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番外・後日談2
ミニ閣下 (2) -sideアレッシオ
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この小さな閣下を置いて、食事などを取りに行っていいのか。
躊躇っていると、コンコンとドアが鳴った。
「お食事をお持ちいたしました」
エルメリンダだ。ドアを開けると、一人分の食事の盆を両手に持っている。
助かった。ほっとしながらメイドを招き入れ、今の小さな閣下にぴったりな量の朝食をテーブルに並べていく。
小さな丸いパンに、深皿に入っているのはミルク風味のスープか。
スープの具はジャガイモと豚の塩漬け肉、それに数種類の野菜を細かく切って煮込んだもののようだ。
いつの間にか、閣下の首から上半身には前掛けが付けられ、皿の横には小さなお子様用のスプーンが置かれている。
閣下もエルメリンダもそれに手を付けず、じっと俺を見た。
……俺が食べさせてさしあげるのか。
まあ、それについて抵抗はないのだが。
「あむっ。もぐもぐ……ん、んまい」
「よろしゅうございました」
しかしこの年頃の高位貴族ならば、もう既にマナーの授業が開始されているはずで、俺が手伝わずともご自分で食べられるのではないか?
頭の片隅で思いつつ、スープを少しずつスプーンで口元に運び、ちぎったパンを運んでやった。とにかく口が小さいから、少量の食事でも食べるのにちまちまと時間がかかる。
その小さな口で「ぱくり、あむ」と食いつ……いや、食べるお姿が非常に可愛らしい。
このままこの御方をお育てするのも悪くないな、などと血迷いそうになるぐらいだ。
「偉いですねぇ閣下、全部お食べになりましたね~!」
「ふふふ、そうだろうエルメ。うまかったぞ!」
「料理長さんにお伝えしておきますね!」
「…………」
……中身は大人の閣下、なんだよな?
なんだか違う気がしてきたぞ。
ともかく閣下は非常に良い子で綺麗に食事を終えられたので、前掛けが汚れることはなかった。
口元から少し垂れそうなスープを何度か布でぬぐってさしあげたぐらいか。
エルメリンダが空になった食器をてきぱき片付けて退室し、俺は再び「このあとどうすればいいのだろう」と頭を悩ませる。
そういえば俺の朝食はどうなったんだ?
空腹感はないから、別に食べなくとも支障はなさそうだが。
「アレッシオ。きょうは何をする?」
「本日のご予定は……」
わからない。さすがに『仕事』はないしな。
「予定がないのか? ならおべんきょうでもするか」
「お勉強、ですか?」
困惑する俺に構わず、閣下は俺を伴って書斎に入った。
―――いや、書斎ではない。ここは『勉強部屋』だ。閣下が学園に通われていた頃、住んでいた部屋の一室。
本棚があり、自習用の勉強机がある。
机の上にあるのは、どことなく見覚えのある本やノートだ。これらは閣下が初等部の頃に使っていたものではないか?
お子様は小さな手で、パラパラとそれらをひらくのだが……
「どうしよう、アレッシオ」
「はい?」
「これぜんぶ、おぼえてるぞ」
「…………」
それはそうでしょうね、としか言えない。
この御方が優秀な成績で学園を卒業されたのは、もう何年も前だ。その後も頭を使うお仕事を日々精力的にこなされている。
今さら何のお勉強をするのだろうと思ったら、案の定だったか。
「わたし、何をしたらいいのだろう?」
「それでは、本日はゆっくりとお休みになりますか」
「休むって、どのようにだ?」
「……もしくは、何かをして遊ぶとか?」
「あそぶとは、どのようにするんだ? あそんだことなどないからわからない。みながわたしを『あそんでばかりのなまけもの』と言うから、わたしはあそんではいけないのだ」
「…………」
遊んだ経験もないのに、『遊んでばかりの怠け者』呼ばわり?
