悪役聖女に転生? だが断る

日村透

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『元』聖女、行きたくないけど方向転換

234. お風呂上がり


 そこには既にアロイス達の姿があった。
 男性陣も私達と同じく、この温泉宿の浴衣を着ている。ギリシャ風の装いに和の要素を加えたみたいな浴衣は、誰が身につけても違和感がなかった。
 この生地の色合いやデザインが、私やコルネイユさんやメラニーさんに違和感がないのは想像できたけれど、褐色の肌に黒髪の彼らにも似合うとはあまり思っていなかった。

「おっ、来ましたねお三方。頭領、三人が来たっすよ」
「おお……」

 リュカが手を振り、アロイスが顔を上げてこちらを見た。

 ――ま……まぁぁ……お風呂上がりの殿方って、いつもより色っぽいですわ。

 まだ少し湿っている髪を邪魔にならないようまとめているけれど、何本かこぼれている筋に、何とも言えない艶がある。
 吊り橋効果と風呂上がり効果は、女の子の胸をドキドキと迷わせる二大危険シチュエーションだ。

 ――胸……はっ? もしやここでアロイス様がメラニーさんの全身悩殺凶器なお姿を見たら、ぐらりと迷って!? ……は、おりませんわね?

 アロイスは笑顔ではあるのだが、何故かメラニーさんを睨んでいるように見えなくもない。
 目が笑っていなくてちょっと険を感じるというか、うっとり見惚れているようには到底見えなかった。
 遊び慣れていそうな雰囲気のある彼は、悩殺美女の攻撃力に耐性があり、そう簡単に迷わされたりはしないのかもしれない。
 だからといって、微妙にトゲを感じる意味がわからないのだけれど。

 メラニーさんを振り返ると、彼女はノーメイクでも紅い艶のある唇に「うっふふ」と色っぽい笑みを乗せていた。
 こちらはいつもと変わらないメラニーさんで、こちらも幸いアロイスに見惚れている感じはない。
 ジゼルはリュカに絡んでいた。いつものことだ。
 この二人は毛並みのいいわんちゃんと猫ちゃんの兄弟がじゃれているようで、とてもなごむ。

「それ、似合ってんな」
「えっ? ……お、お言葉嬉しいですわ。アロイス様も、とっても素敵ですの」
「おう、ありがとよ」

 褒められた。わーい!
 じゃなくて、咄嗟に変な返しをしなかっただろうか。少し声が慌ててしまった気がするので心配だ。
 私を見たアロイスはいつも通り、とても優しい目をしていて、メラニーさんに向けていた刺すような笑顔はすっかり消えていた。
 あれは何だったのだろう。

「皆様、どのようなお話をされていましたの?」
「ああ……今後の道のりと、これから向かう先の状況についてな」
「向かう先の状況」

 ロラン王国の状況か。
 ……言えない。温泉に夢中で、この国に入って以降、すっぽり頭から抜けていたなんて言えない。
 私はきりりと表情を引き締め、不都合な事実は闇に葬ることにした。
 大丈夫、黙っていればバレないから。

 ――女神様の罰が、そろそろ表面化してきた頃なのかもしれませんわね。

 女神様からどれにする? みたいに提示されて、迷いなくそれを選んだのが私ではあったけれど、あれは断じて私の嫌がらせではなく『女神様の罰』だ。

 それはともかく、夜行鳥で情報をやり取りする者はアロイスだけではない。
 ごくたまに、ミュリエル以外の鳥が手紙を届けにくることがある。
 ただ、ほとんどの鳥は喋らなかった。時々喋る鳥もいるけれど、いまだミュリエルほど賢く、お喋りのできる鳥に会ったことはない。
 どうやらミュリエルは『伝言役』を期待される種類の鳥であり、それ以外は逆に「余計なことを喋られたら困る」という理由で、口をきかない普通の鳥を選んでいるケースが多いみたいなのだ。

 いつ頃届いたものなのか、アロイスの手元には見慣れた手紙用の小さな紙片があった。
 その紙片に収めるために、文字数を節約する簡略記号なども用いた手紙は、私では読解することのできない暗号になっている。

「あちらの国が、相当愉快なことになっているみたいだぞ」

 紙片を振りながら、アロイスがにやりと嗤った。


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