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未知の瘴気
135.我が国の守りが消えた、だと? -sideロラン国王
しおりを挟む陛下お待ちを、と誰かの声が背後から聞こえたが、構ってなどおれぬ。
オーギュストもリリも口をひらけば余計なボロを出しかねぬから、我ら全員が今日だけは無言を貫くという設定にしてあるのだ。
どうせ会話をするでもなし、余がおらずとも残った者でなんとかするがよかろう。
そのようなことよりも……セレスティーヌを、ウェルディエ皇国が保護?
白き髪と翡翠の瞳の美しき娘など、ほかにおるまい。
「保護などとぬかしおって、拉致の誤りであろうが……!」
それも気になるが、もっと無視できぬことがある。
東の空の色が変わった? ――瘴気群が消えただと?
バカな。有り得ぬ。
若かりし頃、一度だけ好奇心で目にしたことがあった。東の荒山の北側に広い平地があり、そこからあの瘴気群を眺められたのだが、遠目でもそれは恐ろしいものだった。
『我が国に攻め入ろうとした皇国の蛮人どもを、女神が黒き海を出現させ、阻んでくださったのだ。あれこそが女神の加護、我らは守られるべき女神の民なのだ……!』
亡き父上と母上も、当時の神官どもも、口を揃えてそのように言っておった。
それが、消えただと?
有り得ん。
「誰ぞおるか!」
「はっ」
「東の瘴気群について知る者を呼べ。すぐにだ」
「……はっ」
自室ではなく会議の間に入ると、そこらにあった椅子へドカリと腰を落とした。
いらいらしながら待つことしばし、息を切らせながら責任者らしき男が入室した。
余の前で跪き、軽く汗を拭きつつ、何やら困り顔でその者は報告を始める。
「恐れながら申し上げます。――陛下が仰せの通り、北東地域の住民より、先週頃から東の空の異変が報告されておったようです。その地の民が独自に手前まで進んでみたところ、黒き海が忽然と姿を消しておったのだとか……」
「先週頃だと? 何ゆえ、その話が余のもとまで上がっておらぬのだ?」
目の前の男を縊り殺してやろうかと思ったが、そ奴は慌てて弁明し始めた。
「わ、わたくしもそれを聞いたのはつい先ほどなのでございます! 下の者が愚かにも、『どうせ信じてはもらえまい』と、独断で報告を止めておったようで。――まったく、許しがたき怠慢でございます。その者にはきつい処分をくれてやりますゆえ、何卒……」
「その者をこの場に引っ立てて来るがよい。今すぐにだ」
「はっ!」
責任者の男が退室し、またイライラとしながら待つ。
侍従に酒を注がせ、ぐいと飲み干して何杯目かになる頃、その男はようやく戻って来た。
「件の部下が、どうやら姿をくらましたようにございます。ただ今、捜索を行っており……」
「もうよい。別の者をよこせ」
ひらひらと手を振り、その男を追い出させた。
そ奴がなんの責任者かは聞いておらぬが、とにかく役立たずに用はない。役に立つ者を連れて来ぬか。
次に訪れたのは、我が国の軍の、将軍より二つほど地位の下がる男だった。
もっと上の者をよこさぬのかと、それだけで腹立たしくなるのだが……
「恐れながら陛下。先ほど陛下の御前にいた男は、虚偽を口にしております。あの男の部下は報告していたにも関わらず、『そのようなことは有り得ぬ。この人手不足の時にくだらぬことを』と、あの男が握り潰したのです。部下は罪をなすりつけられてはたまらぬと、この国を離れたようで……」
グラスを床に叩きつけた。盛大に割れる音に、ほんのわずかだけ気分が上向く。
「あの男も部下どもも、すべて引っ捕えよ! 一人残らず死罪にしてくれるわ!」
「…………御意」
男は無言で退室した。
その後もあの者を呼べ、この者を呼べとしばらく繰り返したが、ほとんどは寝耳に水と驚く者ばかりだった。
口を揃えて言うには、「人手が足りず調査に割ける人員がいない」。
「人手だと!? それをどうにかするのがきさまらの役目であろうが!」
神殿の者も呼んだ。大神官は今頃、呑気に食事会を続けておる頃だろう。
大神官の取り巻きである上位神官に確認をしてみたが、奴らも瘴気群の現状を知らぬとのことだった。
「信じられませぬ。我らの加護の象徴、この国をあの皇国から守る最大の盾が消えたなどと、そのようなことが……」
「ちっ。神殿も役に立ぬな。誰でもよいから即座に調査隊を送り込め。神官には暇な者が山ほどいよう」
不服そうな面をした神官の、その不遜な顔面に酒をかけてやると、さっさと会議の間を追い出した。
数日後、神殿より連絡があった。
「陛下……調査に赴かせた神官が夜行鳥で一報をよこしたのですが、やはりどこにも見当たらぬ……と」
さらに、引っ捕えよと命じた者ども全員、ついぞ見つかることはなかった。
そ奴らを捕えるように命じた男が、己の部下を連れて姿をくらましおったからだ。
「おのれ、おのれぇぇ……!」
あ奴もこ奴も発見次第、死罪にしてくれるわ……!!
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