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番外・後日談
54. 自慢の主君の晴れ舞台 (3) -sideアレッシオ
顔見知りの貴族や、ロッソ傘下の貴族を周囲に見かけたが、互いに会釈を交わすだけで挨拶はしなかった。重要な式典においては、自席に着いていない者を足止めする行為や、ヒソヒソ交わすお喋りなどもマナー違反だ。先ほどの好奇心旺盛な方々は、悪い意味で目を付けられたろうな。
ジルベルト様は一瞬驚いただけで、俺と会話をしたわけではない。その後はすぐに口を閉ざしたから、ギリギリ違反には当たらないだろう。
不躾に観察してはならないので、ざっと見回しただけだが、息苦しいほどにさまざまな思惑が充満している場所だ。どんなに豪勢であっても、何度も経験したい席ではないな。
伯爵家の集まった島の前に、やや間を空けて侯爵家の席が並んでいる。
玉座のある段の手前、両脇に王族の席があり、公爵家の席もそこにあった。やや斜めの角度で大広間を向いていており、彼らは出席者を見渡す側なのだ。
こちらはヴィオレット公爵閣下。あちらに座っているのはもう一つの公爵家、オリーヴァ家のご令息か。年齢は俺と変わらず、表情は読めないが、閣下に敵対しているわけではない。
しかしこの席順、身分だけでなく、どうやら家同士の関係性も反映させている。
赤い絨毯を挟み、あちら側から熱烈に睨んでくる素直な方々は、西の侯爵と東の侯爵だろう。
こちら側の侯爵席は貴族院のトップと、閣下のご友人の父君だ。
そしてこちら側には、西側地域の貴族が多い。閣下の意見によって国からの補助金の見直しが行われ、各種税率も緩和されたおかげで、慢性的な貧困から救われた領主達がいる。
彼らは西の侯爵に睨まれようと、痛くも痒くもない。これまで何ひとつしてくれなかった、それどころか西の流通経路の支配を目論み、高い関税をかけてきた西の侯爵は嫌われている。
こういったことを、王宮はしっかり把握しているのだ。その事実には舌を巻くような、ゾッとするような。
やがてすべての椅子が埋まり、時間になった。楽団によって音楽が奏でられ、人々を鼓舞する勇猛な音色が息苦しさを吹き飛ばし、ややして囁くような音色に変わる。
そこで国王一家の名が高らかに詠み上げられた。侍従によって玉座近くの扉が開けられ、この大広間に負けぬほど豪華絢爛な衣装に身を包んだ国王陛下、王妃陛下、そして今年から学園の生徒となる王子殿下が入場する。
段上に設けられた玉座に国王陛下が、その隣の椅子に王妃陛下がゆっくり腰を下ろし、王子殿下は母親の傍らに立った。王子や王女は最上位者のための段上にいながら、椅子は与えられない。王の子である以前に臣下であるという意味だそうで、この長い式典の間ずっと座ることができない。
今は朗らかな笑顔が、この後もずっと曇らないかどうか、それを観察され続ける立場というのは大変そうだな。
今回、功労を称えられる者は平民が七名、貴族が三名だ。まずは平民から順番に名を呼ばれ、国王陛下自らが内容を読み上げ、褒美を伝える。
どうやら今年は平民の数が多いらしく、中には港で功を立てた元船乗りの老人などもいた。服は王宮が手配した貸し衣装だろう。陛下からのお褒めの言葉に可哀相なほど恐縮しつつ、それでいて嬉しそうな涙目の老人達には胸が温かくなった。
それ以外の平民は学者や芸術家。芸術家や音楽家は、毎年何人かが名を挙げられる。
貴族は港の監督官をしているという下位貴族の男と、これまで何十年も王家に仕えているという老騎士。こちらも感激のあまり夢心地という表情だった。
閣下の順番は当然ながら最後だ。『とっておき』は一番最後に決まっている。
あの御方は「一番最初がいい。さっさと終わらせてくれれば良いのに!」と何度も嘆いておられたが、儚い夢だな……などとは言わず、もちろんお慰めした。
しかし閣下のセリフではないが、開始前は無駄に時間を食ってつまらなそうと感じていたのに、始まってみればそれぞれの人間模様や背景が想像できて、意外と見応えがある。
功績を立てた平民の中には若く独身の男もおり、妙齢の娘を持つ下位貴族の幾人かがさっそく目をつけているようだ。
男のほうも野心がありそうなので、まあ頑張ればいい。
さて。
ようやく、閣下の番が来た。
国中の貴族の当主、あるいはそれに準ずる立場の人間の前で、閣下のお名前が詠み上げられた。
この時ばかりは全員の視線が一斉にそちらへ向かい、おかげで俺もマナーを気にせず、振り向いて見つめることができた。
あいにくご入場の直後は遠過ぎて、そのお顔がよく見えなかったものの、別段惜しいとは思わなかった。もし俺が身分通りの席をあてがわれていたら、きっとあの御方の横顔を一瞬目にしただけで、あとは遠ざかってゆく背中を見つめることしかできなかったろう。
じりじり近付いてくるあの御方を、この席ならずっと見ていられる。これだけでも陛下には感謝の念を覚えてしまうな。
長い絨毯の上を悠然と歩いて来られる御姿の、なんと凛々しく立派なことか。幻想的なステンドグラス、シャンデリアの光すらも、まるでこの日の閣下のために準備されたかのようだ。
お衣装のシルエットが実にしなやかな体型を引き立て、上着と色を合わせたブーツは、堂々として優雅な足取りが遠目にもくっきりとわかる。
そうか、だから閣下のお衣装をあの色にしたのだな。この絨毯の色ならば、いつものお衣装だとぼやけてしまっただろう。
下世話な噂話に興じていた連中までもが、目の前を通り過ぎる青年に陶然と見惚れていた。ここが人前でなければ、ジルベルト様と心ゆくまで語り合うところだ―――そら見ろ、と。
いくら素材が良かろうと、磨かなければ無意味だ。その才能を輝かせるために、どれほどのたゆまぬ努力があったのか、手の指先まで美しい歩みに、その足跡を見出した者はきっと多い。あれは一朝一夕で手に入るものではないのだと、わかる者にはわかる。
エルメリンダや父さん宛ての手紙に、便箋を大量消費する未来の自分の姿が見えた。帰ったらラウル殿に追加注文をしておこう。
インクも要るか……。
俺と目が合い、閣下の瞳にほんの少しだけ驚きの色がよぎった。やはりあなたも席順のことをご存知なかったのですね。
準男爵の席にいるべき俺の姿が見あたらず、心配させてしまっただろうか。もし今ヴィオレット公爵閣下を振り向いたら、悪戯っぽい笑顔が浮かんでいそうだな。
そう思った瞬間だった。
緋色の瞳がわずかに細められ、唇の端が持ち上げられた。
それは心細そうな安堵の笑みでもなければ、無理に己へ活を入れるための作り笑いでもない。
不敵で、好戦的ですらある笑みだった。
ずっと私を見ていろ。
そんな声が、聞こえる気がするほどに。
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読みに来てくださってありがとうございます!
登場だけで1話(汗)
パーティーまで行けませんでした……。
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