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番外・後日談
29. 上位者に必要なもの
しおりを挟む行き交う人々は食欲をそそる香りや見た目に惹かれて食べ物を買い、舌鼓を打っては珍しい露店を見て回っている。領民の有志がこの時だけの音楽隊を結成し、町のあちこちで素朴ながらも心の弾む曲を奏でている。
領外から訪れた人々の大半は商人だったが、純粋な物見客も訪れているようだ。
ちなみに犯罪者以外で来て欲しくないワーストワンは貴族である。前者は言うに及ばず、後者は高確率で面倒なのが来る。
俺の友人知人であれば収穫期の領主は激務だと知っているし、今年復活したばかりの祭りにかける時間を割かせないよう、興味があっても訪問を控えてくれてるんだよ。彼ら以外で来る奴には、そういう気遣いを期待できない。
俺の挨拶やら案内やらを求めず、行儀よく勝手に祭りの賑わいを楽しみ、たっぷり金を落として帰ってくれる人なら大歓迎だけどさ。
と思っていたら、どうやらその心配もしなくてよさそうだ。
というのも、某侯爵さんがせっせと自領の祭りに下位貴族を招待しまくっていたのである。そいつに逆らえない者はもちろん応じ、なんとか断った者も変に睨まれないよう、ロッソ領の訪問は避けるというわけだ。
―――某侯爵よ、なんて親切な奴なんだ! トラブルの種をそっちで回収しておいてくれるなんて……!
すまないね、どうも私はきみを誤解していたようだ。
きみのことはきっと忘れないよ。
完。
というわけで、あとは酔っ払いが大量に出そうな夜の部だな。
泥酔してうっかり領主様に喧嘩を売ってしまう可哀想な被害者が出ないよう、危険物は大人しくおうちに帰るとする。以降の町の状況は警備の皆さんに観察をお任せし、のんびり報告を待つのみだ。
「これならば明日、イレーネやシシィを連れて行ってやっても構わないだろう」
「そうですね。よほどの悪党でなければ、明日は悪さを控えますし」
館に戻る途中の馬車の中、俺が祭りの余韻にホクホクしながら言うと、アレッシオが微笑ましそうに頷いてくれた。ニコラやラウルも異論はなさそうだ。
初日を迎えてみないと安全性が読めなかったから、あの二人は一緒に行けなかったんだよな。ロッソ杯の時は、俺達や有力者の席が厳格に決められていて、不審者が接近すればかなり早い段階で気付けるようになっていた。
でも収穫祭だと、数えきれない人々の中を移動し続ける状況になる。本当は騎士隊には、馬車から降りないで欲しいと言われてたんだよ。
だけど領主一行が自分の足で見回る姿は領民を奮起させるし、従僕が俺らのメシを買い込んだ店の人は大感激だったらしいからな。
明日は十一月一日、《ファタリタの祝祭日》。こちらの世界版のお盆。
亡くなった肉親や知人の想いが、残された人々に夢や幻を見せることが多いと言われているが、実質は普通のお祭りの日みたいなものだ。
この日に悪事を働いたら天罰が下るとか、近くにいる死者すべてに祟られるなんて恐ろしい話もあり、迷信を鼻で嗤う者も悪さを控える傾向にあるそうだ。神仏の存在を信じていなくとも、道端のお地蔵さんに罰当たりな真似は何となくしたくない、そんな心理に近いのだろう。実際、犯罪の発生率が一年のうちで最も低い。
今日とほぼ同じ店が出店しているだろうし、美味しいのも確認済みだから、イレーネやシルヴィアには心おきなく食べ物を勧められる。
ただ、ロッソの民にとってミルク系の味付けが珍しかったからか、メニューがほとんどそればっかりになっていた。うまかったし、シチューも米も食いたかったもんであの注文にしたけど、躊躇していた焼き鳥をアレッシオが頼んでくれてよかったよ。全然違う味を間に挟んだおかげで飽きがこなかった。
米の質に関して言えば、リゾットやパエリア、チャーハンなどに向いている米だ。品種改良に力を入れていた日本の米とは違い、おにぎりや丼ものには適していない。
けど幸い、俺の舌はこちらの料理に馴染んでいるので、和食を再現したいほどのこだわりはなかった。和食じゃなくとも、洋風のメニューだけでまだまだレパートリーは膨大に増やせるからな。
まずはトマトソースだ。これを増やすだけで、今日食べた料理全部と同じ材料で違う味わいに作れる。
友人や部下の中には、俺が実は食いしん坊だと知らなかった者もいて、食に熱を入れていることにビックリされた。あまり食にこだわりのないタイプというイメージがあったらしい。
ぶっちゃけ、『俺』がどうやら食いしん坊なんだよな。優先順位の上にあったものがどんどん片付き、下のほうにあったものが上位に来た、そのうちの一つが民衆の食卓に並ぶメニューの向上だったわけだ。
俺は自分がうまいものを食うのも好きだけど、身内にもうまいものを食ってもらいたいんだよ。
「いつか祭りの日に、店の前のテーブルでそのまま食べられるようになればいいのだが」
買い食いしたい、食べ歩きしたいなんて我が儘は言わないよ。
でも護衛の皆さんには申し訳ないけど、ロイヤルファミリーが庶民向けの祭り会場で、庶民と同じものを美味しそうに食べるっていうのは効果が高いと思うんだ。俺達は祭りを満喫し、民も喜ぶ。
「そうなればいいですね」
ほんの少し同情の入った笑顔で側近達は言ってくれたが、実現できるとは誰も思っていない感じだった。実際、上流階級のマナーに常識、警備について等々、クリアしなきゃならない問題が山ほどあるからねぇ。俺だってそう簡単に実現できるとは思っちゃいないよ。
でも俺は良く言えば己の欲望に正直、悪く言えば己の欲望に弱い人間だ。こうなればいいなと呟き続けていれば、いつか誰かが良い解決策を思い付いてくれると信じている(他力本願)。
という冗談は置いといて。
漠然とロッソ領の未来、この国の未来を想像してみて、最近思うことがある。
『俺』のいた世界とこの世界は、一致している部分がたくさんあるけれど、完全に同じ歴史を辿ってきたわけじゃない。
だから案外、数百年先の未来でも、今の身分制度がそのまま残っているんじゃないかな。
ネガティブな意味じゃなく、この大陸の国々の情勢を見ても、民衆に革命を起こされるほどの国がないんだよ。いずれさまざまな発明が成されて、産業も物流も何もかも急激に発展する未来が訪れるとしても―――貴族が商人のノウハウを身につけてしまえば、平民に逆転されることはないんじゃない? と思ったりもする。
某侯爵は愛すべきおバカさん(推定)だが、商人にも商売下手で失敗を繰り返すおバカさんはいた。どんな身分にもどうしようもない愚か者はいて、どんな身分にも優れ者がいる。
それに国内最大の商会アランツォーネのトップは貴族だし、シルヴィアの嫁ぎ先予定だ。
今の王様と側近の方々、俺の友人達によって軌道修正も成されたから、下位の者を奴隷扱いするクズを排除する仕組みが今後は構築されていくだろう。どんどん国がいい方向へ進み、民の生活もうまく回っていくのなら、わざわざそれを壊す必要なんてない。
何から何まで完璧である必要はないのだ。ここぞという時に自浄作用がちゃんと働く、そんな国になっていれば―――
ガタン、と馬車が揺れた。車輪が小石を踏んづけたようだ。
ふと素面に戻り、さっきまで壮大な未来をつらつら考えていたことが気恥ずかしくなってきた。
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