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番外・後日談
44. オルフェオの手紙 (4) -side本邸の執事
しおりを挟むおや? ……気のせいか。
廊下の先をアムレート様がトコトコ歩いておられるように見えたが、そんなはずはないな。先ほどお嬢様のお部屋にいらっしゃるのを見かけたばかりだ。
閣下いわく「あの子猫は散歩好き」なのだそうだが、少なくとも私はアムレート様をどなたかのお部屋以外で見かけたことがない。
もし本当に外に出ておられるのなら、注意してさしあげねば。あのような小さな生き物、どんな事故に巻き込まれるかもわからないではないか。
それにしても、ここのご家族にお仕えするのは本当に楽しい。ジルベルト坊ちゃまからのお手紙を、奥様とお嬢様にお届けした時のことを反芻して、つい笑みが浮かびそうになる。
ごく自然に存在する愛情。笑顔。実に尊い光景だ。我々はあれをお守りすることが仕事であり使命。実に誇らしく、そして幸福なことではないか。
まあ、私の一番重要な仕事は、バカ息子に取られてしまっているがな。
これに関しては仕方のない面もあるし、閣下は気にするなと仰ってくださるだろうが、私の自業自得な面もある。
かつてあの御方を、表面通りの悪童と信じ込んでいたことが悔やまれてならん。閣下は時おり『黒歴史』という表現を使われるが、あれこそが私にとって最大の黒歴史だろうな。
少なくともあの頃の閣下は、お心のどこかで私への疑念をぬぐえなかったに違いない。私自身、ロッソの使用人としても執事という職務からしても、若君より主人の命令を優先させねばならなかったのだから、その疑念は的外れではなかった。
だがアレッシオは、かなり最初の段階から―――エルメリンダによれば出会って一日二日の時点で、完全に若君の臣下であるという立場を表明したらしい。たとえあれが閣下の伴侶になれなかったとしても、信頼度は私よりも高かったはずだ。
しかしあの当時、王都邸にいた若君のお味方はエルメリンダとアレッシオだけだったのだから、今日この日の閣下を思うと、感慨深いものがある。
あの日、息子が何年ぶりかもわからぬ涙で目を赤くしながら、面食らう私に一通の封筒を差し出した。そこにはあの御方の文字で『ブルーノへ』と書かれていた。
これは人前で読めんやつではないか。息子の顔から瞬時に察した私は、自室に戻って手巾を用意し、覚悟を決めて封を開けた。
―――この私の涙腺に、こうも打撃を与えてくださるとは、さすがでございます。
どうやら私だけでなく、思い付く限りの全員に、このような手紙を用意されていたらしい。明日はみな仕事になるのだろうかと、そんな心配を覚えてしまった。
何枚目かもわからぬ手巾で顔をぬぐいながら、翌朝はさんざんな顔になっていそうだと苦笑した。まあどうせ、みな同じ顔になっているのだから、そう目立たんだろう。
『どうしてこの私に、感謝などを綴ってくださるのですか……』
荒れていた頃のあの御方にとって、私は決して良い執事ではなかったはずだ。
それを責められたことも、アレッシオに指摘されたこともないが、あの頃の私には確かに罪があったと思っている。
よくよく見るべきだったのだ。あの御方の置かれていた状況を。それを怠り、何年もあの幼子を苦しめる側に立っていた一人が私だ。
それなのに。書かれているのはひたすら、くすりと笑ってしまうような懐かしい思い出話ばかり。
あの御方のご入学の際、王都邸の執事が私の息子だということをしばらく内緒にしていた件については、チクリと恨み言を書かれていた。『本当に驚いたのだぞ』と。
びっくりした、楽しかった―――綴られている文字は、そればかりだった。
たとえ責められずとも許されずとも、私自身は当時の己を許すわけにいかない。そんな頑なな思いさえ、するする解いてしまうようなお手紙に、読み終えた時はしばらく天上を見つめて呆けるしかなかった。
そして残された難問は、お手紙をどのように保管すべきかという点だった。
ずっと飾っておきたいのだが、ラウル様いわく、保存処理をすればしばらく良い状態が保てるものの、強い陽射しに何年も晒しておくと変色は免れないという。
部屋の日陰に飾るか、たまに飾って普段は大事に仕舞っておくのが一番とのことだった。
―――そうそう、当時あの御方のお傍にはアレッシオやエルメリンダだけでなく、アムレート様もいらしたな。
あの御方の猫好きはあの頃からお変わりがない。しかし他の猫にはうつつを抜かさぬようなので、愛猫家とは少々違うものなのか、それとも愛猫家として正しいお姿なのか。
それはさておき。あの頃の本邸ではそのような経緯があったものだから、最初から絶対的な味方であったアレッシオを、あの御方が傍に置きたがるのは自然なことのように思えた。むしろ妙な女や男に引っかかってしまわれることを思えば、お相手に我が息子を選んでくださってよかった。昔からあれの才覚は私以上だったからな、妙なものなど閣下に近付く前にせっせと排除してしまうだろう。
意外だったのは、アレッシオがあの御方にあそこまで惚れ込んだことだ。厄介な相手には手を出さず、賢く遊ぶ主義だったはずなのだが(父は知っているぞ)、知らぬ間に主君への敬愛だけでなく、色恋の情をも育てていたというのだから驚きだった。
しかも、相当に執着心が強い。賢く適度に遊んでいた我が息子はどこに行ったのだろうかと感心させられたものだ。私が滅多にあの御方のお傍に侍ることができないのは、あれがそのように仕向けているところもあるのだろうな。閣下が自分以外の人間を傍へ置く気にならぬよう、それはもう徹底的に細やかにお世話をして差し上げているのだろう。
まあ、閣下に害がなければそれでよい……と言ってやりたいのは山々だが、先日は我慢が利かなかったようなので、この機会にきっちりと灸を据えてやった。
閣下にもご理解いただけただろう。あれを際限なく甘やかしてはならぬと。
「……おや。これはジェレミア様、奥方のお迎えですかな?」
使用人に指示を出しながら廊下を歩いていると、本日は非番のはずの騎士隊長に出会った。
私服姿なのでそうだろうと当たりをつければ、思った通り。
「こんにちはセルジオ殿。ええ、もうすぐ彼女の勤務時間が終わりますので」
本来ならば家名でお呼びせねばならないのだが、公的な場所でなければ名前で呼んで欲しいと希望されたのでそのようにしていた。
奥方とは言わずもがな、エルメリンダだ。こちらもこちらで、身分的には平民の私より上位になってしまったのだが、やはり今まで通りにして欲しいと言われている。
最近、エルメリンダに子ができたと判明したそうだ。
実におめでたい。そしてこちらも、旦那の過保護が増している。
閣下もあの専属メイドには甘く、最近は半日勤務の日を増やし、この季節は外歩きに決して同行させないようになった。妊婦を雪の中連れ回してはならぬからな。
ミラの子とエルメリンダの子が、いつかこの本邸の廊下を歩いて、閣下にお仕えする日が来るのだろう。
まだ気が早いかもしれんが、その時私はどのような立場でお教えすることになるのだろうか。
ひょっとしたら、どちらかは騎士になるかもしれんな。
未来に思いを馳せながら、私は再び楽しい気分で廊下を歩き始めた。
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