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番外・後日談
30. その心を占めるもの -sideアレッシオ*
父が本日の業務を終えた後、遅い時間に部屋を訪ねて久々に酒を飲み交わした。
《ファタリタ》の日には、交替で休暇を取っている使用人が多い。父も明日は休みをいただいたので、ゆっくりと寝坊をし、気が向けば町に足を運び、気が向かなければ本を読んで過ごすそうだ。
「習慣で早起きしてしまうかもしれないがね」
「俺もだ」
笑い合い、それから「閣下のお世話のほとんどをおまえに奪られた」とチクチク責められた。その分仕事は楽になっているとしても、執事なのに主人の面倒をほとんど見させてもらえない状況が腹立たしいそうだ。
俺も逆の立場であれば、嫌味の一つや二つ言いたくなったろう。だがこれに関しては譲れないし、閣下も望んでくださっている。父も重々承知の上で、俺を揶揄うことで妥協してくれているのだ。つくづく俺は良い父に恵まれたと思う。
俺も明日の朝はゆっくりできるが、昼前にはイレーネ様やシルヴィア様とご一緒に町へお出かけになる予定がある。酒の残った顔で閣下のお傍に立ってはならないので、ほどほどに楽しんで切り上げたのだが、その頃には日付が変わっていた。
閣下にはご自分の部屋で先に休んでいただいており、起こすのは気が引ける。
俺は一旦自分の部屋に戻り、各所への手紙をしたためることにした。ジルベルト様や閣下のご友人方に頼まれていた、収穫祭に関するご報告……という名の、ごくプライベートな手紙。緊急性はないが、早めに片付けておけば後が楽だ。
ジルベルト様への手紙を書き終え、次はヴィオレット様ご兄妹への手紙を書き始めた時、便箋を支える俺の左手にちょい、と白い前足が置かれた。
「……アムレート様? どうされました?」
「行ってやったほうがいいぞ」
白い子猫は後ろ足で座り、前足で器用に閣下の部屋の方角を指差した。
「…………」
俺は小さな器に満たした水へガラスのペン先を軽くつけ、インクを流し落とすと、手早く文机の上を片付け、燭台を手に取った。
鍵のない内扉を通って閣下の部屋に入り、二人の居間として使っている部屋を抜けて、寝室に入る。
ベッドサイドのテーブルに燭台を置き、こちら側へ横向きになった彼の顔を覗き込んだ。
……アムレート様が俺を呼びに来るわけだ。
うなされている。
苦しみとも悲しみともつかない何かに、彼の顔は微かに歪められていた。
「オルフェ」
「ん……」
二度、三度と呼びながら肩を揺さぶれば、ハッと目を覚ました。
「……あれっしお?」
あどけない様子でぱちぱちと瞬きをし、のそりと起き上がる。
その拍子にぽろりと涙がこぼれたのを見て、拭くよりも先に手を伸ばして抱きしめていた。
「先ほど戻りました。苦しそうだったので起こしてしまいましたが……何か嫌な夢でも見ましたか?」
「? ……わからん。おぼえてない……」
舌足らずに言いながら、俺の胸に額をスリ、とこすりつけて抱き返してくる。これはやはり、悪夢でも見たな。
……悪夢か。
《ファタリタ》の言い伝えが頭に浮かんだ。誰もが本気には取らず、それでいて語り継いできた話。
普段は意識にのぼらないほど、俺自身それを信じてはいなかった。だが、アムレート様という喋る猫が存在する以上、この世の不思議を頭から否定してはならないのだろう。
―――もしや、あの男が?
