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番外・後日談
62. 教科書!
しおりを挟む「お……」
「おお、これは……」
「画期的ですなぁ」
とうとう、それを見る日が来てしまったか……。
これまでずっと「閣下はご覧にならないのですか? 素晴らしいですよ!」と訊かれても、「あとで」と先延ばしにしてきたものを。
しかし、もはやこの場で「あとで」はできない。観念して俺はその教科書に目をやったのだが……。
「……!」
これは、確かにすごい。
ローテーブルの中央に置かれている教科書は、まだ開かれていない。つまり目に入ったのは表紙なんだが、その表紙が画期的だった。
かなり細密なカラーイラストが描かれていたのである。そしてこれが印刷物である以上、当然ながら手描きではなく、カラー印刷ということになる。
あちらの世界でもカラー印刷はコストがかかるものだったけれど、こちらの世界はその比ではなかった。
印刷技術についてはここにいないニコラのほうが詳しいんだが、一文字ずつハンコのようなものを枠の中に並べて刷る方法と、一ページまるまる銅板を用意して一気に刷る方法があった。
前者はそれほど部数のない書物や、時事情報誌、娯楽小説などによく使われ、学問書や学園の教科書なんかは、ほぼ後者になる。
カラーの何が面倒でコストがかかるかというと、色を重ねるためにイラスト用の銅板を何枚も作成する必要があるのと、絵の具自体が黒インクより高価なのだ。
娯楽小説の表紙なんかには、読者の興味を引くためにイラストを入れていることが多いけれど、あれは白黒の線画がほとんどで、学問書にはイラスト自体がないことも多々ある。
俺が学園に通っていた頃、使っていた教科書の表紙にイラストはなかった。
それが、この教科書の表紙にはババンと印刷されている。それもカラーとなれば画期的だし、気合い入ってんなあと思ってしまった。
まず四角の枠線が三つあり、中にはそれぞれ異なるものが描かれている。
ひとつは、雷雲の下で稲光が走り、斜めに降る雨のなか樹々が強風に大きくしなって、民家と思しき家の中で家族が震えているイラスト。
ひとつは、晴れ渡る空の下、にこやかに海を見渡しつつ、雲や波の動きを気にしていそうな船乗りと思しき老人のイラスト。
ひとつは、俺。
おい。
「これはよくできておりますなぁ! ロッソ侯爵そのものではありませんか」
「ご本人の特徴をよく捉えておいでだ。印刷物でこれほど上等な姿絵を初めて見ますぞ。下絵を描いた絵師もそうだが、銅板を作成した技師も腕が良い」
「そなたらもそう思うであろう? この、髪の一本一本まで手を抜かぬ精巧さ、見事ではないか」
「色の選択も素晴らしい。限られた少数の色だけで、よくこうも違和感なく表現できるものです」
「ご本人と比較すれば、素晴らしさが尚わかりますな」
いいぃ~やぁあ~っっ!!
比較しないでぇええっっ!!
あのね、俺はね、監修がルドヴィカって知った時点で、絶対どこかに俺のイラストが入ってんだろうなって確信してはいたんだよ!
でもってそのイラストは、ピカソみたいな「なんじゃこりゃ」とか、指名手配犯みたいな「お、おお……」だったら、むしろ爆笑出来たと思うんだ!
だけど主導しているのがルドヴィカを始めとする貴婦人の会と知り、絶対それはないなと察した。
彼女らは決して、俺の顔を描かせる時、本人と掛け離れた「なんじゃこりゃ」にすることを許さない……そんな気がしていた。
民家の家族と船乗りの絵はイラストっぽいデフォルメが入っているのに、なんで俺だけ写実的なんだ!
