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私が王子に求婚されたんだけど、双子の妹が何かを企んでいる様です
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——私には双子の妹がいた。
幼少の頃から、親からは「アンナはお姉ちゃんなんだから我慢出来るでしょ?」と言われて育ってきた。
妹のマリアが髪を長く伸ばし始めたので、私は長い髪が好きだったけど短く切った。社交界デビューに着ていくドレスを選ぶ時も、私が青色がとても綺麗だと思ったけど先にマリアが選んでしまったので、私は赤色のドレスにした。
そして子犬を拾ってきた時も、一匹しかいなかったから、飼い主の権利を譲った。——まあ結局、マリアはすぐ飽きてしまったので私が世話したけれども。
まあ薄々は。私も妹も、お互い薄々には感じていたのだ。きっとお互いのことがキライなんだ。もっと正確に言えば、双子だからって一緒くたには見られたくなかったのだ。だから双子だからといって同じモノは選ばなかったし、そうすると自然、姉である私が譲歩することになる。
だからマリアが清楚で貴族令嬢らしい女の子に育っていくのと対照的に、私はといえば馬に乗って野山を駆けまわる様な逞しい女になっていった。
「——どうか、オレと結婚して欲しい」
「は?」
だから。珍しく出た社交界のパーティーで求婚された時には、私は目が点になった。
男の名前はデューク・レインフォール・デュナン。我らが王国の第三王子にして、もっとも玉座に近いと噂される男。キラキラと輝く、いわば「時の人」だ。
「……相手間違えてません? マリアならあっちですけど」
「アンナ・スティファン・ミレイシアさんだね。大丈夫、間違えてなんかいないよ」
デュークはニッコリと笑った。え、本当に? まあ双子とはいえ髪の長さは違うから、見分けるのは簡単だけど。私に声を掛けてくる殿方は珍しい。たぶんマリアとは出ているオーラが違うんだろうな。
「どうして私なんですか?」
「貴方はもう少し、自分の魅力を意識した方がいい……オレは、君が他の男に盗られてしまわないかと、毎晩眠れぬ夜を過ごしているというのに」
「え?!」
デュークは優雅な手つきで、私の手を取る。そして緩やかな楽曲が始める。流れるように、私はデュークとダンスを踊る。みんなの視線の真ん中で、くるくるとデュースに引かれて私が廻る。それだけで、心地よく酔ってしまいそうになる。殿下はダンスがお上手……それとも私が男馴れしていないだけ?
ダンスに酔いしれながら、私は辛うじて再び質問を投げ掛ける。
「……質問に答えてもらってません」
「貴方は覚えていないのか。——まあ、無理もない。お互い幼き日のことだったからな」
「え?」
「子供の頃、王宮の中庭で約束をした。大人になったら、いずれ結婚しようと。オレは、その約束を果たしに来たのだ」
—— ※ —— ※ ——
『決心がついたら、王宮に来て欲しい。いつでもいい——これを見せれば、守衛が案内してくれる手筈になっている』
パーティーの終わり際、デュークは小さなペンダントを渡してきた。金色の竜が刻まれた綺麗なペンダント。私はそれをドレッサーの上に置いて、ベッドの上にばさりと横たわった。
「……子供の頃かあ」
ぼんやりと呟く。デュークにそう言われて、なんとなく思い出してきたのだ。そういえば子供の頃には何度か王宮に出入りしていて、そこにいた男の子と遊んだりしていたっけ……。
『オレが王様になってら、お前を嫁さんにしてやるよ!』
確かにそう言われた様な気もする。ああ——やばい。胸が熱くなる。私にもまだ乙女心というものが残っていたらしい。あんな昔の約束を真に受けて、それで結婚を申して出てくるデュークはちょっと可愛いよね。「男の子ってば、たんじゅーん」と思いつつ、そんな好意に絆されている乙女も単純だなあと思う。
「……あんまり早く行ったら、はしたない女だって思われるかな?」
いきなり結婚というのも、アレだし。まずはお付き合いから始めて……私はそんなことを思いながら、うとうとと眠りに落ちていった。
—— ※ —— ※ ——
「……あれ? 無い……ッ!」
朝起きた私は、青ざめた顔で室内をひっくり返していた。突然の行動に、侍女がおろおろしている。私は必死に探す。……無い! デュークに貰った金色のペンダントが無い!