いや。あの男は『悪魔』に滅ぼされた。我々への影響力が残るほど、生易しい滅ぼされ方ではなかったはずだ。そもそもあの男が原因であれば、アムレート様がその場で対処してくださっている。
それ以前にあの男の夢幻など、この人は自らの力で撃退してしまいそうだ。萎れるどころか、「現実と違って手加減無用とは素晴らしい!」などと高笑いをしながら、容赦なく滅する姿しか思い浮かばない。
抱きしめる直前の表情を思い返せば、そこにあるのは悲しみと切なさだった。この方にあんな顔をさせる存在といえば……。
……。
手の平で頬をぬぐってやれば、もう涙は渇きかけていた。俺の腕の中で、明らかにホッとしているのが可愛い。
「オルフェ」
「ん? なん……」
返事のために開けた唇へ舌を差しこんだ。反射的に逃げようとする顔を追いかけ、口を深く重ね、寝間着の裾から片手を忍び込ませた。
足へ手の平を這わせると、腕の中の身体がビクリとはねる。ふとももを伝いながら下着の中へ手を突っ込み、中心を直に握り込めば、塞いだ唇から悲鳴が漏れた。
「ひっ! あふっ……んんっ……」
力の入らない手で、形ばかりの抵抗をしてくる。気にせずやわやわと揉みこんでやれば、そこはあっという間に硬くなった。
「オルフェ……」
「あ……あぁ……」
たっぷり味わった唇を離せば、互いの舌が糸を引いた。
熱い息を吐きながら、潤んで焦点の定まらない瞳。蝋燭の灯りではわかりにくいが、きっと頬から目尻が赤く染まっていることだろう。
香り立つご馳走に喉の渇きを覚えた。
この方を癒やしてさしあげたい? ―――俺はそんなお綺麗な人間ではない。しょんぼり弱っているこの方を見たら、食べたくなる。どうしようもない男だ。
とことん愛し尽くして、悲しみも気がかりもすべて吹き飛ばし、頭の中が俺だけになるようにしてやりたい。それだけだ。
はだけさせた胸の粒を舌先でつつけば、彼は慌てて俺の後頭部に手を添えてきた。引き離したくとも、髪を掴んで引っ張るのは痛そうでできない。いつだってそうだ。
俺はほくそ笑み、これ見よがしに舌を這わせて粒を育てた。彼はなすすべもなく小さく喘ぎながら、手は俺の頭と、自分の股間をうろうろしている。相変わらず中心を揉んでいる手と、胸に吸い付き始めた口のどちらを防いだらいいのかわからず困り果てているのだ。
……すぐに、そんなことすら気にならなくさせてあげよう。
服を脱ぎ捨て、彼を仰向けに倒し、両の膝裏に腕をかけた体勢で貫いた。
彼の下着はそのあたりに放り投げた。寝間着用のガウンは前を全開にさせ、完全には脱がさない。行為後の始末が楽なのと、脱がしかけの姿はどこか背徳的な魅力を増幅させるからだ。
丁寧にほぐしたそこへしっかりと根元まで埋め込み、途方もない心地良さにくらりとしながら、間を置かず腰で円を描いて入り口と奥をこねる。
「あうっ! ま、まって、……だめ、それ、だめだっ……」
「申し訳ありません……もう少し、ゆっくりしてさしあげたいのですが……お出かけのご予定が、ありますので……」
「やっ、やあぁっ! ……あ、あっ、……あぁっ!」
「なるべく、早く済むように、いたしますね……」
半分は執事としての本音。もう半分は。
「あれっしおぉ……あたま、とける……へんになるぅ……」
「ええ、もっとドロドロにしてあげます……ほら……」
「~~っ!」
ビクビクとはねる身体を押さえつけ、奥へ奥へと攻めた。いやいやと振る顔から汗の雫が散り、やがて大きくのけぞって、ひときわ強く後孔をしぼりあげた。
焦らさずに最初から急所ばかりを狙ったから、絶頂は早く訪れた。
今は触れていない彼の先端が白濁を噴きあげ、俺が淡紅色の花びらを散らした腹の上を濡らす。
もっとこの快楽を味わっていたい。その欲求に蓋をし、俺は強い締めつけに逆らわず、中に放った。
「あ、あぅ……ぁん……」
その感触にさえ感じたのか、彼はふるりと震え、残りの蜜をとろりと垂らす。この人が俺のすべてで感じてくれる姿は、いつだってこれ以上のない多幸感を俺に与えた。
半開きの唇から唾液がこぼれ、恍惚として濡れた瞳がなんとも色っぽい。
「……可愛い。オルフェ……愛してる……」
「ん……」
呼吸を邪魔しないように唇をついばんでいるうちに、やがて寝息が聞こえてきた。
穏やかで満ち足りた寝顔。
愛しい人から憂いを取り払えた安堵より、心も身体も俺でいっぱいになってから眠りに落ちてくれた、その満足感のほうが強い。
本当にどうしようもないな、俺は。
刺激を与えないように恋人の中から出た。
後始末をしている間も彼は起きることがなく、蝋燭の火を消して隣にもぐりこみ、手探りで腕の中に抱き込んだ。
互いの鼓動を感じながら瞼を閉じているうちに、俺もいつしか深い眠りに誘われていた。
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