巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

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番外・後日談

55. 自慢の主君の晴れ舞台 (4) -sideアレッシオ

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 このような特等席から、愛する主君の勇姿を見つめられる幸運に感謝する。
 もちろん、今日この席をプレゼントしてくれたであろう国王陛下と、ヴィオレット公爵閣下にも。


 閣下が段の手前まで進んでひざまずき、頭を垂れた瞬間、陛下が立ち上がった。
 通常はこの式典の間、陛下が立つことはない。これまでの歴史を振り返っても、数えるほどしかない出来事だ。
 ―――前例はある。特別に偉大なことを成し遂げた人物であると、王が認めた時に立つ。
 それを知る者からどよめきが上がった。許しがなければ顔を上げられない閣下は、内心で何事かと動揺しているのではないか。背中に揺らぎはまったく見られず、落ち着いているようだが、内面までは推し量れない。

 陛下が『ロッソ伯爵オルフェオの功績』について語り始めると、さらにどよめきが強まった。いくら陛下の声をかき消さないように抑えてはいても、結構な人数が同時に声を出せば、増幅されてやかましくなる。

「静粛に」

 どなたかが張りのある声で注意をした。聞こえた方向的に、どうやら宰相閣下か。
 おかげで陛下の声が朗々と響き、ここで閣下の功績がどんなものであったのか、多くの貴族が正しく知ることになった。
 実は閣下の偉業について勘違いをしている者や、きちんと知らずに喋っている者もいたのだ。噂だけを鵜呑みにして、情報源を調べないこつな方々は身分問わず多い。

『ロッソの小僧がやったことは、例の大量捕縛事件において大きな役割を果たした、その一点のみであろう? たいしたことではないのに、アランツォーネ商会と懇意にしているから、陛下にお褒めいただく栄誉にあずかれるのだろうな』
『なんとうらやましい』
『ふん、しょせん成金の主人も成金か』

 驚くことに、これと似たような陰口は前々から聞こえてきていた。閣下はその報告を耳にしてお怒りになるどころか、「その連中は大丈夫なのか?」と本気で心配そうになさっていた。
 やれと言われても絶対に同じことはできないくせに、自分にもできると人前で言ってしまう大言壮語の悪癖もそうだが、情報の疎さが心配になるレベルだものな。

 閣下の世紀の発見や、それに伴い今年から学園に新たな教科が始まること。これについては、そもそも気象を研究する学問とは何なのか理解できず、ポカンとした顔で絵空事のように受け止めている貴族もいた。この方々に関しては情報力だけでなく、知力も大丈夫なのかと他人事ながら心配になるレベルだ。
 どんなに水準の高い教育を受けても、身につかない方は本当に身につかないのだな。
 陛下が懇切丁寧に、閣下がどれだけとんでもないことをなさったのかを説明し、やっと呑み込めてきた方々は徐々に目を丸くしている。
 その反応は特に、『ロッソの若造』と閣下を侮っていた者ほど顕著だった。どうもあちらの二侯爵も知らなかったようだな?

 ことの大きさを理解できている方々ももちろんいて、彼らは陛下のに最初からうんうんと頷いている。そういった方々は、そもそも閣下をバカにした態度は取らない。
 そして最大の功績以外にも、ロッソ領にて進められている郵便事業を、五十年計画で国内にも拡大する予定であること。
 便利な文具の発明や、吸水性と速乾性の高い浴布タオルなどの開発などにより、以前より快適な暮らしへ大きな寄与をしていること。
 陛下はそれらひとつひとつを挙げ、「どれかひとつでも真似のできる者は申し出よ。証明してもらおうではないか」とすら言ってくださった。

「ロッソ伯爵オルフェオよ。顔を上げよ」
「はっ」
「そなたは今この瞬間より、侯爵を名乗ることを許すものとする」

 厳かな宣言に、誰も異を唱える者はいない。唱えられる場でもないが。
 ここで陛下が「これをもって褒美とする」と締めくくり、閣下が感謝を申し上げれば、儀式は終了……となるはずだったのだが。
 陛下がまた予定外の言葉を続け始めた。

