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番外・後日談2
『鏡の精霊~』からの出張編 (11)
しおりを挟む「この蝋燭が消えましたら、お二人ともお喋りは終了してお休みになってくださいね?」
「ああ、わかったよ」
「ありがとうございます、エルメさん」
エルメリンダは長さを調節した蝋燭を蝋燭立てに設置し、ベッド脇の小テーブルに置くと、一礼してほかの灯りを消しながら退室していった。
何年か前に考案したシャンデリア型のスタンドを改良したやつで、蝋燭一本分でも結構明るい。
短めの蝋燭に灯された火は、ほどよい時間が経過すれば勝手に消えてくれる。それまでは喋っていても構わないけれど、消えたらちゃんと眠れという合図だ。
「さ、ユウマ殿」
「はい! お邪魔します!」
まず俺がベッドに入り、隣をポンポン叩きながら声をかけてやれば、ユウマ殿は嬉しそうにいそいそと上がってきた。
なんだか小さい頃のジルベルトを思い出すなぁ。初対面の時は硬さが先に立っていたけれど、今やすっかり懐かれている。
俺よりも遥かに純粋で無邪気そうな彼の様子に、さっきアレッシオのシャツについて熟考していた自分がうしろめたくなってきた。
だが誤解しないでほしい。俺だって昔はとてもピュア……ピュア? うん、ピュアだったと思うんだ。
アレッシオが俺の手の甲に落とす口付けとか、唇以外の箇所にしてくれるおやすみなさいのキスだけで、ほっかほかの茹ダコになっていたんだぞ?
骨抜きには今も相変わらずなるけどな。
ところで、俺がいつもよりだらしない感じで座っているのに対し、ユウマ殿は正座になっている。
正座だ。こっちの世界では俺以外、この姿勢を見かけたことはないな。
俺よりもやや小柄な青年を見つめると、暗がりの中へとけこむ黒髪と黒い瞳が揺れた。
「あはは、嬉しいけどちょっと緊張するかも。こういうのってすごく久しぶりなんですけど、何を喋ろうかな」
「菓子があればいいんだが、就寝前はさすがに頼めん。火が消えたらそのまま眠ってしまえるよう、もう横になっておくか?」
「そうですね」
というわけで並んで寝転がり、大きなタオルケットを掴んで胸元までかける。
このタオルケットは《セグレート》の新製品だ。昔この国にタオルはなかったから、当然こういうのもなかったんだけどな。
大きいから一枚でも二人分かけられる。
「わ、この『タオルケット』すごく手触りがいい……! あっちの世界にはこういうのがないんですよね。あんまり暑くならないから、なくても困ることはないんですけど」
ユウマ殿のセリフの中に聴き取れない単語があり、俺の唇に笑みが浮かぶ。
「この世界にもなかったぞ。そもそもこのような種類の布が存在しなかったから、部下を巻き込んで時間をかけて開発したのだ。作り方を知っていても知っているとは言えんから、そこがじれったいところではあったな」
「え……」
「この夏用寝具を作らせる時も、顔や身体を拭く浴布との違いを理解させるのに少々難儀した。実際、この国も湿度がそこまで上がらず、必要性が高いわけではない。だが発熱時や寝汗を大量にかく者にとっては、従来の掛け布団では不快だろうし、布団の手入れをする者達も楽になる……と説得したのだ」
横を向いたら自然とユウマ殿の目と俺の目が合った。
彼はいつもより大きく目を見開いている。
「オルフェオさん……もしかして」
「私と子猫の出会いから話そうか。これを打ち明けるのは、アレッシオ以来だぞ」
ゲーム開発だの乙女ゲームうんぬんの話は、アレッシオへの説明の時と同じように省略する。
アレッシオにすら言っていないことを別の誰かに話すのは憚られたし、なんとなくユウマ殿って乙女ゲームをやったことがないんじゃないかなという気がするのだ。
噂程度の知識はあったとしても、あえて言わなければいけないことではない。
「……このように私はクズを極め、牢獄の中で命を終えることになったのだが、その時に子猫が来てな……」
ユウマ殿はタオルケットを両手で掴み、食い入るように俺の目を見て、俺の話に耳を澄ましていた。
俺の『絶望』のにおいを嗅ぎつけたらしい子猫が牢の中にやって来て、契約を結んだこと。
子猫が時を巻き戻す際、お遊びで別の人間の知識を俺の中に植え付けたこと。