ああ、そういえば幼い頃の閣下は、そのような日々を送っていたのだったな。
これは夢だと思いつつ、当時閣下の周囲にいた連中の勝手な言い草を想像し、腸が煮えそうな怒りを覚える。
俺がこの御方に出会った頃、真に悪質で程度の低い使用人は厨房の者を除いて全員排除されていたのだが、もしその者達が俺の目の前にいたら心得違いを永遠に後悔させてやるところだ。
……これは夢。現実のあの人ではない。
それでも、しょんぼりとした幼い子供を抱きしめずにはいられなかった。
正直、俺は子供の対応に慣れているとは言い難い。しかしなるべく優しく頭や背中を撫でていると、彼は俺にきゅっと抱きつき、胸元にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
「ふふふ~。アレッシオ、だいすきだぞ!」
「……私も、あなたが大好きですよ」
これはとても嬉しい。
嬉しいのだが、やや反応に困るな。
「そうだ。本日は、私とカードで遊びますか? ルールをお教えいたしますよ」
「カード? やる!」
そうと決まればカードを探そう。
だがこれはすぐに見つかる予感があった。……ああ、やはりいつもの場所にある。
ここは彼の子供時代の世界ではなく、基本的に現在の彼が住んでいる部屋だ。
あくまでも貴族男子の教養のひとつとして、俺の知っている閣下は遊戯版やカードゲームのルールを、出会った頃には既にいくつか覚えていた。
俺はさっそくカードを用意すると、単純なルールのものから順番に教えていった。
美しい緋色の瞳をきらきら輝かせ、幼い閣下はあっという間にルールを呑み込んでゆく。
しばらくそれで遊んだら、次は複雑なルールのものも教えた。それも閣下はすぐに呑み込んだ。
―――思いのほか強い。
言動は幼くとも、中身は現在の閣下ということか。
油断すると負けそうになるので、少々ひやりとさせられる。
子供相手なのだから加減をしろと思われるかもしれない。しかし変に手を抜くと、この人にはすぐバレてしまうのだ。
容赦なく勝った俺の前で、「あーっ、また負けた!」と悔しそうにしているお子様の顔は、輝かんばかりの笑顔だった。
「楽しいですか?」
「たのしい! ……なあ、アレッシオ」
「なんでしょう?」
「あのな……なまえを、よんでほしい。わたしの……」
もじもじとそんなことを言う。
俺は破願した。
「ええ、お呼びしますよ。いくらでも。私のオルフェ」
■ ■ ■
「……?」
前触れもなく意識がふっと浮かび上がり、俺は瞼を開けていた。
ここは寝室だ。俺ではなく、当主の部屋。
カーテンから漏れ落ちる光の色からすると、起床時刻まであともう少しか。
たった今起きたばかりでも、頭はすっきり冴えている。
「んむ……」
腕の中でもぞり、としなやかな身体が動く。
寝間着がしどけなくずり落ちて、むき出しになった肩が目に入った。
直してさしあげねばと思いつつ、なめらかな肩に視線が惹き寄せられ、ついそこに唇を落とす。
「んっ…………ん? アレッシオ……おはよう」
「おはようございます」
寝惚け眼で、パチパチと瞬きしているのが可愛らしい。
七歳の子供ではなく、成長した大人の姿だ。
昼間はキリリとしている彼が、この時だけはとても幼い顔になる。
「……ふふ」
「どうなさいました? ご機嫌ですね」
「うん。また、いい夢を見た」
くすくすと笑いながら俺に抱きつき、胸元にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
いい夢か。まぁ、俺の見た夢もいい夢ではあったが、見た目も言動も七歳になっている恋人相手にどう接するのが正解なのかという究極の夢でもあったな。
「どのような夢ですか?」
「ん~……んん? あれ、覚えてない。もったいないな……でも、楽しかったぞ」
「それはよかった。……オルフェ」
愛称を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げてくれた。
綺麗な緋色の瞳の中に、気のせいではなく、かすかな期待がある。
俺はそれに応えるべく、想いをこめて唇を重ねた。
「ん、ふ……けさも、寝覚めが……さいこうだ……」
そんなことを言ってくれる彼に、俺のほうこそと胸の中で呟きながら、少しずつ口づけを深めていった。
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