昨晩寝る前にはドレッサーの上に置いたのに、朝見るとなかったのだ。どこかに転がったか……って転がる形状でもないが、必死に室内を探すが、見当たらない。
「……そういえば、昨日誰かが入ってきた様な気配が……」
眠りこけていたので勘違いかと思っていたが、もしかして昨晩誰がが室内に入って持っていったの? でも誰が……と、そこで私ははっと気がつく。慌ててクローゼットを確かめる。無い……お気に入りだった赤色のドレスが一着無い! コッチも持って行かれた?!
「…ッ! マリア! マリアは今日どうしているの!?」
「えっ? ま、マリア様なら、早朝に馬車で出掛けられましたが……」
「髪は?!」
「か、髪……なんでございますか?」
「髪よ! マリアの髪は長かった? それとも短かった?!」
「あっ! そういえば気分転換するとかで……短く切り揃えておられました」
「!!」
私は自室を飛び出した。厩舎へと直行し、愛馬に乗って駆け出す。行き先はもちろん王都の王宮だ。
私は必死に馬を走らせる。確信した。ペンダントを盗ったのはマリアだ。きっと私に化けて、デューク王子の元へと行ったんだわ。私と同じ様に髪を短くし、私のドレスを着て……きっとそうしたら、誰も見分けられない……!
(……マリアッ! あなた、今度は私の思い出も奪う気なの?!)
私はじんわりと滲み出てきた涙を拭った。今まで色んなものを妹のマリアに譲ってきた。それも仕方が無いなと思っていた。
でも! 思い出だけは、それだけは譲れない。単に結婚相手を譲るというだけであれば、まだいい。でもマリアは今、私に変装して王子を奪おうとしている。
それは王子を奪うということだけではない。幼い日の頃のデューク王子との思い出をも奪おうとする行為だ。それだけは……それだけは許せない。それは私も一部なのだから!
王都についたのは夕刻だった。日がもう落ちようとしている。王宮の前まで馬で走り込むと、衛兵たちに止められた。仕方が無く下馬する。視界の隅に伯爵家の馬車が見えた。やはりマリアはココに来ている。
衛兵たちは私の姿を見て、少し戸惑っている様子だった。
「失礼ですが……お名前をお伺いしても、よろしいですかな?」
「私はアンナ・スティファン・ミレイシアです。王子を! デューク王子との面会を!」
「……おかしいですね。アンナ様は先刻、デューク王子殿下と面会される為にご入城されていらっしゃいます。確かミレイシア家のご令嬢は双子……貴方はマリア様ではないのですか?」
「違うわ! 私がアンナよ。先に入ったのがマリアです!」
「そうなのですか……? しかし、どちらにせよお約束がなければ、本日の面会はお取り次ぎ出来かねます」
私はぎゅっと手を握り締める。あの金色のペンダントがあれば……!
「せめて、伝言だけでも叶いませんでしょうか?」
「……伝言だけであれば。但しいつお伝えだきるかはお約束いたしかねます。殿下はアンナ様とお二人きりで面会中でございますので……」
「!!」
それでは……遅い。もし……もしデューク王子がマリアと添い遂げてしまったら……もう何もかもが手遅れになってしまう。そうなる前に……。
「あっ! と、捕らえろ!」
衛兵の怒声が飛ぶ。私は衛兵たちの囲みを潜り抜けようとした。野山を駆けたこの健脚であれば……と思ったが、あっさりと捕まってしまった。訓練された兵士と、動物相手に狩りをするのとは違う。
「はっ離せッ! せめて、せめてデューク王子に一言ッ!」
「やめてくださいマリア様! ご家名に傷が付きますぞッ!」
夕陽が沈む直前、私は王宮から追い出されてしまった。
—— ※ —— ※ ——
——夜。星空がやけに綺麗だ。滲んで見えるのは気のせいだろう。けして泣いているからではない。ないんだったら。
私はあの後、王都を出て近くの森で野宿をしている。何せ慌てて出てきたので金貨どころか銅貨一枚すら持っていない。今の私にあるのは、寄り添ってくれる愛馬だけだ。
私はぼんやりと焚火を眺めている。お転婆していたスキルがこんな時に役立つなんてね。
(……今頃、デューク王子はどうしているんだろ?)