俺があまりに弱り果てていたため、ただの知識に過ぎなかった異世界の『俺』に人格が侵食されるという、子猫にも予想外の現象が起こったこと。
「その、異世界の知識って……まさか」
「金属やガラスでできたこのぐらいのプレートがあってだな、指で表面をこのように操作したら遠方にいる相手とも会話ができて、簡単なメッセージを秒で届けることもできる世界なのだが」
「『スマホ』じゃん……!? え、待って、じゃあオルフェオさんて、どこの国の人!? あ、オルフェオさん自身じゃないのかな?」
「おそらくユウマ殿と同じ国だろうな。私自身はその国で生きたことなどないというのに、先ほどの座り方を見て懐かしさを覚えたぞ。奇妙な感覚だが」
「あ、『正座』か……」
時々、まったく聴き取れない単語が入る。これは『俺』の住んでいた国の言葉っぽいな。頭の中で思考する分には『概念』でいけるんだが、読み書きや会話はできない。
しかし、この世界とレムレス殿の世界の言葉であれば何を喋っても勝手に自動翻訳が働くのに、あの世界、あの国の言葉はわからないんだな。
訳しようがないからなのか、俺やユウマ殿にとって、今現在属している世界ではないからなのか。
「―――そうしてすっかり人格が変わったあと、これまでの私の人生を思い返してみたら、まったく違うものが見えてきてな」
人格が変わって以降、俺が何に気付いて、どのように生きてきたのかもざっくりと話した。
簡潔にまとめても、どうしても長話になってしまったがな。
優しいユウマ殿が泣いてしまったらどうしようと少し心配したけれど、思いのほか彼は冷静で、最後まで静かに聞いてくれた。
「そんなことがあったんですね……」
彼は聞き終えると溜め息をつき、「あの子猫ちゃん、そんなにすごかったんだ」と呟いた。
そうそう、うちの子すごいんだよ~。と俺が言った途端に、せっかくの威厳がどこかへ行ってしまいそうなので、子猫のためにお口チャックをしておこう。
「僕も、オルフェオさんに話していなかったことがあるんですよ。実は……」
するとユウマ殿は、あの世界へ引きずり込まれた際の、より具体的な経緯を話し始めた。
俺が聞いていたのは万人向けの『表向き』の事情であり、彼も裏では結構とんでもないことがあったらしい。
えええ、その禁術とかいうの、使ったのはレムレス殿の弟なの?
生きているのに魂を引きずり出されたから、殺されたのと同じってマジか……。
その後、そいつのせいで長い期間、鏡の中に閉じ込められていたくだりにはゾッとさせられた。そんな経験をしたら肝も据わるよな。
幸いユウマ殿は悪霊やら悪魔やらになることはなく、肉体を得た時の方法や材料の関係もあって半精霊人と呼べる存在になった、ということのようだ。
とんでもない話だな~……しかし、もしユウマ殿が鏡の中から永遠に出られず悪魔になっていたとしたら、あの子猫と同じ種族になるということか?
それはそれで見たかった気がしなくもない。などと思っていたら、ユウマ殿の話はその弟とやらを処理した時の内容に差しかかった。
―――前言撤回をさせてもらおう。このユウマ殿、悪魔化していたら多分かなり怖い存在になってるわ。
「……ということがあって、今に至るんですよね」
「凄まじい話だな……」
途中から詰めていた息を吐く。本気ですごい話でした。
でも一点だけ気になったんだが。
「レムレス殿とは、どのようなきっかけて想い合えるようになったのだ?」
俺はあの世界の『俺』がそっちだった影響で、本来なら異性愛者だったにもかかわらず、アレッシオにころりんと転んだんだよ~というのは話したよね?
だけどキミ、「助けてくれたことがきっかけでオスカーを好きになった」としか言わなかったじゃん?
どんなふーに想いを伝えたのかな?
そん時のレムレス殿の反応も気になるんだが?
「えと、あの、そのう……っ」
薄暗くてもわかるほど、耳まで真っ赤になって狼狽えているユウマ殿。おお、可愛いな。
これこれ、是非こういうトークもしてみたかったのだよ俺は!
うらうら、喋っちゃいなさいよ~。
……しかし数分後、俺は強引に聞き出したことを後悔した。
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