文字の大きさ
大
中
小
107 / 195
番外・後日談
55. 自慢の主君の晴れ舞台 (4) -sideアレッシオ
このような特等席から、愛する主君の勇姿を見つめられる幸運に感謝する。
もちろん、今日この席をプレゼントしてくれたであろう国王陛下と、ヴィオレット公爵閣下にも。
閣下が段の手前まで進んで跪き、頭を垂れた瞬間、陛下が立ち上がった。
通常はこの式典の間、陛下が立つことはない。これまでの歴史を振り返っても、数えるほどしかない出来事だ。
―――前例はある。特別に偉大なことを成し遂げた人物であると、王が認めた時に立つ。
それを知る者からどよめきが上がった。許しがなければ顔を上げられない閣下は、内心で何事かと動揺しているのではないか。背中に揺らぎはまったく見られず、落ち着いているようだが、内面までは推し量れない。
陛下が『ロッソ伯爵オルフェオの功績』について語り始めると、さらにどよめきが強まった。いくら陛下の声をかき消さないように抑えてはいても、結構な人数が同時に声を出せば、増幅されてやかましくなる。
「静粛に」
どなたかが張りのある声で注意をした。聞こえた方向的に、どうやら宰相閣下か。
おかげで陛下の声が朗々と響き、ここで閣下の功績がどんなものであったのか、多くの貴族が正しく知ることになった。
実は閣下の偉業について勘違いをしている者や、きちんと知らずに喋っている者もいたのだ。噂だけを鵜呑みにして、情報源を調べない粗忽な方々は身分問わず多い。
『ロッソの小僧がやったことは、例の大量捕縛事件において大きな役割を果たした、その一点のみであろう? たいしたことではないのに、アランツォーネ商会と懇意にしているから、陛下にお褒めいただく栄誉にあずかれるのだろうな』
『なんとうらやましい』
『ふん、しょせん成金の主人も成金か』
驚くことに、これと似たような陰口は前々から聞こえてきていた。閣下はその報告を耳にしてお怒りになるどころか、「その連中は大丈夫なのか?」と本気で心配そうになさっていた。
やれと言われても絶対に同じことはできないくせに、自分にもできると人前で言ってしまう大言壮語の悪癖もそうだが、情報の疎さが心配になるレベルだものな。
閣下の世紀の発見や、それに伴い今年から学園に新たな教科が始まること。これについては、そもそも気象を研究する学問とは何なのか理解できず、ポカンとした顔で絵空事のように受け止めている貴族もいた。この方々に関しては情報力だけでなく、知力も大丈夫なのかと他人事ながら心配になるレベルだ。
どんなに水準の高い教育を受けても、身につかない方は本当に身につかないのだな。
陛下が懇切丁寧に、閣下がどれだけとんでもないことをなさったのかを説明し、やっと呑み込めてきた方々は徐々に目を丸くしている。
その反応は特に、『ロッソの若造』と閣下を侮っていた者ほど顕著だった。どうもあちらの二侯爵も知らなかったようだな?
ことの大きさを理解できている方々ももちろんいて、彼らは陛下の講義に最初からうんうんと頷いている。そういった方々は、そもそも閣下をバカにした態度は取らない。
そして最大の功績以外にも、ロッソ領にて進められている郵便事業を、五十年計画で国内にも拡大する予定であること。
便利な文具の発明や、吸水性と速乾性の高い浴布などの開発などにより、以前より快適な暮らしへ大きな寄与をしていること。
陛下はそれらひとつひとつを挙げ、「どれかひとつでも真似のできる者は申し出よ。証明してもらおうではないか」とすら言ってくださった。
「ロッソ伯爵オルフェオよ。顔を上げよ」
「はっ」
「そなたは今この瞬間より、侯爵を名乗ることを許すものとする」
厳かな宣言に、誰も異を唱える者はいない。唱えられる場でもないが。
ここで陛下が「これをもって褒美とする」と締めくくり、閣下が感謝を申し上げれば、儀式は終了……となるはずだったのだが。
陛下がまた予定外の言葉を続け始めた。
「だがやはりこれだけでは、そなたの働きに見合っておるとは到底言えぬ。そこで……」
にやり、と。
ああやはりこの方は、ヴィオレット公爵や閣下のご同類だ。そう確信してしまう笑みを浮かべ、陛下は東の侯爵の名を呼んだ。
何故自分が呼ばれたのかと、狼狽しながらも起立する東の侯爵を、陛下は鋭利な刃物のごとき微笑で突き刺した。
「そなたにとって、領地の広さは負担であるようだ。手の行き届かぬ広大な土地を背負い続けるのはつらかろう? よって、ここより最も近い市と町、二箇所をそなたの領地に残し、それ以外すべてをロッソ侯爵領に組み込むものとする」
「へっ?」
東の侯爵はぼけっとした顔になり、半開きになった口から間抜けな声が出た。先ほどの比ではないどよめきと同時に、そこかしこでプッと吹き出すのも聞こえる。人前で素っ頓狂な顔を晒すなど、高位貴族にあるまじき失態だ。
