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番外・後日談2
エルメリンダとアルジェント家
『さがさないでくれ』
朝、閣下がそんな殴り書きを残して消えていました。
殴り書きでもご本人の筆跡だとわかります。
閣下は文書用と身内用の筆跡を変えてらっしゃるので、何者かが侵入して閣下を拉致して筆跡を真似て手紙を残す、なんて高度な真似はできません。
閣下、家出しました。
ロッソ邸は大騒ぎ――になることもなく。
「いつ頃お戻りの予定なのでしょう」
「お戻りがいつでも構わないように、お部屋のお掃除はきちんとしておきましょう」
館の中ではこんな風に、のんびり交わす同僚達の声があちこちで聞こえました。
一番みんなに影響がない暇な時期を選んで家出なさるなんて、閣下てば気遣いの塊です。
あたしの夫のジェレミアも、騎士団長なのにのほほんとしたものでした。
「アレッシオ殿のお姿も見えない時点で、そんなに心配いらないとわかるからね」
「そうですね。実は拉致されたのがアレッシオ様のほうで、『人に言うとこいつがどうなっても知らんぞ』と脅されて、詳細を書けずに慌てて書きなぐって追いかけた――なんてことでもなければ大丈夫でしょう」
「そ、そこまでは思い付かなかった。でも多分それはないよ。アムレート様もいないことだし」
呑気ですねぇ。常に最悪の事態を想定しておくのが騎士団長でしょう?
なんて思いつつ、彼の言う通りアムちゃんがいないということは、閣下が一緒に連れて行ったんでしょうね。
ジェレミアは冷や汗を流しながら苦笑い……みたいな顔をしてますけど、これはどうも閣下から、行き先を事前に知らされていますね。
姿を見かけない騎士も何人かいますし、そういうことでしょう。
「ところで、父上達のところに行く時間が近いけれど、準備は問題ないかな?」
「ええ、ばっちりです。家に帰ったらすぐにでも行けますよ」
お義父様とお義母様に、年末のご挨拶に行く約束なのですよ。
ちなみにここはロッソ侯爵領の本邸です。王都邸ではありません。
たっぷり雪が積もった道のりを、王都まで会いに行くのは無謀ではないか、と普通なら思うところでしょう。
なんのことはありません。お義父様ってば、ロッソ領に別荘を建てちゃって、今はご夫婦でこちらにいらっしゃるんですから。
住居としての別邸ではなく、一時的な滞在が目的の別荘なので、閣下も建設許可を出したみたいです。
よその領地に別邸を建てるのはダメだけど、別荘ならいいんだって初めて知りました。
もっとも、そういうケースは少ないみたいですけどね。領主と仲が悪くなくて、トラブルの心配がない人が条件です。
お義父様達も、領主に気を使わせないように、なおかつ宿よりも気兼ねなく泊まれるという理由で、別荘という選択をなさったのでした。
冬の間だけとはいえ、財務大臣がこんなに長く王都を空けていいのかと思ったら、引退を視野に後進へ引継ぎを進めているそうです。
お義父様はお若い頃、とっても忙しくて結婚が遅くなったそうで、そろそろそういう年齢に差し掛かっているのですね。
「料理長がレモンを使った焼き菓子を作ってくれましたから、あちらで一緒に食べましょう」
「それはいいね! 間違いなく喜ぶよ。私も食べたい」
新居の近場に別荘を建てたと知った時は、「父上……」と顔をひくつかせていましたけど、もうすっかり慣れたようです。
そんなジェレミアは、財務大臣のアルジェント伯爵の長子。
門番さんと呼んでいた頃からそのことは知っていましたけど、家を継がずに騎士の道を歩むと決めた時、ご家族の中からは特に反対意見が出なかったそうです。
失礼ながら、ご家族みんな変わっていらっしゃるのかしらと思いました。
あたしも結構変わった子だという自覚は一応ありますので、人のことは言えませんね。
なので求婚された時、平民のあたしが奥さんになってもいいだろうと思ったのです。
叙爵されるとか聞いてません。
しかも一代で終わる騎士爵ではなく、男爵です。
アレッシオ様が準男爵ですから、身分的に上の方の奥さんになっちゃって、正直どうしようかと思いましたね。
それを言うなら同僚のミラも、いずれ『子爵夫人』になるんですけども。
家名はチェレステ。
今のあたしは、男爵夫人エルメリンダ・チェレステなのです……!
どこの貴婦人ですか?
すごく、すごく名乗りたくないです。
もとから貴族っぽい名前が恥ずかしかったのに、姓が加わると生まれながらの貴婦人みたいな字面になるんですよ!
つくづくありがたいのは、閣下が社交しない宣言をしてくださっているおかげで、ジェレミアもあたしも『主君に倣う』という言い訳が使える点ですね。
なのであたし達夫婦は、閣下の社交嫌いをこれからも全力で応援する所存です。
■ ■ ■
実は初めてご両親との顔合わせをした時は、ちょっぴり緊張しなくもなかったんですよ。
だってあたしは、もろ平民なのですから。
美女でもありませんし、息子の嫁に相応しくないと拒絶されちゃうかも、みたいなことを思ったりもしました。
ジェレミアが準備してくれたご挨拶用のドレスに身を包み、いざ二人でアルジェント伯爵邸に着いてみると、案の定使用人達がこっそり観察してくるではありませんか。
上手に隠そうとしていますけど、あたしはそういうの見抜くの得意なんですよ。
廊下を歩きながら、やっぱり歓迎されていないと思いそうになった時、フィン様が苦笑してこう言ったのです。
『気になさらないでください、義姉上。あれはそういう意味の視線ではありませんから。それよりも、驚かれるかもしれません。先にお詫びいたします』
どういう意味でしょうか?
