文字の大きさ
大
中
小
105 / 195
番外・後日談
53. 自慢の主君の晴れ舞台 (2) -sideアレッシオ
せっかく俺が堪えたというのに、イレーネ様とジルベルト様が噴き出してしまい、閣下はすっかりふてくされてしまった。
「ふん。どうせ、どうーせ私は」
「兄様、申し訳ありませんってば」
「どうかご機嫌を直してください、閣下」
三人で馬車に乗り込み、ジルベルト様とともにご機嫌を取ろうとしたが、何を申し上げても「つーん」という反応になってしまう。
己の失言にバツが悪くなっているだけで、我々にお怒りなわけではない。だが、この御方がまるで子供のように拗ねる様はとても可愛らしく、身内への甘えを含んでいるのがわかるからこそ、こちらは真剣に構いたくなるのが困りものだった。
残念ながら王宮までの道のりはさほど遠くはなく、馬車はあっという間に到着してしまった。
その門が見え始めた頃から、こちらが何を言うまでもなく、既に閣下は『ロッソの主君』のお顔をなさっていた。意識的にそうしているのではなく、自然と切り替わるのだろう。
堀の上に渡された橋を進み、門をくぐり、とてつもなく広い庭を突っ切って、貴人専用の馬車停めに向かう。
そこで降りた瞬間から、無数の視線を痛いほどに感じた。それから、周囲で息を呑むいくつもの気配。閣下も気付いておられるだろうに、まるで意識しているようには見えない。
ヴィオレット公爵邸よりもなお豪華絢爛な、この王国のまさに中枢たる場所へ初めて招かれようというのに、良い意味で緊張感が感じられなかった。
完全に開き直り、本当に緊張を覚えていないのか。
それとも内心ではプレッシャーに耐え切れず、七転八倒されているのか。どちらなのだろう。
閣下をあまり知らなかった頃の俺なら、生来の気品と高貴さからあっという間に馴染んでしまわれたのだと、盲目的な感動を覚えるだけだったかもしれない。
だが今の俺は、この御方の本音を昔より理解できるようになっている。
―――内心で七転八倒することにだんだん腹が立ってきた結果、開き直ったのか。
もちろん、俺の前で完璧な主君の姿を披露してみせるという気概もあるはずだ。
しかしどちらにせよ、やろうと思って常人に実行できることではなかった。
とてつもない胆力と本番の勝負強さ、そして幼少の頃から身につけてこられた所作の美しさ、真っすぐな姿勢。何よりも『生き延び』『勝ち残った』者に備わるオーラ……。
この王宮という場所にあってさえ、そこらの貴族では太刀打ちできないのだということが、今日の空に昇った太陽のように、論じるまでもなく明らかだった。
曇りひとつない、爽やかな天の祝福にきらめく髪、すっと伸びた背中。
背後に付き従っていてもわかる。きっと今の閣下のお顔には、寡黙な武人のごとき無表情に、深い理知を湛えた双眸が輝いていることだろう。
王宮侍女に案内され、ロッソ家の待機室に案内されると、ひとまず閣下とは別行動となった。
閣下のお着替えを持ったメイドや従僕は、勝手に王宮内をうろついてはならないので、そのまま待機室で待つことになる。
俺とジルベルト様の二人は、王宮侍女の後に付いて大広間に向かった。
「あちらの侍女が少し緊張していたようだね」
「そうですね」
こっそりとジルベルト様が言い、俺も小声で返した。お互い声に笑みを含んでいる。
最初に閣下を案内していた王宮侍女は、これまでにもっと高い身分の人間を何人も案内してきたはずなのに、閣下を前にしてどことなく圧倒されている感があった。完璧に隠してはいたから、後であの侍女が自信喪失しなければ良いがと、執事目線でつい同情を覚えてしまう。
だが、大広間に入った瞬間、すぐに余計なことは頭から消えた。
向こうの壁が霞むほどの広さ。太古の物語を描いたステンドグラス。それらの光を受けて連なる豪華なシャンデリア。
俺とジルベルト様が通されたのは、広間の脇にある出入口だ。正面にあたる両開きの大扉は、本日の主役―――すなわち功績を称えられる者のための花道であり、そこから真っすぐに赤い絨毯が敷かれ、先には至高の玉座があった。
『今年は例年より出席者が多いでしょうね。それも代理人ではなく、当主本人の出る家が多いでしょう。注目度がまるで違いますから』
ラウル殿の予想通りだった。絨毯の両脇にはギッシリと椅子が並べられ、その半数ほどが既に埋まっている。