領地の件については事前の公表がなく、周囲の者が仰天するのも無理はないとしても、本人にさえ知らされていなかったとは。
しかし俺も初耳な点があるぞ。
恐れながら陛下、先ほど『市と町、二箇所を除いたすべて』と仰せになりましたか? 自分の空耳なのでしょうか。事前に伺っていた範囲より、かなり広いのですが。
「へっ、陛下!? 何故です!? 何故我が領地をこのような小僧に!?」
時間差で理解した東の侯爵が叫んだ。
……これだけ称えられている閣下のことを、悪意を込めて小僧と言い放つ、その性根がまずいのだろうよ。
「何故とな? これまで東の地の安寧について、幾度となくそなたに勧告をしてきたが、一切手つかずのままではないか。すなわち、これほど広い土地は要らぬという意味であろう?」
勧告されていながら、あの状態だったのか。それは知らなかったな。
勅命ではないからと無視して適当にやっていたのか?
「そ、そのような事実はございません! わたくしはきちんと陛下のお言葉通り、領の安寧につとめて参りました!」
「では、何をどのように改善したのか、もしくはどのように改善する予定なのかを述べてみよ」
「は、はい? 我が領には、改善すべき点など、ございませんが……」
正気で言っているのか、この男。正気だったら余計にまずい発言だぞ。
この席は閣下の斜め後方だから、今どんな表情を浮かべておられるのか、まるで見えないのが難点だな。
けれど多分、呆れ果てた目になっているのではないかと想像がついた。
「改善点など無いと申すか?」
「もちろんでございます!」
「ならば、勧告の意味はどのように捉えておった?」
「それ、は、…………わかりました、その小僧ですね! その赤毛の小僧が陛下へ、わたくしに関する妙な偽りごとを吹き込んだのでしょう!? そうに違いありませんっ!」
まくしたてる男に、陛下の微笑が深まる。それはとても労りに満ちた微笑みだった。
「ふぅ。己の領地の実態すら理解できておらぬ上に、被害妄想も甚だしいとは、よほど疲労が溜まっておると見える。どうやら土地の広さのみならず、侯爵位そのものがそなたにとっては負担であったようだな。これ以上押し付けるのは心苦しいゆえ、今この時より、侯爵ではなく伯爵を名乗り、のんびり養生すると良い」
なんと、東の侯爵が伯爵になってしまった。国王陛下がこの場で明確に口にした以上、もう撤回はない。
閣下が『東の侯爵』になられた以上、呼称がややこしくなるからスッキリしていいと個人的には思うが。
しかし、アルティスタ王国貴族の歴史上、これほど『口は災いの元』を体現した方も滅多にいまい。
感想 882
あなたにおすすめの小説
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
【完結】悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
本編完結済です。
もっちもっち感謝祭で、リクエストいただいたお話を更新しています。
皆さまの応援のおかげで『もふもふ獣人に転生したら、最愛の推しに溺愛されています』書籍化、心から、ありがとうございます!
皆の動画をつくりました!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
表紙や動画にAIを使っていますが、小説にはAIを使っておりません
『捨てたはずのΩが運命の番でした ~今さら愛してると言われても、もう遅い~
雪兎あらすじ
Ωである朝霧湊は、事故のような一夜をきっかけに、名門企業の御曹司α・九条玲司と関係を持つ。
しかし玲司は「ただの過ちだ」と湊を切り捨て、政略結婚のためβの婚約者との未来を選んだ。
深く傷ついた湊は、彼の前から姿を消す。
数か月後――。
湊の身体は、これまで誰も知らなかった希少な『遅咲きΩ』として覚醒する。
その瞬間、玲司は初めて湊こそが運命の番だったと知る。
「戻ってきてくれ」
今さら必死に追いかけてくる玲司。
だが湊の隣には、自分を支え続けてくれた医師のα・神崎伊織がいた。
「あなたは俺を捨てたでしょう」
後悔に苦しむα、執着する第二のα、そして希少Ωを巡る陰謀。
もう二度と傷つきたくないΩが最後に選ぶ相手とは――。
捨てた側の後悔と執着が加速する、すれ違いオメガバースBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
婚約破棄から50年後
あんど もあ王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!