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未知の瘴気
129. ある意味で神をも恐れぬ所業
しおりを挟む完全に同じ設計ではなくとも、神殿という場所に何があるかは共通している。
初めて訪れた古い神殿でも、どこに行けば何がありそうなのか、おおよその推測を行うことは難しくなかった。
この神殿の変わっている点は、至るところに水路があることだ。
涸れた側溝ではなく、ちゃんと水の流れている水路。
生活用水として使えるのはもちろん、中庭の植木や薬草園に水を引き、栽培にも使っていたであろうことが窺える。
土地にもよるけれど、多くの神殿では井戸水を都度汲み上げていることを考えれば、これはかなり便利な仕組みだった。
「ただ、これらの水は綺麗なのですが、どこから来ている水なのかがいまいちわからないのですよ。なので手間ではあるのですが、なんとなく地下から水を汲むことが多いのです」
トマス神官は少し恥ずかしそうに説明した。
その気持ちは共感できなくもない。
なんとなく泉の間にある水のほうがご利益ありそうというか、女神の加護がありそう……と感じてしまうのは神官の性だ。
「こちらのお水、見る限りはとても綺麗でしてよ。ですからご心配であれば、お使いになる前にトマス様が浄化をかけてさしあげればいいと存じますの」
「そういえばトマス殿は、水の浄化はどの程度できるんだ?」
「このぐらいの桶で、日に一回が限界ですね」
「えっ……?」
トマス神官が手でぐるりと囲って見せた大きさは、ごく一般的な桶の大きさだった。
それを一日に一回だけ? ……少なくない?
目を瞬かせる私に、何故かアロイスが「やっぱりな」と言いながら頭をぽんぽん撫でてくる。
やっぱりなって、何が。
すると今度は私の頭をぽんぽんしたアロイスに、トマス神官がぎょっとして目を丸くしていた。
「気にするな。次は例の地下を案内してもらえるか?」
「は、はい」
こくこく頷くトマス神官。
すみません、これは私達の通常運転なのでそんなに気にしないでください。そのうち慣れますから。
そうして案内されたのは、地下へ続く階段前。
崩落の恐怖が一瞬だけ胸をよぎり、なんとなくアロイスの服の袖を掴んでしまった。
「……やめとくか?」
「い、いいえ。個人的に地下があまり得意ではないだけですわ。気になさらないでくださいまし」
と言いながら、服を掴んだままなのだから説得力はない。
それでもアロイスはそこに突っ込むことはなく、振り払うこともなかった。
トマス神官もどことなく気遣わしげに私を見つつ、当初の予定通り先へ進んでいく。彼らとしてはもう何度も通っている階段だから、すっかり慣れているのだろう。
階段の幅は広く、三人ぐらいなら横一列に並べるぐらいはあった。
トマス神官が先導し、次に私とアロイスが並んで、その後ろを護衛騎士が警戒しながら付いてきてくれた。
「……壁沿いに階段が下りているのか。あんたはこっちだ」
アロイスが私の腕を引き、自分の位置と入れ替えた。
一般的な階段は両脇に壁があるタイプだけれど、ここは片方に壁がなく、手すりもない。下手に端へ寄ったら転落する危険がとても高かった。
私を壁側に押して、アロイスが反対側の闇に目をこらしながら「暗いな」と独りごちた。
向こうの壁は遠く、真っ暗で何も見えない。
私もアロイスも夜目が利くのに、ここではほとんど無意味なようだった。
巨大な井戸の底へ下りていく心地になり、言葉にならない恐怖が忍び寄る。
高所への恐怖と、何かが出てきそうな暗闇への恐怖。人の根源から来る恐怖心はどうにもならない。
――でもわたくし、どちらかと言えば、どちらも平気なたちだと思っていたのですけれど……この場所のせいかしら。
誰もいなくなった神殿の地下へもぐるという、滅多にないこの状況そのものを怖く感じるのだ。
「……ロランの大神殿とは違いますわね」
「そうなのか?」
「ええ。あちらの地下には、このような階段はありませんでしたわ。泉の間へ下りる階段も、ちゃんと両側に壁がありましたのよ」
「ふうん……トマス神官、皇国の神殿はこういうのが普通なのか?」
「いえ、私もこのような階段は、ここに来て初めて見ました。セレストの大神殿にもこのような場所はありませんよ」
これはトマス神官から見ても珍しいものだったらしい。
気になる点はもうひとつある。
「本当に魔石灯があったことにも驚きましたわ。ロランの大神殿では、神官達の住まいには魔石灯が置かれていたのですけれど、地下は蝋燭や松明の灯りに頼っていましたのよ」
階段の壁に等間隔で設置されている魔石灯のおかげで、本当に灯りがなくても誰でも進めるようになっている。
しかも魔石が現時点でも現役とは、いったいどこから魔力が供給されているのだろう。
するとトマス神官は不思議そうに言った。
「セレストの大神殿の地下も、このように魔石灯で照らされておりますよ? 逆に神官の居住区で蝋燭や松明を使います。どの神殿でもそれが普通なのかと思っておりました」
「……そうでしたの」
顔がスーンとなってしまった。
地下の魔石灯をことごとく外して自分の住まいに使うという、罰当たりな神官どもの姿が見えた気がする。
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