巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
73 / 209
そして始まりへ

130. 目覚め

しおりを挟む

 ごつごつとした足元に気を付けながら、暗い中を歩き続けた。
 随分長く進んだ気もするけれど、どのぐらいで着くんだろう。あんまり先行し過ぎると、子猫が付いて来られない、なんてことはさすがにないよな?

 時おり、過去の映像がふっと流れて消える。不思議な感覚だが、そこにはあちらの世界の『俺』の記憶もたまにあった。
 『俺』は自分の性癖を両親に打ち明けた時、罵倒されて縁を切られ、それをどこか自分のせいだと感じていた。自分が普通じゃないのが悪いんだと。
 頭から息子を否定する両親を憎み切れず、嫌いになれなかった。両親だって昔はそこまでではなかった、自分のこういうところを知る前まではそんなに冷たい親じゃなかったんだと。

 ―――いや~、どうだろ?
 「昔はそうじゃなかった」って……こうして今の俺の視点で客観的にると、昔もそんなに変わんないじゃん?
 自分の子供より、枠組みを大事にする親。どう見てもソレでしかないんだが。確かに怒鳴ったり暴力を振るう親ではなかったけれど、支配的で第一に世間、第二に世間。縁を切ったおかげでマシな人生が拓けたのは間違いないレベルだ。

 あちらの世界の『俺』が何年生きて、どんな最期を迎えたのかはやっぱりわからなかったけれど、それは俺が背負うべきものではないんだろう。
 すり減って消えかけていた俺を、この人格が侵食してくれたおかげで、俺は性格が激変し多くの道が拓けた。なんとなく自分にお礼を言うようでおかしな感じだけれど、『俺』には感謝したい気持ちなんだ。
 もしあちらの世界で、『俺』の魂だか何かが彷徨っているようであれば、子猫に頼めないかな。
 ……無理かな~。俺もう、差し出せるもん無いしな。知り合いだから仲良しだからって、「そのぐらいタダでやってくれたっていいでしょ?」っていうのはダメだ。そういうのはきちんとしないとな。

 曖昧な『俺』の過去と違い、はっきりしているのは巻き戻って以降の俺の記憶だ。
 巻き戻り前は存在すら認識していなかったメイドのエルメリンダは、「こんな近くにこんな人材がいたとは」ってびびらせてくれたなあ。
 フェランドと一緒に俺をバカにする陰険執事と決めつけていたブルーノ父は、実際は柔軟でユーモアが好きなイケオジだったし。
 イレーネ、ジルベルト、シルヴィアの三天使は超絶癒やしだった……シルヴィアごめんよ、せっかくの刺繍、受け取ってやれなくて……。
 ニコラ、ラウル、ルドヴィク、ルドヴィカ……みんな……
 ……アレッシオ。

 あいつには出会って間もない時に、とんでもないことをしてしまったよな……。
 俺の若気の至りによる媚薬事件については、結局ブルーノ父には言えずじまい。遺言のお手紙にすら書けなかったよ。あの時全力で我慢してくれたアレッシオには全身全霊でゴメンナサイだ。

 アレッシオの体格を我が身で実感させられるようになって、つくづく十二歳の俺があいつとするなんて無謀だったんだなと痛感したんだよ。しかもあの時使った手作り薬は、確実にあいつを堕とせるようにと本来は希釈して使うやつを原液そのままで飲ませちゃったから、相当きつかったと思うんだよね。
 後ろに入れない方法でやったとしても、薬でネジが飛んだアレッシオに十二歳の体格で乱暴な扱いをされていたら、彼の言った通り隠しようのない大怪我をしていただろう。

 そもそもアレッシオのあれが入るつもりでいたオルフェオくん十二歳。
 きみは無理・無茶・無謀の三拍子だ。そりゃあアレッシオに「舐め過ぎです」って説教食らうわ!

 あれ以来、俺の部屋にだけは絶対ハーブ類が飾られなくなったんだよなぁ……。ご迷惑おかけしました。
 そんなアホな俺の恋人になってくれて、あんなに大事にしてくれたのに……本当にごめん。

 かつての後悔を清算し、今回は何ひとつ後に響かないよう終わらせたかった。
 こんな形で、最大の心残りが刻まれてしまうなんて。

 ごめん。
 ごめんよ……。

 もしも叶うなら。
 最期にちゃんと、皆に笑顔を見せたい。
 叶うなら。
 どこまでも綺麗に澄んだ空を背後に、俺を呆然と見おろしていたあの時のアレッシオの、頬に触れたい。
 触れて、俺は大丈夫だからと、笑いかけてあげたい。
 もしも、叶うなら……。



