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お仕置きのお時間
189. 責任と自由な心
しおりを挟む屋上の中央あたりに、樹皮を編んで艶出しの塗料を塗った長椅子が二脚置かれている。
もしも私達以外に宿泊客がいれば、きっとこの光景を楽しむために、先客が何人か座っていたことだろう。
今は誰もいない長椅子の片方に、私とアロイスは並んで座った。
もともと降雨量の少ない土地なのか、風はさらりとして心地良い涼しさを感じる。
一日の間で最も美しく染まる地平を、ただ無言で眺めた。
沈黙を気詰まりには感じず、穏やかな心で遥か遠くの彩を見つめていると、ふと胸の中にひとつの問いが生じた。
――この世界は本当に、小説の世界なの?
これらはすべて現実であって、物語と混同してはならないと理解してはいる。
キャラクターや国名だけでなく、前世を思い出すまでの展開や主要人物のセリフの中に小説と完全に一致する部分があり、少なくとも母が書いた小説がもとになっている世界なのだろうと、そう思っていたのだけれど。
――わたくしはどうして、セレスティーヌに生まれ変わったのかしら?
そもそもこの世界は本当に、あの物語がもとになって出来た世界なのか。
この疑問はこれまでも、頭の片隅に引っかかっていた。
けれどそれを突き詰めようとすると、出口があるかも不明な迷路の中に入り込むとわかりきっていたものだから、頭を振ってなるべく考えないようにしてきた。
どうせ答えは出ないのだから、と。
だけどもしかしたら。
あの謎めいた女性が真実、女神エステルであったのなら。
この問いに答えてもらえるのだろうか?
「あのな……」
不意に声をかけられ、ぱちりと瞬きをした。
隣の青年の横顔を見上げれば、何を考えているのかわからない目を、とうに日の沈み切った地平に向けている。
心なしか紫の瞳が、いつもより鮮明に見えた。
「しつこく謝られても居心地がよくないだろうから、この件はこれが最後としておく。悪かったな」
「アロイス様」
この件とは、あの件だろう。
確かに、何度も謝られたら居心地が悪い。だいたい私はお世話になっている身であり、私が何か困ったことをしたのなら、そう指摘してほしいのだ。
でもアロイスは首を横に振った。
「おかしな祈りや願いを口にするなと言ったろう? 大勢の仲間に責任のある立場として、俺はそれを取り消すとは言えん」
「当然ですわ」
「だからといって、あんたが自分の欲望だけで他人を陥れるような『呪い』を吐くと思ったことはないし、これからもないだろうと思っている。そこは勘違いしないでくれよ」
「ええ、もちろんですわ」
「その上で。あんたにとってどうしようもない状況で、心の中で叫んでしまったものについては、もう仕方ない。どうしようもなかったんだと腹をくくることにする。結果的にそれが、俺達に困った事態をもたらすことになったとしてもだ」
「え……」
驚いて、ぱちぱちと目を瞬かせた。
まさか、そこまで言ってくれるとは思わなかった。
アロイスはそんな私の視線を感じたか、バツが悪そうに眉を顰めた。
「俺だってむかつくことがあれば、怒りのままに叫びたくなることがある。相手にそれをぶつけることができなかったとしても、心で罵倒する分には自由だと――だが俺はそこんとこを失念して、あんたの頭の中をどう制限すりゃいいんだと、そっちの方向に行きかけてたんだ。エディットに一喝されて目が覚めたぜ」
小さく溜め息をつくアロイスは、叱られた直後の子供のような顔をしていた。
「俺はもうしばらくここでヘコんでおく。おまえはそろそろ部屋に戻って休め。今日は歩き回って疲れたろうからな」
彼は懐をごそごそ探り、小さな包みを取り出して私の膝にポンと置いた。
私の片手に収まるぐらいの布袋で、中に硬い箱が入っているようだ。
「部屋に戻ったら開けていいぞ」
「ここではいけませんの?」
「いけません」
そう言って、どことなく意地悪げに笑ったアロイスの表情は、すっかりいつも通りだった。
中身を早く見たければ、さっさと部屋に戻れということらしい。
「わかりましたわ。では、お休みなさいませ。また明日」
「ああ、また明日」
包みを両手で大事に持ち、立ち上がって歩き始めた私に、再びアロイスの声がかけられた。
「それと補足なんだが」
「はい?」
「そいつは、侘びじゃねえぞ」
「……?」
「じゃ、お休み」
彼は振り返らずにヒラヒラと片手を振って言い、どんな顔をしているのかは見ることができなかった。
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