あれから随分と時間が経っている。森の中から街道が見えるが、伯爵家の馬車が通る様子は無い。つまり、マリアはまだ王宮にいるってことだ。
……マリアは、上手くやってしまったんだろうか。まあ双子だし、幼少期以来の久しぶりの再会だ。デューク王子に見破れるとは思えない。
「……はあ……」
私は大きな溜息をつく。痛い、胸が痛い。アンナという私自身を乗っ取られた気分は……最悪だった。人生には譲れるモノと譲れないモノ、そして譲ってはいけないモノがあるんだと痛感した。
「さすがはアンナ。こんなところで野宿とは、伯爵令嬢らしからぬ振る舞いだ。まあ、悪くない」
突然の美声に、私は心臓が飛び出るかと思った。ばたついた足が焚火を蹴って、火の粉が待ち散る。
がばっと振り返ると——そこにいたのはデューク王子だった。
「ッ?! なっ、なんでこんなところにッ!」
「それはコッチの台詞だ。あんな妹を寄越して、どういうつもりだ? もしかして試したのか?」
端正の眉を歪ませてデュークが聞いてくる。え、試す? なんの話? というか、相変わらず質問に答えない男ね。なんで、一国の王子がこんな森の中に現れるのかって聞いているのよ!
「ん? なんでそんな驚いた顔をしている? オレを試したんじゃないのか?」
「ちっ、違うわよ。……貴方、私はマリアの違いが分かったの……?」
「当たり前だ。双子だというぐらいで見分けが付かない様な女に、求婚するほどオレは酔狂ではないぞ?」
「でも! 子供の頃に会ったっきりだし……」
「ははは、やっぱり気づいてなかったのか。まあ良し。オレのお忍び能力が高かったということで、大目に見てやろう」
デュークは私の手を取り、そしてゆっくりと立たせた。パチパチと焚火が鳴る。
「オレはずっと見ていたぞ。お前が髪を切った時も、赤い服をしぶしぶ着た時も……子犬を最後まで看取った時も」
「そんな……今までずっと? 見ていたの?」
「そうさ。でなければこんな野山を駆けるお転婆娘に、誰が求婚するものか」
そう言われて、私は思わず胸が痛くなった。でもこれは喪失感じゃない。何か暖かいモノが溢れてきて一杯になる痛みだ。涙も止まらない。私は、アンナという人間は、何も奪われてはいなかったんだ。それが何よりも嬉しかった。
私は涙を自分で拭い、そして意地悪くニヤリと笑う。
「でも、そんな貴方もこんなところにいるってことは……同類なんじゃないのかしら?」
デュークの着ている者はまるで庶民の様で、しかも結構様になっている。昨日今日で取りそろえたものとは思えない。
「ま、まあ、そうだな。王宮は窮屈だからな。たまには外に出たくなることもある」
「たまには?」
「そう、あくまで「たまには」だ。勘違いするなよ? 父上にも言うなよ?」
私とデュークは見つめ合うと、一息おいてから笑った。夜の森の中に笑い声が響く。腹の底から笑い合った。
それが終わって、デュークは改めて私の手をぎゅっと握り締めた。
「改めていおう。——アンナ、結婚して欲しいんだ」
「はい、デューク。お受けいたしますわ」
そうして誰も見ていない結婚式が、ひっそりと行われた。身と遂げるのは星空と月のみであったが、二人にはそれで充分だった。
「あ……マリアはどうしたのかしら?」
「んー。王宮の応接室でずっと待たせてある」
「ずっと?! あれから?! もしかして今も?!」
「まあ正直、どうしたものかとな。姉妹とはいえ、貴族の詐称は重罪だからな……コトを公にするとね。それに比べれば、放置されることなど訳あるまい?」
「ああー……ご配慮感謝しますわ。アレでも血を分けた妹なので」
そう言うと、デュークと私はくすりと笑った。
【完】
幼少の頃から、親からは「アンナはお姉ちゃんなんだから我慢出来るでしょ?」と言われて育ってきた。