「だがやはりこれだけでは、そなたの働きに見合っておるとは到底言えぬ。そこで……」

 にやり、と。
 ああやはりこの方は、ヴィオレット公爵や閣下のご同類だ。そう確信してしまう笑みを浮かべ、陛下は東の侯爵の名を呼んだ。
 何故自分が呼ばれたのかと、狼狽しながらも起立する東の侯爵を、陛下は鋭利な刃物のごとき微笑で突き刺した。

「そなたにとって、領地の広さは負担であるようだ。手の行き届かぬ広大な土地を背負い続けるのはつらかろう? よって、ここより最も近い市と町、二箇所をそなたの領地に残し、それ以外すべてをロッソ侯爵領に組み込むものとする」
「へっ?」

 東の侯爵はぼけっとした顔になり、半開きになった口から間抜けな声が出た。先ほどの比ではないどよめきと同時に、そこかしこでプッと吹き出すのも聞こえる。人前で素っ頓狂な顔を晒すなど、高位貴族にあるまじき失態だ。
 領地の件については事前の公表がなく、周囲の者が仰天するのも無理はないとしても、本人にさえ知らされていなかったとは。
 しかし俺も初耳な点があるぞ。
 恐れながら陛下、先ほど『市と町、二箇所を除いたすべて』と仰せになりましたか? 自分の空耳なのでしょうか。事前に伺っていた範囲より、かなり広いのですが。

「へっ、陛下!? 何故です!? 何故我が領地をこのような小僧に!?」

 時間差で理解した東の侯爵が叫んだ。
 ……これだけ称えられている閣下のことを、悪意を込めて小僧と言い放つ、その性根がまずいのだろうよ。

「何故とな? これまで東の地の安寧について、幾度となくそなたに勧告をしてきたが、一切手つかずのままではないか。すなわち、これほど広い土地は要らぬという意味であろう?」

 勧告されていながら、あの状態だったのか。それは知らなかったな。
 勅命ではないからと無視して適当にやっていたのか?

「そ、そのような事実はございません! わたくしはきちんと陛下のお言葉通り、領の安寧につとめて参りました!」
「では、何をどのように改善したのか、もしくはどのように改善する予定なのかを述べてみよ」
「は、はい? 我が領には、改善すべき点など、ございませんが……」

 正気で言っているのか、この男。正気だったら余計にまずい発言だぞ。
 この席は閣下の斜め後方だから、今どんな表情を浮かべておられるのか、まるで見えないのが難点だな。
 けれど多分、呆れ果てた目になっているのではないかと想像がついた。

「改善点など無いと申すか?」
「もちろんでございます!」
「ならば、勧告の意味はどのように捉えておった?」
「それ、は、…………わかりました、その小僧ですね! その赤毛の小僧が陛下へ、わたくしに関する妙な偽りごとを吹き込んだのでしょう!? そうに違いありませんっ!」

 まくしたてる男に、陛下の微笑が深まる。それはとても労りに満ちた微笑みだった。

「ふぅ。己の領地の実態すら理解できておらぬ上に、被害妄想も甚だしいとは、よほど疲労が溜まっておると見える。どうやら土地の広さのみならず、侯爵位そのものがそなたにとっては負担であったようだな。これ以上押し付けるのは心苦しいゆえ、今この時より、侯爵ではなく伯爵を名乗り、のんびり養生すると良い」

 なんと、東の侯爵が伯爵になってしまった。国王陛下がこの場で明確に口にした以上、もう撤回はない。
 閣下が『東の侯爵』になられた以上、呼称がややこしくなるからスッキリしていいと個人的には思うが。
 しかし、アルティスタ王国貴族の歴史上、これほど『口は災いの元』を体現した方も滅多にいまい。


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