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番外・後日談
53. 自慢の主君の晴れ舞台 (2) -sideアレッシオ
しおりを挟むせっかく俺が堪えたというのに、イレーネ様とジルベルト様が噴き出してしまい、閣下はすっかりふてくされてしまった。
「ふん。どうせ、どうーせ私は」
「兄様、申し訳ありませんってば」
「どうかご機嫌を直してください、閣下」
三人で馬車に乗り込み、ジルベルト様とともにご機嫌を取ろうとしたが、何を申し上げても「つーん」という反応になってしまう。
己の失言にバツが悪くなっているだけで、我々にお怒りなわけではない。だが、この御方がまるで子供のように拗ねる様はとても可愛らしく、身内への甘えを含んでいるのがわかるからこそ、こちらは真剣に構いたくなるのが困りものだった。
残念ながら王宮までの道のりはさほど遠くはなく、馬車はあっという間に到着してしまった。
その門が見え始めた頃から、こちらが何を言うまでもなく、既に閣下は『ロッソの主君』のお顔をなさっていた。意識的にそうしているのではなく、自然と切り替わるのだろう。
堀の上に渡された橋を進み、門をくぐり、とてつもなく広い庭を突っ切って、貴人専用の馬車停めに向かう。
そこで降りた瞬間から、無数の視線を痛いほどに感じた。それから、周囲で息を呑むいくつもの気配。閣下も気付いておられるだろうに、まるで意識しているようには見えない。
ヴィオレット公爵邸よりもなお豪華絢爛な、この王国のまさに中枢たる場所へ初めて招かれようというのに、良い意味で緊張感が感じられなかった。
完全に開き直り、本当に緊張を覚えていないのか。
それとも内心ではプレッシャーに耐え切れず、七転八倒されているのか。どちらなのだろう。
閣下をあまり知らなかった頃の俺なら、生来の気品と高貴さからあっという間に馴染んでしまわれたのだと、盲目的な感動を覚えるだけだったかもしれない。
だが今の俺は、この御方の本音を昔より理解できるようになっている。
―――内心で七転八倒することにだんだん腹が立ってきた結果、開き直ったのか。
もちろん、俺の前で完璧な主君の姿を披露してみせるという気概もあるはずだ。
しかしどちらにせよ、やろうと思って常人に実行できることではなかった。
とてつもない胆力と本番の勝負強さ、そして幼少の頃から身につけてこられた所作の美しさ、真っすぐな姿勢。何よりも『生き延び』『勝ち残った』者に備わるオーラ……。
この王宮という場所にあってさえ、そこらの貴族では太刀打ちできないのだということが、今日の空に昇った太陽のように、論じるまでもなく明らかだった。
曇りひとつない、爽やかな天の祝福にきらめく髪、すっと伸びた背中。
背後に付き従っていてもわかる。きっと今の閣下のお顔には、寡黙な武人のごとき無表情に、深い理知を湛えた双眸が輝いていることだろう。
王宮侍女に案内され、ロッソ家の待機室に案内されると、ひとまず閣下とは別行動となった。
閣下のお着替えを持ったメイドや従僕は、勝手に王宮内をうろついてはならないので、そのまま待機室で待つことになる。
俺とジルベルト様の二人は、王宮侍女の後に付いて大広間に向かった。
「あちらの侍女が少し緊張していたようだね」
「そうですね」
こっそりとジルベルト様が言い、俺も小声で返した。お互い声に笑みを含んでいる。
最初に閣下を案内していた王宮侍女は、これまでにもっと高い身分の人間を何人も案内してきたはずなのに、閣下を前にしてどことなく圧倒されている感があった。完璧に隠してはいたから、後であの侍女が自信喪失しなければ良いがと、執事目線でつい同情を覚えてしまう。
だが、大広間に入った瞬間、すぐに余計なことは頭から消えた。
向こうの壁が霞むほどの広さ。太古の物語を描いたステンドグラス。それらの光を受けて連なる豪華なシャンデリア。
俺とジルベルト様が通されたのは、広間の脇にある出入口だ。正面にあたる両開きの大扉は、本日の主役―――すなわち功績を称えられる者のための花道であり、そこから真っすぐに赤い絨毯が敷かれ、先には至高の玉座があった。
『今年は例年より出席者が多いでしょうね。それも代理人ではなく、当主本人の出る家が多いでしょう。注目度がまるで違いますから』
ラウル殿の予想通りだった。絨毯の両脇にはギッシリと椅子が並べられ、その半数ほどが既に埋まっている。
身分ごとに厳格に席順が決められており、ここに予備の椅子は置かれていない。つまり式が始まる頃には、この椅子はすべて貴族で埋まるのだ。
俺の中に怯む心はない。
―――これでこそ。我が君の晴れの場に相応しい。
「あれが……」
「元執事の……」
「例の伯爵の愛人……」
一歩進むごとに、純粋な好奇心や下世話な好奇心がヒソヒソと耳へ届く。
まだ本人を見てもいないうちから、下らぬ噂話を囀る方々など、自分は短慮で上に行けぬ者であると申告してくれているようなものだな。
閣下や閣下のご友人方を見慣れている身としては、外側ばかり無駄に豪華に飾り立て、他者を貶めねば優位に立てない貴族など、ただの道化と大差がない。
笑みが浮かびそうになるのを我慢しながら、王宮侍女に付いてゆく。
そこでまた、先ほどとは意味の違うざわめきが小さく上がった。
俺の身分は準男爵であり、この場の貴族では最底辺。本来なら玉座から最も遠い場所へ席が設けられるはずなのに、俺の椅子は前方も前方、ご兄弟のジルベルト様の隣だった。
この席順はこちらが勝手に決めて良いものではない。この場に椅子があるのは、王宮側がそれを認めたからにほかならなかった。
正直言って、これには驚いた。
「アレッシオ、隣なんだね」
ジルベルト様も少し驚いておられる。あなたもご存知なかったのだな。
つまり、向こうが気を利かせてくれたのだ。これが意味するのは、単なる好意だけではないだろう。
閣下が政略の妻を迎えることを、王宮はよしとしない。その意思をこの場にいる数多の貴族へ表明したも同然だった。
仮に閣下が政略婚をするとなれば、相手はむろん高位貴族か、場合によっては王族となる。そうでなければ閣下に釣り合わない。
そしてロッソ家の勢力はますます増大する―――王をしのぐほどに。一般的な王侯貴族の理屈ではそうなる。
それほどの力を、ロッソ家に与えてはならない。
誰もが、王の意思をそう解釈するだろう。
ふと、俺の頭に公爵閣下の笑顔がよぎった。
……もしや周囲にはそう思わせて、実はやはりただの好意なのでは?
そういえば、オルフェも時々やるな? 本人は何の裏の意図もないのに、相手が勝手に深読みをしてドツボに嵌まるという戦法を……。
公爵閣下はオルフェと馬が合う御方だ。そして公爵閣下と国王陛下はとても親しいと聞く。
……ますます、陛下もそういう、ご同類なのではという気がしてきた。
式典後のパーティーで、そのお人柄が多少なりと知れるだろうか。
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