妹のマリアが髪を長く伸ばし始めたので、私は長い髪が好きだったけど短く切った。社交界デビューに着ていくドレスを選ぶ時も、私が青色がとても綺麗だと思ったけど先にマリアが選んでしまったので、私は赤色のドレスにした。
そして子犬を拾ってきた時も、一匹しかいなかったから、飼い主の権利を譲った。——まあ結局、マリアはすぐ飽きてしまったので私が世話したけれども。
まあ薄々は。私も妹も、お互い薄々には感じていたのだ。きっとお互いのことがキライなんだ。もっと正確に言えば、双子だからって一緒くたには見られたくなかったのだ。だから双子だからといって同じモノは選ばなかったし、そうすると自然、姉である私が譲歩することになる。
だからマリアが清楚で貴族令嬢らしい女の子に育っていくのと対照的に、私はといえば馬に乗って野山を駆けまわる様な逞しい女になっていった。
「——どうか、オレと結婚して欲しい」
「は?」
だから。珍しく出た社交界のパーティーで求婚された時には、私は目が点になった。
男の名前はデューク・レインフォール・デュナン。我らが王国の第三王子にして、もっとも玉座に近いと噂される男。キラキラと輝く、いわば「時の人」だ。
「……相手間違えてません? マリアならあっちですけど」
「アンナ・スティファン・ミレイシアさんだね。大丈夫、間違えてなんかいないよ」
デュークはニッコリと笑った。え、本当に? まあ双子とはいえ髪の長さは違うから、見分けるのは簡単だけど。私に声を掛けてくる殿方は珍しい。たぶんマリアとは出ているオーラが違うんだろうな。
「どうして私なんですか?」
「貴方はもう少し、自分の魅力を意識した方がいい……オレは、君が他の男に盗られてしまわないかと、毎晩眠れぬ夜を過ごしているというのに」
「え?!」
デュークは優雅な手つきで、私の手を取る。そして緩やかな楽曲が始める。流れるように、私はデュークとダンスを踊る。みんなの視線の真ん中で、くるくるとデュースに引かれて私が廻る。それだけで、心地よく酔ってしまいそうになる。殿下はダンスがお上手……それとも私が男馴れしていないだけ?
ダンスに酔いしれながら、私は辛うじて再び質問を投げ掛ける。
「……質問に答えてもらってません」
「貴方は覚えていないのか。——まあ、無理もない。お互い幼き日のことだったからな」
「え?」
「子供の頃、王宮の中庭で約束をした。大人になったら、いずれ結婚しようと。オレは、その約束を果たしに来たのだ」
—— ※ —— ※ ——
『決心がついたら、王宮に来て欲しい。いつでもいい——これを見せれば、守衛が案内してくれる手筈になっている』
パーティーの終わり際、デュークは小さなペンダントを渡してきた。金色の竜が刻まれた綺麗なペンダント。私はそれをドレッサーの上に置いて、ベッドの上にばさりと横たわった。
「……子供の頃かあ」
ぼんやりと呟く。デュークにそう言われて、なんとなく思い出してきたのだ。そういえば子供の頃には何度か王宮に出入りしていて、そこにいた男の子と遊んだりしていたっけ……。
『オレが王様になってら、お前を嫁さんにしてやるよ!』
確かにそう言われた様な気もする。ああ——やばい。胸が熱くなる。私にもまだ乙女心というものが残っていたらしい。あんな昔の約束を真に受けて、それで結婚を申して出てくるデュークはちょっと可愛いよね。「男の子ってば、たんじゅーん」と思いつつ、そんな好意に絆されている乙女も単純だなあと思う。
「……あんまり早く行ったら、はしたない女だって思われるかな?」
いきなり結婚というのも、アレだし。まずはお付き合いから始めて……私はそんなことを思いながら、うとうとと眠りに落ちていった。
—— ※ —— ※ ——
「……あれ? 無い……ッ!」
朝起きた私は、青ざめた顔で室内をひっくり返していた。突然の行動に、侍女がおろおろしている。私は必死に探す。……無い! デュークに貰った金色のペンダントが無い!