身分ごとに厳格に席順が決められており、ここに予備の椅子は置かれていない。つまり式が始まる頃には、この椅子はすべて貴族で埋まるのだ。
俺の中に怯む心はない。
―――これでこそ。我が君の晴れの場に相応しい。
「あれが……」
「元執事の……」
「例の伯爵の愛人……」
一歩進むごとに、純粋な好奇心や下世話な好奇心がヒソヒソと耳へ届く。
まだ本人を見てもいないうちから、下らぬ噂話を囀る方々など、自分は短慮で上に行けぬ者であると申告してくれているようなものだな。
閣下や閣下のご友人方を見慣れている身としては、外側ばかり無駄に豪華に飾り立て、他者を貶めねば優位に立てない貴族など、ただの道化と大差がない。
笑みが浮かびそうになるのを我慢しながら、王宮侍女に付いてゆく。
そこでまた、先ほどとは意味の違うざわめきが小さく上がった。
俺の身分は準男爵であり、この場の貴族では最底辺。本来なら玉座から最も遠い場所へ席が設けられるはずなのに、俺の椅子は前方も前方、ご兄弟のジルベルト様の隣だった。
この席順はこちらが勝手に決めて良いものではない。この場に椅子があるのは、王宮側がそれを認めたからにほかならなかった。
正直言って、これには驚いた。
「アレッシオ、隣なんだね」
ジルベルト様も少し驚いておられる。あなたもご存知なかったのだな。
つまり、向こうが気を利かせてくれたのだ。これが意味するのは、単なる好意だけではないだろう。
閣下が政略の妻を迎えることを、王宮はよしとしない。その意思をこの場にいる数多の貴族へ表明したも同然だった。
仮に閣下が政略婚をするとなれば、相手はむろん高位貴族か、場合によっては王族となる。そうでなければ閣下に釣り合わない。
そしてロッソ家の勢力はますます増大する―――王をしのぐほどに。一般的な王侯貴族の理屈ではそうなる。
それほどの力を、ロッソ家に与えてはならない。
誰もが、王の意思をそう解釈するだろう。
ふと、俺の頭に公爵閣下の笑顔がよぎった。
……もしや周囲にはそう思わせて、実はやはりただの好意なのでは?
そういえば、オルフェも時々やるな? 本人は何の裏の意図もないのに、相手が勝手に深読みをしてドツボに嵌まるという戦法を……。
公爵閣下はオルフェと馬が合う御方だ。そして公爵閣下と国王陛下はとても親しいと聞く。
……ますます、陛下もそういう、ご同類なのではという気がしてきた。
式典後のパーティーで、そのお人柄が多少なりと知れるだろうか。
感想 882
あなたにおすすめの小説
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
【完結】悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
本編完結済です。
もっちもっち感謝祭で、リクエストいただいたお話を更新しています。
皆さまの応援のおかげで『もふもふ獣人に転生したら、最愛の推しに溺愛されています』書籍化、心から、ありがとうございます!
皆の動画をつくりました!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
表紙や動画にAIを使っていますが、小説にはAIを使っておりません
『捨てたはずのΩが運命の番でした ~今さら愛してると言われても、もう遅い~
雪兎あらすじ
Ωである朝霧湊は、事故のような一夜をきっかけに、名門企業の御曹司α・九条玲司と関係を持つ。
しかし玲司は「ただの過ちだ」と湊を切り捨て、政略結婚のためβの婚約者との未来を選んだ。
深く傷ついた湊は、彼の前から姿を消す。
数か月後――。
湊の身体は、これまで誰も知らなかった希少な『遅咲きΩ』として覚醒する。
その瞬間、玲司は初めて湊こそが運命の番だったと知る。
「戻ってきてくれ」
今さら必死に追いかけてくる玲司。
だが湊の隣には、自分を支え続けてくれた医師のα・神崎伊織がいた。
「あなたは俺を捨てたでしょう」
後悔に苦しむα、執着する第二のα、そして希少Ωを巡る陰謀。
もう二度と傷つきたくないΩが最後に選ぶ相手とは――。
捨てた側の後悔と執着が加速する、すれ違いオメガバースBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
婚約破棄から50年後
あんど もあ王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!