内容についてはルドヴィクがチェックしているから、ポエムや小説にはなっていないだろう。ちゃんと真面目な教科書になっていると、そこのところは信頼できる。
でも、俺のイラストは。
―――見なければ、存在しないことにできたのに。
「中にもロッソ侯爵の姿絵がありますな!」
「こちらは黒インクのみのようだが、うむむ……これも素晴らしい」
「白と黒だけの線画でありながら、よくぞこれほど……こだわりが感じられます」
「この髪色の変化をご覧ください。見事なものですぞ。細かい線だけで色の濃淡を表現しておりますが、実に立体的で、まるで色が見えるようではありませぬか」
いやあああああ……。
俺の顔なんていらないじゃん! 名前が載るのもあれだけど、顔なんてもっといらないじゃん!?
だから見たくなかったんだよおおっ!
内容そっちのけで、俺の絵で盛り上がるおっさん達……。
いや、殿下も混ざっているな。中学一年生男子と一緒に、教科書を見ながら同じレベルできゃっきゃうふふできるおっさん達……。
「下絵の作成には、宮廷絵師も参加させていただきましたの。技師も提供しましたのよ? ホホホ……」
王妃様。あなたもか。
そうですね。父親と陛下が仲良しなのに、ルドヴィカがあなたに声をかけない道理がありませんでしたね。
「この教科書は販売なさらないのでしょうか?」
そこにブッ込んだのはオリーヴァ公爵令息だった。
ファッ? 何を言うのかねアンタは? 学園の教科書は一般販売しないんですよ、ご存知でしょうに。お諦めください。
……しないよね?
陛下はヴィオレット公爵閣下と目を合わせ、「うむ」と重々しく頷いた。
「問い合わせが多く来ておるようでな。ならば希望者には販売するのもよいかと、注文を受け付けておるようだ」
なん、だと?
あの頷きはNOじゃなくOKの意味だった?
既に受付中?
「絵も実に素晴らしいのですが、目を通したところ内容も素晴らしい。学問書として手元に置いておきたく、ぜひ私も注文させていただきたい」
パラパラとめくりながらそんなことを言うオリーヴァ公爵令息。
「おお、わたくしも注文させていただきたいですぞ」
「ヴィオレット公爵閣下、複数冊の注文は可能なのでしょうか? できれば妻と息子の分も欲しいのですが」
「もちろんだとも」
おいおい皆さん、先に一冊分のおねだんを訊こうよ?
貴族のお買い物はいちいち値段なんて確認しないことが多いそうなんだが、俺は断然、したほうがいいと思う派だ。だって絶対、これ高価いよね?
学生だった時は、必須科目の教科書は制服と同じで補助金が出たけれど、個人で購入するとなれば完全に自腹だとわかっているのかなあ?
でもそのあたりは抜け目のないメンツしかいなかったようで、誰かからちゃんと価格の話が出て、「思ったより安い」と皆さん複数注文なさっていた。
これが安いのか。俺は「高けっ」って思っちゃいましたよ。中学生の教科書のおねだんではないでしょう。
貴族の当主としての生活が長くなろうと、こういう時には未だに出て来る俺の庶民感覚。でも、これを忘れたらいけないと思うんだ。
ローザ男爵令息は俺の顔と教科書を見比べ、買おうかどうか迷っている模様。おまえ、そちら側に行ってしまったのか……。
オリーヴァ公爵令息はしれっと三冊注文していた。手元に置いておきたいだけなら一冊で充分じゃん?
読書用、保管用、布教用? まさかな。
「兄様、大丈夫ですか?」
隣から我が弟がコソっと心配の声をかけてくれた。
はは、兄様ぜんぜん大丈夫じゃないけれど生きているよ。
「お気を確かに」
もう一方の隣からはアレッシオの小声。この二人に心配されるということは、今の俺は表情が消え、瞳がどこか遠くを彷徨っているのだろう。
今も俺の耳の奥で、懐かしの鐘の音がゴ――ンと鳴っている。学園の鐘楼から響く軽やかな音ではなく、ずっしりと重く響く音だ。
帰ったら速攻、アレッシオにギュッとしてなぐさめてもらおう。
そんで、よしよししてもらおう。そうしよう。
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