昨晩寝る前にはドレッサーの上に置いたのに、朝見るとなかったのだ。どこかに転がったか……って転がる形状でもないが、必死に室内を探すが、見当たらない。
「……そういえば、昨日誰かが入ってきた様な気配が……」
眠りこけていたので勘違いかと思っていたが、もしかして昨晩誰がが室内に入って持っていったの? でも誰が……と、そこで私ははっと気がつく。慌ててクローゼットを確かめる。無い……お気に入りだった赤色のドレスが一着無い! コッチも持って行かれた?!
「…ッ! マリア! マリアは今日どうしているの!?」
「えっ? ま、マリア様なら、早朝に馬車で出掛けられましたが……」
「髪は?!」
「か、髪……なんでございますか?」
「髪よ! マリアの髪は長かった? それとも短かった?!」
「あっ! そういえば気分転換するとかで……短く切り揃えておられました」
「!!」
私は自室を飛び出した。厩舎へと直行し、愛馬に乗って駆け出す。行き先はもちろん王都の王宮だ。
私は必死に馬を走らせる。確信した。ペンダントを盗ったのはマリアだ。きっと私に化けて、デューク王子の元へと行ったんだわ。私と同じ様に髪を短くし、私のドレスを着て……きっとそうしたら、誰も見分けられない……!
(……マリアッ! あなた、今度は私の思い出も奪う気なの?!)
私はじんわりと滲み出てきた涙を拭った。今まで色んなものを妹のマリアに譲ってきた。それも仕方が無いなと思っていた。
でも! 思い出だけは、それだけは譲れない。単に結婚相手を譲るというだけであれば、まだいい。でもマリアは今、私に変装して王子を奪おうとしている。
それは王子を奪うということだけではない。幼い日の頃のデューク王子との思い出をも奪おうとする行為だ。それだけは……それだけは許せない。それは私も一部なのだから!
王都についたのは夕刻だった。日がもう落ちようとしている。王宮の前まで馬で走り込むと、衛兵たちに止められた。仕方が無く下馬する。視界の隅に伯爵家の馬車が見えた。やはりマリアはココに来ている。
衛兵たちは私の姿を見て、少し戸惑っている様子だった。
「失礼ですが……お名前をお伺いしても、よろしいですかな?」
「私はアンナ・スティファン・ミレイシアです。王子を! デューク王子との面会を!」
「……おかしいですね。アンナ様は先刻、デューク王子殿下と面会される為にご入城されていらっしゃいます。確かミレイシア家のご令嬢は双子……貴方はマリア様ではないのですか?」
「違うわ! 私がアンナよ。先に入ったのがマリアです!」
「そうなのですか……? しかし、どちらにせよお約束がなければ、本日の面会はお取り次ぎ出来かねます」
私はぎゅっと手を握り締める。あの金色のペンダントがあれば……!
「せめて、伝言だけでも叶いませんでしょうか?」
「……伝言だけであれば。但しいつお伝えだきるかはお約束いたしかねます。殿下はアンナ様とお二人きりで面会中でございますので……」
「!!」
それでは……遅い。もし……もしデューク王子がマリアと添い遂げてしまったら……もう何もかもが手遅れになってしまう。そうなる前に……。
「あっ! と、捕らえろ!」
衛兵の怒声が飛ぶ。私は衛兵たちの囲みを潜り抜けようとした。野山を駆けたこの健脚であれば……と思ったが、あっさりと捕まってしまった。訓練された兵士と、動物相手に狩りをするのとは違う。
「はっ離せッ! せめて、せめてデューク王子に一言ッ!」
「やめてくださいマリア様! ご家名に傷が付きますぞッ!」
夕陽が沈む直前、私は王宮から追い出されてしまった。
—— ※ —— ※ ——
——夜。星空がやけに綺麗だ。滲んで見えるのは気のせいだろう。けして泣いているからではない。ないんだったら。
私はあの後、王都を出て近くの森で野宿をしている。何せ慌てて出てきたので金貨どころか銅貨一枚すら持っていない。今の私にあるのは、寄り添ってくれる愛馬だけだ。
私はぼんやりと焚火を眺めている。お転婆していたスキルがこんな時に役立つなんてね。
(……今頃、デューク王子はどうしているんだろ?)