弟君の言葉に、ジェレミアはなんだか表情を硬くしています。
その理由は、初顔合わせのための応接間で判明しました。ここでご挨拶して、次は食事をご一緒に……という流れになるんですけども。
『父上? 何故こいつらまでここにいるのです?』
『すまん』
黙っていればとっても厳しそうな印象なのに、ちょっと情けない感じで気まずそうにしている六十代ぐらいの男性は、座っている位置からしてアルジェント伯爵その人でした。
隣で頭痛そうにしている四十代ぐらいの女性は、アルジェント伯爵夫人ですね。
その周囲に、ざっと十名ほどの男性がいました。
このお部屋、そんなに狭いわけではないはずなのに、視界が息苦しくて暑苦しいです。だって女があたしと伯爵夫人で、立派な体格の殿方がおよそ十名ですよ? ジェレミアとフィン様を除いた数ですからね。
『ごめんなさいねジェレミア。この男ども、止められなかったわ』
『母上……』
『そちらのお嬢さんが、エルメリンダさんかしら?』
『はい。私の妻になる女性です』
『そう』
伯爵夫人は優雅に立ち上がり、それでいて大股であたしの元に歩み寄りました。
そしてあたしの手を両手でガッと掴み、真剣な目で仰ったのです。
『初めてお会いする場なのに、このような状況になって申し訳ないわ。これで嫌になってジェレミアとの結婚は考え直すなんて言わないで……!』
……あのう?
状況を説明していただけませんか?
あたしがジェレミアとフィン様に視線で助けを求めると、彼らはとっても困った感じの笑顔になっていました。
『親戚なんだ。こいつらは』
『すみません、本当に』
『……はあ』
その方々に目をやると、彼らは口々に「すまん、お嬢さん」「失礼とは思いましたが」「押しかけてしまい」みたいなことを異口同音に詫びてきました。
――アルジェントの血族は。
ものっすごい、男だらけの家系なんだそうです。
女児ばかり産んだ奥さんが役立たず扱いされるという嫌な話はよく聞きますけど、この家ではその逆。
「また女が産まれた」と愚痴る奴がいたら、「娘いいじゃないか! 文句あるならうちによこせ!」って言いたくなるんだそうです。
だってアルジェントの家系では、五、六人生まれても全員男とかザラ。
跡継ぎの子以外は文官や武官や、どこかの家で仕える道を目指すしかありません。
上の兄弟の補佐をするケースもあるようですが、頻繁に家督争いに発展するので、できれば家を出たほうがいい。
仮に家に残ったとしても、嫁の来手がなかなかないんだそうです。
前述の息子産め産め教の家なんか、女児に文句つけるだけつけといて、嫁がせる時は「家督を継がない男なんぞお断り」と高く売りつけようとするんだとか。
そんな家こっちからお断りでいいですよ。
ともかくそんな状態ですから、お嫁さんは一族みんなが大歓迎。女性はとにかく大事にされるので、嫁姑問題も滅多に起きないというのはいいですね。
ただし、ごくまれに女の子が産まれちゃった時は大変です。一族総出でお姫様扱いされてしまうので、性格の悪い子に育たないよう、母親は目を光らせるのが大変なんだとか。
しかもこんな風に男どもが暴走したら、簡単には止められませんし。
『ご苦労、お察しいたします。お義母様とお呼びしてもよろしいでしょうか?』
『まあ……! もちろんよ!』
『ではワシはお義父様と……』
『では私は叔父様と』
『では僕は』
外野、うるさいですよ?
■ ■ ■
そんな感じで受け入れてもらえまして、あたし達は無事結婚できました。
子供もできましたよ。男の子です。
アルジェント一族の血、強いですね!?
跡継ぎ不足で悩む家、文句言ってないでアルジェントから婿をもらえばいいのに。
うちの息子の名前はルカ。シンプルが一番です。
お義父様とお義母様が結婚祝いに贈ってくださった小さなお館で、今は乳母が面倒を見てくれています。
貴族の家だから、乳母を雇うんですよ……奥様って呼ばれるのはいまだに慣れません。
あと子供が小さいので、結婚前までは遅くまでお仕事してましたけど、勤務時間を短縮して夕方頃に帰宅することが多くなりました。
ジェレミアも閣下のご命令で、あたしと一緒に帰宅するんですよ。
最初は渋ってましたけど、「子供に顔を忘れられてしまったら悲しいぞ!」と説得されてました。
それはあたしも同感です。まだ二歳にもなってないんですから、あの子が起きてる時にちゃんと会ってないと他人になっちゃいますよ。
ルカに「おじしゃま、だれ?」と怪しまれる自分を想像したのか、それ以降は一切抵抗しなくなりましたね。
「そうそう、来る前にレモンを砂糖と蜂蜜に漬けておいたんですよ。おいしくなっている頃ですから、ルカを迎えに行ったらそれも持ってお義父様とお義母様に会いにいきましょう」
「エルメ、きみは最高だ。それ、大好きなんだよ」
知ってますよ。鍛錬の時に食べたらすっきりすると言ってたでしょう。
ほくほく嬉しそうにしている旦那様に、胸の中でこっそり「結婚してくれてありがとう」とお礼を言いました。
いつか気が向いたら、直接言ってあげますよ。
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2025年、たくさん読みに来てくださってありがとうございます!
来年の更新は1/4以降からとなります。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいm(_ _)m
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