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未知の瘴気
138. ミュリエルとの上手な話し方
しおりを挟む作業部屋の中には私とアロイス、トマス神官、護衛騎士、エディット、ヒューゴ、エタンが揃い、それぞれ椅子に座って卓を囲んだ。
ミュリエルは卓の上で、細かく砕いた木の実の皿をつんつんしている。
ジゼルとリュカは現在、皆の部屋を掃除中だそうだ。
アロイスがざっと経緯を説明し、護衛騎士が帳面に書き写していた地図を――それほど大きいものではないけれど――中央に広げると、まずヒューゴとエディットが感心したように口をひらいた。
「これは、随分と細かい地図ですな」
「見たところ、かなり正確そうだね」
この世界、地図の作製はものすごく地道な作業が必要となり、時間もかかる。
写真はないし、移動手段は馬か徒歩だ。
専門家が現地に直接足を運び、周りの地形や見えるものを記録して図に起こす過程で、測量がされることはまずない。
重要なのはどちらの方向に何があるか、それだけ。
土地の高低差や幅などを細かく調べることがあるとすれば、何か大きな建造物を手がける時ぐらいだ。
「俺が見たところ、この地図でおかしいと感じるのはこの河だ。以前目にした地図よりもやけに村に近いし、橋が見当たらないのに対岸の線がきっちり書かれている。目測で適当に描いたにしては、河以外の位置がすべて記憶と一致しているんだ。この部分だけ適当に描いたとは考えにくい」
「私も、ちとこの河の場所は奇妙に感じますな。トマス神官、ここらの河について、村の者から何か聞き及んでおられますかな?」
ヒューゴの問いに、トマス神官はやや考え込み。
「……そういえば、一度氾濫してから霧が濃くなったと、ちらりと言っていた者がおります」
「氾濫?」
「ええ。当初は普通の霧だったのが、いつしかあのように黒い霧が湧くようになったのだと。ただ私やグスタフ様などは、黒霧の正体や噴き出ている場所の確認にばかり気を取られ、それについては聞き流してしまいました。もしや関係があったのでしょうか」
やや恥じている様子のトマス神官に、アロイス達はすぐには答えない。
私もアロイスやヒューゴと視線を合わせ、どう答えるべきか少し迷った。
――関係、大ありですわよね、どう考えても。
多分このトマス神官やほかの神官達も、霧イコール微細な水という認識がほとんどなかったのだ。
霧の中に瘴気が混じり込んだのではなく、あの黒い霧の状態でどこからか湧いてきたのだと思っている。
グスタフ大神官は年の功で知っていそうだけれど、最初にあの黒霧を『そういう形の瘴気もあるのだ』と認識してしまったら、途中で思い込みの修正をするのは難しかったかもしれない。
「ねえ、ミュリ?」
「ン? ナアニ、セレ?」
「ええと……」
尋ねかけてから、どう問いかければいいんだろう? と口ごもった。
この地図の河の位置や幅が合っているかどうかわかる? なんて訊いても、ミュリエルに説明できるのだろうか。
ミュリエルはとても賢い。私達が彼女に何かを尋ねたりお願いした時、その内容をしっかりと理解してくれる。
ところがミュリエルの持つ言語能力自体は小さな子供並みで、彼女がこちらの質問の意図を理解してくれていても、私達が彼女の説明を理解できないことがままあるのだ。
――「ボーン、ナノ」とか「モサモサ~、ナノ」とか、つまりなに?
私がどう訊こうか迷っていると、アロイスが腰の帯に挟んだ物入れから、筆記具と紙を取り出した。
「ミュリエル。おまえが飛んでいる最中、獣の群れは見かけたか? 俺達がここに来る途中、何度か近付いてきた奴らみたいな、狂暴そうなやつだ」
「ミタ! オンナジヤツ! キモチワルイノ」
「そいつらを何回見かけた?」
「イッカイ! ントネ、アッチノホウ。ズーットトンデタラ、イッパイイタ」
ミュリエルがくるりと身体を回転させ、再び「アッチ」と言った。
アロイスはすかさずそれを紙に書き込んでいる。
――あ……なるほどですわ! わたくしたちの理解できる説明を、こちらから引き出すように質問するのですわね!?
複雑な文法ではなくシンプルな単語で、どちらかといえば感覚的に喋っている子だから、漠然とした尋ね方をするほど答えが支離滅裂になる。
つまり逆に、なるべく曖昧さを省いた問いかけをすればいい。そういうことなのだ。
「そいつらは何頭ぐらいいた? 俺達の隊商と、騎士を全部含めた数よりも多いか?」
「ントネ、オンナジグライ? モット?」
「同じぐらいか、もっと多いぐらいか」
「ウン!」
さくさく聞き取りを進めてゆくアロイスを尊敬するあまり、ほぇ~と変な声が出そうになった。
待って私、いくら聖女を引退しようと、十八歳の女が口を半開きにして「ほぇ~」はないでしょう!
咄嗟に唇を引き結んで真面目な顔を作ったけれど、最近、己の気のゆるみが甚だしいのではないかと感じる。
――間抜けっぷりを晒さぬよう、気を引き締めねばなりませんわ……!
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