あれから随分と時間が経っている。森の中から街道が見えるが、伯爵家の馬車が通る様子は無い。つまり、マリアはまだ王宮にいるってことだ。
……マリアは、上手くやってしまったんだろうか。まあ双子だし、幼少期以来の久しぶりの再会だ。デューク王子に見破れるとは思えない。
「……はあ……」
私は大きな溜息をつく。痛い、胸が痛い。アンナという私自身を乗っ取られた気分は……最悪だった。人生には譲れるモノと譲れないモノ、そして譲ってはいけないモノがあるんだと痛感した。
「さすがはアンナ。こんなところで野宿とは、伯爵令嬢らしからぬ振る舞いだ。まあ、悪くない」
突然の美声に、私は心臓が飛び出るかと思った。ばたついた足が焚火を蹴って、火の粉が待ち散る。
がばっと振り返ると——そこにいたのはデューク王子だった。
「ッ?! なっ、なんでこんなところにッ!」
「それはコッチの台詞だ。あんな妹を寄越して、どういうつもりだ? もしかして試したのか?」
端正の眉を歪ませてデュークが聞いてくる。え、試す? なんの話? というか、相変わらず質問に答えない男ね。なんで、一国の王子がこんな森の中に現れるのかって聞いているのよ!
「ん? なんでそんな驚いた顔をしている? オレを試したんじゃないのか?」
「ちっ、違うわよ。……貴方、私はマリアの違いが分かったの……?」
「当たり前だ。双子だというぐらいで見分けが付かない様な女に、求婚するほどオレは酔狂ではないぞ?」
「でも! 子供の頃に会ったっきりだし……」
「ははは、やっぱり気づいてなかったのか。まあ良し。オレのお忍び能力が高かったということで、大目に見てやろう」
デュークは私の手を取り、そしてゆっくりと立たせた。パチパチと焚火が鳴る。
「オレはずっと見ていたぞ。お前が髪を切った時も、赤い服をしぶしぶ着た時も……子犬を最後まで看取った時も」
「そんな……今までずっと? 見ていたの?」
「そうさ。でなければこんな野山を駆けるお転婆娘に、誰が求婚するものか」
そう言われて、私は思わず胸が痛くなった。でもこれは喪失感じゃない。何か暖かいモノが溢れてきて一杯になる痛みだ。涙も止まらない。私は、アンナという人間は、何も奪われてはいなかったんだ。それが何よりも嬉しかった。
私は涙を自分で拭い、そして意地悪くニヤリと笑う。
「でも、そんな貴方もこんなところにいるってことは……同類なんじゃないのかしら?」
デュークの着ている者はまるで庶民の様で、しかも結構様になっている。昨日今日で取りそろえたものとは思えない。
「ま、まあ、そうだな。王宮は窮屈だからな。たまには外に出たくなることもある」
「たまには?」
「そう、あくまで「たまには」だ。勘違いするなよ? 父上にも言うなよ?」
私とデュークは見つめ合うと、一息おいてから笑った。夜の森の中に笑い声が響く。腹の底から笑い合った。
それが終わって、デュークは改めて私の手をぎゅっと握り締めた。
「改めていおう。——アンナ、結婚して欲しいんだ」
「はい、デューク。お受けいたしますわ」
そうして誰も見ていない結婚式が、ひっそりと行われた。身と遂げるのは星空と月のみであったが、二人にはそれで充分だった。
「あ……マリアはどうしたのかしら?」
「んー。王宮の応接室でずっと待たせてある」
「ずっと?! あれから?! もしかして今も?!」
「まあ正直、どうしたものかとな。姉妹とはいえ、貴族の詐称は重罪だからな……コトを公にするとね。それに比べれば、放置されることなど訳あるまい?」
「ああー……ご配慮感謝しますわ。アレでも血を分けた妹なので」
そう言うと、デュークと私はくすりと笑った。
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