   ■  ■  ■ 



 ……
 …………

 ……ここは、どこだろう?
 ……あれは、天井だ。

 見慣れた天井。
 俺の寝室の、天井だ。
 何かまた、記憶をているんだろうか。
 視界がぼんやりとして定まらない。薄暗いのは夜明け頃だからか、それとも曇りだからなのか。

 小さくカーテンの音がした。視線だけを動かすと、窓の傍には執事が立っていた。
 いや、デザインをそれに寄せた貴族服だ。
 ぼんやり薄い逆光の中、輪郭がはっきりしないけれど、そのシルエットは誰なのかすぐにわかる。

 ―――アレッシオ……。

 こんな記憶、あったっけ? なんだか別の記憶同士がごっちゃになっている気がする。
 それとも、俺が寝惚けて憶えていなかっただけかな?

「……オルフェ?」

 ごく微かな声で呼びかけられた。少し震えて聞こえるのはどうしてだろう。
 まばたきするなんて勿体ないけれど、瞼が勝手にパチ、パチと閉じてしまう。目の構造的に仕方ないとわかっているんだが。
 それにどうにも、頭が重くてぼんやりしている……。

「……あ……れし、お……」

 あ、声が出た。でもうまく出ないな。風邪を引いた時みたいだ。
 視力がどうも変になっているのか、表情がピンボケしてよくわからない。彼は俺が仰向けになっているベッドの傍まで来て、何やら口を開けたり閉じたりしていた。何を言おうとしているのだろう。それとも、何かを話しているのに、俺の耳が変で聞こえていないだけなのだろうか?

 こういう時、アレッシオが言いそうなことは……何か欲しいものはありますか、かな?
 水が飲みたいですか、とか。食べたいものはありますか、とか。
 おまえだよ、て答えても、もうセクハラにはならないんだよな。最高。

「…………だいて……」
「……!」

 いや待て、ちがうだろ!
 欲望だだ漏れか!
 だが弁解させて欲しい! 俺は「抱きしめてくれ」と言いたかったんだ! 純粋にろれつが回らなくて言い間違えたんだ!
 途中の大事な単語が抜けた結果、前後が繋がってとても危ない意味になってしまっただけなんだ!
 って、ただの記憶相手に何を言い訳しているんだ俺は……。

 ……ん? 記憶の中って喋れたっけ?

 寝台が沈み込んだ。やけにリアルだな。それに、ちゃんと音があるぞ?
 アレッシオが近くまで乗り上がって来て、俺の前髪を、頬を、どうしてか恐々こわごわとした手つきで触れてくる。
 それから深く息を吸い込んで、顔中にキスの雨を降らせてくれた。くすぐったくて気持ちいい、幸せなキス……それはやがて、唇に降りた。
 唇を唇に押し付けるだけ。これだけなのに、どうしてこんなに気持ち良いんだろう―――

「ンッ? ……ンンッ?」

 あ、れ?
 舌が、入ってきた。
 ちょっ……この感触、は……。

「ぁ、……んむ、ん、……ふっ……」

 ―――これは。
 これは、夢じゃない……!?
 このリアルな感触、強烈な感覚。これを勘違いなんてできるものか。
 何度もキスされてきたから記憶が鮮明なんだって、そういうレベルじゃない。だいたい、目が覚めてからの一連の流れ、本気で記憶にないぞ!?
 俺、本当に、本物のアレッシオにキスをされている……!?

「ふぁっ、……はっ、はぁ、はぁ……」
「オルフェ……!」

 情熱的な口付けが終わるや否や、強い力で抱きしめられた。俺が苦しくならないようにか、すぐに力を緩めてくれたけれど。
 アレッシオの肩が小さく震えていた。それに俺の首と肩の間に埋められた彼の顔が、濡れている……。
 泣いているんだ。アレッシオが!?

 そんな。なんで。
 まさか。どういうことだ。

 俺は―――死ななかった、のか……?


しおりを挟む
感想 821

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。 ボクの名前は、クリストファー。 突然だけど、ボクには前世の記憶がある。 ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て 「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」 と思い出したのだ。 あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。 そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの! そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ! しかも、モブ。 繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ! ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。 どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ! ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。 その理由の第一は、ビジュアル! 夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。 涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!! イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー! ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ! 当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。 ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた! そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。 でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。 ジルベスターは優しい人なんだって。 あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの! なのに誰もそれを理解しようとしなかった。 そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!! ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。 なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。 でも何をしてもジルベスターは断罪された。 ボクはこの世界で大声で叫ぶ。 ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ! ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ! 最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ! ⭐︎⭐︎⭐︎ ご拝読頂きありがとうございます! コメント、エール、いいねお待ちしております♡ 「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中! 連載続いておりますので、そちらもぜひ♡

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。