところから噴き出した。咆哮代わりに肉片を吐き出しながら、ゆっくりと赤竜は自分の血肉で染まった地面に斃れる。
「……やったか?」
ビダソアはしばらくの間、双刀を突き刺したままの体勢でいた。だが赤竜は動かない。少しだけ動いていた心臓の鼓動が止まったのを確認してから、ビダソアはようやく刀を抜いた。
一つ大きな息を吐き、血を拭うビダソア。その周囲に仲間たちが恐る恐る集まってくる。まだそれぞれの武器を握り締めている。だがビダソアがニヤリと笑顔を浮かべると、仲間たちも勝利を確信してほっと息をついた。
「やったな、ビダソア! これで名実ともに本物の勇者だッ!」
「なんだよ本物の勇者って。今まで信じていなかったのか?」
「いやいや信じていたさ。ビダソアはやる時はやる男だってな。これでオレたちは、ようやく贅沢が出来るってもんだ。厄介な冒険者生活とはオサラバだぜ」
「いや、お前はどうかな? 魔王討伐への貢献度、足りてないんじゃね?」
「そ、そりゃないぜビダソア。オレの投げナイフで魔王の動き、止めただろ?」
「んー、どうしようかな?」
陽気に笑い合うビダソアと仲間たち。気が緩んだ様に斥候を揶揄っていたビダソアだったが、その表情が急速に曇っていく。少し慌てた様子で周囲を見回す。
「……おい、これはどういうことだ?」
「これって、何がだよ」
「瘴気だ。瘴気が……消えねえ」
そういえば。仲間たちも表情を硬くして周囲を見回す。廃城に入ってからずっと漂っていた紫色の瘴気。それが今も漂っている。魔王が斃れたというのに?
ビダソアは耳を澄ませるようにじっとしている。瘴気はふんわりと漂っている。消える気配も、薄くなる気配もしない。
どん。
突然。地鳴りがした。廃城全体が揺れたのだ。ああ、なるほど。ビダソアはそれで察した。苛ついて刀を地面に突き立てる。斥候が恐る恐る話しかける。
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